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24.国王の使者
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敵襲かと緊張の走った一行に、エルシオンが手の平を向ける。
「大丈夫だ、攻撃するな。たぶん知り合いだ」
その声に俺は緊張を解いて、じっと空を見上げる。近づいてくる黒い影はどうやら3つだった。飛行機よりは小さそうだけど、鳥とは比べ物にならないくらい大きい。
「知り合い?」
確認するように尋ねると、エルシオンが小さく息を吐いた。
「あんまりいい予感はしないけどな」
ヘリコプター並みの風圧、というか威圧感と共にゆっくり草原に降りてくるそれを見守る。体長は6メートルくらい。俺の知識を総動員するにメガロサウルスに立派な羽が生えたみたいな生き物。その背に騎乗用の鞍が取り付けてあり、手綱を握った人、いや、魔族が乗っている。そういえば俺、こっちの世界に来てから見た動物って道中の宿場にいた猫っぽい生き物と人型の魔物だけだったから、こういうファンタジー丸出しの異世界生物は初めてみる。やっぱいるんだなードラゴン?筋肉質で重そうなのによくあの大きさの羽で飛べるな。何かしら魔力を使ってるのだろうか。
「……どらごん?」
俺の独り言をフィーが拾い上げる。
「ネテドという、魔族の使い魔の一種ですね。我々で言う馬のような使い方をされています」
「乗り物なんだね」
「えぇ。希少で高価ですから、ダーウッドでも位の高い人間しか所有してませんが。魔法以外で空を飛ぶ術のない我々からしたら脅威ですよ。手を焼かされます」
手を焼かされる、それはつまり戦いで?戦ったことがあるのか、フィーは。戦争は70年前に終わったって言ってたけど。
聞きたいことはいっぱいあったけれど、そんな暇はなさそうだった。金糸の細かい刺繍が入った黒い服を着た立派な身なりの男が一人、その家来っぽい人が二人、ネテドから降りて歩いてくる。腰の剣帯には護拳のサーベルが差してあった。
青みがかった銀色の髪に橙色っぽい瞳。片眼鏡をかけていてちょっと神経質そうだ。
「へネス」
エルシオンが俺をかばうように前に出て男に声をかけた。
「今日は陛下の勅使として参上した」
「それはそれは」
エルシオンが地面に膝をついて 恭しく礼の姿勢をとる。
王の勅使だから、エルシオンより位が上になるということか。こういう礼をサラッととれるから、粗野な物言いしてても育ちがよさそうな気がしちゃうんだよな。俺も膝をついた方がいいのかと周りを見回したけれど、王国側の人間はみな立ったままだったので、とりあえずあいさつ程度に頭だけ下げた。
「どのようなご用件で?」
エルの声に警戒が混じっていて、俺も緊張してしまう。
「陛下がそこの異世界人に会いたいと仰せでな。親書を持ってきた」
瞳孔が縦に細い、猫のような瞳で見つめられるとちょっと怖い。エルシオンが眉を顰める。
「陛下が……?なぜ?」
「理由など知らん。そちらの事情は重々承知している。だから王都まで来いとは言わない。陛下がミドゥルアンに視察の折、ぜひにと」
使者だという男がエルシオンの横をするりと抜けて俺の前に歩いてくる。
「これを」
差し出された書状を反射的に受け取ろうとした瞬間、フィーにぐいと肩を引かれ、いつの間にか横に来ていたガルに手首を掴まれた。ガルを見上げるとちょっと硬い顔をしている。
「受け取ったら会わなければいけなくなる」
エルシオンが膝についた土埃を払いながら立ち上がった。
これ、そんな米国の裁判所の召喚状みたいなシステムなの?
「お前たち……」
へネスと呼ばれた男が呻いた。その咎めるような視線を気に留めた風もなく、エルシオンは俺に使者さんから距離を取らせる。
「異世界人がこちらのしきたりを知らないからってそれは誠実さを欠いているんじゃないか?国王の勅使として」
使者の男は不服そうに眉根を寄せたあとで、胡散臭い笑顔を作って俺の方を向く。
「これは失礼を。異世界人殿、お初にお目にかかります。わたくしは執政の第一書記官を務めております、へネスと申します」
突然の慇懃な態度に面食らいながら俺も挨拶を返す。
「初めまして、ハヤセアキです……」
「改めて、親書を受け取っていただけますか?」
いや、この空気で受け取れるわけないだろ!
俺の代わりにフィーが答えた。
「こちらも国務で来ている以上、予定された行程を変更するには本国に掛け合う必要がありますので。すぐには返事をしかねます」
へネスは案外あっさりと手を引っ込めた。
「そうですか。では二日ほど待ちましょう」
にっこり笑う。すごーく裏のありそうな顔。
エルシオンと視線を合わせると、小さく肩をすくめた。たぶん、普段からこういう人なんだろうと思う。
使者の人は一旦近郊の町に引き返し、改めて湖の方に来るという話だった。
エルとガルが日中ずっと浮かない顔をしていたから、夜、焚火を囲んで少し話し合うことにした。どうして手紙を受け取ってはいけないのか、改めて問い質したかったのもあった。
「だめだ、絶対。伯父上はヤバイ」
「なんで?」
エルとガルはやっぱり俺と王様を会わせたくないらしい。自分の国の王様で、自分たちのおじさんにも関わらずだ。
「人間嫌いの伯父上が人間に会いたいだなんておかしい。それも王都をあけてわざわざミドゥルアンまで出てくるなんて……政務以外のことに基本無関心な伯父上らしくない」
「でも領内にお邪魔して大切なものをいただくわけだから、あいさつくらいするのが筋じゃない?」
「事前に了解を得ているんだ。最低限の筋は通してる。寄り道してる暇はないと言え。会わない方がいい」
エルの言葉にガルも同意する。
「俺も会わない方がいいと思う。伯父上ってさ、行動が読めないんだよね。何を喜び、何を楽しみ、どういう欲を持って行動しているのか、そういう行動原理が分からない人なんだよ。人間嫌いで、女嫌いで、でもたまに異様に執着するものがあって」
「成人前後の男な」
エルシオンがため息交じりに言う。
「執着って?」
「んー……よくわからないんだけどさ。買ってきたり召し上げたりしてしばらく側において。まぁ手を出してるかどうかはわからないけど。で、しばらくすると下賜されたり、家に帰されたり、消えたりする」
「消えるって……」
「王宮の中でのことってわからないからね。無礼討ちされたんだって噂が立ったこともあったけど、まぁ証拠も何もない話だからしばらくすると立ち消える」
「二人から見て、彼はそういうことをするタイプ?」
「短気ではない。冷酷だけど、残虐ではない。相手を殺すことに躊躇いはないけれど、理由なく殺したりはしない。強者特有の傲慢さとプライドの高さはあるけれど、偉才があり非合理的ではない……そんなとこ?」
悪くない評価な気がした。
「総合すると、そういう理不尽なことをしないタイプってことだよね」
「いや、だから怖いんだ。つまり何かに深く執着するタイプでも、説明できないことをするタイプでもないのに、周りにろくに話も通さず若い男を召し上げるんだ。殊更愛でるわけでもなく、ただしばらく側に置いて身の回りのことをさせ、何人かに一人は消える……意味わからなくて怖いだろうが」
「色狂いとか、殺人狂とか、極悪非道の暴君とか、どこか破綻しているっていうならまだわかるけどね。魔力も政治手腕も確かだし、博学で、華美は好まず、親戚として酒席を共にすること、あるいは為政者として上に戴くことを悪いとは思わない。でも底が知れなくて怖い。心の内を全く読ませないから、俺は必要以上に近づかないし信頼もしない」
「こんなちゃらんぽらんな俺達でも気圧されるんだ。たちが悪いぞ」
エルとガルが代わる代わる説明する。とてもわかりやすくて、主観と客観のバランスの取れた講評だった。
俺はオレンジ色の光にちらちら照らされている二人の顔をまじまじ見つめた。
「……なんだ?」
エルシオンが首をかしげる。
「いや、なんか……二人が頼もしく見えてきて」
「そうか。お礼はお前の血でいいぞ」
「えぇ?」
「冗談だって。ま、そういうわけだから会わずに済みそうなら会うべきじゃない。俺たちが言えるのはそれだけ」
「つってもな……伯父上がこうするって決めてそうならなかったことってないんだよな」
「ひえ……」
「伯父上は情に絆されるタイプじゃないから、親戚の俺達でもとりなすことはできない。説得はできない。事を構えるとなったときにお前の側につくことも……いや、まぁ父上と喧嘩できるっていうならわりと歓迎だけど、伯父上と戦うのはなぁ」
「仮に、万が一、刃を向けることができたとしても、瞬殺されると思う。ごめんね」
「そんなに強いの?」
「70年前の人間との小競り合いも、伯父上が腰を上げた瞬間決着がついた」
「マジか」
フィーが付け加える。
「精神操作系の能力持ちなんですよ。人間を同士討ちさせて一気に数を減らしました」
それはえぐい。全滅せずに和議を結べたというのは、彼が手加減をしたからなのかもしれない。だとしたらそんなに悪い人とも思えないけれど。
「まぁとりあえず欠片を回収したら、急ぎの用事があるんで帰りま~すってことで会わずに引き返せ。俺たちの可愛いネテドちゃんを貸してやるから、それで国境まで送るよ。さすがに王国内までは追いかけてこないだろう」
「それはありがたいけど、そんなに便利な乗り物あるならさ、往路もそれ貸してくれれば呪魔の森を歩いて抜ける必要なかったんじゃない?」
「ネテドは全部国有で契約した所有者以外、特に人間を乗せることはご法度だし、正式な許可がないと利用できないんだよ」
「……ん?じゃあ俺たち利用できなくない?」
「そこはまぁなんとかするよ。緊急事態だし?うちの家令は優秀だから、なんとかしてくれる」
ガルが安心させるように言う。いや、それはーー
「それだとエルとガルにめちゃくちゃ迷惑かけるんじゃ……」
「そんなこと考えてたら一瞬で伯父上につかまるよ?」
ガルがいきなり表情を消した。いつもわりとへらっとしているから、黙って口を引き結ぶと迫力が出る。エルも真面目な声で言った。
「優先順位を考えろ。お前がいないと欠片は集まらないんだろ?つまりお前に何かあったら、大陸中の人間の身の安全が脅かされることになる」
「まぁ今更魔王復活なんて俺たち穏健派の魔族にとってもありがたくないしな。そういう意味ではお前には俺たちの命運もかかってるんだ」
「そんな俺に、イルーニア王は何かを仕掛けてくる?」
「あぁ。伯父上はそういうことを気にしない。気にしないというか、どこか達観してしまっているんだよな、国の行く末も大陸の行く末も。陛下がこの大陸で仮にも国王なんてやってるのはね、自分の力を把握して、試すためだよ。本音を言えばこの国も大陸のことも知ったこっちゃない。本気でやりたいことや手に入れたいものがあったら平気で犠牲にする。たぶんね」
「散々な言われようだね」
「かれこれ100年くらい付き合ってるからわかるよ。どこを向いているのかわからない、底の知れない人だ」
「そんな人が、合理性関係なく執着しているんだぞ、成人前後の若い男に。怖いだろ?」
でも人間嫌いって言ってなかったっけ?それでも危ないんだろうか。いや、ここまで言われてしまっては、会うつもりはないけれども。
「そもそもアキはリノリアンだしね」
「でも俺の見た目もリノリアンってことも知らないはずだよね?」
「まぁそうだけど。でもあの人は先祖返りで力が強いから、妙な力があるんだよね。だからもしかしたらアキのことを知って、会いたがってる可能性もある」
ガルが何か考えるように目を伏せる。
ああ、案内役がこの二人でよかった。
いや、二人にとってはとんだ貧乏くじだったかもしれないけれど。こうなったら精一杯頼らせてもらおう。
「……フィー」
フィーの方を向くと、フィーは落ち着いた表情で微笑む。
「まずは殿下に連絡ですね。大丈夫。なんとかなります」
「なんか欠片の回収以上に心配なことできて、緊張が解けたわ……」
湖が近づいてきて、あー俺ちゃんと欠片を引き上げられるかなー失敗したら恥ずかしいなーとか色々考えていたけれど。無事に国を出られるのかとか身の安全の心配し始めたら、欠片の方はなんとなかなる気がしてきた。
「そうですね。まずは欠片の回収です。そのあとの段取りはわれわれできちんと算段します」
「そうそう。アキは欠片のことに集中して」
「って言われてもなぁ」
合格発表前みたいな、そわそわ落ち着かない気持ちで、俺は焚火の火が踊るのを見つめていた。
「大丈夫だ、攻撃するな。たぶん知り合いだ」
その声に俺は緊張を解いて、じっと空を見上げる。近づいてくる黒い影はどうやら3つだった。飛行機よりは小さそうだけど、鳥とは比べ物にならないくらい大きい。
「知り合い?」
確認するように尋ねると、エルシオンが小さく息を吐いた。
「あんまりいい予感はしないけどな」
ヘリコプター並みの風圧、というか威圧感と共にゆっくり草原に降りてくるそれを見守る。体長は6メートルくらい。俺の知識を総動員するにメガロサウルスに立派な羽が生えたみたいな生き物。その背に騎乗用の鞍が取り付けてあり、手綱を握った人、いや、魔族が乗っている。そういえば俺、こっちの世界に来てから見た動物って道中の宿場にいた猫っぽい生き物と人型の魔物だけだったから、こういうファンタジー丸出しの異世界生物は初めてみる。やっぱいるんだなードラゴン?筋肉質で重そうなのによくあの大きさの羽で飛べるな。何かしら魔力を使ってるのだろうか。
「……どらごん?」
俺の独り言をフィーが拾い上げる。
「ネテドという、魔族の使い魔の一種ですね。我々で言う馬のような使い方をされています」
「乗り物なんだね」
「えぇ。希少で高価ですから、ダーウッドでも位の高い人間しか所有してませんが。魔法以外で空を飛ぶ術のない我々からしたら脅威ですよ。手を焼かされます」
手を焼かされる、それはつまり戦いで?戦ったことがあるのか、フィーは。戦争は70年前に終わったって言ってたけど。
聞きたいことはいっぱいあったけれど、そんな暇はなさそうだった。金糸の細かい刺繍が入った黒い服を着た立派な身なりの男が一人、その家来っぽい人が二人、ネテドから降りて歩いてくる。腰の剣帯には護拳のサーベルが差してあった。
青みがかった銀色の髪に橙色っぽい瞳。片眼鏡をかけていてちょっと神経質そうだ。
「へネス」
エルシオンが俺をかばうように前に出て男に声をかけた。
「今日は陛下の勅使として参上した」
「それはそれは」
エルシオンが地面に膝をついて 恭しく礼の姿勢をとる。
王の勅使だから、エルシオンより位が上になるということか。こういう礼をサラッととれるから、粗野な物言いしてても育ちがよさそうな気がしちゃうんだよな。俺も膝をついた方がいいのかと周りを見回したけれど、王国側の人間はみな立ったままだったので、とりあえずあいさつ程度に頭だけ下げた。
「どのようなご用件で?」
エルの声に警戒が混じっていて、俺も緊張してしまう。
「陛下がそこの異世界人に会いたいと仰せでな。親書を持ってきた」
瞳孔が縦に細い、猫のような瞳で見つめられるとちょっと怖い。エルシオンが眉を顰める。
「陛下が……?なぜ?」
「理由など知らん。そちらの事情は重々承知している。だから王都まで来いとは言わない。陛下がミドゥルアンに視察の折、ぜひにと」
使者だという男がエルシオンの横をするりと抜けて俺の前に歩いてくる。
「これを」
差し出された書状を反射的に受け取ろうとした瞬間、フィーにぐいと肩を引かれ、いつの間にか横に来ていたガルに手首を掴まれた。ガルを見上げるとちょっと硬い顔をしている。
「受け取ったら会わなければいけなくなる」
エルシオンが膝についた土埃を払いながら立ち上がった。
これ、そんな米国の裁判所の召喚状みたいなシステムなの?
「お前たち……」
へネスと呼ばれた男が呻いた。その咎めるような視線を気に留めた風もなく、エルシオンは俺に使者さんから距離を取らせる。
「異世界人がこちらのしきたりを知らないからってそれは誠実さを欠いているんじゃないか?国王の勅使として」
使者の男は不服そうに眉根を寄せたあとで、胡散臭い笑顔を作って俺の方を向く。
「これは失礼を。異世界人殿、お初にお目にかかります。わたくしは執政の第一書記官を務めております、へネスと申します」
突然の慇懃な態度に面食らいながら俺も挨拶を返す。
「初めまして、ハヤセアキです……」
「改めて、親書を受け取っていただけますか?」
いや、この空気で受け取れるわけないだろ!
俺の代わりにフィーが答えた。
「こちらも国務で来ている以上、予定された行程を変更するには本国に掛け合う必要がありますので。すぐには返事をしかねます」
へネスは案外あっさりと手を引っ込めた。
「そうですか。では二日ほど待ちましょう」
にっこり笑う。すごーく裏のありそうな顔。
エルシオンと視線を合わせると、小さく肩をすくめた。たぶん、普段からこういう人なんだろうと思う。
使者の人は一旦近郊の町に引き返し、改めて湖の方に来るという話だった。
エルとガルが日中ずっと浮かない顔をしていたから、夜、焚火を囲んで少し話し合うことにした。どうして手紙を受け取ってはいけないのか、改めて問い質したかったのもあった。
「だめだ、絶対。伯父上はヤバイ」
「なんで?」
エルとガルはやっぱり俺と王様を会わせたくないらしい。自分の国の王様で、自分たちのおじさんにも関わらずだ。
「人間嫌いの伯父上が人間に会いたいだなんておかしい。それも王都をあけてわざわざミドゥルアンまで出てくるなんて……政務以外のことに基本無関心な伯父上らしくない」
「でも領内にお邪魔して大切なものをいただくわけだから、あいさつくらいするのが筋じゃない?」
「事前に了解を得ているんだ。最低限の筋は通してる。寄り道してる暇はないと言え。会わない方がいい」
エルの言葉にガルも同意する。
「俺も会わない方がいいと思う。伯父上ってさ、行動が読めないんだよね。何を喜び、何を楽しみ、どういう欲を持って行動しているのか、そういう行動原理が分からない人なんだよ。人間嫌いで、女嫌いで、でもたまに異様に執着するものがあって」
「成人前後の男な」
エルシオンがため息交じりに言う。
「執着って?」
「んー……よくわからないんだけどさ。買ってきたり召し上げたりしてしばらく側において。まぁ手を出してるかどうかはわからないけど。で、しばらくすると下賜されたり、家に帰されたり、消えたりする」
「消えるって……」
「王宮の中でのことってわからないからね。無礼討ちされたんだって噂が立ったこともあったけど、まぁ証拠も何もない話だからしばらくすると立ち消える」
「二人から見て、彼はそういうことをするタイプ?」
「短気ではない。冷酷だけど、残虐ではない。相手を殺すことに躊躇いはないけれど、理由なく殺したりはしない。強者特有の傲慢さとプライドの高さはあるけれど、偉才があり非合理的ではない……そんなとこ?」
悪くない評価な気がした。
「総合すると、そういう理不尽なことをしないタイプってことだよね」
「いや、だから怖いんだ。つまり何かに深く執着するタイプでも、説明できないことをするタイプでもないのに、周りにろくに話も通さず若い男を召し上げるんだ。殊更愛でるわけでもなく、ただしばらく側に置いて身の回りのことをさせ、何人かに一人は消える……意味わからなくて怖いだろうが」
「色狂いとか、殺人狂とか、極悪非道の暴君とか、どこか破綻しているっていうならまだわかるけどね。魔力も政治手腕も確かだし、博学で、華美は好まず、親戚として酒席を共にすること、あるいは為政者として上に戴くことを悪いとは思わない。でも底が知れなくて怖い。心の内を全く読ませないから、俺は必要以上に近づかないし信頼もしない」
「こんなちゃらんぽらんな俺達でも気圧されるんだ。たちが悪いぞ」
エルとガルが代わる代わる説明する。とてもわかりやすくて、主観と客観のバランスの取れた講評だった。
俺はオレンジ色の光にちらちら照らされている二人の顔をまじまじ見つめた。
「……なんだ?」
エルシオンが首をかしげる。
「いや、なんか……二人が頼もしく見えてきて」
「そうか。お礼はお前の血でいいぞ」
「えぇ?」
「冗談だって。ま、そういうわけだから会わずに済みそうなら会うべきじゃない。俺たちが言えるのはそれだけ」
「つってもな……伯父上がこうするって決めてそうならなかったことってないんだよな」
「ひえ……」
「伯父上は情に絆されるタイプじゃないから、親戚の俺達でもとりなすことはできない。説得はできない。事を構えるとなったときにお前の側につくことも……いや、まぁ父上と喧嘩できるっていうならわりと歓迎だけど、伯父上と戦うのはなぁ」
「仮に、万が一、刃を向けることができたとしても、瞬殺されると思う。ごめんね」
「そんなに強いの?」
「70年前の人間との小競り合いも、伯父上が腰を上げた瞬間決着がついた」
「マジか」
フィーが付け加える。
「精神操作系の能力持ちなんですよ。人間を同士討ちさせて一気に数を減らしました」
それはえぐい。全滅せずに和議を結べたというのは、彼が手加減をしたからなのかもしれない。だとしたらそんなに悪い人とも思えないけれど。
「まぁとりあえず欠片を回収したら、急ぎの用事があるんで帰りま~すってことで会わずに引き返せ。俺たちの可愛いネテドちゃんを貸してやるから、それで国境まで送るよ。さすがに王国内までは追いかけてこないだろう」
「それはありがたいけど、そんなに便利な乗り物あるならさ、往路もそれ貸してくれれば呪魔の森を歩いて抜ける必要なかったんじゃない?」
「ネテドは全部国有で契約した所有者以外、特に人間を乗せることはご法度だし、正式な許可がないと利用できないんだよ」
「……ん?じゃあ俺たち利用できなくない?」
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ガルが安心させるように言う。いや、それはーー
「それだとエルとガルにめちゃくちゃ迷惑かけるんじゃ……」
「そんなこと考えてたら一瞬で伯父上につかまるよ?」
ガルがいきなり表情を消した。いつもわりとへらっとしているから、黙って口を引き結ぶと迫力が出る。エルも真面目な声で言った。
「優先順位を考えろ。お前がいないと欠片は集まらないんだろ?つまりお前に何かあったら、大陸中の人間の身の安全が脅かされることになる」
「まぁ今更魔王復活なんて俺たち穏健派の魔族にとってもありがたくないしな。そういう意味ではお前には俺たちの命運もかかってるんだ」
「そんな俺に、イルーニア王は何かを仕掛けてくる?」
「あぁ。伯父上はそういうことを気にしない。気にしないというか、どこか達観してしまっているんだよな、国の行く末も大陸の行く末も。陛下がこの大陸で仮にも国王なんてやってるのはね、自分の力を把握して、試すためだよ。本音を言えばこの国も大陸のことも知ったこっちゃない。本気でやりたいことや手に入れたいものがあったら平気で犠牲にする。たぶんね」
「散々な言われようだね」
「かれこれ100年くらい付き合ってるからわかるよ。どこを向いているのかわからない、底の知れない人だ」
「そんな人が、合理性関係なく執着しているんだぞ、成人前後の若い男に。怖いだろ?」
でも人間嫌いって言ってなかったっけ?それでも危ないんだろうか。いや、ここまで言われてしまっては、会うつもりはないけれども。
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「でも俺の見た目もリノリアンってことも知らないはずだよね?」
「まぁそうだけど。でもあの人は先祖返りで力が強いから、妙な力があるんだよね。だからもしかしたらアキのことを知って、会いたがってる可能性もある」
ガルが何か考えるように目を伏せる。
ああ、案内役がこの二人でよかった。
いや、二人にとってはとんだ貧乏くじだったかもしれないけれど。こうなったら精一杯頼らせてもらおう。
「……フィー」
フィーの方を向くと、フィーは落ち着いた表情で微笑む。
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「なんか欠片の回収以上に心配なことできて、緊張が解けたわ……」
湖が近づいてきて、あー俺ちゃんと欠片を引き上げられるかなー失敗したら恥ずかしいなーとか色々考えていたけれど。無事に国を出られるのかとか身の安全の心配し始めたら、欠片の方はなんとなかなる気がしてきた。
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キノア9g
BL
「俺の血を啜るとは……それほど俺を愛しているのか?」
(いえ、ただの生存戦略です!!)
【元社畜の雑魚モンスター(うさぎ)】×【勘違い独占欲勇者】
生き残るために媚びを売ったら、最強の勇者に溺愛されました。
ブラック企業で過労死した俺が転生したのは、RPGの最弱モンスター『ダーク・ラビット(黒うさぎ)』だった。
のんびり草を食んでいたある日、目の前に現れたのはゲーム最強の勇者・アレクセイ。
「経験値」として狩られる!と焦った俺は、生き残るために咄嗟の機転で彼と『従魔契約』を結ぶことに成功する。
「殺さないでくれ!」という一心で、傷口を舐めて契約しただけなのに……。
「魔物の分際で、俺にこれほど情熱的な求愛をするとは」
なぜか勇者様、俺のことを「自分に惚れ込んでいる健気な相棒」だと盛大に勘違い!?
勘違いされたまま、勇者の膝の上で可愛がられる日々。
捨てられないために必死で「有能なペット」を演じていたら、勇者の魔力を受けすぎて、なんと人間の姿に進化してしまい――!?
「もう使い魔の枠には収まらない。俺のすべてはお前のものだ」
ま、待ってください勇者様、愛が重すぎます!
元社畜の生存本能が生んだ、すれ違いと溺愛の異世界BLファンタジー!
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