18 / 19
第五章 第五節
しおりを挟む
いずれ積み重なって行く
地層の中に眠る歴史
今でさえ手に余る世界に
血から離れることはできない
それでもいつか、分かり合える日を
ダウの地の人間が一人残らず消えた。あれからどれだけの年月が経っただろう。かつて繋いだ手たち、かつて声を交わした口たちは、今も変わらず土の下に残っている。けれども死体は仄灯の前に晒された。決して明るくも暖かくもない星が、大地に触れると、これまでより多くの実りが成されたのだ。
いつだって人間は詩の下にいて、それでいて死の上で生活することをしていた。今だって変わらない。土の下には今も波の子が埋まっている。ただし。
「この子はよく懐くね。おいくら?」
「お嬢ちゃんに惚れちゃったみたいだね。なら少しまけとくな」
彼らの提案とは、アルディーンに属することはせず、独立すると決めたけれども、キェーンやカデュラの飼育法を貰う代わりに、プリエステで問題になっていた様々な糞を受け取り、肥料にしてくれるという提案だった。
私たちは凄く嬉しかった。あのカイケが独立を決めた。私たちに有利になるような組合だとかは無かったけれど、歴史を知っているから、感動も一入だった。そしてもう一つ、景観や住居を壊していく糞を処分できる、厄介払いも含めて。
私、アウグイシュは相変わらず独身だ。けれどもそれでいいと思った。こうして一つの世界を救えたら、その世界が後継になってくれる。実質それは、生殖と何の変わりもない。お嫁さん探しに躍起になっていた若い自分が懐かしかった。
にしても、あれから久しぶりのカイケ貿易だ。海の様子はそこまで気にしていなかったが、どことなく潮風が心地よかった。土にしても、植物が生き生きとしている。ここカイケでは、暖かな雨が降るのだが、それを受けた植物たちは一斉に天に身を伸ばす。まるで、「もっと欲しい」と駄々をこねる子供のように。
畑の前にいる。彼らは何をしているのか気になって、聞いてみた。また人間を埋めているんじゃないだろうな……?
「これね、年老いたキェーン達です。今まで沢山の卵を産んで、お疲れ様って思いながら、土を耕しています」
なるほど。繁殖出来なくなった家畜を埋めて新しい食物にする。
そうだ、それが一番自然に近いんだ。いつだって生は死の上にある。優劣という意味ではなく、だ。だからこそ、私たちは今を生きている現実に感謝しなければならない。強く思えた。
ところで。私がこの話をしたところ、仲間であるところの月一派が非常に興味を示していた。ただ、魅力的に思って欲しかったのは、私の武勇伝ではなく、本来のカイケの神話の方であったのだが……話せば流石に伝わった。
カイケの神話の何が私たちを引き込んだか。それだけは釈然としていない。プリエステとは違うところがあるというのははっきりと分かった。
まず、カイケの神話には主に4柱の神が存在している。それはプリエステでも同じだが、何より重要なのは、「その4柱が争っているわけではない」という事実だった。スルムフェルは大地の神。テルサマギアは海の神。けれどもお互いに侵食するのではなく、むしろ「二つ並んでいての世界」であるところだ。レリークは天空の神、インケリアは冥界の神。相反するように思えて、どちらかがいないと成り立たない、その上にある世界のように思えた。
プリエステには太陽一派と私たち月一派、是救一派と制圧一派がいて、互いに争っては、早く滅ばないだろうかと思いながら勢力争いを続けていた。私たちは、争うよりも受容する方がいいだろう、と考えた。だからカイケの神話を、広めることにした。
カイケの民は未だに字が読めない。だから広めようとすることも不可能だ。一応、広めることに関しての許可は取っている。その上で実行できるのは、私たちプリエステの、月一派だけだ。
そうして広められたものはカイケの各家庭に配られ、それから貿易に使われた。この前のアルとの交渉でもそうだが、私たちの作る作品はどうも、価値があるものらしく、それを理解している長は、私たちの作品と引き換えにして、不利な条件でも飲んでくれる。最も、アルの方では有利な条件だったようだが。
エンターリャの家にも送ると、彼はとても喜んで読み始めた。ただ、彼からは、「カイケが文字を使えるようになったら、そっちに元本を渡した方がいいんじゃないか」と提案された。それもそうだ。
どれだけ外と交流しても文字が広がらない土地というのは、得てして滅んでいく世界だからだ。きっと、私が生きているうちには成されないとは思う。そのうち、家庭で本を読むうちに、彼らの中に言語が芽生えてくるだろう。私たちは、その言語に用いられる文字を、ラクシュトの暗号に求めた。
太古の昔に蒔かれた種、今や大木にならん。
かつて繋いだ手は沈めども、その上に世界は成り立っている。
私たちができる選択とは一体何であろうか。
構造に祈りを捧げるか。構造の一部となるか。構造を破壊するか。
きっとその選択だけは、成されてはいけない、禁じられたもの。
生は詩の上に成り立つからこそ
積層を忘るることなかれ
魂は常に燃え盛る、そして
土から離れることはできない
私たちは祈りを重ねて生きる
地層の中に眠る歴史
今でさえ手に余る世界に
血から離れることはできない
それでもいつか、分かり合える日を
ダウの地の人間が一人残らず消えた。あれからどれだけの年月が経っただろう。かつて繋いだ手たち、かつて声を交わした口たちは、今も変わらず土の下に残っている。けれども死体は仄灯の前に晒された。決して明るくも暖かくもない星が、大地に触れると、これまでより多くの実りが成されたのだ。
いつだって人間は詩の下にいて、それでいて死の上で生活することをしていた。今だって変わらない。土の下には今も波の子が埋まっている。ただし。
「この子はよく懐くね。おいくら?」
「お嬢ちゃんに惚れちゃったみたいだね。なら少しまけとくな」
彼らの提案とは、アルディーンに属することはせず、独立すると決めたけれども、キェーンやカデュラの飼育法を貰う代わりに、プリエステで問題になっていた様々な糞を受け取り、肥料にしてくれるという提案だった。
私たちは凄く嬉しかった。あのカイケが独立を決めた。私たちに有利になるような組合だとかは無かったけれど、歴史を知っているから、感動も一入だった。そしてもう一つ、景観や住居を壊していく糞を処分できる、厄介払いも含めて。
私、アウグイシュは相変わらず独身だ。けれどもそれでいいと思った。こうして一つの世界を救えたら、その世界が後継になってくれる。実質それは、生殖と何の変わりもない。お嫁さん探しに躍起になっていた若い自分が懐かしかった。
にしても、あれから久しぶりのカイケ貿易だ。海の様子はそこまで気にしていなかったが、どことなく潮風が心地よかった。土にしても、植物が生き生きとしている。ここカイケでは、暖かな雨が降るのだが、それを受けた植物たちは一斉に天に身を伸ばす。まるで、「もっと欲しい」と駄々をこねる子供のように。
畑の前にいる。彼らは何をしているのか気になって、聞いてみた。また人間を埋めているんじゃないだろうな……?
「これね、年老いたキェーン達です。今まで沢山の卵を産んで、お疲れ様って思いながら、土を耕しています」
なるほど。繁殖出来なくなった家畜を埋めて新しい食物にする。
そうだ、それが一番自然に近いんだ。いつだって生は死の上にある。優劣という意味ではなく、だ。だからこそ、私たちは今を生きている現実に感謝しなければならない。強く思えた。
ところで。私がこの話をしたところ、仲間であるところの月一派が非常に興味を示していた。ただ、魅力的に思って欲しかったのは、私の武勇伝ではなく、本来のカイケの神話の方であったのだが……話せば流石に伝わった。
カイケの神話の何が私たちを引き込んだか。それだけは釈然としていない。プリエステとは違うところがあるというのははっきりと分かった。
まず、カイケの神話には主に4柱の神が存在している。それはプリエステでも同じだが、何より重要なのは、「その4柱が争っているわけではない」という事実だった。スルムフェルは大地の神。テルサマギアは海の神。けれどもお互いに侵食するのではなく、むしろ「二つ並んでいての世界」であるところだ。レリークは天空の神、インケリアは冥界の神。相反するように思えて、どちらかがいないと成り立たない、その上にある世界のように思えた。
プリエステには太陽一派と私たち月一派、是救一派と制圧一派がいて、互いに争っては、早く滅ばないだろうかと思いながら勢力争いを続けていた。私たちは、争うよりも受容する方がいいだろう、と考えた。だからカイケの神話を、広めることにした。
カイケの民は未だに字が読めない。だから広めようとすることも不可能だ。一応、広めることに関しての許可は取っている。その上で実行できるのは、私たちプリエステの、月一派だけだ。
そうして広められたものはカイケの各家庭に配られ、それから貿易に使われた。この前のアルとの交渉でもそうだが、私たちの作る作品はどうも、価値があるものらしく、それを理解している長は、私たちの作品と引き換えにして、不利な条件でも飲んでくれる。最も、アルの方では有利な条件だったようだが。
エンターリャの家にも送ると、彼はとても喜んで読み始めた。ただ、彼からは、「カイケが文字を使えるようになったら、そっちに元本を渡した方がいいんじゃないか」と提案された。それもそうだ。
どれだけ外と交流しても文字が広がらない土地というのは、得てして滅んでいく世界だからだ。きっと、私が生きているうちには成されないとは思う。そのうち、家庭で本を読むうちに、彼らの中に言語が芽生えてくるだろう。私たちは、その言語に用いられる文字を、ラクシュトの暗号に求めた。
太古の昔に蒔かれた種、今や大木にならん。
かつて繋いだ手は沈めども、その上に世界は成り立っている。
私たちができる選択とは一体何であろうか。
構造に祈りを捧げるか。構造の一部となるか。構造を破壊するか。
きっとその選択だけは、成されてはいけない、禁じられたもの。
生は詩の上に成り立つからこそ
積層を忘るることなかれ
魂は常に燃え盛る、そして
土から離れることはできない
私たちは祈りを重ねて生きる
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
三歩先行くサンタさん ~トレジャーハンターは幼女にごまをする~
杵築しゅん
ファンタジー
戦争で父を亡くしたサンタナリア2歳は、母や兄と一緒に父の家から追い出され、母の実家であるファイト子爵家に身を寄せる。でも、そこも安住の地ではなかった。
3歳の職業選別で【過去】という奇怪な職業を授かったサンタナリアは、失われた超古代高度文明紀に生きた守護霊である魔法使いの能力を受け継ぐ。
家族には内緒で魔法の練習をし、古代遺跡でトレジャーハンターとして活躍することを夢見る。
そして、新たな家門を興し母と兄を養うと決心し奮闘する。
こっそり古代遺跡に潜っては、ピンチになったトレジャーハンターを助けるサンタさん。
身分差も授かった能力の偏見も投げ飛ばし、今日も元気に三歩先を行く。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる