白鬼

藤田 秋

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第十八章 勿忘草

18-19 身代わり

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「珀弥!」
 突然かずまが怒鳴り、身体に衝撃が走る。

 息が詰まった。
 痛い。痛い、痛い。肩から腹にかけて、焼きつくような強い痛みに襲われる。

 何で? いつ? 目の前には誰もいない。血が。僕の血。アイツにやられたの?

「あ……」
 ロクに言葉も発せず、僕はかずまを巻き込んで地面に倒れ伏した。

「はっ、珀弥! 駄目、だ、珀弥! 死ぬな、お前は、生きなきゃ……!」
 かずまは途中で咳き込みながらも、何度も僕の名前を呼ぶ。
 そんなに大声を出したら、苦しいでしょ。無理しちゃ……駄目……。

……珀弥はまだ死なない……俺が絶対に死なせない……」
 悲鳴のようなトーンから一転して、ゆっくりと言い聞かせるような落ち着いた声。

「……今は痛いだろうが、意識だけは失くすな。少しの辛抱だ」
 落ち着いた声に、力が篭る。
 これから何をする気なのか聞きたかったけれど、声すら出せない。

 手が握られた。僕より細いかずまの手。握る力は弱いのに、頼もしいと思った。

「——」
 かずまが何か唱えている。
 繋がれた手は暖かい光に包まれ、僕は眩しくて目を細めた。光は手を伝い、腕を通り、胸まで届く。

 ぽかぽかする。あんなに痛かったのに、痛みが消えてきた気がした。

『お前の災厄は俺のものだ。全て俺が引き受ける。だから、お前は死なない』
 これは魔法?

 痛みが徐々に和らいでゆくのは、きっと気のせいではない。流れ出す血の感覚も無くなっている。

 死ぬと思ったのに、僕はまだ生きてる……?

 意識がクリアになり、まずは怪我をしたところに手を沿わせる。そこは血で湿っていたけれど、傷が綺麗に無くなっていた。

 かずまが治してくれたんだ。すごい、あんな大怪我を一瞬で——。

「……っはぁ、はぁ……ぐ……」
 でも、かずまの呻き声を聞いて、それは違うと思い知った。

「かずま!? 何で……」
 かずまの着物は内側から血に濡れており、顔からは血の気が引いていた。

 血に濡れた部分は僕が怪我をした位置とピタリと一致している。かずまは何度も咳き込み、ついに血を吐き出した。

「……も、痛く、ない?」
「痛くない、けど! かずまは? かずま、何したの!?」
 かずまは顔を青くして首を微かに振った。答える気は無いらしい。

 でも、状況だけ整理すれば、信じ難いことが起こったと推測できる。

「血が、いっぱい……」
 かずまも攻撃されたというわけじゃない。僕には傷がない。かずまに、そっくりそのまま、傷が移動した……?

「どうしてこんな……!」
「うるせ……逃げろ、早……く」
 かずまは顔を歪め、咳き込む。血が止まらない。地面の血溜まりが徐々に広がっていった。

「ほう、こりゃ面白い」
 頭上から唐突に声が降ってきた。見知らぬ男の人だ。

 あまりにも能天気な声だから、緊迫した空気が緩む。だけどそれも束の間で、すぐに押し潰されそうになった。

 ゆっくり、上を向く。
 黒い地面、既に葉っぱも落ちかけている桜の木の根元、人の白い足、元は白かったであろう、赤く染まった着物、絹糸のような白い髪。
 獣のような鋭い二つの目。

「やぁ。アタシは宝月ってんだ、よろしく」
 気の抜けた声。一瞬だけ人だと思った。
 けれど、額に生える一対の角がそれを否定した。

 軽く手を振って笑っているが、その指先からは血が滴り落ちていた。
 こいつが死の足音の主。直感でわかった。

「おお、怖がってるねぇ。まぁ無理もないか」
 自分の血濡れた装いを見て、おやおやと笑う。
 こんなに能天気なのに、彼が纏っている圧力が、指一本動かすのも許さない。

「……うっ」
「かずま……!」
 かずまは目の前の鬼を睨みつけながら、起き上がろうとする。
 服に滲み出る赤いシミが更に広がった。このままじゃ死んじゃう。

「こいつ、に、手を、出して……みろ……ただじゃ、おかない!」
 弟は物怖じせず、怒りを孕んだ声で言い放つ。身体を引きずり、僕の前に身を乗り出しした。

「かずま、駄目!」
「ほう、こりゃあ大したもんだ。すぐ死ぬものだと思ったが……存外、人間の意思の力って奴は侮れんな」

 鬼はにんまりと口角を上げ、僕たちの前にしゃがんだ。
 かずまの顔を覗き込み、愉快そうに口を歪める。

「あの男とよく似てるねぇ。うん、そうか」

 鬼は目を細めた。角や血さえ無ければ、気の良いお兄さんに見えただろう。
 そのくらい、自然なのだ。自然過ぎて……気味が悪い。

「んじゃあ、お前さんに決めた」
 語尾に音符が付くような、ご機嫌な口調。それは、僕たちを凍りつかせるには十分だった。

 琥珀色の目は闇の中で妖しく光った。
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