白鬼

藤田 秋

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第十八章 勿忘草

18-17 神無月の異変

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* * * *

 十月は神無月とも言い、神様が居なくなる月なんだ。
 いなくなった神様は出雲に集まっているらしく、あっちでは神在月とも言うらしい。

 うちの神社でも例外ではなく、天が出雲に出掛けようとしていた。
 今は九月の最終日、その夜だ。

「では、行って参ります。皆様、お身体に気をつけてくださいね」
 天はいつものヒラヒラした装いではなく、旅装束の格好をしていた。幽霊でも着替えるんだなぁ。

「ふん、面倒じゃ」
 傍らには不満げな狐珱もいた。神様は神使という御付きの者を一人連れて行かねばならず、狐珱がその役に選ばれたのだそうだ。

「行ってらっしゃい、天ちゃん、狐珱。また一ヶ月後ね」
「行ってらっしゃい」
 天のことが見えるのは僕とお母さんだけ。
 だから僕たち二人が天たちの見送りをしているのだ。

 天は礼儀よくお辞儀をして、狐珱が持っているお守りの中へ溶けるように消えてしまった。
 狐珱も『全く……』と呟きながら、ポンっと姿を消す。

 神様たちの出張期間は十月丸々。その間、神棚は留守になるのだ。

「さぁ、寝ましょう」
「うん」
 もう十二時近い。いつもならとっくに寝ている時間だ。
 夜更かしはいけません、とお母さんは僕を部屋に行くよう促した。

 廊下を歩いている途中、『何か』が揺らいだ気がして立ち止まった。後ろを振り向くが、特に変わったことは無い。

 何だろう、胸騒ぎがする。

「……珀弥?」
「ううん、何でもない」
 気のせい、だったかな?
 お母さんは僕の頭を撫で、『大丈夫よ』と笑った。



 寝床に就いても胸騒ぎは収まらなかった。
 何なんだろう。天たちが居なくなってから、変な悪寒がする。

「うう……」
 何度も寝返りを打つけれど、落ち着かない。目は冴えて、眠るどころじゃなくなった。

 時計を見ると、もうすぐ二時になるところだった。

 僕は布団の中でもぞもぞと動き、這い出た。ちょっと風に当たってこよう。
 思い立ってこっそり部屋を出てみる。羽織は忘れない。秋の夜は冷える。
 足元からひんやりと冷気が伝わり、身震いした。

 皆を起こさないように、忍び足でそっと廊下を歩く。裏庭に通じる渡り廊下に行こうかな。

 そーっと、でも足早に進むと、また渡り廊下に通じる戸から光が差し込んでいた。
 先客がいるみたい。

「……やっぱり」
 渡り廊下の真ん中でぽつんと月を眺めている影。かずまだ。
 弟は柱に身を預け、ボーッとまどろんでいた。

「かずま、風邪ひいちゃうってば」
 僕はまた自分の羽織をかずまに着せた。
 かずまは僕に視線を向け、微かに頷いた。何だか怠そう。

「こんなところで、具合悪くなっちゃうよ。部屋に戻ろう?」
 今度こそ風邪を引いたら、本当に終わりだ。今だって、寿命を縮めかねないのに。

「いや、もうちょっとだけ……」
「かずま……」

 かずまは確実に、じわじわと弱ってきていた。ちさなと遊んだ後は、顔色は良かったものの、疲れて寝込んでしまう。

 最近は物を持つ手も震えて、歩くのも壁を伝ってやっと進めるくらいだ。
 もう、時間は残り僅かなんだ。

「珀弥……少しだけ、話をしていいか?」
「うん?」
 かずまからこんな提案をするなんて珍しい。僕は何だろうと耳を傾けた。

「俺は……感情表現、下手だから……お前には随分嫌な思いをさせたと思う」
 かずまは柱に頭をコツンと当て、月を見上げた。

「そう? わかりやすかったよ?」
「ああ、お前はそういう奴だったな……」
 呆れ気味に息を吐き、愉快そうに少しだけ肩を揺らしたが、怠そうにまた脱力する。

「他の人は……俺のことがわからないって、母さんでさえ、わからなかったって言ってた。普通はそんなもんなんだけどな」
「そう……」

 かずまは感情を表に出さない。出したとしても、微かな動きだから、注意して見ないとわからないんだ。

 それに、心を開いていない相手には、余計感情が小さくなる。

「だから……理解してくれるお前は気が楽だった。さすが片割れというか、なんというか……」
「元々二人で一人だったもんねー」

 僕たちは一卵性双生児。顔も形も全部一緒。一人の人間が運命のいたずらで二人に分かれた姿だ。

「お前の話、嫌いじゃなかった。まぁ、一日の楽しみって言ってやっても……良い、かな」
 かずまが本音を話してくれるのは嬉しい。
 僕は鬱陶しく思われてなかったんだと思うと、ホッとする。ちょっと上から目線だけど。

「ふふん、じゃあこれからも沢山お話してあげるからね」
「ああ、期待してる」
 かずまは表情を変えなかったが、雰囲気が柔らかくなった。

 夜風が吹き抜け、髪を撫で上げる。

「……なぁ、一つ我儘言って良いか?」
 かずまは優しい声で呟いた。
 目線は月に向いているまま。敢えて僕を見ないようにしているみたい。

「うん、なぁに?」
 かずまが我儘を言うことなんて滅多にない。さっきから、珍しいことばかりだ。
 貴重な我儘なんだから、僕はしっかり聞かなきゃならない。

 弟はゆっくりと口を開いた。

「……生きたい」
 ただ、一言だけ。

 弱々しくて、儚くて、でも強い意志を感じる声だ。
 それだけで、十分な衝撃だった。

「我儘じゃ、ないよ……」
 当たり前のこと。生きたいと思うのは普通のことだよ。

 生きたいということを我儘だと思うくらい、かずまも自分に残された時間を自覚しているんだ。

「そんなの、我儘にしちゃ駄目だよ……かずまはもっとずっと、生きるんだから……!」

 目頭がじわっと熱くなり、視界がぼやけた。どうしてかずまなんだろう。
 どうして、連れて行こうとするの? どうして……?

「はあ……うちの『弟』は本当に泣き虫だな」
 かずまは重そうに腕を持ち上げ、僕の頭をポンポンと撫でた。

「うう、僕がお兄ちゃんだもん」
 ズズっと鼻を啜る。格好がつかないや。

「産まれたのは俺が先だ」
 そう、兄弟の順番はかずまの方が先。本来なら、かずまがお兄ちゃんなんだ。

 母子手帳にも僕が第二子って書いてあるはず。だけど、この辺には『双子の先に産まれた方を弟、妹とする』という古い風習があって、兄弟の順序が逆転したんだ。

 かずまが弟っぽくないのもこの為だと思う。同じ日に産まれたから、兄弟っていうよりは友達に近いけれど。

「しっかりしろよ、お兄ちゃん」
「うー、馬鹿にするなぁー」
 つい気が緩む。こんな平和な時間がずっと続くと嬉しいんだけれど、これもまた貴重で大切な時間。

「はぁ、俺の周りには変な奴しかいない」
「それ自己紹介? ブーメラン?」
「たたくぞ」
 かずまはジトっと僕を睨む。これ以上言うのはやめよう。

「お前もあいつも、俺に構う変な奴」
 僕と、ちさなかな。ちさなはともかく、僕が変な奴呼ばわりされるのはちょっと解せない。

「俺が居なくなったら、きっと煩いだろうな」
 かずまは瞼を下ろす。

「そうだよ! 静かに寝かせないよ! ちさなも多分かずまの頬っぺたをずーっとつついてると思う」
「傍迷惑な奴ら」
 そう言いつつ、かずまは小さく笑っている。

 自嘲じゃない、楽しげな笑み。なかなか見せてくれなかった笑顔が、ここにある。

「……生きなきゃな」
 ぽつりと一言こぼした。願望から意志に変わったそれは、力強かった。

「うん、もち——」
 もちろんだよ、と言いかけた時だ。

「きゃあああああああ!」
 突然、家中にけたたましい悲鳴が響き渡った。
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