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第三章 いつも隣に
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宮前としてもそれを否定するわけではなく、あくまでも相性の問題だと言う。
「亭主関白も相手が良しとすれば悪じゃないからね。彼女も強かだから、相手を立てながらも尻に敷いて上手くやっていけると思う、実際今頃はそうじゃないかと思うよ。残念ながら周弥は尻に敷かれないからさ」
「そう見ると相性が悪いというのも分かります。最後はやっぱり働きすぎですか?」
ゆきはそのギリギリの均衡が崩れる切っ掛けを掴みかねていたので、可能性で宮前に尋ねた。
宮前は頷く前に、目雲の心理を解説した。
「周弥はさ、金を稼ぎたいとか、出世したいとかとかじゃないだよね。親父さんの影響なのかそういう血筋なのか、作りたいものが作りたいって感じ。大手だと自分だけの意見で仕事するのって難しいってのもあるし、利益が優先の時もあるし。周弥もそこは経験だと思って割り切ってたけど、そんなことばっかりをわざわざ増やしたら、より疲れて負担も大きくなる。勉強もさ、好きでしてるなら苦にならないんだろうけど、周弥自身はまだ先でもいいと思ってたものを彼女の希望や会社の期待もあってしたものだから、楽しくなかっただろうな」
ゆきが目雲を思いやる。
「心労が蓄積していくんですね」
「私生活では自分のペースを取り戻せないままで、彼女とはなんとなく上手くいってなくて、その彼女は自分の母親の事でどうやら悩んでいる様子。それぞれは些細なことかもしれないけど、そんなのが一年も続けば体も悲鳴を上げるって」
「めまいとかの症状が出るんですか?」
なんとなく緊急の入院が必要な症状ではなかったのではないかと、ゆきが聞くと宮前は頷く。
「そうそう。その前から不眠とか食欲不振とかはあったみたいだけど、そんなのどうでもいいくらい仕事と勉強に没頭した。彼女には倒れるまで気が付かれないように上手くやってたらしい」
「気付かれない程?」
半分は一緒に住んでいても隠し通してしまえるのかと、今後目雲の不調に気付けない不安に駆られたゆきだったが、宮前がフォローを入れる。
「いや、内心おかしいとは思ってたらしいけど、そんなことも教えてもらえない存在なのかと腹を立ててた。無理するなってどの口が言うんだって、周弥が倒れたことで彼女も爆発しちゃって、そんなに信用できないのかとか、上手くやろうとしてるのを心の中では蔑んでいたんだろうとか、別人みたいに暴言吐くようになっちゃって」
「本物の修羅場ですね、宮前さんその場にいたんですか?」
実際に見ているような宮前が気になって聞けば、大きな頷きが返ってきた。
「いた。周弥は職場で倒れたんだけど意識はあって、めまいだから仮眠室で休ませてもらえば大丈夫だからって自分で言ったんだって。それでも回復しないから、周弥が俺を呼んでさ、家まで運んだら彼女がいたわけ。血の気のない顔して自力でまともに立てない周弥に突然ブチギレてびっくりした。俺は彼女の方はしばらく会ってなかったからいつからそんな般若状態だったのかは定かじゃなけど」
「その時が初めてだった」
目雲が新しい皿を手にやって来て、置くとまた帰っていく。
一瞬びくりとしたゆきを宮前が笑い、二人で目雲を見送る。
「だって。それでもさ、二人別れないんだ。びっくりするだろ」
キッチンに戻って目雲が優しくすみませんと目があったゆきに謝って視線を手元に落としてたのを見届けてから、宮前に零した。
「愛、ではないですよね」
当然というような宮前の頷きが返ってきた。
「周弥にはもう別れる気力もなくて、病院には行ったけど薬飲んですぐ治るものではないから、誤魔化しながら仕事は続けるし。彼女も自分が面倒みるって聞かなくて、酷いことはもう言わないって泣くし。でもたまにヒステリー起こして俺が呼び出されたりするんだ。俺も周弥が心配だからさ、彼女が良い顔しないって分かってても周弥に会いに行ってたし」
それでどうにもならない状況を打破する行動が宮前の最初の言葉に続くのだと悟った。
「それで彼女の方が最終的に浮気してやっとお別れすることになるんですね」
「そうそう、弱ってる彼女を助けてくれた男がいたんだよ。だったら別れてから付き合えよって本心では悪態つきたかったけど、もう別れられるんだったらなんでもいいって、俺の事じゃないのに思ったよ」
ここまで聞いて宮前の心労も伺えたゆきはそれを労いたくなった。
「宮前さんも本当に大変だったんですね」
そう伝えた途端、芝居がかった仕草で宮前が口を手で押さえたり、天を仰いだり、泣き真似をして、ゆきに大げさに優しい、ありがとうと謝意を伝えるからゆきも笑ってしまう。
そうしてから宮前も笑う。
「ね、そうだよね。二十七歳くらいまでの話だから、三年くらいだよね。俺も結構振り回されてるよね。まあ、それからも周弥がすぐ元気になるわけじゃないし、死にそうな顔して忙しそうに仕事してるからそっちもどうにかならないか気を揉むんだけど」
丁度良く、どうやら夕飯が完成したらしい目雲が次々とテーブルと満たし始めた。
そのついでに宮前の言葉に補足をしていく。
「今の事務所の所長が声を掛けてくれたんです。一旦仕事辞めて、少し休んだら事務所の手伝いくらいからゆっくり始めたらいいと言って貰えて」
「良かったですね」
ゆきが微笑めば目雲も僅かに表情を和らげる。それをみて宮前がまた呆れるが、話を続ける。
「それで退職して手伝いしながら、その一年で結局一級建築士の資格取るんだよな。本当に休んでたのか怪しかったけど、資格取ったらその建築事務所でがっつり働き始めるし。それでも一応普通に生活できるくらいにはなったから、安心してたんだけど」
「確かにまた倒れてますね」
ゆきが出会った時の目雲に繋がっていた。
宮前は大きなため息を吐く。
「結局根本は解決してなかったってこと、仕事に逃げるのは悪い癖だよな」
疲労が蓄積したのだと簡単に分かるが、過剰な多忙さだけではないような、共に過ごした時間の分だけ他にも要因があるようにゆきに考えさせた。
「何か精神的なこともあったんですか? 仕事が忙しかったってだけ聞いたんですけど」
まだテーブルをセッティングしている目雲ではなく宮前に尋ねた。
「なんだっけ、周弥に嫉妬した職場のやつが急に辞めたとか、それ以外にも確かにその後の五年でもいろいろあったから。祖父さんが亡くなったり、それで相続で本当に遺産が残されてたり、周弥は始めは拒否しようとしたんだけど、祖父さんの最後の願いだからって説得されて」
「どうして拒否されようとしたんですか?」
それはゆきの純粋な疑問だった。残されたものを拒むほどのことがあったのだろうかと良からぬ不安もよぎる。
「祖父さんは孫三人のことすごく気にかけてて、特に仲が良かったんだよ周弥。でもさ、資産家の周りっていろんな人間がいるわけさ、いらん事言うやつとかウジャウジャな。遺産なんか他にいくらでもあったと思うんだよ、孫にそれぞれ数件不動産残すくらい微々たるものだと感じるくらいのものがさ。でもがめつい奴は全部欲しいんだろうな。周弥は別に遺産が欲しくて仲良くしてたわけじゃないからって。でもまあ孫を思う気持ちを考えれば受け取るのも愛情ってのも分かるでしょ?」
仲違いしていた親子が元に戻るほどのきっかけだった孫に自分が築いた財産を少しでもというのはゆきでなくでも誰でも理解できるだろうと、以前聞いた目雲の父泰三の話を思い出したゆきだ。
「そうですね、仲良しなら殊更お祖父様の気持ちも分かります」
宮前も貰えるものなんかなんでも貰っておけばいいと思ったりもしたが、目雲の気持ちも完全に理解しがたいわけでもなかった。
「その手続きの煩わしさとか、不本意な気持ちとかね。もちろん祖父さんがいなくなったこと自体もね。それに体調も生活は何とか送れるけど相変わらず波はあって完全に良くなったわけじゃない。両親とはぎくしゃくしたままだし、弟が結婚したことでママさんがまた周弥のこと心配するし。そこに仕事の忙しさが重なって、大好きな勉強もする気力がなくなって、生活もままならなくなって、ゆきちゃんの前で醜態をさらすわけ」
連ねられていく事柄についゆきは心臓の辺りを押せえてしまった。
「聞いてるだけで胸が痛いです」
本当に痛そうなゆきを笑いながら、宮前はそんなゆきの存在が目雲を変えていくのだと今の状況に居られる現実を一人そっと嚙み締めた。
その心の内を隠すため、わざと素っ気なく話を終える。
「それからゆきちゃんとあれこれあるわけ。これが周弥のこの十年くらいで俺が知ってること」
ご清聴感謝しますと、慇懃に挨拶するから、ゆきも座りながらだが深々と頭を下げた。
「聞かせてくれて、ありがとうございます」
「周弥が自分で話せばいいのにな、もう別に大丈夫だろ」
漸く一緒のテーブルに着いた目雲に宮前が迫る。
「できるだけ客観的な視点での話が良かったんだ」
目雲はいつも通りだったが、少しだけ宮前にも柔らかい声だった。
「俺が言ってもお前寄りになるんだから、彼女の言い分は俺らが思ってるのが全部ってわけじゃないのは一緒だろ」
「それでもゆきさんにはまずはできるだけ公平な情報を持ってほしかったんだ」
「まずってことはお前もちゃんと話すんだな?」
念を押す宮前に目雲は抗わなかった。
「話す」
それでやっと納得した宮前は、それでも憐れむような顔をゆきに向けた。
「だって、ゆきちゃん。まだこの楽しくない話は続くらしいよ」
「今は話さない。ゆきさん、また改めてでいいですか?」
ゆきが否定するわけもなかった。
「はい、いつでもいいですよ」
宮前もこれ以上聞かされても楽しくないだろうと、それ以上求めない。
テーブルに並ぶ料理とゆきに新たにグラスを渡す目雲を眺めて、宮前は大きく息を吸う。
「てかさ、周弥って尽くすタイプだったんだな。そりゃあの子と合わんわ。ゆきちゃんと知り合ったばっかりの頃はただ張り切ってるだけだと思ってたけど、今の感じ見てるとこれが正解って気がめっちゃする」
「目雲さんの負担になってないかだけが心配ですけど」
「心配いりませんよ、したくてしてるだけです」
宮前はあまりにゆきの世話を焼こうとする目雲にそれをされるのが自分だったらと考える。
「ゆきちゃんこそ、うっざとか思ったりしない?」
「嬉しいし助かるし、良いことしかないです」
ポジティブにだけ受け取られていると目雲の肩を宮前が叩く。
「良かったなぁ周弥。お前のその面倒くささをそうとは思わずに一緒にいてくれる人がいて。本当に貴重だよ」
「たくさんいますよ」
ゆきが自分だけじゃないと主張すれば、宮前は大げさに首を振った。
「ハイスペックって生きてるだけで妬み嫉みの対象になるからさ、あとは理想を押し付けられたりさ」
「実感がこもってますね」
ゆきからしたら宮前ももちろんその部類に入るので異論は全くないが、それに伴う不利益が滲む言い様にその苦労が忍ばれてしまう。
宮前はそれでも仕方なしとそれを受け入れていた。
「周弥は天然もので俺は養殖ってところだな」
「努力の結果ってことですか?」
それも凄いことだとゆきは思うが、宮前には少し違っていた。
「俺は狙ってこうなってるってこと、計算でなりたってるってことさ。周弥は自分のしたいようにしてるだけの違い」
「どっちもすごいです」
宮前は素直にありがとうと笑った。
「亭主関白も相手が良しとすれば悪じゃないからね。彼女も強かだから、相手を立てながらも尻に敷いて上手くやっていけると思う、実際今頃はそうじゃないかと思うよ。残念ながら周弥は尻に敷かれないからさ」
「そう見ると相性が悪いというのも分かります。最後はやっぱり働きすぎですか?」
ゆきはそのギリギリの均衡が崩れる切っ掛けを掴みかねていたので、可能性で宮前に尋ねた。
宮前は頷く前に、目雲の心理を解説した。
「周弥はさ、金を稼ぎたいとか、出世したいとかとかじゃないだよね。親父さんの影響なのかそういう血筋なのか、作りたいものが作りたいって感じ。大手だと自分だけの意見で仕事するのって難しいってのもあるし、利益が優先の時もあるし。周弥もそこは経験だと思って割り切ってたけど、そんなことばっかりをわざわざ増やしたら、より疲れて負担も大きくなる。勉強もさ、好きでしてるなら苦にならないんだろうけど、周弥自身はまだ先でもいいと思ってたものを彼女の希望や会社の期待もあってしたものだから、楽しくなかっただろうな」
ゆきが目雲を思いやる。
「心労が蓄積していくんですね」
「私生活では自分のペースを取り戻せないままで、彼女とはなんとなく上手くいってなくて、その彼女は自分の母親の事でどうやら悩んでいる様子。それぞれは些細なことかもしれないけど、そんなのが一年も続けば体も悲鳴を上げるって」
「めまいとかの症状が出るんですか?」
なんとなく緊急の入院が必要な症状ではなかったのではないかと、ゆきが聞くと宮前は頷く。
「そうそう。その前から不眠とか食欲不振とかはあったみたいだけど、そんなのどうでもいいくらい仕事と勉強に没頭した。彼女には倒れるまで気が付かれないように上手くやってたらしい」
「気付かれない程?」
半分は一緒に住んでいても隠し通してしまえるのかと、今後目雲の不調に気付けない不安に駆られたゆきだったが、宮前がフォローを入れる。
「いや、内心おかしいとは思ってたらしいけど、そんなことも教えてもらえない存在なのかと腹を立ててた。無理するなってどの口が言うんだって、周弥が倒れたことで彼女も爆発しちゃって、そんなに信用できないのかとか、上手くやろうとしてるのを心の中では蔑んでいたんだろうとか、別人みたいに暴言吐くようになっちゃって」
「本物の修羅場ですね、宮前さんその場にいたんですか?」
実際に見ているような宮前が気になって聞けば、大きな頷きが返ってきた。
「いた。周弥は職場で倒れたんだけど意識はあって、めまいだから仮眠室で休ませてもらえば大丈夫だからって自分で言ったんだって。それでも回復しないから、周弥が俺を呼んでさ、家まで運んだら彼女がいたわけ。血の気のない顔して自力でまともに立てない周弥に突然ブチギレてびっくりした。俺は彼女の方はしばらく会ってなかったからいつからそんな般若状態だったのかは定かじゃなけど」
「その時が初めてだった」
目雲が新しい皿を手にやって来て、置くとまた帰っていく。
一瞬びくりとしたゆきを宮前が笑い、二人で目雲を見送る。
「だって。それでもさ、二人別れないんだ。びっくりするだろ」
キッチンに戻って目雲が優しくすみませんと目があったゆきに謝って視線を手元に落としてたのを見届けてから、宮前に零した。
「愛、ではないですよね」
当然というような宮前の頷きが返ってきた。
「周弥にはもう別れる気力もなくて、病院には行ったけど薬飲んですぐ治るものではないから、誤魔化しながら仕事は続けるし。彼女も自分が面倒みるって聞かなくて、酷いことはもう言わないって泣くし。でもたまにヒステリー起こして俺が呼び出されたりするんだ。俺も周弥が心配だからさ、彼女が良い顔しないって分かってても周弥に会いに行ってたし」
それでどうにもならない状況を打破する行動が宮前の最初の言葉に続くのだと悟った。
「それで彼女の方が最終的に浮気してやっとお別れすることになるんですね」
「そうそう、弱ってる彼女を助けてくれた男がいたんだよ。だったら別れてから付き合えよって本心では悪態つきたかったけど、もう別れられるんだったらなんでもいいって、俺の事じゃないのに思ったよ」
ここまで聞いて宮前の心労も伺えたゆきはそれを労いたくなった。
「宮前さんも本当に大変だったんですね」
そう伝えた途端、芝居がかった仕草で宮前が口を手で押さえたり、天を仰いだり、泣き真似をして、ゆきに大げさに優しい、ありがとうと謝意を伝えるからゆきも笑ってしまう。
そうしてから宮前も笑う。
「ね、そうだよね。二十七歳くらいまでの話だから、三年くらいだよね。俺も結構振り回されてるよね。まあ、それからも周弥がすぐ元気になるわけじゃないし、死にそうな顔して忙しそうに仕事してるからそっちもどうにかならないか気を揉むんだけど」
丁度良く、どうやら夕飯が完成したらしい目雲が次々とテーブルと満たし始めた。
そのついでに宮前の言葉に補足をしていく。
「今の事務所の所長が声を掛けてくれたんです。一旦仕事辞めて、少し休んだら事務所の手伝いくらいからゆっくり始めたらいいと言って貰えて」
「良かったですね」
ゆきが微笑めば目雲も僅かに表情を和らげる。それをみて宮前がまた呆れるが、話を続ける。
「それで退職して手伝いしながら、その一年で結局一級建築士の資格取るんだよな。本当に休んでたのか怪しかったけど、資格取ったらその建築事務所でがっつり働き始めるし。それでも一応普通に生活できるくらいにはなったから、安心してたんだけど」
「確かにまた倒れてますね」
ゆきが出会った時の目雲に繋がっていた。
宮前は大きなため息を吐く。
「結局根本は解決してなかったってこと、仕事に逃げるのは悪い癖だよな」
疲労が蓄積したのだと簡単に分かるが、過剰な多忙さだけではないような、共に過ごした時間の分だけ他にも要因があるようにゆきに考えさせた。
「何か精神的なこともあったんですか? 仕事が忙しかったってだけ聞いたんですけど」
まだテーブルをセッティングしている目雲ではなく宮前に尋ねた。
「なんだっけ、周弥に嫉妬した職場のやつが急に辞めたとか、それ以外にも確かにその後の五年でもいろいろあったから。祖父さんが亡くなったり、それで相続で本当に遺産が残されてたり、周弥は始めは拒否しようとしたんだけど、祖父さんの最後の願いだからって説得されて」
「どうして拒否されようとしたんですか?」
それはゆきの純粋な疑問だった。残されたものを拒むほどのことがあったのだろうかと良からぬ不安もよぎる。
「祖父さんは孫三人のことすごく気にかけてて、特に仲が良かったんだよ周弥。でもさ、資産家の周りっていろんな人間がいるわけさ、いらん事言うやつとかウジャウジャな。遺産なんか他にいくらでもあったと思うんだよ、孫にそれぞれ数件不動産残すくらい微々たるものだと感じるくらいのものがさ。でもがめつい奴は全部欲しいんだろうな。周弥は別に遺産が欲しくて仲良くしてたわけじゃないからって。でもまあ孫を思う気持ちを考えれば受け取るのも愛情ってのも分かるでしょ?」
仲違いしていた親子が元に戻るほどのきっかけだった孫に自分が築いた財産を少しでもというのはゆきでなくでも誰でも理解できるだろうと、以前聞いた目雲の父泰三の話を思い出したゆきだ。
「そうですね、仲良しなら殊更お祖父様の気持ちも分かります」
宮前も貰えるものなんかなんでも貰っておけばいいと思ったりもしたが、目雲の気持ちも完全に理解しがたいわけでもなかった。
「その手続きの煩わしさとか、不本意な気持ちとかね。もちろん祖父さんがいなくなったこと自体もね。それに体調も生活は何とか送れるけど相変わらず波はあって完全に良くなったわけじゃない。両親とはぎくしゃくしたままだし、弟が結婚したことでママさんがまた周弥のこと心配するし。そこに仕事の忙しさが重なって、大好きな勉強もする気力がなくなって、生活もままならなくなって、ゆきちゃんの前で醜態をさらすわけ」
連ねられていく事柄についゆきは心臓の辺りを押せえてしまった。
「聞いてるだけで胸が痛いです」
本当に痛そうなゆきを笑いながら、宮前はそんなゆきの存在が目雲を変えていくのだと今の状況に居られる現実を一人そっと嚙み締めた。
その心の内を隠すため、わざと素っ気なく話を終える。
「それからゆきちゃんとあれこれあるわけ。これが周弥のこの十年くらいで俺が知ってること」
ご清聴感謝しますと、慇懃に挨拶するから、ゆきも座りながらだが深々と頭を下げた。
「聞かせてくれて、ありがとうございます」
「周弥が自分で話せばいいのにな、もう別に大丈夫だろ」
漸く一緒のテーブルに着いた目雲に宮前が迫る。
「できるだけ客観的な視点での話が良かったんだ」
目雲はいつも通りだったが、少しだけ宮前にも柔らかい声だった。
「俺が言ってもお前寄りになるんだから、彼女の言い分は俺らが思ってるのが全部ってわけじゃないのは一緒だろ」
「それでもゆきさんにはまずはできるだけ公平な情報を持ってほしかったんだ」
「まずってことはお前もちゃんと話すんだな?」
念を押す宮前に目雲は抗わなかった。
「話す」
それでやっと納得した宮前は、それでも憐れむような顔をゆきに向けた。
「だって、ゆきちゃん。まだこの楽しくない話は続くらしいよ」
「今は話さない。ゆきさん、また改めてでいいですか?」
ゆきが否定するわけもなかった。
「はい、いつでもいいですよ」
宮前もこれ以上聞かされても楽しくないだろうと、それ以上求めない。
テーブルに並ぶ料理とゆきに新たにグラスを渡す目雲を眺めて、宮前は大きく息を吸う。
「てかさ、周弥って尽くすタイプだったんだな。そりゃあの子と合わんわ。ゆきちゃんと知り合ったばっかりの頃はただ張り切ってるだけだと思ってたけど、今の感じ見てるとこれが正解って気がめっちゃする」
「目雲さんの負担になってないかだけが心配ですけど」
「心配いりませんよ、したくてしてるだけです」
宮前はあまりにゆきの世話を焼こうとする目雲にそれをされるのが自分だったらと考える。
「ゆきちゃんこそ、うっざとか思ったりしない?」
「嬉しいし助かるし、良いことしかないです」
ポジティブにだけ受け取られていると目雲の肩を宮前が叩く。
「良かったなぁ周弥。お前のその面倒くささをそうとは思わずに一緒にいてくれる人がいて。本当に貴重だよ」
「たくさんいますよ」
ゆきが自分だけじゃないと主張すれば、宮前は大げさに首を振った。
「ハイスペックって生きてるだけで妬み嫉みの対象になるからさ、あとは理想を押し付けられたりさ」
「実感がこもってますね」
ゆきからしたら宮前ももちろんその部類に入るので異論は全くないが、それに伴う不利益が滲む言い様にその苦労が忍ばれてしまう。
宮前はそれでも仕方なしとそれを受け入れていた。
「周弥は天然もので俺は養殖ってところだな」
「努力の結果ってことですか?」
それも凄いことだとゆきは思うが、宮前には少し違っていた。
「俺は狙ってこうなってるってこと、計算でなりたってるってことさ。周弥は自分のしたいようにしてるだけの違い」
「どっちもすごいです」
宮前は素直にありがとうと笑った。
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