滝川家の人びと

卯花月影

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24 逃れの町

24-3 腹中の虫

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 一益一行が越前に向かう一月前。
 伊勢を引き上げた一益は都の南蛮寺で久しぶりにロレンソに会った。
「もう戦さはやめにしたか」
  誰に何を聞いたのか、ロレンソは開口一番にそう言った。
「殺気が全く感じられぬ。ようやくまことの隠居か」
 目の不自由なロレンソは昔から殊の外、感覚が鋭い。自分では何も意識してはいなかったが、ロレンソは何かを感じ取ったようだ。
 一益はそれには答えず、
「大坂に行ったと聞いていたが?」
 この頃のロレンソはとても忙しい。高山右近が新たに大坂に作った南蛮寺に友人たちを呼び寄せ、度々集会を開いている。ロレンソは右近に呼ばれ、何度も大坂まで足を運んではキリスト教の教えを説いている。
「右近殿が若い武将たちを連れてくる。牧野殿が洗礼を受けたことで、おぬしの義弟も足しげく通ってきておる」
「鶴がことか」
 安土にセミナリオがあったころ、信忠をはじめとする信長の息子たちとともに、忠三郎や三九郎が通い詰めていたことを思い出した。
(あのときは、快幹と賢秀に厳しく叱責され、キリシタンになることをあきらめたのであったな)
 不憫なことをしたなと思う。信長の三男・信孝は、自分がキリシタンになることで父の信長がどう思うかと案じ、信長にそれとなく探りを入れてほしいと言っていた。信孝だけではない。みな、信長の目を気にしていただろう。
(それでもキリシタンの教えを聞きに行っていた)
 多くの寺を焼き討ちにし、どこへ行っても仏敵と呼ばれていた信長の子弟たちが、キリスト教に救いを求めたのも無理からぬことだ。
(三九郎も、鶴も同じであろう)
 人の命を消耗品とみなす者がいる反面、多くの命を奪うことで心を痛め、悩み、病む者もいれば、出家する者もいる。
(されど我らは…)
 第六天魔王と呼ばれた信長の家臣として、高い位をもつ僧を何百人と葬って来た仏敵だ。業の深さは計り知れず、その罪の重さは負いきれるものではない。命を懸けて戦った先には避け得ぬ死があり、死して後も安ぎを得ることができないと言われれば、必死になって、どこかに安らぎを求めるのは当然のことではないだろうか。
「日野におるころよりも、今、キリシタンになることのほうが、はるかに障害が多いが…」
 忠三郎の新領地にあるのは日の本の総氏神とされる伊勢神宮。伊勢には皇室の氏神である天照大御神が祀られている。キリシタン嫌いの正親町帝が黙っているはずもなく、忠三郎がキリシタンになれば混乱は避けられない。
 さらには大坂と京を忙しく行き来するロレンソの思いとは裏腹に、これまで信長の庇護下にあって順風満帆だったキリスト教の布教にも微妙な影がさしてきている。
 この五月に、秀吉は、かつて信長が焼き討ちにした比叡山延暦寺の復興を認めた。今後、どう風向きが変わるのかはわからないが、キリスト教に興味を示し、宣教師たちに対しても協力的だった信長のときとは異なってくるだろう。
「帝が譲位するまで待った方がよいと?」
 正親町帝には度々譲位の話があがっている。しかし一益は首を横に振る。
「いや、その必要はない。世の移り変わりを待っていては、いつまでたってもキリシタンになることはかなわぬであろう。今の鶴にはキリシタンの教えが必要な筈じゃ。鶴の面倒をみてやってくれ」
 ロレンソは笑って快諾してくれた。
「それはそうと、おぬしはこれからどう生きる所存か」
 一益がもう戦場に出る気がないことを察しているようだ。
「都で子らとともに静かに暮らしたいと思うておる」
 誰よりも風花がそれを望んでいる。何人もの家臣を失い、これまでのような闘いの日々を続ける思いは消えていた。
「これまで多くの者を殺めてきたのじゃ。少しは真逆のことをしてはどうか」
「真逆のこととは?」
 ロレンソの言いたいことが分からず、何のことかと思っていると、ロレンソが南蛮寺の書庫から一冊の書物を取り出して渡してきた。
 一益は静かに書物の表紙を撫でた。  
 和紙のざらつきの奥に、遠い理の息づかいがある。  
 ――『察証弁治啓迪集さしょうべんじけいてきしゅう』――
 表紙にはそう書かれていた。略して啓迪集けいてきしゅう。書いたのは当代きっての名医と言われた曲直瀬道三。大陸からもたらされた六十四の医書を抜粋して書かれたものだ。曲直瀬道三はこの啓迪集を帝に献上するとともに、医学校である啓迪院を作って数百人もの弟子を育成し、医術を広めていた。道三流医術と呼ばれた医術は、祈祷やまじないの類ではない。相手の顔色・舌の色・動作を観察し、脈を取り、患部を直接触れて確かめ、そこから診断を下して薬を処方する。察病弁知さつびょうべんちと呼ばれ、これまでの医術とは全く異なってはいるが、その診断は適格であり、多くの人の病を癒した。
 帝はもちろんのこと、細川晴元、三好長慶、足利義輝、織田信長といった時の天下人の脈を取ることもあったが、道三が第一と考え、伝えていたのは医の論理だ。慈悲深く相手を思いやり、相手の身分にとらわれることもなく、そして秘密を守れと教える。その教えの通り、道三自身はどこの家にも奉公することなく、頼まれれば何処へでも行き、相手の身分にとらわれず、誰でも診ているらしい。
「何故にこれを持っておる?まさか曲直瀬道三は…」
 そのまさかだった。驚くべきことに、豊後で病に倒れた宣教師の診察をしたことが契機となり、曲直瀬道三はキリスト教に興味を示し、その教えを乞うにいたった。
「曲直瀬殿は年の暮れ、生誕祭に洗礼を受けることになっておる」
 ロレンソは言う。
「おそれるな、語れ、默すな。我、汝とともにあり、誰も汝を攻めて害う者なからん、とは正にこのことじゃ」
「如何なる意味か」
 それは初代教会と呼ばれた千五百年前の話。キリスト教が未だ伝えられていないコリントと呼ばれた港湾都市で布教を始めたキリストの弟子に対する神の啓示だという。
 神はこの街には私の民がたくさんいると、そう言って宣教師たちを励ました。
「布教をはじめたばかりで、キリシタンがたくさんいると?」
「然様。キリシタンとなるべく予め定められた者たちがおるという意味じゃ」
 ロレンソは曲直瀬道三も同じように、キリシタンとなるべくしてなったと、そう言っている。
 遠い異国の港に立つ若き宣教師の幻を見た気がした。  
 ――声なき啓きは、時と海を越えて届くものなのだ。
 帝の覚え目出度い曲直瀬道三がキリシタンとなることで、吉と出るか、凶と出るかは分からなかったが、ロレンソは一益に、薬学の知識を生かせと、そう言っているのだろう。今更医術を覚える気もなかったが、希少な書物であり、目を通しておきたいと思った一益はロレンソから啓迪集を受け取った。
 そのすぐ後に、丹羽長秀が病に伏しているという知らせが届いた。
(なんとも出来すぎた話ではないか)
 七郎と、建部与八郎が伝えてきた症状から、寄生虫であろうことは察しがついたが、寸白虫すばくちゅうであるなら、治す手立てがない。どの書物を紐解いても、効果的な薬の記載はなかった。
 それでも越前に向かうことにした理由は、自分でも分からない。ロレンソが言うように、病に苦しむ多くの人を救いたいなどという思いがあったわけではないが、七郎のことが案じられたのと、丹羽長秀本人にも会っておかねばならないような、そんな気がしていた。
 
 柴田勝家がここ、北ノ庄で宣教師たちに布教の許可を与えてから三年がたつ。フロイスは約二十日間滞在し、その間に五十名を超す者がキリシタンとなり、小さな南蛮寺が建てられた。
 フロイスが去った後も、北ノ庄にある南蛮寺ではキリシタンたちが集まり、ミサを捧げている。
 しかし不思議なことに、フロイス来訪の前から、キリスト教は北ノ庄に留まらず、越前一帯に広まっていたという。
「すでに宣教師が来ていたと?」
「いかにも。フラテンなる宣教師が来たのが最初。それ以来、この地では少しずつキリシタンが増えていったのでござります」
 フラテンはフロイスらの所属するイエズス会ではなく、フランシスコ会の宣教師だ。フロイスが勝家に布教許可を求めたときにはすでに越前にはキリシタンがいたことになる。
 建部与八郎は越前を案内しながら、そんな話を聞かせてくれた。
(まるでわしとロレンソの話を聞いていたかのような話じゃ)
 不思議な縁を感じていたが感心してばかりもいられない。建部与八郎をはじめとする丹羽家の家人たちは、一益が長秀の病を治すことを期待し、毎日のように容態を聞きに来る。
「新介の治療をしたキリシタンの修道士。あの者は、豊後にいるアルメイダなる修道士から医術を学んだとか。南蛮の医術には寸白虫の治療法があるやもしれませぬな」
 義太夫が言う通り、アルメイダは西洋医学を学んだ外科医だ。元々ポルトガルの商人だったアルメイダは貿易のために日本を訪れた際、宣教師トーレスに会う。国に戻ったアルメイダは自らも宣教のために日本にくる決意を固めて、再来日する。
 そこで目にしたのは、生活苦から川の入り江の砂地に赤子を置き、満潮のときに溺死させる赤子殺しだった。古来から行われていた習慣であり、必要悪とみなされていたが、南蛮人には相当な衝撃だった。
 アルメイダは私財を投じて豊後に乳児院を作り、それがのちに慈善病院となった。
「そのことであるが…」
 越前に来る前、同じことを思い、南蛮医療と呼ばれる医術を確認したが、刺絡、縫合、焼灼、瀉血など、いずれも目にしたことのない手技ばかりで、書物を読むだけで習得できるものではない。
 そして寸白虫を処置した例も一件だけあった。
「腹を切り裂き、虫を取りだしたらしい」
「腹を切って取り出した?…で、その後は?」
「針と糸で縫い合わせたと」
「へ?人の体を針と糸で?」
 そんな恐ろしいことをしたのかと義太夫はゾッとして
「小袖でもあるまいし、針と糸とは奇怪な。それで、大事には至らなかったので?」
「いや…」
 相当な出血量で死に至っている。最初から、放置していても助からないと踏んで処置したようだ。
「腹を開き、患部を切除する。さらには、腹腔を洗浄し、切り開いた部分を縫い合わせるとはまさしく後漢書に出てくる曹操の典医・華佗のごとき神医の技。されど、それをするには麻沸散なる麻酔薬を作らねばならぬ」
 腹を裂くともなれば麻酔薬は欠かせない。
 薬によって寄生虫をも退治したという華佗。その細かい処方は残されていない。虫を殺すには毒草を、そして麻酔薬も毒草を用いていることは確かだ。決められた法則に従って複数の毒草を調合するが、その量は相手の体格によって変化する。量を間違えると命取りになる。
(迂闊なことはできぬ)
 神医と呼ばれた華佗が治療した者は、一旦は回復したものの、三年後に再発している。
「そのような恐ろしきことをせずとも、南蛮渡来の妙薬で何とかなりませぬか」
 豊後ではマカオ、ゴアと呼ばれる地からの妙薬により多くの病人が治癒していると聞く。実のところ、アルメイダは外科医であり、従事していたのはもっぱら怪我人の治療で、内科においては日本人医師にゆだねられていた。
 しかし、あそこまで虫が大きくなっていては、薬だけではいかんともしがたい。
 
 年が明けて天つ正しき十三の年。
 都からは秀吉が紀州を平定し、従三位・権大納言に任じられたという話が伝え聞こえていた。
 北ノ庄では一益が日々、長秀の容態を診てはいるが、一向によくなる気配はなく、襲い掛かる激痛で満足に食事もとれなくなっている。
「父上、五郎左様を治してくだされ。何故父上は五郎左様を治してくださらぬのじゃ」
 幼い七郎の目から見ても長秀が深刻な症状であることがわかるらしく、朝に夕に、七郎にせがまれている。
「七郎、わしとて治せるものであれば治したい。されど、わしは神仏でも僧医でもない。人の病を治すなどということが、そう易々とできようか」
 なんとか言い聞かせようとするが、
「父上にできぬことなど、ありませぬ。父上ならば五郎左様を治すことができるはずじゃ」
 一体、誰から、どんな話を聞いて、どんな勘違いをしてしまったのか、七郎はどう説明しても納得しなかった。
 冬の陽が障子を透かし、白い影を畳に落とした。  
 その静けさが、幼子の声をいっそう痛ましくした。
 そんなある日、建部与八郎が尾張以来の丹羽家の家臣、戸田半右衛門を伴って姿を現した。
「南蛮医術により腹中の虫を取りだすことが可能と聞き及びました」
 七郎の件といい、さては義太夫が口を滑らせ、つまらない法螺を吹いたのかとちらりと睨むと、義太夫がしまったという顔をして下を向く。
 戸田半右衛門はその場に手を付き、
「殿に話したところ、是非とも取り出していただきたいとの仰せでござりまする」
「な、何?……それをわしにやれと申すか?」
 声が、庵の梁を震わせた。
 とんでもない話になっている。義太夫はどんな大法螺を吹いてくれたのか。
「義太夫、何を話した?」
 義太夫はエッと傍らの助九郎を振り返り、躊躇い、助九郎を突くと、助九郎がしぶしぶ前に進み出る。
 一益は額に手をあて、深く息を吐いた。怒りというより、呆れに近い溜息だった。
「七郎様にとっては殿は神仏同様の存在。それゆえ七郎様には、殿は深山幽谷に住む仙人であると、我らがそのように申し上げたので」
 さらに七郎から話を聞いた建部与八郎が家臣たちに問いただした際には
「世話になっている建部殿を喜ばせようと、ついつい口がすべり、南蛮の医術の話をしてしまいました」
 南蛮医術を使う仙人とはまた可笑しな法螺話をしてくれたものだ。
(やれ和歌だの、踊りだのとさせられた挙句、此度は南蛮医術か)
 かつて義太夫たちの法螺話のおかげで、能舞台を踏まされ、和歌を習いと色々なことをさせられてきたが、今回のはまた話の規模が違いすぎる。
 助九郎が小声で笑いをこらえた。  
 笑うな、と思いつつ、一益も口の端がかすかに緩んだ。
「腹から出したという者は、治ることなく死したと言う話じゃ。かような危ういことをして、命を落とせばなんとする」
「それも重々承知の上でお頼み申しておりまする。手をこまねいたまま、腹中の虫ごときに命を奪われるのは無念であると、殿はそう仰せにて」
 そんな大技をするのであれば、せめてアルメイダから手ほどきを受けた修道士を呼び寄せたほうがいい。
「もはやそのような悠長なことをしてはおられぬと、そう仰せでござります」
 日ごとに襲い掛かる激痛に耐えられなくなったようだ。ここはなんとか長秀を宥め、修道士が到着するまで時を稼ぐべきだろう。そう薦めると、家臣たちは顔を見合わせた。長秀に申し開きができないということらしい。一益の口から長秀に話してほしいと請われてしまった。
 
 丹羽家の家臣たちに押し出されるように部屋に向かわされ、致し方なく行ってみると、意外なことに臥せっていると思われた長秀が、起き上がっていた。
「おぉ、左近殿。待ちかねましたぞ。さ、早う腹中の虫を取り出してくだされ」
 目を血走らせ、脂汗を流しているところを見ると、やはり相当な痛みがあるようだ。やにわに脇差を取り出したので、一益は慌てて
「五郎左、そう急くでない。かような大事は南蛮医に手ほどきを受けた修道士に任せたほうがよい。今日にも都に使いを出して呼び寄せようほどに…」
「織田家にあって織田家を食いつくす不逞の輩のごとき腹中の虫。かような腹中の虫に命奪われるとは口惜しい。党人は白を指して黒と言い、上を倒さまにして下となす。鳳凰は伏籠の中に捕われ 鶏や雉は大空を翔り舞う。玉と石とを混同し、一概にしてこれを量る。かの党人の鄙にして妬なる、ああわが善とするところを知らず。重き積荷の多きに堪えれど、身は陥りて事の済るなし」
 一瞬、部屋に静寂が満ちた。  
 外の風が、障子をわずかに鳴らした。
 春秋戦国時代の楚の詩人、屈原が国を憂いで身投げする際に詠んだと伝わる懐沙かいさ。懐沙とはすなわち石を懐に抱えるという意味だ。
「五郎左、そのほう、一体…」
 何をはじめるのか、そう聞こうとしたとき、長秀は諸肌脱ぎになり、止める間もなく手にした脇差を腹に突き立てた。
「五郎左!早まるな!」
 建部与八郎と一益が慌てて近寄ると、長秀は脇差を捨て、開いた腹に手を入れ、寸白虫を鷲掴みにして目の前に投げつけた。
「こ、こんなものが腹の中に…」
 建部与八郎が目を見開いて驚いていると、力尽きた長秀がその場に卒倒する。
「五郎左!」
 おびただしい血が流れ、一益が慌てて傷口を抑える。
「殿、これはもはや南蛮医のごとく縫い合わせるしかありませぬぞ」
 義太夫が声をかけるが
(そう易々とできることではない)
 しかし事ここに至ってはやるしかない。書物で読んだだけだが、金創により腸がでたときと同じ処置が適用できるだろう。
「腹中の出血を止めねば、中に血がたまり一大事となる」
 一刻の猶予もならない。
 その場の時が、一瞬、止まった。
「急ぎ針と桑の皮を」
 近侍に命じて必要なものを用意させた。
 縫い合わせるには桑の皮を糸状にしたものが必要になる。切れた腸をつないで腹の中に押し戻し、傷口を縫い合わせる。
「義太夫、麻が大量にいる。助九郎たちに命じ、車前草《オオバコ》、アザミ、シャクナゲ、それと曼陀羅華の実を煎じたものをこれへ」
「ハハッ」
 苦しむ五郎左に声をかけながら、近侍が持ってきた針と桑の皮の糸を手にして縫い合わせた。
(あろうことか人の臓物を縫い合わせることになるとは)
 理を超え、ただ命に仕える己を、誰が想像したであろう。
 南蛮医がこんなことをしているとは信じがたいほどに縫いにくかった。
 その場にいる者皆に手伝わせ、全員血まみれになって腸を繋ぎ、外側の傷を縫い合わせ、傷口に薬草を巻き付けた。そうしてなんとか出血が止まったのは真夜中頃のこと。ホッと一息ついて見ると、部屋は床も襖も血で真っ赤に染まっていた。しかし、処置に時間がかかりすぎた。出血量が多すぎて、長秀はすでに意識がなく、虫の息だ。
(これでは三日ももたない)
 清須以来、共に過ごした織田家での日々が、長秀の命の灯火とともにまるで夢のように色褪せていく。これまで失ってきた多くの命と同様、それは手のひらからこぼれ落ちる砂のように、指の間からすり抜ける。
(五郎左、許せ)
 長秀の息遣いは、風に揺れるか弱い炎のようで、いつ吹き消されてもおかしくないほど脆く儚い。葉が一枚一枚、静かに秋風に舞い落ちていくように、静かに、そして穏やかに幕が下りようとしている。
 一益は建部与八郎に命じて、家臣たちと妻子を呼び寄せ、長秀の末期に立ち会わせた。
 血の匂いの中に、わずかに草の香がした。それが春の兆しであることを、一益はまだ知らなかった。
 外では、雪解けの雫が静かに土を打っていた。
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