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第三章 いつも隣に
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そんな風に二人の同棲生活はすっかり馴染み、日常となったそんな頃。
新居にすでに何度かやってきていた宮前はこの日、目雲から頼みごとをされていた。
「別れたきっかけは彼女の浮気なんだけど」
「浮気ですか?」
ゆきの驚きに宮前は笑う。
ダイニングテーブルにゆきと二人だけでコーヒーを前に目雲の過去について宮前が話していた。
目雲はオープンキッチンでそんな二人を眺めながら、夕食の支度をしている。
「いや、あくまで最後の一押しだね。俺からしたら浮気してくれて良かったくらいに思ってるよ」
「そんなことあるんですね」
浮気が良かったなんて話を実際に聞いたのは初めてだったゆきが、俄かには信じがたいと言いたげに頷く。
宮前がそれに同意するように頷きながら説明する。
「そりゃ、当然ちゃんと別れてくれた方が絶対良かったけど、それぐらいじゃないと無理なくらい拗れてたんだよね」
目雲が女性と拗れる理由を全く思いつかないゆきは首を捻るばかりだ。
「喧嘩とかですか?」
「喧嘩もしてたけど上手くない喧嘩って言うか、かみ合ってないんだよね。だから仲直りしたように見えて何も解決しない。そもそも、相性がとてつもなく悪いと思ってたんだよ」
「相性?」
目雲と合わない相性というのがどんなものか思い浮かべようとしているゆきを見て、宮前が解説する。
「周弥はさ、マイペースな自己完結型だろ。自分の中にロジックがあって、それをもとに行動してる。だからほとんど他人に影響されない」
宮前の目雲の分析を完璧に飲み込めはしなかったが、それは自分から見た目雲はまた違うからだろうとゆきは頷いた。
「なんとなくですけど、分かる気がします」
「一方彼女は完全に尽くしたい人だった。支えて世話して相手のために行動する。彼女の方は結婚を最初から意識してたから余計そうだったかも」
宮前の何か残念そうな言い方も含めてゆきには理解が難しかった。多様性が叫ばれる昨今でも、それだからこそそれも認められるべき考えの一つとして一般的な彼女にしたい女性に求める要件としては悪くはないのではかとゆきには聞こえる。また年頃の女性が付き合う相手に結婚を考えるのも問題ないと思うし、全くその気がない場合は悪いが、目雲が交際相手を最初からいつか捨ててやろうなんて考えるとも思えず、不誠実な付き合い方をするとも想像できずに、どこがどう悪いのか見えてこなかった。
「悪いようには思わないんですけど」
不思議そうなゆきに向かって、宮前は大げさに訴えた。
「いや、これはもう最悪だよ。周弥の方がもっと唯我独尊って感じだったら上手くいったかもしれないし、早々に別れたかもしれない。でも周弥は空気も読めるし人のことも思いやるから良くなかった。上手くもいかないし、別れられもしなかった」
「一般的には褒められるところですけどね」
ゆきの苦笑に、宮前もそれは分かっていると言わんばかりに苦笑を返しつつも、相手の方も擁護する。
「彼女の方もさ、周弥が相手じゃなかったら良い彼女で良い奥さんって絶対なれるタイプだったんだよ。可愛いし、明るいし、家庭的だし、控えめでお淑やかで。それが良くないんだよね」
「大絶賛な気がします」
そんな人なかなかいないとゆきはただ感心したが、宮前はゆきを気に掛ける。
「ごめんね、良い気しない?」
「あ、今のところ私の心は全く何も影響を与えられてないです。というと私が冷酷な気がしますが、いたって平常です」
宮前は微笑むとコーヒーをひと口飲んで話を続けた。
「ゆきちゃんならそうかなって思ってた。そういうわけで、一見ね、良さげな感じなんだ。でもさ俺としてはさ、最初から良くないんじゃないかなって思ってんだけど。最初は上手くいってしまうわけさ。それが泥沼の始まり」
「聞いてても幸せになりそうな雰囲気しか感じないですね」
宮前もこくこくと頷いたが、テーブルに両肘をつき指を絡めるように組むとその上に顎を乗せ語り始める。
「二人は友達の紹介っていうよくある出会いをする。周弥は職場の同僚にだったけど、その友達の友達って感じ。あ、今とは違う職場ね、ちょっとブラック気味だったから別れたタイミングくらいで転職してる。その元の所は結構大きな企業だったから、それもね初対面の相手には印象良かった思う。二人とも二十五歳の時。彼女の方は次付き合う人は結婚を意識した人でって感じだったから尚更ね。そして不味いのは周弥も付き合いつつその雰囲気を察知して、まあいいかって思うところだね」
宮前の大いに含みのある言い方でもゆきにはマイナスなところがどこか分からなかった。
「本当に悪いところはまるでないような気がするのは私が変なんでしょうか」
「一般的にはね、それで上手くいくなら本当に良いんだよ。彼女は結婚したい、その彼氏も妥協とかではなくて付き合っていくうちに結婚を意識するのは良いことだと思うよ」
宮前もゆきの感覚を否定はしなかったので、ゆきはその宮前が察知していた不自然さの正体が気になる。
「ではなぜ、宮前さんは不味いと思ったんですか?」
「たぶん一年くらいは順調だったんだと思うんだよ、俺も傍から見てて自分の勘は外れたなって思ってたから。けどそこから少しずつおかしくなっていく。半同棲みたいな感じになって、彼女が周弥の身の回りのことを手伝い始めるんだよ。あ、その彼女が出入りしてたマンションも前の前だから」
宮前に気遣いに素直に微笑みでお礼を返して、そのあとゆきはやっと何か起こりそうなこと予感で思いついたことを宮前に言ってみる。
「それを目雲さんが嫌がったんですか?」
今より若い目雲ならもっと自立心が強い可能性もあると目星をつけてみたが、宮前は首を振って否定した。
「全然、ありがとうって受け入れてたよ。彼女の方も自分の仕事と家事と両立して無理してる感じじゃなかった。周弥の仕事を本当に応援してた。ただね、俺もさ、二人のところには邪魔だろうなって行かなかったから詳細は分からないんだけど、たまに会う周弥の様子が沈んでいってる気がして変だなとは思ってたんだよ」
「聞いている分では上手くいってそうですよね」
ゆきにはその逆になっていく道が見えずに、一旦コーヒーで思考の最適化を図ろうとする。
宮前もコーヒーをひと口飲むと、さらに不可思議な様子を付け足していく。
「そう。変だなって思ったけど、周弥が一人の時に部屋に行ってもすごく綺麗だし、もちろん彼女の物とかもいろいろあって、それも別に過剰とか部屋の雰囲気壊してるとかもなかった。周弥に誘われて一回彼女のご飯も食べたけど美味かった」
ますます混乱の渦の中に入り込んでいき、ゆきは自分が一体何の話を聞いているのか分からなくなっていく。
「本当に別れた原因の話ですよね?」
「そうだよね、俺も二人がおかしくなるまで、自分の違和感が分からなかったくらいだから、二人にももしかしたら分かってなかったかも」
「違和感ですか」
それすらゆきには見当もつかず、微塵も感じられない。
そこで漸く宮前は問題の確信に近づき始めた。
「周弥も別に何でもやりたい人間じゃないよ、でも守るべきパーソナルスペースがあったんだよ。それを自分で無視したからおかしくなっていくんだ。彼女の応援に応えるように仕事を頑張るんだけど、そこで何とか保ってた均衡が崩れる。忙しくなると当然彼女との時間が減るよね、そして半分以上一緒に住んでると忙しすぎて健康も心配になる。ちょっと一緒にいられない不満も含んだ言葉で休んだ方が良いんじゃないって彼女はいう訳さ」
当時は目雲も全然健康体なんだけどと宮前は補足したが、ゆきはやっと頷くことができた。
「分かる心理ですね」
そうそうと宮前も頷き返し、その先に進む。
「そうかと思って周弥も仕事を休む。するとここぞとばかりに彼女が休めるようにと世話を焼くわけだ。けれどそこで周弥は自覚できなかっただろうけどリラックスできなかったんだと思うんだ。勉強するのが趣味みたいなやつだからさ、それもせずに家のことを人に任せて体を休めるだけって精神が休めなかったんだよ」
「一緒に家事したりしては駄目だったんでしょうか?」
今現在ゆきと目雲はそうやって暮らしているのだから、同じことができないとは思えなかったが、宮前は頷かない。
「日常的にさ、どっちかが主導権握ってると、相手のルールに従わないと諍いになったりするでしょ。それが分かってるから周弥も手伝いはできるけど、それ以上は口出せないし、彼女の方も休ませたいと思ってるのに、手伝わせるのはなんだか罪悪感が残る」
ただ単に家事をこなすことが生活を回すことではないのだと、ゆきにも分かる。お互いを思い合うがためにすれ違いが生じているのだと、もどかしさを感じてしまう。
「なかなか上手くいきませんね」
「でも、二人は考えた。何も家にいるだけが休日ではない。リフレッシュならデートしたりとかあるじゃないかと」
まるで宮前が良い行いとしたかのようにゆきは目を輝かせた。もうすっかり魅力的な本のあらすじに聞き入る読者のようなリアクションだ。
「おお! 素晴らしい発想ですね」
けれど宮前の声は沈む。
「でもそこで気が付いてしまうわけさ、二人には何も共通するものがないと」
けれどゆきは首を捻ってそんなわけはないと思う。
「最初の一年は順調だったんですよね? その順調な期間に育んだものがあるのでは?」
ゆきは目雲の過去の恋愛であることを一旦忘れたかのように、まるで応援して可能性を探るようなことを聞いてします。
「まずね、大前提に周弥に趣味らしい趣味がない。俺と遊ぶ時も俺が好きな物に付き合わせてたし、彼女ともきっとそんな感じで相手に合わせてだったんじゃないかな。特に付き合い始めなんてどんな話しても新鮮だし、お互いの仕事の話とか、俺もその交際一年目はちょくちょく一緒に遊んでたから、俺が提案したことしたりだったりね。でもさ、彼女の方が遠慮してくれないかなって雰囲気醸すのも分かるじゃん、普通じゃん」
「一般論として分かります」
ゆきは達治と付き合っている時も色々なグループで行動することも多かったので、二人だけの時間というものに執着がない。
それが宮前にも伝わっていた。
「だよね、ゆきちゃんにはあまり共感されない気がしてる。だって俺がいてもいつまで経ても楽しそうだし、周弥が俺とだけの時間作れるようにしてくれてるだろ」
「意識して作ってるわけではないですよ、ただ締め切りが迫ってるとか打ち合わせが立て込んでるとかなんです」
目雲は土日に仕事をする代わりに、平日のどこかで代わりに休みを取るようになっていた。バイトを辞めてゆきの休日もさらに融通が利くようになったので、目雲に合わせて平日に一緒に出掛けたり、土日に仕事をすることもあって、そんなときは目雲は宮前と出かけることもあった。
「そういうゆきちゃん自身も忙しいっていうのも良いのかも」
ゆきは頷きつつも目雲の事を考えて一つ思い付くことがあった。
「でも目雲さん料理が趣味だと思いますけど、それでは駄目だったんでしょうか」
「今は喜んで食べてくれる人がいるからね。あとね、ゆきちゃんに対しては独占欲か支配欲に近い気がする」
宮前の不穏な笑顔にゆきは目を丸くする。
「そんなことはないと思いますけど」
そういう背後から声がした。
「ゆきさんを怖がらせるようなことを言うな」
キッチンにいた目雲が二人の間に割り込むように手を伸ばして皿を置いた。
「これ、摘まんでいてください。お酒ももう出しますね」
ゆきに向けて目元を緩める目雲は宮前には冷たい視線を送る。
それを見て宮前はすねたように笑う。
「口挟まないのかと思ってたのに」
目雲は気にせず二人の前に箸置きと箸を置いていく。
「不必要なことを言うからだ」
言い置いて二人のカップを回収して一度キッチンに戻ると、瓶のクラフトビールを手に戻ってくる。
「以前美味しいと言っていたので、始めはこれをお供に」
「ありがとうございます」
宮前が二本しかないのを見て目雲を促す。
「お前も一緒に乾杯だけしてけよ」
言われて目雲がもう一本もってやってくると、三人で瓶を軽快に響かせた。そして、ひと口飲むと目雲はキッチンに戻っていき、それを見送りながら宮前が話を戻した。
新居にすでに何度かやってきていた宮前はこの日、目雲から頼みごとをされていた。
「別れたきっかけは彼女の浮気なんだけど」
「浮気ですか?」
ゆきの驚きに宮前は笑う。
ダイニングテーブルにゆきと二人だけでコーヒーを前に目雲の過去について宮前が話していた。
目雲はオープンキッチンでそんな二人を眺めながら、夕食の支度をしている。
「いや、あくまで最後の一押しだね。俺からしたら浮気してくれて良かったくらいに思ってるよ」
「そんなことあるんですね」
浮気が良かったなんて話を実際に聞いたのは初めてだったゆきが、俄かには信じがたいと言いたげに頷く。
宮前がそれに同意するように頷きながら説明する。
「そりゃ、当然ちゃんと別れてくれた方が絶対良かったけど、それぐらいじゃないと無理なくらい拗れてたんだよね」
目雲が女性と拗れる理由を全く思いつかないゆきは首を捻るばかりだ。
「喧嘩とかですか?」
「喧嘩もしてたけど上手くない喧嘩って言うか、かみ合ってないんだよね。だから仲直りしたように見えて何も解決しない。そもそも、相性がとてつもなく悪いと思ってたんだよ」
「相性?」
目雲と合わない相性というのがどんなものか思い浮かべようとしているゆきを見て、宮前が解説する。
「周弥はさ、マイペースな自己完結型だろ。自分の中にロジックがあって、それをもとに行動してる。だからほとんど他人に影響されない」
宮前の目雲の分析を完璧に飲み込めはしなかったが、それは自分から見た目雲はまた違うからだろうとゆきは頷いた。
「なんとなくですけど、分かる気がします」
「一方彼女は完全に尽くしたい人だった。支えて世話して相手のために行動する。彼女の方は結婚を最初から意識してたから余計そうだったかも」
宮前の何か残念そうな言い方も含めてゆきには理解が難しかった。多様性が叫ばれる昨今でも、それだからこそそれも認められるべき考えの一つとして一般的な彼女にしたい女性に求める要件としては悪くはないのではかとゆきには聞こえる。また年頃の女性が付き合う相手に結婚を考えるのも問題ないと思うし、全くその気がない場合は悪いが、目雲が交際相手を最初からいつか捨ててやろうなんて考えるとも思えず、不誠実な付き合い方をするとも想像できずに、どこがどう悪いのか見えてこなかった。
「悪いようには思わないんですけど」
不思議そうなゆきに向かって、宮前は大げさに訴えた。
「いや、これはもう最悪だよ。周弥の方がもっと唯我独尊って感じだったら上手くいったかもしれないし、早々に別れたかもしれない。でも周弥は空気も読めるし人のことも思いやるから良くなかった。上手くもいかないし、別れられもしなかった」
「一般的には褒められるところですけどね」
ゆきの苦笑に、宮前もそれは分かっていると言わんばかりに苦笑を返しつつも、相手の方も擁護する。
「彼女の方もさ、周弥が相手じゃなかったら良い彼女で良い奥さんって絶対なれるタイプだったんだよ。可愛いし、明るいし、家庭的だし、控えめでお淑やかで。それが良くないんだよね」
「大絶賛な気がします」
そんな人なかなかいないとゆきはただ感心したが、宮前はゆきを気に掛ける。
「ごめんね、良い気しない?」
「あ、今のところ私の心は全く何も影響を与えられてないです。というと私が冷酷な気がしますが、いたって平常です」
宮前は微笑むとコーヒーをひと口飲んで話を続けた。
「ゆきちゃんならそうかなって思ってた。そういうわけで、一見ね、良さげな感じなんだ。でもさ俺としてはさ、最初から良くないんじゃないかなって思ってんだけど。最初は上手くいってしまうわけさ。それが泥沼の始まり」
「聞いてても幸せになりそうな雰囲気しか感じないですね」
宮前もこくこくと頷いたが、テーブルに両肘をつき指を絡めるように組むとその上に顎を乗せ語り始める。
「二人は友達の紹介っていうよくある出会いをする。周弥は職場の同僚にだったけど、その友達の友達って感じ。あ、今とは違う職場ね、ちょっとブラック気味だったから別れたタイミングくらいで転職してる。その元の所は結構大きな企業だったから、それもね初対面の相手には印象良かった思う。二人とも二十五歳の時。彼女の方は次付き合う人は結婚を意識した人でって感じだったから尚更ね。そして不味いのは周弥も付き合いつつその雰囲気を察知して、まあいいかって思うところだね」
宮前の大いに含みのある言い方でもゆきにはマイナスなところがどこか分からなかった。
「本当に悪いところはまるでないような気がするのは私が変なんでしょうか」
「一般的にはね、それで上手くいくなら本当に良いんだよ。彼女は結婚したい、その彼氏も妥協とかではなくて付き合っていくうちに結婚を意識するのは良いことだと思うよ」
宮前もゆきの感覚を否定はしなかったので、ゆきはその宮前が察知していた不自然さの正体が気になる。
「ではなぜ、宮前さんは不味いと思ったんですか?」
「たぶん一年くらいは順調だったんだと思うんだよ、俺も傍から見てて自分の勘は外れたなって思ってたから。けどそこから少しずつおかしくなっていく。半同棲みたいな感じになって、彼女が周弥の身の回りのことを手伝い始めるんだよ。あ、その彼女が出入りしてたマンションも前の前だから」
宮前に気遣いに素直に微笑みでお礼を返して、そのあとゆきはやっと何か起こりそうなこと予感で思いついたことを宮前に言ってみる。
「それを目雲さんが嫌がったんですか?」
今より若い目雲ならもっと自立心が強い可能性もあると目星をつけてみたが、宮前は首を振って否定した。
「全然、ありがとうって受け入れてたよ。彼女の方も自分の仕事と家事と両立して無理してる感じじゃなかった。周弥の仕事を本当に応援してた。ただね、俺もさ、二人のところには邪魔だろうなって行かなかったから詳細は分からないんだけど、たまに会う周弥の様子が沈んでいってる気がして変だなとは思ってたんだよ」
「聞いている分では上手くいってそうですよね」
ゆきにはその逆になっていく道が見えずに、一旦コーヒーで思考の最適化を図ろうとする。
宮前もコーヒーをひと口飲むと、さらに不可思議な様子を付け足していく。
「そう。変だなって思ったけど、周弥が一人の時に部屋に行ってもすごく綺麗だし、もちろん彼女の物とかもいろいろあって、それも別に過剰とか部屋の雰囲気壊してるとかもなかった。周弥に誘われて一回彼女のご飯も食べたけど美味かった」
ますます混乱の渦の中に入り込んでいき、ゆきは自分が一体何の話を聞いているのか分からなくなっていく。
「本当に別れた原因の話ですよね?」
「そうだよね、俺も二人がおかしくなるまで、自分の違和感が分からなかったくらいだから、二人にももしかしたら分かってなかったかも」
「違和感ですか」
それすらゆきには見当もつかず、微塵も感じられない。
そこで漸く宮前は問題の確信に近づき始めた。
「周弥も別に何でもやりたい人間じゃないよ、でも守るべきパーソナルスペースがあったんだよ。それを自分で無視したからおかしくなっていくんだ。彼女の応援に応えるように仕事を頑張るんだけど、そこで何とか保ってた均衡が崩れる。忙しくなると当然彼女との時間が減るよね、そして半分以上一緒に住んでると忙しすぎて健康も心配になる。ちょっと一緒にいられない不満も含んだ言葉で休んだ方が良いんじゃないって彼女はいう訳さ」
当時は目雲も全然健康体なんだけどと宮前は補足したが、ゆきはやっと頷くことができた。
「分かる心理ですね」
そうそうと宮前も頷き返し、その先に進む。
「そうかと思って周弥も仕事を休む。するとここぞとばかりに彼女が休めるようにと世話を焼くわけだ。けれどそこで周弥は自覚できなかっただろうけどリラックスできなかったんだと思うんだ。勉強するのが趣味みたいなやつだからさ、それもせずに家のことを人に任せて体を休めるだけって精神が休めなかったんだよ」
「一緒に家事したりしては駄目だったんでしょうか?」
今現在ゆきと目雲はそうやって暮らしているのだから、同じことができないとは思えなかったが、宮前は頷かない。
「日常的にさ、どっちかが主導権握ってると、相手のルールに従わないと諍いになったりするでしょ。それが分かってるから周弥も手伝いはできるけど、それ以上は口出せないし、彼女の方も休ませたいと思ってるのに、手伝わせるのはなんだか罪悪感が残る」
ただ単に家事をこなすことが生活を回すことではないのだと、ゆきにも分かる。お互いを思い合うがためにすれ違いが生じているのだと、もどかしさを感じてしまう。
「なかなか上手くいきませんね」
「でも、二人は考えた。何も家にいるだけが休日ではない。リフレッシュならデートしたりとかあるじゃないかと」
まるで宮前が良い行いとしたかのようにゆきは目を輝かせた。もうすっかり魅力的な本のあらすじに聞き入る読者のようなリアクションだ。
「おお! 素晴らしい発想ですね」
けれど宮前の声は沈む。
「でもそこで気が付いてしまうわけさ、二人には何も共通するものがないと」
けれどゆきは首を捻ってそんなわけはないと思う。
「最初の一年は順調だったんですよね? その順調な期間に育んだものがあるのでは?」
ゆきは目雲の過去の恋愛であることを一旦忘れたかのように、まるで応援して可能性を探るようなことを聞いてします。
「まずね、大前提に周弥に趣味らしい趣味がない。俺と遊ぶ時も俺が好きな物に付き合わせてたし、彼女ともきっとそんな感じで相手に合わせてだったんじゃないかな。特に付き合い始めなんてどんな話しても新鮮だし、お互いの仕事の話とか、俺もその交際一年目はちょくちょく一緒に遊んでたから、俺が提案したことしたりだったりね。でもさ、彼女の方が遠慮してくれないかなって雰囲気醸すのも分かるじゃん、普通じゃん」
「一般論として分かります」
ゆきは達治と付き合っている時も色々なグループで行動することも多かったので、二人だけの時間というものに執着がない。
それが宮前にも伝わっていた。
「だよね、ゆきちゃんにはあまり共感されない気がしてる。だって俺がいてもいつまで経ても楽しそうだし、周弥が俺とだけの時間作れるようにしてくれてるだろ」
「意識して作ってるわけではないですよ、ただ締め切りが迫ってるとか打ち合わせが立て込んでるとかなんです」
目雲は土日に仕事をする代わりに、平日のどこかで代わりに休みを取るようになっていた。バイトを辞めてゆきの休日もさらに融通が利くようになったので、目雲に合わせて平日に一緒に出掛けたり、土日に仕事をすることもあって、そんなときは目雲は宮前と出かけることもあった。
「そういうゆきちゃん自身も忙しいっていうのも良いのかも」
ゆきは頷きつつも目雲の事を考えて一つ思い付くことがあった。
「でも目雲さん料理が趣味だと思いますけど、それでは駄目だったんでしょうか」
「今は喜んで食べてくれる人がいるからね。あとね、ゆきちゃんに対しては独占欲か支配欲に近い気がする」
宮前の不穏な笑顔にゆきは目を丸くする。
「そんなことはないと思いますけど」
そういう背後から声がした。
「ゆきさんを怖がらせるようなことを言うな」
キッチンにいた目雲が二人の間に割り込むように手を伸ばして皿を置いた。
「これ、摘まんでいてください。お酒ももう出しますね」
ゆきに向けて目元を緩める目雲は宮前には冷たい視線を送る。
それを見て宮前はすねたように笑う。
「口挟まないのかと思ってたのに」
目雲は気にせず二人の前に箸置きと箸を置いていく。
「不必要なことを言うからだ」
言い置いて二人のカップを回収して一度キッチンに戻ると、瓶のクラフトビールを手に戻ってくる。
「以前美味しいと言っていたので、始めはこれをお供に」
「ありがとうございます」
宮前が二本しかないのを見て目雲を促す。
「お前も一緒に乾杯だけしてけよ」
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