恋。となり、となり、隣。

雉虎 悠雨

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第二章 車内でも隣には

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 舌鼓を打ち、目雲の料理をしばし堪能したのち、宮前が思い出して話題に乗せた。

「電話は? 颯天なんだって?」

 宮前は訊くとビーフシチューをぱくりと口に含んだ。

「あっちも喧嘩だ」

 目雲のあっさりした返事にわざわざ喧嘩しただけで電話なんかしてくるかと宮前は疑問を口の中の物と一緒に飲み込んで、その話を広げる。

「奥さんと? 奥さんマンガ家してるんだったよな」
「颯天はマンガ編集してるんです」

 目雲はゆきにも分かるように説明を加えた。

「どちらもお忙しいですね」

 出版関係の仕事をしていても直接は関係のないゆきでもその雰囲気くらいは知っていた。
 宮前も補足をする。

「結構グロめな作風のマンガ家だけど、普通の人だったよ」
「雑誌も違うし担当でもないのに、編集目線で話して怒らせたらしい」

 目雲が言った喧嘩のわけに、宮前もゆきも想像で十分その理由に納得できた。

「それは喧嘩になって仕方ないな」
「そうですね、身内の助言は的確でも的外れでも癪に障るのはよく見聞きします」
「ゆきちゃんもそう?」

 宮前の問いにゆきは首を振る。

「私はそんなに。一つの意見として受け止めます」

 ゆきの言葉を正確に受け取った宮前が頷く。

「受け入れるかどうかは別ってことね、だってさ周弥」
「ゆきさんの仕事に口出すことはしない」

 からかいはそこまでにして、宮前は話を戻す。

「それでまさか周弥に仲裁頼んだりしないだろ」
「しない。ただそうだと言うだけだ。電話の理由は最近送った子供の誕生祝の礼みたいなものだ」

 宮前がそういえばという感じで思い出した。

「えっと、半年過ぎたくらいだっけ?」
「大体そのぐらいだ、第一子は出産直後は他からもいろいろ貰うだろうと敢えて時期をずらした」

 ゆきは今後の参考にと頷く。

「なるほど」
「これくらいの歳になってくると、周りは結構出産多いからね。だから色々知るようになるんだよ」

 宮前が言えばゆきは納得した。

「そうなんですね」
「隼二郎は営業職なのもあるだろ」

 目雲の言葉にゆきは頷く。

「細やかな配慮と気遣いですね」
「男兄弟でそこまでするかは俺にはよく分らんけど」

 一人っ子だと言っていた宮前の言葉を思い出したゆきは、出産祝いを贈ったり、電話連絡があることで、険悪だと聞いた両親との関係とはまた別なのだと分かる。

「ご兄弟と仲が良いんですね」

 答えたのは宮前だ。

「いや、一種の生存確認だよ。周弥から連絡することなんかないから、ちゃんと暮らしてるか確認してるんだよ。ゆきちゃんと付き合っていることは言った?」
「バレた」

 宮前がケラケラと笑う。

「待たせてる人がいるから早く切るとか言ったんだろ」
「隼二郎だと言ったら、あいつなんか待たせても何ともないと言っていたぞ」
「颯天のやろう。あいつは勘が鋭いからな、このタイミングで掛けてきたのもそれでなんじゃないのか」
「明言は避けておいた」
「バレたら何か駄目なことが?」

 ゆきの疑問に目雲は首を振った。

「特にありません」
「正月帰ったときにちょっと冷やかされるくらいだろ」

 宮前が補足して、目雲はゆきに軽く頭を下げる。

「それくらいです、すみません気になる言い方をしてしまって」
「いえいえ、何か極秘にしなければならないということなら私も協力をと思っただけなので」

 首を振って笑うゆきに、宮前が尋ねる。

「ゆきちゃんは誰かに言った?」
「メグと母と妹とはよく連絡をするのでその時に言いました」
「なにか言われた?」
「メグはなんだか喜んでました。母と妹には目雲さんがどんな人か聞かれて、素敵な人だと言ってあります」
「素敵な人ねー」

 宮前の意味深な言い方に目雲が突っ込む。

「なんだ」

 それを無視してゆきに視線を向ける。

「家族には一回振られたのは言ってないの?」
「言ってないですよ」
「周弥の印象のため?」

 ゆきは微苦笑を浮かべた。

「いえいえ、私がからかわれるからです。振られても猛烈アタックしたんだとか、恋愛ごとだけ何故だかこちらが何も言っていないのに話が膨らんで、ないこともあったことみたいになっていくので、それを修正する時間がない時は最低限だけの情報提供にしています」
「テンション高い女の人の盛り上がり方って時々凄いもんね、ゆきちゃんのお母さんと妹ちゃんは明るい人たちなんだね」
「宮前さんの正しい考察と最後の気遣いに感服します」

 姦しいと言わずにポップに明るいと表現したことにゆきが笑う。

「どういたしまして」
「その答え方は合ってるのか」

 やや咎めるように言う目雲を無視して、電話というフレーズで思い出した宮前が聞きたかったと言って、ゆきに確認を取る。

「二人が付き合いだした時のことちょっと聞いたんだけど、俺が詳細聞くの嫌じゃない?」

 こういう気遣いができるところが宮前の義理堅いところだとゆきは微笑む。
 目雲に聞き出しても良かったものを、ゆきならきっと目雲から聞いたとしても何も言わないと分かっているだろうに、それでもきちんと了承を得るところがゆきは優しさに思う。

「私は気にしないですよ」
「周弥さなんで、急に電話する気になったんだ?」

 それはゆきも聞いていないなと思いながら、自分の前で言いづらいならまたの宮前さんにだけでも大丈夫だと、言おうとする前に目雲が口を開いた。

「ゆきさんが男と二人で歩いてるのを見てから、その事が頭から離れなかった」

 予想もしなかったその答えにゆきは首を傾げる。

「男? 誰だろう」

 ゆきが記憶をたどる横で宮前が心底呆れた表情をしていた。

「お前、そういうの理解するの遅すぎだろ。振った男が一番口出しすることじゃないぞ」

 分かっている、と目雲は頷いた。

「ただ気が付いたら」

 そこで言葉を止めた目雲に宮前が驚愕の表情になる。

「こわっ」

 思い余った行動なのかと、友人ながら宮前が若干引いた。

「それで考えるのをやめた」

 宮前だけがハッとした。

「周弥」

 考えろと言ったのは自分だと思い出した。それが目雲が一番苦しむことだと分かっていたのに、そう深く反省するが、当の目雲は逆にゆきのことばかり考えているとずっと気が付いていた。
 だから自分の感情については目を向けていなかった。

 ゆきがより幸せになる道は散々考えて、そこに自分が居ない方が良いという結論だけに囚われている時、ゆきが知らない男と楽し気に歩いているのを見て、初めて自分の嫉妬心が胸を苦しめ始める。そしてそのコントロールできない自分の感情が引き金になり、自分の本心に目を向けることになってしまった。

 思考ではなく感覚。
 頭ではなく心で行動した。ただそれだけ。

「考えるのをやめたらゆきさんに会いたくなった」

 それにしたって唐突な行動過ぎるだろうと、宮前は思ってしまう。

「なんて勝手な」

 思い悩んではしてほしくはないが、ゆきのことを思えば、行動に段取りを持たせてほしいと、そういうところはやっぱり考えて欲しいと思っていまい、またも呆れた宮前と対照的にゆきは微笑んだ。

「私は良かったです」
「ゆきちゃんは優しいのぉ」

 普通だったらもうずっと前に目雲のややこしさに辟易しているのではないかと思って、やはりゆきは貴重な存在だと宮前に思わせる。

 そして目雲もまたそのゆきの懐の深さというか大らかさに、とても救われていると自覚があった。

「それで突然電話掛けて突然呼び出したわけだな。良かったな、会って貰えて」
「そうだな」

 あまりに軽い返事に、宮前の方が憤る。

「そうだなって、本当にその奇跡的な状況分かってるのかよ」
「奇跡だったのは私の方ですから、本当に」

 笑うゆきをみて、宮前はより一層重く言う。

「マジで大事にしろよ」
「分かっている」

 ゆきは実の親でもそこまで念押ししないのではないだろうかと思うほどの宮前の様子に、飲んでいる時よりよっぽど酔っているようだと思いながら、それくらい心が荒れているのかもしれないと、喧嘩のダメージを悟ってしまう。

 ゆきはついひろ子の話も思い出して、タイムリーに目雲の弟も、宮前も恋人と喧嘩するのだとしみじみ言葉が漏れる。

「皆さん喧嘩するんですね」
「周弥とゆきちゃんはしなさそうだよね」

 ひろ子には喧嘩にもならないだろうと言ったが、それ以前の疑問がゆきにはある。

「そもそも目雲さん怒ることがあるんですか?」

 宮前には強い言葉を使うが、それは怒りとはまた違う、じゃれ合いのようにゆきには見えているので、目雲の怒りの感情を見たことはない。

「ありますよ」

 当たり前のように目雲に言われても、ゆきにはその姿が想像できずに不明瞭な表情をするしかないのを見て取り宮前が笑いながら補足を付けた。

「子供の頃はキレたりしたの見たことあるけど、その時だって喚き散らしたりとか暴れたりとかじゃなかったな。黙れの一言と睨みつける目力で制圧したり、殴られたから返し一発ノックアウトしたり」
「子供の頃の話です」

 目雲のきっぱりとした言い分は、若気の至りだと思っていると語っていて、つまり今はそんなことはしないと言いたいのだとゆきにも伝わった。

 その目雲の様子に宮前はまた笑みを深くして、どれだけゆきに悪く思われたくないのだと呆れながらも、その幾分余裕のない姿が微笑ましい。だから、からかいはせずフォローを入れる。

「周弥は男三兄弟だからな、フィジカルは自然と鍛えられるよな。次男だけあって立ち回りの上手さもあるけど」
「宮前さんとも喧嘩したりありました?」

 二人の仲の良さから、それも想像できなかったゆきが尋ねると、宮前が大きく頷いた。

「あった。主に俺がキレるだけのやつ。何回かあるけど、小六の時は何でか忘れたけど殴りかかった俺の腕を叩き落として転ばせておいて、無視して帰って行ったことがあった」
「くだらないことばかり話すからだ」

 余計なことを言うと宮前に対して声のトーンがいつも以上に下がった目雲だったが、それを受けずにゆきに向けて宮前は自嘲の笑みを浮かべる。

「子供の頃から俺って口だけは良く回るやつだったんだよね。だから全然友達がいないの。マジで周弥だけ」
「そんな風には見えないですけど」

 明るく人当たりもいい宮前はたくさんの友人がいて不思議でなかったゆきが、そのイメージをそのまま伝えると、宮前はよく言われると冗談めかして笑った後、しみじみ続ける。

「知り合いはいっぱいいるけどね、お互いに利害ある関係って言うか。そういうのがなくて本当に友達って言えるくらいのマジで周弥くらい。だからゆきちゃんは俺の友達第二号なんだよ」
「変な称号をゆきさんに付けるな」

 低い声のまま注意する目雲と対照的にゆきは微笑む。

「ありがとうございます」

 不快感全開の目雲と嬉しそうなゆきの何とも対照的な二人を宮前が笑った。




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