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13 不老長生の薬
13-2 徳と財
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摂州第一の名城とも呼ばれた石山本願寺。その堂塔伽藍は顕如らが退去したのち、突如として炎に包まれた。火の勢いは三日三晩おさまらず、本堂、僧房、経蔵、回廊までもが灰燼に帰した。煙は風に乗って堺や京にまで漂い、大坂の町には灰が降りそそぎ、人々は天を仰いで「これで十年の戦もようやく終わるのか」と囁いた。
一益は焼け跡に立ち、赤黒くくすぶる瓦礫を見やった。
「これが十年続いた本願寺との戦さの終焉か」
その声は誰にともなくこぼれたが、隣の忠三郎の胸には重く響いた。
十年――。大坂本願寺が檄を飛ばし、長島願証寺が尾張小木江・伊勢桑名を奪ったときからの年月である。その後も三度の願証寺攻め、越前一向一揆、木津川口海戦、紀州攻め、荒木村重の離反……ほとんどの戦が本願寺を源としていた。兵も将も疲れ果て、ようやく終わりを迎えたはずなのに、忠三郎の心は晴れなかった。
日野の里には一向宗の門徒が少なからずいる。家臣の中にも、密かにその信を抱く者がいた。幼きころ、祖父が大坂本願寺に通じていたと小耳に挟んだこともある。
(この炎は、あの人々の祈りをも呑み込むのか…)
目に映るのは敵の本拠の滅亡である。だが胸の奥には拭えぬ痛みが走った。
一益は忠三郎の横顔を見ながら、ぽつりと口にした。
「燃え落ちたのは伽藍ばかりではありませぬ。人の命運もまた同じことかと」
佐久間信盛は昨夜、数名の供を連れて高野山へ向かった。その零落ぶりは織田家中で広く噂となっていた。
(誰かの思惑があった――)
一益は視線を細く絞り、忠三郎を見据えた。おおよその見当はついている。近頃、忠三郎が堺や大坂、そして京を頻りに往来しているのも、その裏付けのように思えた。
「そなたは右衛門を見届けるために、いつまでも畿内をうろうろしておったのか」
そろそろ口を割らせようと、一益が声をかける。
忠三郎は驚きもせず、ごまかすように笑った。一益が自分の不審な態度に気づくことを承知の上で、信盛を見送ったのだろう。
「御爺様の密書は義兄上の手元に?」
「然様。されど尤も肝心な密書は、既にそなたが燃やしておろう」
それは忠三郎の二人の従兄弟、青地四郎左と池田孫次郎の密書だ。二人とも佐久間信盛の与力であり、信盛はこの二人の奸計により信長の怒りをかったのではないか。
「義兄上はそこまで存じておられながら…」
なぜ、咎めないのか――そう言いかけて、忠三郎は唇を噛んだ。
一益が、自分が真実を隠していたことにとうに気づいていると、分かっていた。
(見破られることは承知の上――)
だからこそ、罪悪感に突き動かされるように、佐久間信盛の最後の姿を見届けた。
「これはもう何年も前に、二人が御爺様に言い含められて、続けられた計略でござりまする」
「やはり快幹の息がかかっておったか」
標的だったのは信盛ではなく、その子の信栄だった。堺に近い天王寺に陣をかまえていた信栄は、ある日、与力の一人だった多羅尾綱知に茶の湯を勧められる。多羅尾は信栄が少しずつ茶の湯に興味を示し、上達してくると、次に、親交が深かった堺の津田宗及のところまで連れていった。それを皮切りにたびたび堺に連れ出しては、茶の湯の手ほどきを受けさせた。
「それがそもそもの計略であったと」
「はい。最初こそ招かれたときのみ茶会に参加していたものの、若いだけに上達が早く、その腕前は与力たちからも高く称され、そのことで益々茶の湯に没頭するようになっていったのござります」
その腕は、信長が大船視察に訪れた後の茶会でも披露され、信栄の見事な手並みに信長も驚き、称賛していたのは一益も覚えている。
(あの折、御供衆として若江衆がいた)
万見仙千代や堀久太郎、矢部家定といった奉行衆のほかに、若江衆、つまり多羅尾綱知が供奉していた。信長が信栄を褒めたことで、供奉していた者は皆、信栄を褒めたのだ。
堺奉行の武井夕庵はそれを聞き、芸事にうつつを抜かすなと忠告したらしい。
しかし信栄の茶の湯への執着は年々、度を越していった。やがて一人で堺まで行っては茶会に参加し、また自らも茶会を開いて人を招き入れるようになる。
「茶会への参加に土産はつきもの。そこが曲者でござりまする。津田宗及に招かれていく茶会の土産は綿十把(三百万円)ほどであったと」
「その程度、佐久間家であれば造作もないことじゃ」
「当初はその程度で済んでおりました。されど、茶の湯が織田家家中で流行るとともに茶器の値が吊り上がってきたことは義兄上もご承知のことかと」
信栄の開く茶会に招かれた商人たちは黄金十枚(一億円)相当の茶器や茶掛を土産として持参した。
「黄金十枚?それはまた法外な…」
「はい。そうなると土産をもらった方は、もらうだけでは済まなくなりまする」
次に茶会に招かれたとき、身分の高いものは、受け取った土産を上回る土産を用意しなければ無粋なものと言われてしまう。つまり信栄は黄金十枚を上回る土産を用意し、商人たちに渡していた。そうして従える与力たち、堺の商人たちから茶会に招かれるたびに蓄財をはたいて高額な土産を用意することになる。
「この四年間で参加した茶会は五十回近くなるとか」
信栄は体裁を保つため、堺の町で茶会と金策に翻弄し、本願寺との戦さどころではなくなってしまった。やがては茶の湯にかける費用の捻出に苦心し、家臣たちに褒美を渡すこともできなくなった。信盛は父として、そんな息子に何か言うべきだったろう。ところが子に甘く、さして危機感を感じなかったのもあり、軽く注意した程度で終わっていた。
「与力と商人たちに踊らされた結果がこれか」
「最終的にはその体たらくが与力たちによって上様の知れるところとなり、怒りの折檻状に繋がったものかと」
確かにこれまで茶の湯に投じてきた費用の十分の一でも戦さに費やせば、本願寺との戦いもここまで長引かなかったかもしれない。こんな策略は素破では思いつかない。蒲生快幹だからこそ成せる技だ。
一益の視線の先、焼け跡に散らばる茶器の欠片が夕陽を受けてきらりと光った。華やかな器も割れればただの瓦礫――財の儚さが、足元に突きつけられているようだった。
「徳は本なり、財は末なり。己の行いが徳となっていなければ、財を積んでも人は離れる。財を民に用いれば人は集まり、国も豊かになる。それを忘れ、体面ばかりに惑わされた者がどうなったか――見届けたであろう」
それは四書にある大学に書かれた孔子の教えだ。
忠三郎は黙ってうつむいた。祖父が仕掛けた計略を知りつつ黙していた自分。和歌に逃げ、筆に没頭し、見て見ぬふりをしていた自分。そのすべてが今、一益の言葉に射抜かれていた。
「財散ずれば、則ち民聚まる。君主が財を民のために使えば、人は自然と集まり国は豊かになる」
一益の言葉に、忠三郎は胸が締めつけられる思いがした。
(和歌は我が心の拠り所。しかし筆を執ってばかりでは、国も民も守れぬ――)
「そなたは詩歌を愛し、心を寄せるあまり埋もれてしまいかねぬ。されど故国を背負う者であれば、逃げることは許されぬ。これは天命じゃ」
一益の眼差しは常とかわらず、厳然としていたが、忠三郎の胸の奥にはなぜか熱が差し込んでくるようだった。
胸の奥がきしむように痛み、思わず息を呑む。理で諭されているはずなのに、胸を締めつけられるような痛みと、どこか温かな力強さが同時に迫ってくる。
筆に触れるときの静けさと、戦場の烈しさ――二つの世界に引き裂かれる心が、波のように押し寄せてきた。
言葉にならぬ揺らぎを抱えながら、ただ黙して一益の言葉を受け止める。
一益がふと空を仰いだ。まだ大坂の空には、燃え残りの匂いが漂っていた。
「その昔、宋の国に一人の老人がおった。食を口にしながら、こう歌ったそうじゃ――帝力、何ぞ我にあらんや、と」
忠三郎が顔を上げる。
「帝など意識せずとも、世は豊かに巡り、民は安んじて暮らしていた。満ち足りた者は腹を鼓し、大地を踏み鳴らして歌う――鼓腹撃壌とはそのことよ。君主の力を意識せずとも――民が歌い笑う世こそ、最も良き治世じゃ」
一益の声は、理を超え、生死を渡り歩いた者だけが持つ静かな迫力を帯びていた。
「されど、その安寧は誰かが刀を執り、血を流し、乱を鎮めてこそ成り立つ。忘るるな、鶴。民が安らぐのは、そなたが心ならずも戦場に立つゆえであることを」
忠三郎は静かにうなずいた。
その仕草は年齢を超えた落ち着きを帯び、鳳凰の雛と呼ばれた面影を映している。
だが瞳の奥では、十八の若者らしい揺らぎが隠しきれない。
和歌に心を寄せる己を恥じながらも、
(いまは筆より刀を取るべき時――そう知りながら)
そこにすがらずにはいられなかった。
唇に浮かんだのは、寂しげな微笑。
詩歌に心を寄せれば寄せるほど、そこに埋もれてしまいそうになる――それが忠三郎の弱さであり、また救いでもあった。
幾度となく筆を取り上げられては離れ、けれど結局は戻ってしまう。それは和歌が忠三郎の呼吸のように欠かせぬものだからだ。
だが、故国を守ろうとする限り、その天命から逃れることはできない。
一益はしばし、若き義弟の横顔を見つめていた。
その影はまだあどけなくもあり、しかしすでに青年の志を帯びていた。
西の空には夕日が沈み、二人の影を長く伸ばしてゆく。
その光は、戦の夜明けにも似て儚かった。
一益は焼け跡に立ち、赤黒くくすぶる瓦礫を見やった。
「これが十年続いた本願寺との戦さの終焉か」
その声は誰にともなくこぼれたが、隣の忠三郎の胸には重く響いた。
十年――。大坂本願寺が檄を飛ばし、長島願証寺が尾張小木江・伊勢桑名を奪ったときからの年月である。その後も三度の願証寺攻め、越前一向一揆、木津川口海戦、紀州攻め、荒木村重の離反……ほとんどの戦が本願寺を源としていた。兵も将も疲れ果て、ようやく終わりを迎えたはずなのに、忠三郎の心は晴れなかった。
日野の里には一向宗の門徒が少なからずいる。家臣の中にも、密かにその信を抱く者がいた。幼きころ、祖父が大坂本願寺に通じていたと小耳に挟んだこともある。
(この炎は、あの人々の祈りをも呑み込むのか…)
目に映るのは敵の本拠の滅亡である。だが胸の奥には拭えぬ痛みが走った。
一益は忠三郎の横顔を見ながら、ぽつりと口にした。
「燃え落ちたのは伽藍ばかりではありませぬ。人の命運もまた同じことかと」
佐久間信盛は昨夜、数名の供を連れて高野山へ向かった。その零落ぶりは織田家中で広く噂となっていた。
(誰かの思惑があった――)
一益は視線を細く絞り、忠三郎を見据えた。おおよその見当はついている。近頃、忠三郎が堺や大坂、そして京を頻りに往来しているのも、その裏付けのように思えた。
「そなたは右衛門を見届けるために、いつまでも畿内をうろうろしておったのか」
そろそろ口を割らせようと、一益が声をかける。
忠三郎は驚きもせず、ごまかすように笑った。一益が自分の不審な態度に気づくことを承知の上で、信盛を見送ったのだろう。
「御爺様の密書は義兄上の手元に?」
「然様。されど尤も肝心な密書は、既にそなたが燃やしておろう」
それは忠三郎の二人の従兄弟、青地四郎左と池田孫次郎の密書だ。二人とも佐久間信盛の与力であり、信盛はこの二人の奸計により信長の怒りをかったのではないか。
「義兄上はそこまで存じておられながら…」
なぜ、咎めないのか――そう言いかけて、忠三郎は唇を噛んだ。
一益が、自分が真実を隠していたことにとうに気づいていると、分かっていた。
(見破られることは承知の上――)
だからこそ、罪悪感に突き動かされるように、佐久間信盛の最後の姿を見届けた。
「これはもう何年も前に、二人が御爺様に言い含められて、続けられた計略でござりまする」
「やはり快幹の息がかかっておったか」
標的だったのは信盛ではなく、その子の信栄だった。堺に近い天王寺に陣をかまえていた信栄は、ある日、与力の一人だった多羅尾綱知に茶の湯を勧められる。多羅尾は信栄が少しずつ茶の湯に興味を示し、上達してくると、次に、親交が深かった堺の津田宗及のところまで連れていった。それを皮切りにたびたび堺に連れ出しては、茶の湯の手ほどきを受けさせた。
「それがそもそもの計略であったと」
「はい。最初こそ招かれたときのみ茶会に参加していたものの、若いだけに上達が早く、その腕前は与力たちからも高く称され、そのことで益々茶の湯に没頭するようになっていったのござります」
その腕は、信長が大船視察に訪れた後の茶会でも披露され、信栄の見事な手並みに信長も驚き、称賛していたのは一益も覚えている。
(あの折、御供衆として若江衆がいた)
万見仙千代や堀久太郎、矢部家定といった奉行衆のほかに、若江衆、つまり多羅尾綱知が供奉していた。信長が信栄を褒めたことで、供奉していた者は皆、信栄を褒めたのだ。
堺奉行の武井夕庵はそれを聞き、芸事にうつつを抜かすなと忠告したらしい。
しかし信栄の茶の湯への執着は年々、度を越していった。やがて一人で堺まで行っては茶会に参加し、また自らも茶会を開いて人を招き入れるようになる。
「茶会への参加に土産はつきもの。そこが曲者でござりまする。津田宗及に招かれていく茶会の土産は綿十把(三百万円)ほどであったと」
「その程度、佐久間家であれば造作もないことじゃ」
「当初はその程度で済んでおりました。されど、茶の湯が織田家家中で流行るとともに茶器の値が吊り上がってきたことは義兄上もご承知のことかと」
信栄の開く茶会に招かれた商人たちは黄金十枚(一億円)相当の茶器や茶掛を土産として持参した。
「黄金十枚?それはまた法外な…」
「はい。そうなると土産をもらった方は、もらうだけでは済まなくなりまする」
次に茶会に招かれたとき、身分の高いものは、受け取った土産を上回る土産を用意しなければ無粋なものと言われてしまう。つまり信栄は黄金十枚を上回る土産を用意し、商人たちに渡していた。そうして従える与力たち、堺の商人たちから茶会に招かれるたびに蓄財をはたいて高額な土産を用意することになる。
「この四年間で参加した茶会は五十回近くなるとか」
信栄は体裁を保つため、堺の町で茶会と金策に翻弄し、本願寺との戦さどころではなくなってしまった。やがては茶の湯にかける費用の捻出に苦心し、家臣たちに褒美を渡すこともできなくなった。信盛は父として、そんな息子に何か言うべきだったろう。ところが子に甘く、さして危機感を感じなかったのもあり、軽く注意した程度で終わっていた。
「与力と商人たちに踊らされた結果がこれか」
「最終的にはその体たらくが与力たちによって上様の知れるところとなり、怒りの折檻状に繋がったものかと」
確かにこれまで茶の湯に投じてきた費用の十分の一でも戦さに費やせば、本願寺との戦いもここまで長引かなかったかもしれない。こんな策略は素破では思いつかない。蒲生快幹だからこそ成せる技だ。
一益の視線の先、焼け跡に散らばる茶器の欠片が夕陽を受けてきらりと光った。華やかな器も割れればただの瓦礫――財の儚さが、足元に突きつけられているようだった。
「徳は本なり、財は末なり。己の行いが徳となっていなければ、財を積んでも人は離れる。財を民に用いれば人は集まり、国も豊かになる。それを忘れ、体面ばかりに惑わされた者がどうなったか――見届けたであろう」
それは四書にある大学に書かれた孔子の教えだ。
忠三郎は黙ってうつむいた。祖父が仕掛けた計略を知りつつ黙していた自分。和歌に逃げ、筆に没頭し、見て見ぬふりをしていた自分。そのすべてが今、一益の言葉に射抜かれていた。
「財散ずれば、則ち民聚まる。君主が財を民のために使えば、人は自然と集まり国は豊かになる」
一益の言葉に、忠三郎は胸が締めつけられる思いがした。
(和歌は我が心の拠り所。しかし筆を執ってばかりでは、国も民も守れぬ――)
「そなたは詩歌を愛し、心を寄せるあまり埋もれてしまいかねぬ。されど故国を背負う者であれば、逃げることは許されぬ。これは天命じゃ」
一益の眼差しは常とかわらず、厳然としていたが、忠三郎の胸の奥にはなぜか熱が差し込んでくるようだった。
胸の奥がきしむように痛み、思わず息を呑む。理で諭されているはずなのに、胸を締めつけられるような痛みと、どこか温かな力強さが同時に迫ってくる。
筆に触れるときの静けさと、戦場の烈しさ――二つの世界に引き裂かれる心が、波のように押し寄せてきた。
言葉にならぬ揺らぎを抱えながら、ただ黙して一益の言葉を受け止める。
一益がふと空を仰いだ。まだ大坂の空には、燃え残りの匂いが漂っていた。
「その昔、宋の国に一人の老人がおった。食を口にしながら、こう歌ったそうじゃ――帝力、何ぞ我にあらんや、と」
忠三郎が顔を上げる。
「帝など意識せずとも、世は豊かに巡り、民は安んじて暮らしていた。満ち足りた者は腹を鼓し、大地を踏み鳴らして歌う――鼓腹撃壌とはそのことよ。君主の力を意識せずとも――民が歌い笑う世こそ、最も良き治世じゃ」
一益の声は、理を超え、生死を渡り歩いた者だけが持つ静かな迫力を帯びていた。
「されど、その安寧は誰かが刀を執り、血を流し、乱を鎮めてこそ成り立つ。忘るるな、鶴。民が安らぐのは、そなたが心ならずも戦場に立つゆえであることを」
忠三郎は静かにうなずいた。
その仕草は年齢を超えた落ち着きを帯び、鳳凰の雛と呼ばれた面影を映している。
だが瞳の奥では、十八の若者らしい揺らぎが隠しきれない。
和歌に心を寄せる己を恥じながらも、
(いまは筆より刀を取るべき時――そう知りながら)
そこにすがらずにはいられなかった。
唇に浮かんだのは、寂しげな微笑。
詩歌に心を寄せれば寄せるほど、そこに埋もれてしまいそうになる――それが忠三郎の弱さであり、また救いでもあった。
幾度となく筆を取り上げられては離れ、けれど結局は戻ってしまう。それは和歌が忠三郎の呼吸のように欠かせぬものだからだ。
だが、故国を守ろうとする限り、その天命から逃れることはできない。
一益はしばし、若き義弟の横顔を見つめていた。
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