支配者は深淵の扉をこじ開ける

舞米

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26 【最高の餌】

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僕は、見慣れてしまった「黒曜石の天井」を、死んだ魚のような目で見つめていた。
あの「パン屋での屈辱的な『契約』」から、たぶん、十日ほどが過ぎた。

僕は今、この「豪華な檻」の床に「再建」された、僕の「クッションの山」に、だらしなく寝そべっていた。

(……あー、かったるい)
僕は、片手で、昨日ガイゼルが「褒美」として寄越した『古代魔術・触媒大系』の分厚いページをめくりながら、
もう片方の「意識」は、王都の「財務大臣の屋敷」に潜ませた「ネズミ」に飛ばしていた。


――視界が切り替わる。
――大臣が、愛人に「横流し」している「軍資金」の、隠し帳簿。
――金庫の番号は……。

(……はい、終わり)
僕は、意識を「檻」の中に戻すと、傍らの羊皮に
『財務大臣。愛人宅のベッドの下。帳簿あり。金庫4-19-2』
と、走り書きした。

これが、僕の「新しい日常」だ。
僕は、この「檻」から一歩も出ない。
ただ、寝転がって、僕の「趣味魔導書の研究」に没頭する。

そして、時折、ガイゼルが「仕事だ」と放り投げてくる「ファイル標的リスト」をこうして、片手間に「処理」する。

「……ニャア」
僕の腹の上で、すっかり「肥えた」黒猫が、満足そうに喉を鳴らした。

「……お前はいいよな」
僕は、その丸い腹を撫でる。

あの日以来、こいつの「餌」は、僕の「食事」と連動して、天文学的に「豪華」になった。

今朝も「北産の最高級魚」を、ガイゼルの部下が、ビクビクしながら運んできた。

(……合理的だ)
僕は、この「関係」を、そう「結論」づけていた。
僕は「働くスキルを提供」。

ガイゼルは「報いる、最高の『怠惰』と『趣味』の環境を提供する」。

彼は「支配者ルーラー」で、僕は、彼に「寄生」する「最高の道具」。

これで、いい。
もう、食料の心配も、筋肉痛になるほどの「逃走劇」も、しなくていいのだから。


カチャリ、と。
この部屋の「主」だけが持つ「鍵」の音が、響いた。

(……来たか)
僕は、本から顔も上げなかった。
どうせ、あの男だ。
重い扉が開き、規則的な「足音」が、僕の「ガラクタの山」に近づいてくる。
鉄とインクの匂い。

「……終わったのか」
低い声が、頭上から降ってくる。

「……ああ」
僕は、寝そべったまま、書き終えた「羊皮紙」を、
顔も見ずに、背後の「主」に向かって、ひらひらと振った。

「ほらよ。『仕事』の成果だ」
羊皮紙が、大きな、黒い手袋をはめた「手」に、奪われる。

ガイゼルは、僕の「報告書」に、無言で目を通した。
「『五分』か」

「……当たりだ。あの『大臣』、チョロかった」
僕は、本に目を落としたまま、気だるく答えた。

「…で? 『対価』は?」

「……」
ガイゼルは、僕の「ふてぶてしい要求」に、何も答えなかった。その代わり、彼が、僕の「真後ろに、音もなく、「立った」。

(……!)
背中に、巨大な「壁」ができたかのような、圧倒的な「圧」。

僕は、読書のフリを続けたが、全身の「神経」が、背後の「男」に集中していくのが、分かった。

(……また、やる気か)

「……ノア」

「……なんだよ。今、いいところなんだ」

「……その『理論』は、間違っている」

「……は?」
僕は、思わず、本から顔を上げた。
僕が読んでいたのは、『触媒大系』の「魔力増幅陣」のページだ。

「……その『ルーン』の配列では、魔力が『逆流』する」

「……なっ!」
僕は、ガバッ、と体を起こした。

(……こいつ!)
僕が「振り向く」のと、
ガイゼルが「しゃがみ込む」のは、
ほぼ、同時だった。

彼は、僕が座る「クッションの山」の「縁」に、僕と「同じ目線」になるように、片膝をついた。

(……近い!)
ゼロ距離だ。
僕の膝と、彼の膝が、触れ合っている。

「……どけよ! 狭い!」

「……ここだ」
ガイゼルは、僕の「抗議」など、まるで「猫の鳴き声」のように無視した。


そして、僕が「広げていた」魔導書の、「そのページ」を、彼の手袋をはめた「指先」でトントン、と叩いた。

「……この『第三ルーン』と、『第五ルーン』の『配置』が、致命的に『非効率』だ。
『増幅』ではなく『相殺』を引き起こす」

「……!」
僕は、その「指摘」に、息を呑んだ。

(……本当だ)
(……言われてみれば、魔力の『流れ』が、ここで『ぶつかる』)
(……僕は、何時間も、これに気づかなかったのに……!)

「……なぜ、お前が、そんなことを」

「……言ったはずだ」
ガイゼルは、僕の「驚愕」の顔を、まるで、出来の悪い「生徒」でも見るかのように、冷ややかに(だが、どこか「楽しそう」に)
見つめた。


「……俺は、俺の『道具』の『性能』を、最大限に引き出す『知識』を持っている、と」

「……っ」
僕は、何も言い返せなかった。
屈辱だ。

僕の「専門分野」で、この男に、ここまで「完膚なきまで」に、論破されるとは。

僕が、悔しさに「唇を噛んでいると、ガイゼルは、
「……まだ、理解できんか。頭の回転が『非効率』だな」

と吐き捨てるように、言った。

そして彼の「手」が、伸びてきた。
それは、僕の「髪」ではなかった。

(……!)
ガイゼルの、手袋をはめた「親指」がら僕が「噛んでいた」僕の「下唇」に、ぐっ、と。
無遠慮に、押し当てられた。

「……ん!」
僕は、思わず、声が出た。

「……!」
(……な、なに、)
(……なに、しやがる!)
僕は、混乱と、驚きと、そして、感じたことのない「熱」で金色の「髪」の根元から、カッと、血が上るのを感じた。


「……『道具』が、自分を傷つけるな」
ガイゼルは、僕の「下唇」を親指の「腹」で、まるで、汚れでも拭うかのように、ゆっくりと、なぞった。

「……お前の『その口』も、俺の『所有物』だ。
勝手に、傷をつけることは、許さん」

「…………!」
僕は、その「青い瞳」に、射すくめられたように、動けなかった。

「支配者」の「目」だ。


だが、そこには、僕の「唇」の「感触」を、確かめるかのような、
執拗な「熱」が、こもっていた。

(……こいつ)
(……本気で、僕を『全部』、自分のものだと……)

「……分かったか」
ガイゼルは、僕の「唇」から、名残り惜しむかのように、ゆっくりと「指」を離した。

そして、
僕が「呆然」としている「隙」に、僕の「手」からあの『魔導書』を、ひょい、と取り上げた。

「……あ!」

「……この『理論』は、俺が、今夜『修正』しておいてやる」

「……は!? 返せ! 僕の『研究』だ!」

「……『非効率』な研究に、これ以上、俺の『時間』を割かせるな」

ガイゼルは、立ち上がると、僕の「魔導書」を、まるで「戦利品」のように、脇に抱えた。

「……『食事』は、残すな」
彼は、僕のまだ手をつけていない朝食を、顎で示した。

「……それと、『黒猫』が、北産の魚に『飽きた』と鳴いている。
明日は、南方の『白身魚』にでも、変えさせておく」

「……は?」
(……僕が、猫の『餌』に『飽きた』なんて、一言でも……)
(……まさか、こいつ、僕の『使い魔』の『思考』まで……?)

僕が、新たな「戦慄」に固まっていると、ガイゼルは、僕の「混乱」など、心底「どうでもいい」という顔で、僕の「魔導書」を、手にしたまま、部屋を、出て行った。


カチャリ、と。
再び、無慈悲な「鍵」の音が、響く。

僕は、一人「ガラクタの山」の真ん中で、自分の「唇」にまだ、ガイゼルの「指」の「感触」が残っているのを、感じながら

(……あいつ、絶対、許さねえ……)
(……いつか、僕の『魔術』で、あいつを『ギャフン』と言わせてやる……!)

そうまったく、怖がられていない「復讐」を、誓うしかなかった。







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