あなたは私の嫁になる シュルストラヴィクの娘たち

仁川路朱鳥

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第五章 第五節

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いずれ積み重なって行く

地層の中に眠る歴史

今でさえ手に余る世界に

血から離れることはできない

それでもいつか、分かり合える日を



 ダウの地の人間が一人残らず消えた。あれからどれだけの年月が経っただろう。かつて繋いだ手たち、かつて声を交わした口たちは、今も変わらず土の下に残っている。けれども死体は仄灯の前に晒された。決して明るくも暖かくもない星が、大地に触れると、これまでより多くの実りが成されたのだ。
 いつだって人間は詩の下にいて、それでいて死の上で生活することをしていた。今だって変わらない。土の下には今も波の子が埋まっている。ただし。



「この子はよく懐くね。おいくら?」

「お嬢ちゃんに惚れちゃったみたいだね。なら少しまけとくな」

 彼らの提案とは、アルディーンに属することはせず、独立すると決めたけれども、キェーンやカデュラの飼育法を貰う代わりに、プリエステで問題になっていた様々な糞を受け取り、肥料にしてくれるという提案だった。
 私たちは凄く嬉しかった。あのカイケが独立を決めた。私たちに有利になるような組合だとかは無かったけれど、歴史を知っているから、感動も一入だった。そしてもう一つ、景観や住居を壊していく糞を処分できる、厄介払いも含めて。



 私、アウグイシュは相変わらず独身だ。けれどもそれでいいと思った。こうして一つの世界を救えたら、その世界が後継になってくれる。実質それは、生殖と何の変わりもない。お嫁さん探しに躍起になっていた若い自分が懐かしかった。
 にしても、あれから久しぶりのカイケ貿易だ。海の様子はそこまで気にしていなかったが、どことなく潮風が心地よかった。土にしても、植物が生き生きとしている。ここカイケでは、暖かな雨が降るのだが、それを受けた植物たちは一斉に天に身を伸ばす。まるで、「もっと欲しい」と駄々をこねる子供のように。



 畑の前にいる。彼らは何をしているのか気になって、聞いてみた。また人間を埋めているんじゃないだろうな……?



「これね、年老いたキェーン達です。今まで沢山の卵を産んで、お疲れ様って思いながら、土を耕しています」

 なるほど。繁殖出来なくなった家畜を埋めて新しい食物にする。
 そうだ、それが一番自然に近いんだ。いつだって生は死の上にある。優劣という意味ではなく、だ。だからこそ、私たちは今を生きている現実に感謝しなければならない。強く思えた。



 ところで。私がこの話をしたところ、仲間であるところの月一派が非常に興味を示していた。ただ、魅力的に思って欲しかったのは、私の武勇伝ではなく、本来のカイケの神話の方であったのだが……話せば流石に伝わった。
 カイケの神話の何が私たちを引き込んだか。それだけは釈然としていない。プリエステとは違うところがあるというのははっきりと分かった。
 まず、カイケの神話には主に4柱の神が存在している。それはプリエステでも同じだが、何より重要なのは、「その4柱が争っているわけではない」という事実だった。スルムフェルは大地の神。テルサマギアは海の神。けれどもお互いに侵食するのではなく、むしろ「二つ並んでいての世界」であるところだ。レリークは天空の神、インケリアは冥界の神。相反するように思えて、どちらかがいないと成り立たない、その上にある世界のように思えた。
 プリエステには太陽一派と私たち月一派、是救一派と制圧一派がいて、互いに争っては、早く滅ばないだろうかと思いながら勢力争いを続けていた。私たちは、争うよりも受容する方がいいだろう、と考えた。だからカイケの神話を、広めることにした。
 カイケの民は未だに字が読めない。だから広めようとすることも不可能だ。一応、広めることに関しての許可は取っている。その上で実行できるのは、私たちプリエステの、月一派だけだ。


 そうして広められたものはカイケの各家庭に配られ、それから貿易に使われた。この前のアルとの交渉でもそうだが、私たちの作る作品はどうも、価値があるものらしく、それを理解している長は、私たちの作品と引き換えにして、不利な条件でも飲んでくれる。最も、アルの方では有利な条件だったようだが。
 エンターリャの家にも送ると、彼はとても喜んで読み始めた。ただ、彼からは、「カイケが文字を使えるようになったら、そっちに元本を渡した方がいいんじゃないか」と提案された。それもそうだ。

 どれだけ外と交流しても文字が広がらない土地というのは、得てして滅んでいく世界だからだ。きっと、私が生きているうちには成されないとは思う。そのうち、家庭で本を読むうちに、彼らの中に言語が芽生えてくるだろう。私たちは、その言語に用いられる文字を、ラクシュトの暗号に求めた。



 太古の昔に蒔かれた種、今や大木にならん。
 かつて繋いだ手は沈めども、その上に世界は成り立っている。
 私たちができる選択とは一体何であろうか。
 構造に祈りを捧げるか。構造の一部となるか。構造を破壊するか。
 きっとその選択だけは、成されてはいけない、禁じられたもの。



生は詩の上に成り立つからこそ

積層を忘るることなかれ

魂は常に燃え盛る、そして

土から離れることはできない

私たちは祈りを重ねて生きる
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