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第二章 勇者と賢者
第26話 予兆
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「来宮さん。大分、筆使い慣れてきた様だね」
書道部部長で三年生の中山先輩が、ナナの作品を褒めてくれている。
最初はどうしてよいか分からず見よう見まねだったが、最近はどういう心持ちで筆を動かせばいいのかちょっとわかって来た様にも思える。
こんなに穏やかに趣味を楽しめるなんて、一年前には想像もつかなかった……。
「それじゃ、来宮さん、長谷川さん。来月の文化祭。二年生のテーマは『大切なもの』だから頑張ってね。まあ、そんなに堅苦しく考えなくていいからさ」
部長から文化祭のテーマを与えられ、自分の大切なものってなんだろうとナナは考える。うーん。今一番大切なのは、エリカかな……でも、まさか書に『エリカ』とは書けないよなー。後は……友達、母親……夢・希望・将来!?
あー。後の方は捨てちゃったか……。
でも……前を向くのみ! いつもエリカにそう叱咤激励されている。
ふと横を見ると、中山部長と長谷川いのりがちょっと険しい顔をしていた。
どうやら、長谷川さんがさっき書いた作品についての評論中らしい。
「いのり。どっか体調でも悪い? いつもの伸びやかさが全然ないんだけど……心ここにあらずっていうか。悩みあれば聞くよ?」
「すいません先輩……昨日、ちょっと遅くまでゲームやりすぎてて……今日は集中切れちゃったみたいだけど、ちゃんと寝れば大丈夫ですから」
「そう? それじゃ、今日は早く帰ってお休みなさい。文化祭までまだ日はあるんだし……」
「はい……でも今日、塾なもんで……」
「もう……来年は受験生なんだから、自己管理はしっかりなさいよ」
中山部長に叱咤されながら、長谷川いのりは部室を出て行った。
「ねえ、来宮さん。長谷川、教室で最近変わった事無い?」
「いえ先輩、特には……」
「そっか。気のせいならいいんだけど……」
ナナにはその価値がよくわからないのだが、この中山部長は五段を持っているとかで、かなりの書道上級者らしく、その人の書いたものを見るだけでその日の体調とかまで読み取れるのだと、以前、長谷川いのりが言っていたのを思い出した。
ナナには、長谷川いのりがクラスでトラブっている様には感じられていないが、確かにここ数日、元気が無いような気もする。でも、何か困ってるのなら相談に乗ってあげたいな。
◇◇◇
「え? 壊れてない!?」タイガが叫んだ。
「そうじゃ。わしが見ても問題なかったし、念のため、あっちの魔導士達に確認させたが、ちゃんと正常に動いとるよ」
魔導コンパスが壊れているんではないかと、サリー婆経由でエルフ王国側にクレームをいれたが、回答はこうだった。
「でも……どういう事?」納得いかないという顔をしながらイラストリアが言うので、サリー婆が考えを述べた。
「やはり、そのナナとかいう娘に何等かの事情があるとみるべきじゃろ。わしの裏のコネクションでちょっと調べてみるか……ああ、もちろん別料金で有料な。それで、お前達もその娘から、ちょっと距離を置きながらしばらく観察するのがよいじゃろう。向こうに油断があれば、何かしっぽを出すかもしれん」
「えー。あの天使を疑えと……婆は鬼だな!」
タイガが渋るが、イラストリアは冷静さを保ちながら言った。
「ナナちゃんが気づいていないところで、何かあるのかもしれないわよ。私達でちゃんと見守るほうがいいかも」
「それも……そうだな」
その翌日からタイガとイラストリアは、ナナに気付かれない様注意しながら、ストーカーの様にその挙動を見守った。しかし深層のエリカには、多少離れていても二人の存在が感知出来る。
(畜生! あいつら、何だってこんなにべったり付きまとってるんだよ。
おちおち寝てもいられないじゃん!
だが……ここであたいがヤケを起こしたら、ナナは……。
勘弁してくれよ……あたいは本当に持久戦が苦手なんだよーーー)
◇◇◇
二週間ほどして、サリー婆が、タイガとイラストリアの二人を呼んだ。
ナナの調査報告が上がってきた様だ。
「やれやれ。この娘。とんでもない業を背負っている様だね……」
サリー婆は、こっちの世界の興信所というものを使ってナナの情報を集めた様で、約五十枚位のレポートに、ナナの今までの暮らしぶりがまとめられていた。その内容を読んで、タイガもイラストリアも驚愕した。
「何なのよ、これ! 魔族でもこんなひどい事……」
イラストリアはすでにボロボロ泣いている。
「まったくだ……何だよこれ。親のDVと強制売春、クラスでいじめと友人の自殺? なのにあの娘……今、あんなに朗らかで優しく人に接して……天使みたいだとは思ってたけど……本当に天使じゃないのか!」
タイガも怒りの向け先が無くて震えている様だ。
「あくまでもあたしの考えだけど、聞いとくれ」サリー婆が口を開いた。
「今は穏やかに暮らせていても、これだけの業を背負ってるんだ。自分でも気が付かない深層心理に、とんでもない闇を抱えているのは想像に難くない。魔導コンパスはそれに反応してるんじゃないかね?」
「たしかに、それなら納得がいきます!」イラストリアが賛同した。
「俺もだ! くそー。俺に何かしてやれる事はねえのかよ!」
タイガが興奮して言う。
「しかし、これで魔導コンパスが使えないとなると難儀だね。他の当たりを探そうにも、ナナが邪魔になるんじゃ……」サリー婆が困った様に言う。
「いや! 俺がナナちゃんの心の闇を払ってやります! そうすれば、コンパスはナナちゃんではなく、ちゃんと魔王エリカを指すはずさ!」
「おいおい。それでなくても仕事が遅いとさんざんな矢の催促なのを忘れるんじゃないよ。それに、長居する分の家賃もちゃんともらうからね! でも……それしかないか……急がば回れってね」
サリー婆もタイガの意気込みに折れた形になった。
「でも、闇を払うって、どうする気?」
イラストリアの疑問にタイガが答えた。
「おれが彼女を幸せにする! もうお嫁さんにするしかない!」
その瞬間。大きな空気の固まりが、がつんとタイガの顔面に炸裂した。
「もう、このロリコン脳筋馬鹿!! こんなんでマナ使わせないでよ! そんなの、ダメに決まってるでしょ!」
「そ……そうなのか……?」
書道部部長で三年生の中山先輩が、ナナの作品を褒めてくれている。
最初はどうしてよいか分からず見よう見まねだったが、最近はどういう心持ちで筆を動かせばいいのかちょっとわかって来た様にも思える。
こんなに穏やかに趣味を楽しめるなんて、一年前には想像もつかなかった……。
「それじゃ、来宮さん、長谷川さん。来月の文化祭。二年生のテーマは『大切なもの』だから頑張ってね。まあ、そんなに堅苦しく考えなくていいからさ」
部長から文化祭のテーマを与えられ、自分の大切なものってなんだろうとナナは考える。うーん。今一番大切なのは、エリカかな……でも、まさか書に『エリカ』とは書けないよなー。後は……友達、母親……夢・希望・将来!?
あー。後の方は捨てちゃったか……。
でも……前を向くのみ! いつもエリカにそう叱咤激励されている。
ふと横を見ると、中山部長と長谷川いのりがちょっと険しい顔をしていた。
どうやら、長谷川さんがさっき書いた作品についての評論中らしい。
「いのり。どっか体調でも悪い? いつもの伸びやかさが全然ないんだけど……心ここにあらずっていうか。悩みあれば聞くよ?」
「すいません先輩……昨日、ちょっと遅くまでゲームやりすぎてて……今日は集中切れちゃったみたいだけど、ちゃんと寝れば大丈夫ですから」
「そう? それじゃ、今日は早く帰ってお休みなさい。文化祭までまだ日はあるんだし……」
「はい……でも今日、塾なもんで……」
「もう……来年は受験生なんだから、自己管理はしっかりなさいよ」
中山部長に叱咤されながら、長谷川いのりは部室を出て行った。
「ねえ、来宮さん。長谷川、教室で最近変わった事無い?」
「いえ先輩、特には……」
「そっか。気のせいならいいんだけど……」
ナナにはその価値がよくわからないのだが、この中山部長は五段を持っているとかで、かなりの書道上級者らしく、その人の書いたものを見るだけでその日の体調とかまで読み取れるのだと、以前、長谷川いのりが言っていたのを思い出した。
ナナには、長谷川いのりがクラスでトラブっている様には感じられていないが、確かにここ数日、元気が無いような気もする。でも、何か困ってるのなら相談に乗ってあげたいな。
◇◇◇
「え? 壊れてない!?」タイガが叫んだ。
「そうじゃ。わしが見ても問題なかったし、念のため、あっちの魔導士達に確認させたが、ちゃんと正常に動いとるよ」
魔導コンパスが壊れているんではないかと、サリー婆経由でエルフ王国側にクレームをいれたが、回答はこうだった。
「でも……どういう事?」納得いかないという顔をしながらイラストリアが言うので、サリー婆が考えを述べた。
「やはり、そのナナとかいう娘に何等かの事情があるとみるべきじゃろ。わしの裏のコネクションでちょっと調べてみるか……ああ、もちろん別料金で有料な。それで、お前達もその娘から、ちょっと距離を置きながらしばらく観察するのがよいじゃろう。向こうに油断があれば、何かしっぽを出すかもしれん」
「えー。あの天使を疑えと……婆は鬼だな!」
タイガが渋るが、イラストリアは冷静さを保ちながら言った。
「ナナちゃんが気づいていないところで、何かあるのかもしれないわよ。私達でちゃんと見守るほうがいいかも」
「それも……そうだな」
その翌日からタイガとイラストリアは、ナナに気付かれない様注意しながら、ストーカーの様にその挙動を見守った。しかし深層のエリカには、多少離れていても二人の存在が感知出来る。
(畜生! あいつら、何だってこんなにべったり付きまとってるんだよ。
おちおち寝てもいられないじゃん!
だが……ここであたいがヤケを起こしたら、ナナは……。
勘弁してくれよ……あたいは本当に持久戦が苦手なんだよーーー)
◇◇◇
二週間ほどして、サリー婆が、タイガとイラストリアの二人を呼んだ。
ナナの調査報告が上がってきた様だ。
「やれやれ。この娘。とんでもない業を背負っている様だね……」
サリー婆は、こっちの世界の興信所というものを使ってナナの情報を集めた様で、約五十枚位のレポートに、ナナの今までの暮らしぶりがまとめられていた。その内容を読んで、タイガもイラストリアも驚愕した。
「何なのよ、これ! 魔族でもこんなひどい事……」
イラストリアはすでにボロボロ泣いている。
「まったくだ……何だよこれ。親のDVと強制売春、クラスでいじめと友人の自殺? なのにあの娘……今、あんなに朗らかで優しく人に接して……天使みたいだとは思ってたけど……本当に天使じゃないのか!」
タイガも怒りの向け先が無くて震えている様だ。
「あくまでもあたしの考えだけど、聞いとくれ」サリー婆が口を開いた。
「今は穏やかに暮らせていても、これだけの業を背負ってるんだ。自分でも気が付かない深層心理に、とんでもない闇を抱えているのは想像に難くない。魔導コンパスはそれに反応してるんじゃないかね?」
「たしかに、それなら納得がいきます!」イラストリアが賛同した。
「俺もだ! くそー。俺に何かしてやれる事はねえのかよ!」
タイガが興奮して言う。
「しかし、これで魔導コンパスが使えないとなると難儀だね。他の当たりを探そうにも、ナナが邪魔になるんじゃ……」サリー婆が困った様に言う。
「いや! 俺がナナちゃんの心の闇を払ってやります! そうすれば、コンパスはナナちゃんではなく、ちゃんと魔王エリカを指すはずさ!」
「おいおい。それでなくても仕事が遅いとさんざんな矢の催促なのを忘れるんじゃないよ。それに、長居する分の家賃もちゃんともらうからね! でも……それしかないか……急がば回れってね」
サリー婆もタイガの意気込みに折れた形になった。
「でも、闇を払うって、どうする気?」
イラストリアの疑問にタイガが答えた。
「おれが彼女を幸せにする! もうお嫁さんにするしかない!」
その瞬間。大きな空気の固まりが、がつんとタイガの顔面に炸裂した。
「もう、このロリコン脳筋馬鹿!! こんなんでマナ使わせないでよ! そんなの、ダメに決まってるでしょ!」
「そ……そうなのか……?」
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