支配者は深淵の扉をこじ開ける

舞米

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5【 模倣者のアミュレット】

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「……合理的じゃない」

僕は、地下室の冷たい床に座り込み、今から自分がやろうとしていることの「非効率さ」に、こめかみがズキズキと痛むのを感じていた。


『古代エルフ語魔術体系・第四巻』。
『"失われた図書館"の地図』。

この二つの「特効薬」を得るために、僕が支払わなければならない「コスト」があまりにも高すぎる。

コストその一。この地下室から出て、地上を「歩く」という重労働。
コストその二。ガイゼルの部下が張り込む「危険地帯」に、自ら飛び込むという愚行。

そして、今からやろうとしている、コストその三。

「……なんで僕が、わざわざ『あれ』を、あの埃の山から引っ張り出してこないといけないんだ」

僕は、昨夜のうちにネズミ軍団が運び込んだ金貨の山(枕元に山積み)を一瞥いちべつする。

金はある。金は、僕がこの怠惰を維持するために、動物たちが自動で稼いでくる。
問題は「労力」だ。

(……あー、もう。本当に、かったるい)
僕は、重い腰を三回ほど躊躇してからようやく持ち上げた。
変装用の魔道具は、買う必要がない。
持っている。
それも、そこらの闇市で売っているような使い捨ての「護符」などではない。

数百年ほど前、まだ僕が今ほど人生に飽いていなかった頃に、とある没落貴族から情報料のカタとして巻き上げた、一級品だ。

僕は、寝床であるクッションの山とは反対側にある、遺跡の「収蔵庫」へと向かった。

分厚い石の扉を押す。ギギギ、と耳障りな音がして、僕の「趣味」の空間が姿を現した。
ここは、僕の地下室本体よりも広いかもしれない。


無数の棚。棚、棚。
そこにあふれかえる、古今東西の魔導書、巻物、出所不明の工芸品、そして「魔道具」。
埃の匂いが、僕の鼻をくすぐる。

「……どこにやったか」 

僕は、自分の記憶の海を探る。
あの頃は、こういう「化ける」道具も面白いと思って集めていた。

(……西の棚、三段目、奥)
あった。
無数のガラクタに埋もれ、埃をかぶったきりの箱。

それを開けると、中には一つのアミュレットお守りが納まっていた。

『模倣者のアミュレット』。
魔力を通す間、使用者の望む「ありふれた姿」を完璧にシミュレートし、魔力的な探知すら欺く、半永久的に使える一級品だ。

「……久しぶりだな」

僕は、その冷たいアミュレットを首にかけた。
これを使うのですら、魔力を消費するから「疲れる」のだ。

本当に、割に合わない。
僕は、収蔵庫の扉を閉め、アミュレットに魔力を流し込んだ。

(……なれ。"一番どうでもいい"、"誰の記憶にも残らない"、"ありふれた"姿に)
じわり、とアミュレットが熱を持つ。
水盤に自分の姿を映し見て、僕は思わず顔をしかめた。


水面に映っていたのは、
――くすんだ茶色の髪。
――平凡な、濁った琥珀こはく色の瞳。
――どこにでもいる、栄養状態のあまり良くない、十五、六の少年。
金色の髪も、紫の瞳も、エルフの血を引く端正な顔立ちも、すべてが消え失せていた。

「……完璧だ」

完璧に、「どうでもいい」姿だ。
これなら、ガイゼルの部下が血眼で探しているリストには引っかかるまい。

僕は、この「平凡な少年」の姿で、一番みすぼらしいローブを羽織り、地下遺跡の出口――下水道へと続く、湿ったトンネルへと足を踏み出した。

「……黒猫」

足元の影から、黒猫が「ニャ?」と顔を出す。

「お前も仕事だ。外の"影"を偵察しろ。僕が地上に出るルート、人(特に"蛇"の紋章)がいないか確認しろ」

黒猫は「またか」と言いたげにため息をつくと、音もなく影に溶けて消えた。
数分後、僕の脳内に「ルート確保」の感覚が届く。

「……さっさと済ませて、帰ろう」

僕は、人生最大の「遠征」に、重い、重い足取りで踏み出した。

地上は、相変わらず騒音と眩しさで満ちていた。
だが、変身しているという事実は、僕の心に奇妙な「仮面」を被せていた。

誰も僕を見ていない。
彼らが見ているのは、ただの「茶髪のガキ」だ。
僕は、古書店へと向かう大通りを歩きながら、意識は常に周囲の「使い魔」たちとリンクさせていた。

――屋根の上の「クモ」。
――酒場の前の「野良犬」。
――下水溝に潜む「ネズミ」。


(……いる)
例の酒場だ。
あの時と同じ、屈強な男が二人。
退屈そうに壁に寄りかかりながら、その視線は、"霧の古書店"の入り口に、寸分の隙もなく固定されている。

彼らの視界は、店に出入りする客一人一人を、まるで「査定」するように舐め回していた。

(……あー、緊張してきた)
いや、違う。緊張じゃない。
これは、「面倒ごと」のど真ん中にいることへの、純粋な「ストレス」だ。

早く帰りたい。地下で寝たい。
僕は、意を決して、古書店の軋む扉に手をかけた。
カラン、とベルが鳴る。
瞬間、背中に突き刺さる、二対の「視線」。
ガイゼルの部下たちが、茶髪のガキが入店したのを、確かに確認した。

「……いらっしゃい」

カウンターの奥で、店主の爺さんが、帳簿から顔を上げた。
彼は、僕の姿を一瞥いちべつし、すぐに興味を失ったように視線を戻す。

(……よし)
店主にも、僕だとはバレていない。
完璧な変装だ。
僕は、カウンターにまっすぐ進んだ。

「……使いの者だ」

僕は、自分の声帯から、わざと少し高く、掠れた声を出した。

「……"王宮"からの、"預かり物"を」

王宮魔術師団依頼主が使ったという事実と、預かり物、という単語を組み合わせた。
店主は、ピクリ、と眉を動かした。

「……王宮? 知らねえな。そんなもん、預かっちゃいねえよ」

(……チッ)
爺さん、とぼける気か。
いや、違う。
店主は、カウンターの下で、僕に「帰れ」と手で合図をしていた。

そして、その目は、僕の背後――店の「外」を、きつく睨んでいる。

(……ああ、そうか)
店主も、あの「張り込み」に気づいている。
そして、今、僕が「それ」を受け取ろうとすれば、店の外の連中が「こいつが当たりだ」と確信してしまう。

「……爺さん」

僕は、声をさらに低くした。

「こっちは、わざわざ『アミュレット』まで使って来てるんだ。手ぶらじゃ帰れない。さっさと渡してくれ。迷惑はかけない」

「……馬鹿野郎」
店主は、心底呆れたように呟いた。

「"蛇"に目をつけられて、ただで済むと思ってんのか、小僧。命が惜しけりゃ、とっとと消えな」

(……この頑固爺)
だが、ここで押し問答を続けるのは、それこそ「目立つ」。
僕は、一瞬だけ思考を巡らせた。
この「遠征」を、無駄足で終わらせるわけにはいかない。

「……わかった。今日は帰る」

僕は、あっさりときびすを返した。

「……だが、爺さん」

扉に手をかけたまま、僕は振り返らずに言った。

「……明日の夜。"赤い満月"の時間。店の裏口に、"いつものネズミ"をやる。そいつに、"預かり物"を持たせてくれ。……それで、あんたに迷惑はかからないだろ?」

「…………」
店主は、何も答えなかった。
だが、それが「是」だという意味だと、僕にはわかった。

僕が「ネズミ」という言葉を使ったことで、店主は、僕が「いつもの坊主」の関係者だと気づいただろう。
動物に運ばせる。それなら、店主が「盗まれた」と言い張ることもできる。
僕は、そのまま店を出た。

カラン。
再び、背中に視線が突き刺さる。
僕は、何も買わずに店を出てきた「ただのガキ」を演じながら、大通りをゆっくりと歩き出した。

ガイゼルの部下たちは、僕に肩透かしを食らったような顔をしていたが、追ってはこなかった。

(……第一段階、クリア)
だが、僕はまだ、この「非合理な」姿のままだ。
アミュレットの魔力維持が、地味に体力を奪っていく。

(……体力の無駄遣いだ)
今日の「遠征」は、完全に「二度手間」に終わった。
明日、ネズミに盗ませる運ばせる手筈を整えただけ。

「……あー、もう。なんでこうなる」

僕は、誰にも聞こえない声で呟きながら、地下へと続く、一番近い下水溝の入り口へと、気だるい足を引きずっていった。






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