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第三章 いつも隣に
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「それでなんだっけ」
「えーっと、料理は目雲さんの趣味じゃないのかなと」
宮前が折角だからと促し、ゆきは箸を手に取り、いただきますと目雲の手作りのつまみを口にする。宮前も同様に箸を持つ。
「これは実家で必要に駆られて身につけたスキルだから、今でこそ嬉々としてやってるけど、当時は技術はあっても趣味って感じじゃなかったな、彼女も求めてなかったからほとんど作らせなかったみたい」
ゆきはテーブルの料理を眺めて、箸を伸ばして美味しいと微笑みながら、目雲の元カノに思いを馳せる。
台所は彼女の聖域だったんだろうかと。
ゆきは母に台所が家の中でも特別な空間であると教えられたことがあった。それはゆきの母が姑の言動で学んだことらしかったが、母自身は手伝い大歓迎だった。その姑である祖母は男子厨房に入らずどころか、誰であっても自分以外がそこに立つことを厭うていたらしい。
祖母にとってはそこは自身にとって唯一自分だけの場所と言えるほどの空間だったのかなとゆきは感じたことを思い出した。
けれども祖母と目雲の彼女とでは時代も大きく違う。目雲と共通のものを探していたならば、そこを見逃すのは、あまりにも勿体ないとゆきなんかは思ってしまった。
「その彼女の方は料理もお上手だったみたいなので自分の役割だと思ってたんでしょうか。でも料理男子なんてモテる定番ですよ? 一緒にするのも楽しい気がするんですけど」
ゆき自身も目雲の横に立って手伝いをするのが楽しいと思っているので、自信をもって言えたのだが、宮前は首を振った。
「たぶん彼女も料理はそれほど好きじゃなかったと思う。相手を支えるために身につけたスキルだから、彼女にとっては義務としてはやれても楽しむのもじゃないし、それなのに周弥にさっさと見た目も美味さも抜群なもの作られたら癪に障るでしょ。だから一緒に作るのも作られるのも嫌だった。雰囲気からの憶測だけどね」
「凄い方だったんですね」
ゆきは思ったままを口にしたが、本人を知る宮前は伺うような表情になった。
「それは、良い意味? 悪い意味?」
「良い意味です。好きな人のために得意じゃないことも頑張れるってすごいと思います。料理を例えにするなら私もある程度料理できますけど、目雲さんのために今以上の腕前になれって言われても、たぶん頑張れないと思います」
「俺も料理からっきしだから、できるようになれって言われても無理。買うの一択。カップ麺にお湯注ぐのがマックス」
宮前の変な自慢にゆきが笑うと、気が合うねーと宮前もお茶目に笑った。
一緒に笑いながら、ゆきは好きでもないことでも身につけた頭の中だけの女性を思いやる。
「きっと他のところでもいろいろ頑張ってる人だろうなって想像できます」
「だからこそ別れるのが難しくなっていくんだろうな」
ゆきの想像を否定できない宮前はビールを飲んで、続きを話し出した。
「早くも二人はすでにある意味での倦怠期に突入してたわけさ、生活を共にするから仕方ないのかもしれないけど、周弥にしたいことを聞いても特に答えは返ってこないし、彼女は言われるままに自分の好きなことを提案するけど共感の薄い相手と行ってもそこまで楽しめない。ここで相性の悪さが如実に表れるわけだけど、そこで破綻しなかった」
「別れるほどかと言われれば、目を瞑りたい状態ではありますね。どうにかできそうだと考えるのも頷けます」
ゆきが自分自身に置き換え同じ状況になったらそうするだろうとすぐに思えた。
宮前がそれに同意し、二人が模索していく過程を示す。
「そう、だからそれぞれで楽しめばいいとなる。彼女は外で友達と遊ぶし、周弥は家で勉強する。ちょうど一級建築士っていう打って付けの課題もあったしな。彼女も喜んで応援したって。でも二人のすれ違いは確実に大きくなるだろ、完全に同棲したわけじゃなかったから、一緒にいる時間ももっと減る。そこで別れれば良かったんだよ」
ゆきはこれまでの話を踏まえるとまだ別れる段にはならないと分かるのだが、宮前は悔やまれると言わないが、そんな雰囲気を言葉に纏わせていた。
ゆきはこの話の先にどんな恐いことがあるのだろうかと、宮前の雰囲気にすっかり乗っていた。
「別れないと何が起こるんですか?」
「彼女は結婚を意識してたって言ったでしょ? 周弥も口にはしないけど、それを受け入れてた。だからお互いの家族が絡んでくる」
「理解できる展開です」
ゆきの聞き入る様子に、宮前は改めて目雲の査定を述べる。
「ちょっとわざと嫌味な言い方するけど、周弥ってさ、優良物件じゃん」
「格好良くて、働き者で、生活力も素晴らしいです。あと包容力まであるってことですね」
「ゆきちゃんにはそう見えるだね」
そういって笑う宮前に、ゆきはてっきり賛同を得られると思っていたので肩透かしを食ったように聞き返した。
「あれ、違いますか?」
「合ってるよ。言い方を変えると、イケメンで経済力もあって、当時だと二十代で一級建築士になるかもっていう将来性もあって、実家もどうやらお金持ちで、孫に遺産を残したいと言ってる祖父さんまでいる。実際二十代で一級取るし、亡くなった祖父さんが不動産残すんだけど、それが現実になってなくても聞くだけですごく魅力的じゃない?」
それも一般的な結婚の条件と考えるならばゆきにも理解はできた。
ただそう列挙されると、ゆきは完全に尻込みするだろうとも思う。自分がそれに見合う人間だと果たして胸を張れるだろうかと。
話の中の彼女はそこの部分では自分とは違うようだと、ゆきは一先ず頷く。
「婚活するには有利そうですね」
とりあえず一般論として宮前にはそう言った。
「そうでしょ、多少の性格の不一致は妥協するのも分かるでしょ。基本的に優しいし、酒、ギャンブルの心配もない、ただちょっと一緒にいるとつまらないかなってくらい」
あからさまな言い方にゆきは笑ってしまう。
「そんなはっきり詰まらないって言っちゃうんですね」
ゆきにはどうやら違うようだと前置きをした上で宮前は語る。
「彼女はつまらなかったと思うよ、俺が喧嘩の仲裁に行ったら、何も話すことがないって怒ってたから」
「喧嘩の仲裁なんてしたんですね」
宮前のいる場でも喧嘩をするほどなのだとゆきは驚いた。
「最後の方は彼女がヒステリックになってたから、俺も目の敵にされて、彼女に呼び出されたんだよ。連絡先も彼女の方が何かあったら連絡したいからって聞かれたんだけど、俺の事けん制するような内容が日に日に多くなっていったから、俺との仲も疑ってたみたい」
ゆきの目には目雲と宮前は友人にしか見えないが、考えようによっては疑念を持つこともできるかとその想定を想像してみる。
「それって友達だって言い張るほど怪しくなるんじゃないですか?」
宮前はゆきが同性同士だからという理由で否定しなかったことで、本当に自分たちの関係を友人だと理解しているのだと知り、密かに心が温かくしていたが、それは言わずにゆきの推理が正しいことを伝える。
「ご名答! ゆきちゃんに言うのも違うけど、周弥は友達だから付き合えるんであって、それ以上とがまじ御免だわ。絶対息が詰まる」
ゆきはあまりの言い草にクスクス笑う。
「目雲さんを好きな私が変わってるみたいに聞こえますよ」
「ゆきちゃん、結構変わり者だよ」
「多少の自覚がありますけど、そこまで変わり者ではないですよ。本物の人は自覚がないって言いますから」
ゆきは胸を張って言ったのだが、宮前は笑うばかりで賛同はしなかった。
「そういうところも含めてなんだけど、えっと、また脱線したな。そうそう、周弥は超優良物件で彼女は結婚相手なら周弥だなとまだ思ってるんだ。周弥も特に別れる理由は見つからないわけさ。その頃にははっきりと周弥も合わない感覚はあったと思うよ、ただ無理してたのは無自覚だったから最後には体壊すんだけど」
ゆきは自分の変わり者疑惑に若干の不服を残したままだったが、目雲の体調に関わることが出てきたのですぐにそんなことは忘れた。
「目雲さんは働き過ぎちゃうんですか?」
目雲の惨状を知っているだけに、ゆきはいよいよ核心に迫ってきたのかと思ったが、宮前の口調は軽いままだ。
「ゆきちゃんに出会った頃よりはひどく無かったよ。応援もしてもらってるからって試験の勉強もしてたし、家事は相変わらず彼女がしてたから家も綺麗だった、食事も彼女が作る分は食べてたんじゃないかな」
ゆきはまた分からなくなったときょとんとする。
「また悪いところは一つもない状態になりましたね」
「ここからが佳境だよ、まず周弥が自分が生きづらいと感じてることに気が付く。生活の主導権が自分にないと周弥は無理な性質なんだよ。彼女がしてくれることは有難いとは思っても全部を受け入れることはしない方か周弥にはストレスがない。それを彼女にやんわり伝えるんだけど、彼女は自分の存在が否定されたような気がした。でも一旦彼女はそれを文句も言わず受け入れた」
「一旦ということはその後覆すんですか」
相手の意見をくみ取ることができたがそれで過ごしてみて納得できなかったのなら仕方ないかとゆきなんかは思うが、宮前は渋い顔をする。
「これは彼女の悪いところだね。不満に思ったならその時言うべきで蓄積させて後で大爆発させると話し合いの余地が減る。そして同じことを彼女はもう一つする。それが周弥のお母上の事ね」
「目雲さんがすごく気にされていたところですね」
「俺も子供の頃から知ってるから、ちょっと天然なところがあるなってくらいの認識だったんだけど、周弥もそんな感じで特に気にしてなかったんだよ。母親の肩を持つとかマザコンじゃなくて、放っておいても何の問題もなかったからさ。実家で元気で暮らしていればそれでいいって感じで、自分の母親がそこまで攻撃してるとは思わなかったんだよ。真実は攻撃ではないんだけど、彼女にしてみてばそうだった」
果たして目雲の母が彼女にどんなことを言ったのかはゆきには想像もできなかったが、言動の裏を読んでいたならば壮絶なことを言われていると感じていたのかもしれないと、心中を察することはできた。
「お母様は家族が大好きなだけですもんね」
「それが分かるのがすごいんだけどね。普通に聞くと、彼氏の母親が彼女に息子の心配を話すのは嫌味になるんだよね。あの子元気がなさそうなんだけど大丈夫かしら、ちゃんと食べてるのかしら、仕事で無理してるんじゃないかしら。そんな感じ。彼女には自分が責められてるように感じられた。特に周弥を支えている自覚があった分余計にね」
ゆきは彼女の心情を思いやると居た堪れなくなった。
「それは目雲さんから自分で生活を自分でっていう提案があった後ですか?」
「いや、これはその前。彼女もね、初めて周弥のお母さんにあったすぐあとはちょっと厳しい人ですねって言ったみたいで、ピンとこなかった周弥も気にしなくていいけど、あまり厳しいことは言わないように伝えておくって彼女に言って、本当に母親に伝えたみたい。厳しいこと言ってる自覚がないから改善されないんだけどね」
目雲の気遣いと有言実行具合をもってしても、ままならないことがあるのだとゆきがビールの瓶を飲むともなしに掴んでつくづくと呟く。
「言葉って難しいですね」
「本当にね、でも最初は彼女が周弥に伝えただけ良かったんだよ。問題は周弥に家の事を任せなくちゃいけなくなった後。彼女は最初はいくつか周弥に家事を任せたんだけど、また徐々に全部をするようになる。忙しそうだったからとか、勉強に集中してほしいからってね。周弥も抵抗するのが面倒だったのか、仕事と勉強に全精力を注ぐようになる」
「うーん、彼女さんからするとそれが望ましい形ということですか?」
一緒に住むようになって、体調が優れない時以外は何か作業をしていることの多い目雲を見ているだけに、理想が目雲の性分と合致しないのだと徐々に分かり始めた。
「そう、だけど彼女は結婚に向けてもう一歩踏み込む。それが周弥の母親の攻略だ。別にママさんの方は嫌ってなんかないんだけど、なんとか仲良くなろうと、会う回数を増やした。ママさんの性格を分かってないから毎回彼女だけが不満を持つ結果になるんだよ」
「不協和音の展開ですね」
ゆきはいよいとかと息をのむ。
「周弥は彼女に言うようになる、無理しなくていいって。彼女は自分で会いに行くようになってからは母親の悪口は言わなかったみたいだけど、明らかに落ち込んでたり機嫌が悪かったりしたから、周弥は何も言うなって母親の方に注意はした。彼女の方にも無理して行かなくてもいいって言うんだよ。でも仲良くなりたいからって」
「不穏な空気がようやく漂ってきました」
宮前も大きく頷き畳みかける。
「周弥は無意識に仕事と勉強に逃げるようになる。仕事で結果を出すことと、できるだけ早く試験に合格することが彼女のためだと思い込もうとしたんだ。彼女の希望としたらあながち間違いじゃないから、それが周弥の本質と合ってたら本当に良かったんだけどね」
「彼女に支えられて仕事に邁進する彼氏は確かに成り立つ構図かもしれませんね」
成り立つどころか、どちらもそれで良いならば完全に理想的にすら見える。ただゆきはどちらの立場になったとしても、自分では勤めきれないと軟弱な自身を考えてしまった。
「えーっと、料理は目雲さんの趣味じゃないのかなと」
宮前が折角だからと促し、ゆきは箸を手に取り、いただきますと目雲の手作りのつまみを口にする。宮前も同様に箸を持つ。
「これは実家で必要に駆られて身につけたスキルだから、今でこそ嬉々としてやってるけど、当時は技術はあっても趣味って感じじゃなかったな、彼女も求めてなかったからほとんど作らせなかったみたい」
ゆきはテーブルの料理を眺めて、箸を伸ばして美味しいと微笑みながら、目雲の元カノに思いを馳せる。
台所は彼女の聖域だったんだろうかと。
ゆきは母に台所が家の中でも特別な空間であると教えられたことがあった。それはゆきの母が姑の言動で学んだことらしかったが、母自身は手伝い大歓迎だった。その姑である祖母は男子厨房に入らずどころか、誰であっても自分以外がそこに立つことを厭うていたらしい。
祖母にとってはそこは自身にとって唯一自分だけの場所と言えるほどの空間だったのかなとゆきは感じたことを思い出した。
けれども祖母と目雲の彼女とでは時代も大きく違う。目雲と共通のものを探していたならば、そこを見逃すのは、あまりにも勿体ないとゆきなんかは思ってしまった。
「その彼女の方は料理もお上手だったみたいなので自分の役割だと思ってたんでしょうか。でも料理男子なんてモテる定番ですよ? 一緒にするのも楽しい気がするんですけど」
ゆき自身も目雲の横に立って手伝いをするのが楽しいと思っているので、自信をもって言えたのだが、宮前は首を振った。
「たぶん彼女も料理はそれほど好きじゃなかったと思う。相手を支えるために身につけたスキルだから、彼女にとっては義務としてはやれても楽しむのもじゃないし、それなのに周弥にさっさと見た目も美味さも抜群なもの作られたら癪に障るでしょ。だから一緒に作るのも作られるのも嫌だった。雰囲気からの憶測だけどね」
「凄い方だったんですね」
ゆきは思ったままを口にしたが、本人を知る宮前は伺うような表情になった。
「それは、良い意味? 悪い意味?」
「良い意味です。好きな人のために得意じゃないことも頑張れるってすごいと思います。料理を例えにするなら私もある程度料理できますけど、目雲さんのために今以上の腕前になれって言われても、たぶん頑張れないと思います」
「俺も料理からっきしだから、できるようになれって言われても無理。買うの一択。カップ麺にお湯注ぐのがマックス」
宮前の変な自慢にゆきが笑うと、気が合うねーと宮前もお茶目に笑った。
一緒に笑いながら、ゆきは好きでもないことでも身につけた頭の中だけの女性を思いやる。
「きっと他のところでもいろいろ頑張ってる人だろうなって想像できます」
「だからこそ別れるのが難しくなっていくんだろうな」
ゆきの想像を否定できない宮前はビールを飲んで、続きを話し出した。
「早くも二人はすでにある意味での倦怠期に突入してたわけさ、生活を共にするから仕方ないのかもしれないけど、周弥にしたいことを聞いても特に答えは返ってこないし、彼女は言われるままに自分の好きなことを提案するけど共感の薄い相手と行ってもそこまで楽しめない。ここで相性の悪さが如実に表れるわけだけど、そこで破綻しなかった」
「別れるほどかと言われれば、目を瞑りたい状態ではありますね。どうにかできそうだと考えるのも頷けます」
ゆきが自分自身に置き換え同じ状況になったらそうするだろうとすぐに思えた。
宮前がそれに同意し、二人が模索していく過程を示す。
「そう、だからそれぞれで楽しめばいいとなる。彼女は外で友達と遊ぶし、周弥は家で勉強する。ちょうど一級建築士っていう打って付けの課題もあったしな。彼女も喜んで応援したって。でも二人のすれ違いは確実に大きくなるだろ、完全に同棲したわけじゃなかったから、一緒にいる時間ももっと減る。そこで別れれば良かったんだよ」
ゆきはこれまでの話を踏まえるとまだ別れる段にはならないと分かるのだが、宮前は悔やまれると言わないが、そんな雰囲気を言葉に纏わせていた。
ゆきはこの話の先にどんな恐いことがあるのだろうかと、宮前の雰囲気にすっかり乗っていた。
「別れないと何が起こるんですか?」
「彼女は結婚を意識してたって言ったでしょ? 周弥も口にはしないけど、それを受け入れてた。だからお互いの家族が絡んでくる」
「理解できる展開です」
ゆきの聞き入る様子に、宮前は改めて目雲の査定を述べる。
「ちょっとわざと嫌味な言い方するけど、周弥ってさ、優良物件じゃん」
「格好良くて、働き者で、生活力も素晴らしいです。あと包容力まであるってことですね」
「ゆきちゃんにはそう見えるだね」
そういって笑う宮前に、ゆきはてっきり賛同を得られると思っていたので肩透かしを食ったように聞き返した。
「あれ、違いますか?」
「合ってるよ。言い方を変えると、イケメンで経済力もあって、当時だと二十代で一級建築士になるかもっていう将来性もあって、実家もどうやらお金持ちで、孫に遺産を残したいと言ってる祖父さんまでいる。実際二十代で一級取るし、亡くなった祖父さんが不動産残すんだけど、それが現実になってなくても聞くだけですごく魅力的じゃない?」
それも一般的な結婚の条件と考えるならばゆきにも理解はできた。
ただそう列挙されると、ゆきは完全に尻込みするだろうとも思う。自分がそれに見合う人間だと果たして胸を張れるだろうかと。
話の中の彼女はそこの部分では自分とは違うようだと、ゆきは一先ず頷く。
「婚活するには有利そうですね」
とりあえず一般論として宮前にはそう言った。
「そうでしょ、多少の性格の不一致は妥協するのも分かるでしょ。基本的に優しいし、酒、ギャンブルの心配もない、ただちょっと一緒にいるとつまらないかなってくらい」
あからさまな言い方にゆきは笑ってしまう。
「そんなはっきり詰まらないって言っちゃうんですね」
ゆきにはどうやら違うようだと前置きをした上で宮前は語る。
「彼女はつまらなかったと思うよ、俺が喧嘩の仲裁に行ったら、何も話すことがないって怒ってたから」
「喧嘩の仲裁なんてしたんですね」
宮前のいる場でも喧嘩をするほどなのだとゆきは驚いた。
「最後の方は彼女がヒステリックになってたから、俺も目の敵にされて、彼女に呼び出されたんだよ。連絡先も彼女の方が何かあったら連絡したいからって聞かれたんだけど、俺の事けん制するような内容が日に日に多くなっていったから、俺との仲も疑ってたみたい」
ゆきの目には目雲と宮前は友人にしか見えないが、考えようによっては疑念を持つこともできるかとその想定を想像してみる。
「それって友達だって言い張るほど怪しくなるんじゃないですか?」
宮前はゆきが同性同士だからという理由で否定しなかったことで、本当に自分たちの関係を友人だと理解しているのだと知り、密かに心が温かくしていたが、それは言わずにゆきの推理が正しいことを伝える。
「ご名答! ゆきちゃんに言うのも違うけど、周弥は友達だから付き合えるんであって、それ以上とがまじ御免だわ。絶対息が詰まる」
ゆきはあまりの言い草にクスクス笑う。
「目雲さんを好きな私が変わってるみたいに聞こえますよ」
「ゆきちゃん、結構変わり者だよ」
「多少の自覚がありますけど、そこまで変わり者ではないですよ。本物の人は自覚がないって言いますから」
ゆきは胸を張って言ったのだが、宮前は笑うばかりで賛同はしなかった。
「そういうところも含めてなんだけど、えっと、また脱線したな。そうそう、周弥は超優良物件で彼女は結婚相手なら周弥だなとまだ思ってるんだ。周弥も特に別れる理由は見つからないわけさ。その頃にははっきりと周弥も合わない感覚はあったと思うよ、ただ無理してたのは無自覚だったから最後には体壊すんだけど」
ゆきは自分の変わり者疑惑に若干の不服を残したままだったが、目雲の体調に関わることが出てきたのですぐにそんなことは忘れた。
「目雲さんは働き過ぎちゃうんですか?」
目雲の惨状を知っているだけに、ゆきはいよいよ核心に迫ってきたのかと思ったが、宮前の口調は軽いままだ。
「ゆきちゃんに出会った頃よりはひどく無かったよ。応援もしてもらってるからって試験の勉強もしてたし、家事は相変わらず彼女がしてたから家も綺麗だった、食事も彼女が作る分は食べてたんじゃないかな」
ゆきはまた分からなくなったときょとんとする。
「また悪いところは一つもない状態になりましたね」
「ここからが佳境だよ、まず周弥が自分が生きづらいと感じてることに気が付く。生活の主導権が自分にないと周弥は無理な性質なんだよ。彼女がしてくれることは有難いとは思っても全部を受け入れることはしない方か周弥にはストレスがない。それを彼女にやんわり伝えるんだけど、彼女は自分の存在が否定されたような気がした。でも一旦彼女はそれを文句も言わず受け入れた」
「一旦ということはその後覆すんですか」
相手の意見をくみ取ることができたがそれで過ごしてみて納得できなかったのなら仕方ないかとゆきなんかは思うが、宮前は渋い顔をする。
「これは彼女の悪いところだね。不満に思ったならその時言うべきで蓄積させて後で大爆発させると話し合いの余地が減る。そして同じことを彼女はもう一つする。それが周弥のお母上の事ね」
「目雲さんがすごく気にされていたところですね」
「俺も子供の頃から知ってるから、ちょっと天然なところがあるなってくらいの認識だったんだけど、周弥もそんな感じで特に気にしてなかったんだよ。母親の肩を持つとかマザコンじゃなくて、放っておいても何の問題もなかったからさ。実家で元気で暮らしていればそれでいいって感じで、自分の母親がそこまで攻撃してるとは思わなかったんだよ。真実は攻撃ではないんだけど、彼女にしてみてばそうだった」
果たして目雲の母が彼女にどんなことを言ったのかはゆきには想像もできなかったが、言動の裏を読んでいたならば壮絶なことを言われていると感じていたのかもしれないと、心中を察することはできた。
「お母様は家族が大好きなだけですもんね」
「それが分かるのがすごいんだけどね。普通に聞くと、彼氏の母親が彼女に息子の心配を話すのは嫌味になるんだよね。あの子元気がなさそうなんだけど大丈夫かしら、ちゃんと食べてるのかしら、仕事で無理してるんじゃないかしら。そんな感じ。彼女には自分が責められてるように感じられた。特に周弥を支えている自覚があった分余計にね」
ゆきは彼女の心情を思いやると居た堪れなくなった。
「それは目雲さんから自分で生活を自分でっていう提案があった後ですか?」
「いや、これはその前。彼女もね、初めて周弥のお母さんにあったすぐあとはちょっと厳しい人ですねって言ったみたいで、ピンとこなかった周弥も気にしなくていいけど、あまり厳しいことは言わないように伝えておくって彼女に言って、本当に母親に伝えたみたい。厳しいこと言ってる自覚がないから改善されないんだけどね」
目雲の気遣いと有言実行具合をもってしても、ままならないことがあるのだとゆきがビールの瓶を飲むともなしに掴んでつくづくと呟く。
「言葉って難しいですね」
「本当にね、でも最初は彼女が周弥に伝えただけ良かったんだよ。問題は周弥に家の事を任せなくちゃいけなくなった後。彼女は最初はいくつか周弥に家事を任せたんだけど、また徐々に全部をするようになる。忙しそうだったからとか、勉強に集中してほしいからってね。周弥も抵抗するのが面倒だったのか、仕事と勉強に全精力を注ぐようになる」
「うーん、彼女さんからするとそれが望ましい形ということですか?」
一緒に住むようになって、体調が優れない時以外は何か作業をしていることの多い目雲を見ているだけに、理想が目雲の性分と合致しないのだと徐々に分かり始めた。
「そう、だけど彼女は結婚に向けてもう一歩踏み込む。それが周弥の母親の攻略だ。別にママさんの方は嫌ってなんかないんだけど、なんとか仲良くなろうと、会う回数を増やした。ママさんの性格を分かってないから毎回彼女だけが不満を持つ結果になるんだよ」
「不協和音の展開ですね」
ゆきはいよいとかと息をのむ。
「周弥は彼女に言うようになる、無理しなくていいって。彼女は自分で会いに行くようになってからは母親の悪口は言わなかったみたいだけど、明らかに落ち込んでたり機嫌が悪かったりしたから、周弥は何も言うなって母親の方に注意はした。彼女の方にも無理して行かなくてもいいって言うんだよ。でも仲良くなりたいからって」
「不穏な空気がようやく漂ってきました」
宮前も大きく頷き畳みかける。
「周弥は無意識に仕事と勉強に逃げるようになる。仕事で結果を出すことと、できるだけ早く試験に合格することが彼女のためだと思い込もうとしたんだ。彼女の希望としたらあながち間違いじゃないから、それが周弥の本質と合ってたら本当に良かったんだけどね」
「彼女に支えられて仕事に邁進する彼氏は確かに成り立つ構図かもしれませんね」
成り立つどころか、どちらもそれで良いならば完全に理想的にすら見える。ただゆきはどちらの立場になったとしても、自分では勤めきれないと軟弱な自身を考えてしまった。
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