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第十八章 勿忘草
18-18 白の襲撃
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「何!?」
突然の悲鳴に驚いて身体が固まってしまった。今の声は……。
「母さんの声だ……」
かずまは母屋の方を睨みつけた。
空気が冷たくて重たい。これは夜風のせいじゃなくて、神社に訪れた『違和感』のせいだ。
脳から危険信号が発される。
僕にはどうしようも出来ない何かがいる。
身体が押し潰されそうな圧力に脚が竦んだ。どうして天たちが居なくなった時に限って……!
「い、行かなきゃ……」
僕には何も出来ない。けれど、お母さんたちに何かあった筈だから、此処に留まっているわけにはいかないのだ。
「行くな馬鹿」
かずまが僕の着物の裾を掴む。弱々しくて、振り払えばすぐに外れそうだ。
でも、かずまの鋭い視線がそれを許さなかった。
「俺が様子を見に行くから、お前は外に出て助けを呼んでこい」
「無茶だよ! かずまに何かあったらどうなるの?」
かずまは歩くのもままならないのに、何かに出くわしたら逃げることだって出来ない。
「ああ、俺は走れない。お前は走れる。助けを呼びに行くのはお前が適任だ。わかるな?」
「でも!」
冷静な声の中に焦りの色が混じっている。
緊迫した状況の中、かずまは最善手を選ぼうとしている。それはわかっているけれど、置いていくことなんて出来ない。
「二人一緒に居ても、俺は足手まといにしかならないんだよ。これ以上惨めな思いはさせんな」
「……っ」
僕から目を背けたかずま。言葉の一つ一つが僕を突き放そうとしている。
かずまは震える手で柱につかまり、よろよろと立ち上がろうとした。だが、力が入りきらずに膝をつく。
「無理しちゃ駄目だって!」
「いいから構うな」
こういうところは頑固だからいけない。僕もかずまも。
「もー!」
「おい」
僕はかずまの肩に腕をを回して立ち上がった。かずまもつられて立ち上がり、少し怒りながら僕を見る。
「僕は怖がりだから、誰か一緒に居ないと不安です」
「何だそれ」
「かずまは軽いし、言うほど足手まといにはならないって」
ダッシュするときは引きずっちゃうかもしれないけど、とりあけず走るのは問題なさそう。……そのくらい、かずまが軽くなっているのが辛いけれど。
「……はぁ、お前は馬鹿だな」
「馬鹿って言う方が馬鹿だって」
僕はかずまを連れ、渡り廊下を進む。
本殿を通って境内を進み、鳥居まで駆け抜けて外に出ようと思っているけれど、とにかく道が長い。
うちの神社は結構大きくて、廊下でも何でも無駄に広い。だから移動に時間が掛かるんだ。
足早に進んでいるけれど、今は出口が異様に遠く感じた。
「助けを呼ぶアテは?」
僕に半ば引きずられながら、かずまは小声で聞いてきた。
「階段を降りた先に公衆電話があるよ」
「十円玉あんのか?」
「あそこの電話ボックスはテレカがいっぱい置いてあるから大丈夫」
「便利だな」
鳥居の先に伸びる長い階段を降りて右手側に進むと、ぽつんと電話ボックスが設置してある。
その中には電話帳と、何故か大量のテレフォンカードが置いてある。持ち合わせが無くても電話出来る便利仕様だ。
「もうちょっと急ぐよ」
足音を立てないように、でも急ぎ足で。本殿を通り抜け、境内が見えてきた。
両側が木々で囲まれて暗かったけれど、石畳は冷たい月の光を反射している。ズラリと並んでいる灯篭には火が灯っていない。
昼とは一変して、寂しく冷たい雰囲気。夜の神社は怖い。
「ここを走り抜けたらもうすぐ——」
助けを呼べる。そう思った。
「っ!」
ズン、と重い空気。まただ。脚が重くなって、息が苦しくなる。
何かが、近くにいる。
脚が竦む。進まなきゃいけないのに。一歩が踏み出せなくなってしまった。
冷たくて重い威圧感は、どんどん近付いてきて、吐き気がする。ソレと顔を合わせたら、きっと殺される。
遊ぶように、トンッ、トンッと軽く聞こえるのは、死の足音。
「珀弥、落ち着け」
固まった身体にかずまの落ち着いた声が染み渡る。そうだ、今はもう一人の命を背負ってるんだ。
「ありがとう、急ごう」
「ああ、任せた」
僕が正気を取り戻すと、かずまは優しく頷いた。しっかりしなきゃ。
背中にチクチクと殺気と強い力が伝わってくる。早く、早く。
急いで来た為、僕たちは裸足の状態。境内の真ん中を通る石畳は冷たいし、砂利もあるから痛い。
それに、ど真ん中なんて通ってしまったら、すぐに見つかってしまう。
その為、僕たちは並木道の影を通ることにした。ここなら土であまり痛くないし、見つかりにくいから。
「……っ」
かずまの呼吸がおかしくなってきた。表情を歪め、苦しそうに胸を押さえている。
引きずられる形であっても、普段から寝込んでいる人間が小走りしているんだ。大きく消耗するに決まっている。
過度な運動で鼓動も早くなり、心臓にも負担が掛かっていた。
「苦しい? 大丈夫?」
脚を止めようとしたが、かずまは首を振る。
「休む暇、あったら、進め……」
「……うん、もうちょっとだからね」
並木道も中盤に差し掛かってきた。鳥居も目と鼻の先だ。
早く、早く、早く——!
「……?」
フッと、背中に感じる圧力が無くなった。徐々に消えていったんじゃなくて、いきなり消えたんだ。
どういうことだ? 居なくなったのか? それとも、気配を消したのか? 今は、どこにいる……?
そもそも、アレは何なんだ。
人間にしては明らかに力が強過ぎる。仮に強盗だとしても、わざわざ母屋に行くより本殿の宝物を漁った方が余程お金になるはずだ。
妖怪? 現代にまだ残っていたの?
例外として、うちの狐珱はずっと住み着いているけれど……人に危害を加えるような妖怪なんて殆どいない。
妖怪が存在していたとしても、人の目を盗んでこっそり生きているもの。表には出てこないはず。
でも……妖怪が人間を襲う可能性はゼロじゃない。あの強大な力を説明するには、人間より妖怪の方が適している。
大多数に属さない、少数派が今ここにいるとしたら?
天と狐珱が居なくなって、神社の守護が手薄になった今を狙ってきたのだとしたら?
突然の悲鳴に驚いて身体が固まってしまった。今の声は……。
「母さんの声だ……」
かずまは母屋の方を睨みつけた。
空気が冷たくて重たい。これは夜風のせいじゃなくて、神社に訪れた『違和感』のせいだ。
脳から危険信号が発される。
僕にはどうしようも出来ない何かがいる。
身体が押し潰されそうな圧力に脚が竦んだ。どうして天たちが居なくなった時に限って……!
「い、行かなきゃ……」
僕には何も出来ない。けれど、お母さんたちに何かあった筈だから、此処に留まっているわけにはいかないのだ。
「行くな馬鹿」
かずまが僕の着物の裾を掴む。弱々しくて、振り払えばすぐに外れそうだ。
でも、かずまの鋭い視線がそれを許さなかった。
「俺が様子を見に行くから、お前は外に出て助けを呼んでこい」
「無茶だよ! かずまに何かあったらどうなるの?」
かずまは歩くのもままならないのに、何かに出くわしたら逃げることだって出来ない。
「ああ、俺は走れない。お前は走れる。助けを呼びに行くのはお前が適任だ。わかるな?」
「でも!」
冷静な声の中に焦りの色が混じっている。
緊迫した状況の中、かずまは最善手を選ぼうとしている。それはわかっているけれど、置いていくことなんて出来ない。
「二人一緒に居ても、俺は足手まといにしかならないんだよ。これ以上惨めな思いはさせんな」
「……っ」
僕から目を背けたかずま。言葉の一つ一つが僕を突き放そうとしている。
かずまは震える手で柱につかまり、よろよろと立ち上がろうとした。だが、力が入りきらずに膝をつく。
「無理しちゃ駄目だって!」
「いいから構うな」
こういうところは頑固だからいけない。僕もかずまも。
「もー!」
「おい」
僕はかずまの肩に腕をを回して立ち上がった。かずまもつられて立ち上がり、少し怒りながら僕を見る。
「僕は怖がりだから、誰か一緒に居ないと不安です」
「何だそれ」
「かずまは軽いし、言うほど足手まといにはならないって」
ダッシュするときは引きずっちゃうかもしれないけど、とりあけず走るのは問題なさそう。……そのくらい、かずまが軽くなっているのが辛いけれど。
「……はぁ、お前は馬鹿だな」
「馬鹿って言う方が馬鹿だって」
僕はかずまを連れ、渡り廊下を進む。
本殿を通って境内を進み、鳥居まで駆け抜けて外に出ようと思っているけれど、とにかく道が長い。
うちの神社は結構大きくて、廊下でも何でも無駄に広い。だから移動に時間が掛かるんだ。
足早に進んでいるけれど、今は出口が異様に遠く感じた。
「助けを呼ぶアテは?」
僕に半ば引きずられながら、かずまは小声で聞いてきた。
「階段を降りた先に公衆電話があるよ」
「十円玉あんのか?」
「あそこの電話ボックスはテレカがいっぱい置いてあるから大丈夫」
「便利だな」
鳥居の先に伸びる長い階段を降りて右手側に進むと、ぽつんと電話ボックスが設置してある。
その中には電話帳と、何故か大量のテレフォンカードが置いてある。持ち合わせが無くても電話出来る便利仕様だ。
「もうちょっと急ぐよ」
足音を立てないように、でも急ぎ足で。本殿を通り抜け、境内が見えてきた。
両側が木々で囲まれて暗かったけれど、石畳は冷たい月の光を反射している。ズラリと並んでいる灯篭には火が灯っていない。
昼とは一変して、寂しく冷たい雰囲気。夜の神社は怖い。
「ここを走り抜けたらもうすぐ——」
助けを呼べる。そう思った。
「っ!」
ズン、と重い空気。まただ。脚が重くなって、息が苦しくなる。
何かが、近くにいる。
脚が竦む。進まなきゃいけないのに。一歩が踏み出せなくなってしまった。
冷たくて重い威圧感は、どんどん近付いてきて、吐き気がする。ソレと顔を合わせたら、きっと殺される。
遊ぶように、トンッ、トンッと軽く聞こえるのは、死の足音。
「珀弥、落ち着け」
固まった身体にかずまの落ち着いた声が染み渡る。そうだ、今はもう一人の命を背負ってるんだ。
「ありがとう、急ごう」
「ああ、任せた」
僕が正気を取り戻すと、かずまは優しく頷いた。しっかりしなきゃ。
背中にチクチクと殺気と強い力が伝わってくる。早く、早く。
急いで来た為、僕たちは裸足の状態。境内の真ん中を通る石畳は冷たいし、砂利もあるから痛い。
それに、ど真ん中なんて通ってしまったら、すぐに見つかってしまう。
その為、僕たちは並木道の影を通ることにした。ここなら土であまり痛くないし、見つかりにくいから。
「……っ」
かずまの呼吸がおかしくなってきた。表情を歪め、苦しそうに胸を押さえている。
引きずられる形であっても、普段から寝込んでいる人間が小走りしているんだ。大きく消耗するに決まっている。
過度な運動で鼓動も早くなり、心臓にも負担が掛かっていた。
「苦しい? 大丈夫?」
脚を止めようとしたが、かずまは首を振る。
「休む暇、あったら、進め……」
「……うん、もうちょっとだからね」
並木道も中盤に差し掛かってきた。鳥居も目と鼻の先だ。
早く、早く、早く——!
「……?」
フッと、背中に感じる圧力が無くなった。徐々に消えていったんじゃなくて、いきなり消えたんだ。
どういうことだ? 居なくなったのか? それとも、気配を消したのか? 今は、どこにいる……?
そもそも、アレは何なんだ。
人間にしては明らかに力が強過ぎる。仮に強盗だとしても、わざわざ母屋に行くより本殿の宝物を漁った方が余程お金になるはずだ。
妖怪? 現代にまだ残っていたの?
例外として、うちの狐珱はずっと住み着いているけれど……人に危害を加えるような妖怪なんて殆どいない。
妖怪が存在していたとしても、人の目を盗んでこっそり生きているもの。表には出てこないはず。
でも……妖怪が人間を襲う可能性はゼロじゃない。あの強大な力を説明するには、人間より妖怪の方が適している。
大多数に属さない、少数派が今ここにいるとしたら?
天と狐珱が居なくなって、神社の守護が手薄になった今を狙ってきたのだとしたら?
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