恋。となり、となり、隣。

雉虎 悠雨

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第三章 いつも隣に

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 季節はまた少し進み、その日は強烈な低気圧と寒波がやって来ていた。
 二人一緒に過ごす休日だったが、ゆきは曇天の空をマンションの窓から眺め、振り返りソファーに座る目雲に声を掛ける。

「今日は体調悪そうですね」
「寝込むほどはないと思います。そもそも心的な要因と働きすぎだったからなので、どちらも余裕がある今は以前ほどにはなりません」

 頻度も症状の度合いも比べられなく程良くなっていると目雲ははっきりと分かっていたが、それでも軽い頭痛がしていることも間違いなかった。
 それを誤魔化して生活するくらいもう何でもない目雲だったが、ゆきにすっかり問題ないと嘘を伝えることはできなかった。
 心配をかけるより、無理が祟って逆戻りでもしたら幻滅されるのではないかと幾ばくかの不安の方が大きいからだ。
 ゆきは目雲の言葉をかみ砕いて、元気いっぱいではないのだなと理解した。

「今日は寒さも厳しそうなので」

 ソファーで横になった目雲の傍でゆきはいつも通り本を読み始めた。
 ゆきとそんな風に過ごす日ももう何度もあって、目雲の調子があまり良くない時は目雲が望むからそうやって傍でずっといる。
 もうそのことに罪悪感も抱く必要ないことは理解できていた目雲だが、それでもふと思う。

 どうしてこんな欠点だらけの自分と付き合ってくれたのか。つまらない自分になぜいつも楽し気に接してくれるのか。どこをみて信頼に値すると思ってくれたのか。心配にかこつけて手料理を食べさせ続けたり、急に同棲を持ちかけたり、重たい自覚はある。それを感謝で返してくれるのは寛容で優しいことだと気が付いているのか。
 いつか、こんな自分は呆れてしまわれるのではないか。

 ゆきの好きの気持ちが消えてしまうことにとても怯えている目雲がいた。

 目雲が横になっているソファーの下で、じっと本を読む姿は誰かと接する時と違い無表情に近いけれど、少しだけ微笑んでいるようにも見える。本にカバーはついていないのでタイトルや表紙のデザインで内容を推察することができる。それがどんなものだろうといつも表情は変わらず、たまにどんな話だったか尋ねる目雲の方が顔を顰めるような時も、微笑ましくなる時も切ない気持ちになる時もあった。

 簡潔にまとめるのが上手で、厭わず聞かせてくれるから目雲はつい自分で読まずにゆきに尋ねてしまう。ゆきも目雲には続きが気になる様な話し方はせず、いわゆるネタバレをしてくれる。他では読みたくなるような説明をしているのも目雲は知っていたから、読書の時間が取れないと言っている自分のために最後まで聞かせてくれているんだとゆきの気遣いを嬉しく思ってしまっていた。

 自分との関係も、聞いたら話してくれるだろうか。
 そんな欲求に駆られて、勝手に目雲の口は動いていた。

「ゆきさん」

 静かな声でもゆきは目雲を振り返る。

「はい?」

 本の世界にいた証明のようにきょとんとした顔が目雲は好きだ。

「僕を好きになってくれた理由を教えてほしいと言ったら、どうしますか?」

 数回瞬きをする時間ゆきは考えてから、本を閉じて、しっかりと目雲に向き合った。

「また、唐突ですね。何かありましたか?」

 目雲はゆきの読書時間を邪魔する引け目もあったが、それよりも片手間でなく聞く姿勢を取ってくれて嬉しくなってしまう強欲な自分に自責の念もある面倒な思考になっていた。

「何もないですが、ゆきさんの視点で見ると僕はどう映っているのかと」
「うーん、どこをどう見ても、とっても素敵な人ですよ?」

 一度口に出してしまったら徹底的だと開き直った目雲は納得できず引かない。

「容姿ですか?」

 それが嫌味にならない目雲がすごいと感心しながらゆきは素直に認めた。

「カッコいい人だなとは始めから思いました」
「でもそれではないですよね?」

 目雲も一目惚れされたとまで思い込める自己陶酔はない。そしてゆきが自分の心理を話すのが苦手だと分かった上で聞く。
 心身が不安定になりやすくなる季節の感情を、落ち着けたくて、不安を打ち消したくて、ゆきに甘えているのだと自覚している。
 だからこそ、聞けば嫌がらず、どうしてとも言わず、ゆきが必死で考える時間を目雲は少し弾む感情で待つことができる。どんな答えでも、そうしてくれるだけで目雲の気持ちはずっと楽になる。
 ゆきは不確かな記憶を辿っているようにしたまま、頼りなさげに声を出す。

「目雲さんとはきっと合わないなぁって思ったんです」

 真逆の答えだったが、ゆきが何とかたどり着いただろうその理由が知りたい。

「どうしてですか?」
「わりと最初からなんですけど、確信に近くなったのはお部屋を見たあとに」
「部屋が汚かったからですか」

 そうだろうと大いに納得しそうになっているところに、ゆきは目雲を見て、首を振る。

「違います、逆です。すごくきっちりされてたから。それが忙しくて荒れてることで、それもストレスになってて。だから私といることも疲れるし負担にしかならないだろうなって」
「ゆきさんといることもストレスなると?」

 本気でこれまで一度も感じない目雲は、その答えに理解が追いつかない。

「私、本当に本読む以外は無頓着なんです。一応暮らすためにご飯食べたり部屋が汚れないように生きてますけど、生きてさえいければなんでもいいのが本音なんです」

 そう言われ目雲が心配になり、起き上がりゆきをソファーの上に誘い隣に座らせる。
 よく着ているボリュームのあるロングスカートでも足をそろえていると分かるほど姿勢を正して座ったゆきを覗き込むように目雲は確かめる。

「では今も無理してますか?」

 起きてきて大丈夫かと一瞬不安そうにするが、目雲が大丈夫だと言えば微笑むながらもゆきはどこか神妙にする。

「最低限することは当たり前ですから。むしろ、私ほとんど何もしてませんよね?」

 ゆきのその認識も目雲には不思議でならない。

「してないと思えるゆきさんの方がすごいです。細かく埃を取ったりしてますよね? 僕が少しでも忙しい時は料理もしてくれますし、買い物メモもこまめに書いてくれていて助かっています」
「気づいたときにやらないと私はすぐ忘れてしまうので、それだけですし、料理も栄養とかあんまり考えない時短優先メニューなのに」

 目雲は自分が言ったこと以外にも多くの名の付かない振り分けようのない家事をゆきが率先してやっていることを知っている。気付くたびきちんと言葉にしているが、追いついていない部分も絶対にあるとも分かっていた。家にいる時間が長いのだから仕方ないとは目雲は思わないで、できるだけゆきが楽できるようにブラッシュアップし続ける今現在だ。

「細かい家事を厭わずやるというのは案外出来ないものですよ。ゆきさんがやっていることは他にもいっぱいあることは僕が一番知っています」
「あ、ありがとうございます」
「すみません、話が逸れました」
「あ、えっと……」

 自分を辿り切れていないゆきに目雲がアシストをする。

「僕とゆきさんが合わないと思った理由です」
「そうだ、えっと、だから私は取り繕えないくらいきっちりとは程遠い人間だという自覚だけはあるので、目雲さんを知れば知るほど私じゃ無理だなと思いました」
「それでは好きにはならないですよね?」

 ゆきは遠くを見てまた考える。

「でも、目雲さん優しいから」
「優しいから好きになってくれたんですか」

 視線を外したまま、ゆきはこくこくと頷く。

「そこまでだなぁって」
「優しいだけだと」

 しまったとゆきは慌てて否定した。

「違います、違います。私の中で好きな気持ちを持つだけでそれ以上の関係になんてならないだろうなって。優しくて穏やかで一緒にいるのがとても楽しくて心地が良い、だから振られるって思ったから告白できましたけど、そうじゃなかったら現状維持を続けていたと思います。すみません、話すの上手じゃなくて」

 傷つけたと思ったゆきはいつになく落ち込むが、その様子に苦手を強要している目雲の方が少し申し訳なくなる。
 目雲がそっとゆきの髪を撫でる。

「ゆきさん、自分の気持ちを話すのは本当に苦手なんですね」
「難しいです」

 しゅんとするゆきの姿も珍しく、目雲はつい頬が緩む。

「いつもとは違いますね」
「そうですか? いつももあまり上手に喋れてる気はしてないですけど。できるだけ口に出すことだけを心がけてるだけなので」

 言葉にしないよりはずっと良いのだとゆきは学び、普段話すことは慣れてきた。ただ自信はまだない。

「素直なリアクションと、知識に基づいた話や経験に裏付けされているようなことは、とても流暢に話せていますよ。事実をありのまま伝えることもできていると思います」

 慰めるわけではなかったが、目雲が持っている認識を言葉にした。

 けれど、目雲はより知りたくなった。普段に見えないその心の奥をもっと欲しくなる。少し触れたからこそ欲張りになる。

「ゆきさんが僕を好きだと言ってくれた理由はまだ分かりませんね。ではどんなところが優しくて好きになりましたか?」
「詰めますね」
「とことんです」

 ゆきはまた考えながら話し始めた。

「始めは私が下手に手を出さないほうがやりやすいだろうなって」

 目雲がやりたいように世話を焼いていたことだと分かった。

「隼二郎が言ってましたね」

 ゆきも頷き、それ以上だったと言う。

「それが任せて甘えても自分も負担に思わないなって。なんて気を遣わせない天才なんだと思いました」
「天才ですか」

 ゆきは自分のことを話し始めた。




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