恋。となり、となり、隣。

雉虎 悠雨

文字の大きさ
73 / 86
第三章 いつも隣に

72

しおりを挟む
 宮前としてもそれを否定するわけではなく、あくまでも相性の問題だと言う。

「亭主関白も相手が良しとすれば悪じゃないからね。彼女も強かだから、相手を立てながらも尻に敷いて上手くやっていけると思う、実際今頃はそうじゃないかと思うよ。残念ながら周弥は尻に敷かれないからさ」
「そう見ると相性が悪いというのも分かります。最後はやっぱり働きすぎですか?」

 ゆきはそのギリギリの均衡が崩れる切っ掛けを掴みかねていたので、可能性で宮前に尋ねた。
 宮前は頷く前に、目雲の心理を解説した。

「周弥はさ、金を稼ぎたいとか、出世したいとかとかじゃないだよね。親父さんの影響なのかそういう血筋なのか、作りたいものが作りたいって感じ。大手だと自分だけの意見で仕事するのって難しいってのもあるし、利益が優先の時もあるし。周弥もそこは経験だと思って割り切ってたけど、そんなことばっかりをわざわざ増やしたら、より疲れて負担も大きくなる。勉強もさ、好きでしてるなら苦にならないんだろうけど、周弥自身はまだ先でもいいと思ってたものを彼女の希望や会社の期待もあってしたものだから、楽しくなかっただろうな」

 ゆきが目雲を思いやる。

「心労が蓄積していくんですね」
「私生活では自分のペースを取り戻せないままで、彼女とはなんとなく上手くいってなくて、その彼女は自分の母親の事でどうやら悩んでいる様子。それぞれは些細なことかもしれないけど、そんなのが一年も続けば体も悲鳴を上げるって」
「めまいとかの症状が出るんですか?」

 なんとなく緊急の入院が必要な症状ではなかったのではないかと、ゆきが聞くと宮前は頷く。

「そうそう。その前から不眠とか食欲不振とかはあったみたいだけど、そんなのどうでもいいくらい仕事と勉強に没頭した。彼女には倒れるまで気が付かれないように上手くやってたらしい」
「気付かれない程?」

 半分は一緒に住んでいても隠し通してしまえるのかと、今後目雲の不調に気付けない不安に駆られたゆきだったが、宮前がフォローを入れる。

「いや、内心おかしいとは思ってたらしいけど、そんなことも教えてもらえない存在なのかと腹を立ててた。無理するなってどの口が言うんだって、周弥が倒れたことで彼女も爆発しちゃって、そんなに信用できないのかとか、上手くやろうとしてるのを心の中では蔑んでいたんだろうとか、別人みたいに暴言吐くようになっちゃって」
「本物の修羅場ですね、宮前さんその場にいたんですか?」

 実際に見ているような宮前が気になって聞けば、大きな頷きが返ってきた。

「いた。周弥は職場で倒れたんだけど意識はあって、めまいだから仮眠室で休ませてもらえば大丈夫だからって自分で言ったんだって。それでも回復しないから、周弥が俺を呼んでさ、家まで運んだら彼女がいたわけ。血の気のない顔して自力でまともに立てない周弥に突然ブチギレてびっくりした。俺は彼女の方はしばらく会ってなかったからいつからそんな般若状態だったのかは定かじゃなけど」
「その時が初めてだった」

 目雲が新しい皿を手にやって来て、置くとまた帰っていく。
 一瞬びくりとしたゆきを宮前が笑い、二人で目雲を見送る。

「だって。それでもさ、二人別れないんだ。びっくりするだろ」

 キッチンに戻って目雲が優しくすみませんと目があったゆきに謝って視線を手元に落としてたのを見届けてから、宮前に零した。

「愛、ではないですよね」

 当然というような宮前の頷きが返ってきた。

「周弥にはもう別れる気力もなくて、病院には行ったけど薬飲んですぐ治るものではないから、誤魔化しながら仕事は続けるし。彼女も自分が面倒みるって聞かなくて、酷いことはもう言わないって泣くし。でもたまにヒステリー起こして俺が呼び出されたりするんだ。俺も周弥が心配だからさ、彼女が良い顔しないって分かってても周弥に会いに行ってたし」

 それでどうにもならない状況を打破する行動が宮前の最初の言葉に続くのだと悟った。

「それで彼女の方が最終的に浮気してやっとお別れすることになるんですね」
「そうそう、弱ってる彼女を助けてくれた男がいたんだよ。だったら別れてから付き合えよって本心では悪態つきたかったけど、もう別れられるんだったらなんでもいいって、俺の事じゃないのに思ったよ」

 ここまで聞いて宮前の心労も伺えたゆきはそれを労いたくなった。

「宮前さんも本当に大変だったんですね」

 そう伝えた途端、芝居がかった仕草で宮前が口を手で押さえたり、天を仰いだり、泣き真似をして、ゆきに大げさに優しい、ありがとうと謝意を伝えるからゆきも笑ってしまう。
 そうしてから宮前も笑う。

「ね、そうだよね。二十七歳くらいまでの話だから、三年くらいだよね。俺も結構振り回されてるよね。まあ、それからも周弥がすぐ元気になるわけじゃないし、死にそうな顔して忙しそうに仕事してるからそっちもどうにかならないか気を揉むんだけど」

 丁度良く、どうやら夕飯が完成したらしい目雲が次々とテーブルと満たし始めた。
 そのついでに宮前の言葉に補足をしていく。

「今の事務所の所長が声を掛けてくれたんです。一旦仕事辞めて、少し休んだら事務所の手伝いくらいからゆっくり始めたらいいと言って貰えて」
「良かったですね」

 ゆきが微笑めば目雲も僅かに表情を和らげる。それをみて宮前がまた呆れるが、話を続ける。

「それで退職して手伝いしながら、その一年で結局一級建築士の資格取るんだよな。本当に休んでたのか怪しかったけど、資格取ったらその建築事務所でがっつり働き始めるし。それでも一応普通に生活できるくらいにはなったから、安心してたんだけど」
「確かにまた倒れてますね」

 ゆきが出会った時の目雲に繋がっていた。
 宮前は大きなため息を吐く。

「結局根本は解決してなかったってこと、仕事に逃げるのは悪い癖だよな」

 疲労が蓄積したのだと簡単に分かるが、過剰な多忙さだけではないような、共に過ごした時間の分だけ他にも要因があるようにゆきに考えさせた。

「何か精神的なこともあったんですか? 仕事が忙しかったってだけ聞いたんですけど」

 まだテーブルをセッティングしている目雲ではなく宮前に尋ねた。

「なんだっけ、周弥に嫉妬した職場のやつが急に辞めたとか、それ以外にも確かにその後の五年でもいろいろあったから。祖父さんが亡くなったり、それで相続で本当に遺産が残されてたり、周弥は始めは拒否しようとしたんだけど、祖父さんの最後の願いだからって説得されて」
「どうして拒否されようとしたんですか?」

 それはゆきの純粋な疑問だった。残されたものを拒むほどのことがあったのだろうかと良からぬ不安もよぎる。

「祖父さんは孫三人のことすごく気にかけてて、特に仲が良かったんだよ周弥。でもさ、資産家の周りっていろんな人間がいるわけさ、いらん事言うやつとかウジャウジャな。遺産なんか他にいくらでもあったと思うんだよ、孫にそれぞれ数件不動産残すくらい微々たるものだと感じるくらいのものがさ。でもがめつい奴は全部欲しいんだろうな。周弥は別に遺産が欲しくて仲良くしてたわけじゃないからって。でもまあ孫を思う気持ちを考えれば受け取るのも愛情ってのも分かるでしょ?」

 仲違いしていた親子が元に戻るほどのきっかけだった孫に自分が築いた財産を少しでもというのはゆきでなくでも誰でも理解できるだろうと、以前聞いた目雲の父泰三の話を思い出したゆきだ。

「そうですね、仲良しなら殊更お祖父様の気持ちも分かります」

 宮前も貰えるものなんかなんでも貰っておけばいいと思ったりもしたが、目雲の気持ちも完全に理解しがたいわけでもなかった。

「その手続きの煩わしさとか、不本意な気持ちとかね。もちろん祖父さんがいなくなったこと自体もね。それに体調も生活は何とか送れるけど相変わらず波はあって完全に良くなったわけじゃない。両親とはぎくしゃくしたままだし、弟が結婚したことでママさんがまた周弥のこと心配するし。そこに仕事の忙しさが重なって、大好きな勉強もする気力がなくなって、生活もままならなくなって、ゆきちゃんの前で醜態をさらすわけ」

 連ねられていく事柄についゆきは心臓の辺りを押せえてしまった。

「聞いてるだけで胸が痛いです」

 本当に痛そうなゆきを笑いながら、宮前はそんなゆきの存在が目雲を変えていくのだと今の状況に居られる現実を一人そっと嚙み締めた。
 その心の内を隠すため、わざと素っ気なく話を終える。

「それからゆきちゃんとあれこれあるわけ。これが周弥のこの十年くらいで俺が知ってること」

 ご清聴感謝しますと、慇懃に挨拶するから、ゆきも座りながらだが深々と頭を下げた。

「聞かせてくれて、ありがとうございます」
「周弥が自分で話せばいいのにな、もう別に大丈夫だろ」

 漸く一緒のテーブルに着いた目雲に宮前が迫る。

「できるだけ客観的な視点での話が良かったんだ」

 目雲はいつも通りだったが、少しだけ宮前にも柔らかい声だった。

「俺が言ってもお前寄りになるんだから、彼女の言い分は俺らが思ってるのが全部ってわけじゃないのは一緒だろ」
「それでもゆきさんにはまずはできるだけ公平な情報を持ってほしかったんだ」
「まずってことはお前もちゃんと話すんだな?」

 念を押す宮前に目雲は抗わなかった。

「話す」

 それでやっと納得した宮前は、それでも憐れむような顔をゆきに向けた。

「だって、ゆきちゃん。まだこの楽しくない話は続くらしいよ」
「今は話さない。ゆきさん、また改めてでいいですか?」

 ゆきが否定するわけもなかった。

「はい、いつでもいいですよ」

 宮前もこれ以上聞かされても楽しくないだろうと、それ以上求めない。
 テーブルに並ぶ料理とゆきに新たにグラスを渡す目雲を眺めて、宮前は大きく息を吸う。

「てかさ、周弥って尽くすタイプだったんだな。そりゃあの子と合わんわ。ゆきちゃんと知り合ったばっかりの頃はただ張り切ってるだけだと思ってたけど、今の感じ見てるとこれが正解って気がめっちゃする」
「目雲さんの負担になってないかだけが心配ですけど」
「心配いりませんよ、したくてしてるだけです」

 宮前はあまりにゆきの世話を焼こうとする目雲にそれをされるのが自分だったらと考える。

「ゆきちゃんこそ、うっざとか思ったりしない?」
「嬉しいし助かるし、良いことしかないです」

 ポジティブにだけ受け取られていると目雲の肩を宮前が叩く。

「良かったなぁ周弥。お前のその面倒くささをそうとは思わずに一緒にいてくれる人がいて。本当に貴重だよ」
「たくさんいますよ」

 ゆきが自分だけじゃないと主張すれば、宮前は大げさに首を振った。

「ハイスペックって生きてるだけで妬み嫉みの対象になるからさ、あとは理想を押し付けられたりさ」
「実感がこもってますね」

 ゆきからしたら宮前ももちろんその部類に入るので異論は全くないが、それに伴う不利益が滲む言い様にその苦労が忍ばれてしまう。
 宮前はそれでも仕方なしとそれを受け入れていた。

「周弥は天然もので俺は養殖ってところだな」
「努力の結果ってことですか?」

 それも凄いことだとゆきは思うが、宮前には少し違っていた。

「俺は狙ってこうなってるってこと、計算でなりたってるってことさ。周弥は自分のしたいようにしてるだけの違い」
「どっちもすごいです」

 宮前は素直にありがとうと笑った。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

優しい雨が降る夜は

葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン 無自覚にモテる地味子に 余裕もなく翻弄されるイケメン 二人の恋は一筋縄ではいかなくて…… 雨降る夜に心に届いた 優しい恋の物語 ⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡ 風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格 雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン

イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫
恋愛
 蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……

解けない魔法を このキスで

葉月 まい
恋愛
『さめない夢が叶う場所』 そこで出逢った二人は、 お互いを認識しないまま 同じ場所で再会する。 『自分の作ったドレスで女の子達をプリンセスに』 その想いでドレスを作る『ソルシエール』(魔法使い) そんな彼女に、彼がかける魔法とは? ═•-⊰❉⊱•登場人物 •⊰❉⊱•-═ 白石 美蘭 Miran Shiraishi(27歳)…ドレスブランド『ソルシエール』代表 新海 高良 Takara Shinkai(32歳)…リゾートホテル運営会社『新海ホテル&リゾート』 副社長

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

助けた騎士団になつかれました。

藤 実花
恋愛
冥府を支配する国、アルハガウンの王女シルベーヌは、地上の大国ラシュカとの約束で王の妃になるためにやって来た。 しかし、シルベーヌを見た王は、彼女を『醜女』と呼び、結婚を保留して古い離宮へ行けと言う。 一方ある事情を抱えたシルベーヌは、鮮やかで美しい地上に残りたいと思う願いのため、異議を唱えず離宮へと旅立つが……。 ☆本編完結しました。ありがとうございました!☆ 番外編①~2020.03.11 終了

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

【本編、番外編完結】血の繋がらない叔父にひたすら片思いしていたいのに、婚約者で幼馴染なアイツが放っておいてくれません

恩田璃星
恋愛
蓮見千歳(はすみちとせ)は、血の繋がりのない叔父、遼平に少しでも女性として見てもらいと、幼い頃から努力を続けてきた。 そして、大学卒業を果たし千歳は、念願叶って遼平の会社で働き始めるが、そこには幼馴染の晴臣(はるおみ)も居た。 千歳が遼平に近づくにつれ、『一途な想い』が複雑に交錯していく。 第14回恋愛小説対象にエントリーしています。 ※別タイトルで他サイト様掲載作品になります。 番外編は現時点でアルファポリス様限定で掲載しております。

かりそめ婚のはずなのに、旦那様が甘すぎて困ります ~せっかちな社長は、最短ルートで最愛を囲う~

入海月子
恋愛
セレブの街のブティックG.rowで働く西原望晴(にしはらみはる)は、IT企業社長の由井拓斗(ゆいたくと)の私服のコーディネートをしている。彼のファッションセンスが壊滅的だからだ。 ただの客だったはずなのに、彼といきなりの同居。そして、親を安心させるために入籍することに。 拓斗のほうも結婚圧力がわずらわしかったから、ちょうどいいと言う。 書類上の夫婦と思ったのに、なぜか拓斗は甘々で――。

処理中です...