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28 【道具のメンテナンス】
しおりを挟む僕の絶叫は、吸音性の高い「豪華な檻」の壁に虚しく吸い込まれて消えた。
「……体力、づくり」
僕は、自分の「ガラクタの山」の真ん中で、クッションに顔を埋めたまま、現実逃避していた。
(……聞き間違いだ)
(……あいつ、僕を『歩かせる』どころか、『走らせる』つもりか)
(……僕が、何百年、この『怠惰』を守り通してきたと……)
昨夜は、結局あの「屈辱」と「絶望」で、一睡もできなかった。
腹いせのように、ガイゼルが置いていった「次の仕事」のファイルを開き、僕の「ネズミ軍団」の総力を挙げて、徹夜でその標的の「移動ルート」と「変装パターン」、「最終的な潜伏先」を完璧に割り出し、報告書として羊皮紙に書き殴った。
(……どうせ、今日も『朝』になれば、僕が寝ていようが起きていようが、あの男は、無遠慮にこの部屋に入ってくる)
(……そして、僕を、あの「地獄」へ連れて行く)
「……ニャア」
黒猫が、僕の背中の上で「どうしたんだ?」とでも言いたげに鳴いた。
「……お前はいいよな。太ったし。僕の『面倒事と』には、付き合わなくていいんだから」
僕は、猫をどかし、重い体を起こした。
カチャリ、と。
予想通りの時間に、非情な「鍵」の音が響いた。
僕は、クッションの山の上で「あぐら」をかき、人生で最も「不機嫌」な顔で、侵入者を睨みつけた。
扉が開き、ガイゼルが入ってきた。
いつも通りの、黒いシャツ。
いつも通りの、冷徹な青い瞳。
彼は、まず、扉の前に置かれた僕の「報告書」を拾い上げ、それに素早く目を通した。
「……『四時間』か」
「……当たりだ」
僕は、吐き捨てる。
「……僕の『スキル』を使えば、『顔を変える』程度の雑魚、追うのは『面倒くさい』が『簡単』だ。
……で? 『対価』は?」
僕は、彼に要求した「禁書庫の第五巻」を、よこせ、と手を差し出した。
「……見事な『成果』だ」
ガイゼルは、僕の要求を無視し、報告書を懐にしまった。
そして、僕の「ガラクタの山」に、躊躇なく踏み込んでくる。
(……こいつ、最近、僕の『テリトリー』に、遠慮がなさすぎる)
「……だが」
ガイゼルは、僕の目の前で、立ち止まった。
「……『第五巻』は、まだやらん」
「……は!? 話が違う!」
僕は、思わずクッションから立ち上がろうとした。
「……『成果を出せば』って、お前が!」
「……『体力づくり』も、俺の『命令』だ」
ガイゼルは、僕を、冷たく見下ろした。
「……お前が、その『新しい日課』をこなし、『道具』としての『最低限の耐久値』を身につけることが、『第五巻』を受け取る『前提条件』だ」
「……!」
(……この、悪魔!)
彼は、僕の「最大の弱み」を、僕の「最大の苦痛」と、天秤にかけやがった。
「……断る」
僕は、クッションの山に、再び深く沈み込んだ。
「……僕は『歩かない』主義だ。『走る』なんてもってのほかだ。そんな『非効率』なことに『体力』を使うくらいなら、僕は、ここで『餓死』を選ぶ。
『禁書庫』も、もういらない」
僕は、完全に「ストライキ」の体勢に入った。
「……そうか」
ガイゼルの青い瞳が、わずかに細められた。
「……『合理的』な判断だな」
「……!」
(……僕の「怠惰」を、認めたか?)
「……では、俺も『合理的』に、対処する」
ガイゼルは、そう言うと、僕の「黒猫」に向かって、手を、差し伸べた。
「……ニャア?」
黒猫は、ガイゼルの手、そこから、高級干し魚の匂いがしたのかもしれない、警戒しながらも、近寄っていく。
「……待て」
僕は、嫌な予感がした。
「……黒猫! こっちに来い!」
だが、黒猫は、ガイゼルの「手」に、頭を擦り寄せ始めた。
「……この『獣』は、お前の『唯一の家族』だったな」
ガイゼルは、黒猫の「喉」を、無造作に撫でた。
「……お前が『道具』としての『メンテナンス』を拒否するなら俺は、お前の『付属品』である、こいつを、『処分』するしかない」
「……!」
「……俺の顔に『傷をつけた』報いも、まだ受けていなかったな」
ガイゼルの「指」が黒猫の「首」に、ゆっくりと移動した。
「――っ、やめろ!!」
僕は、クッションから、転がり落ちるようにして、飛び起きた!
「……分かった! 分かったから!」
「……そいつに、手を出すな!」
僕は、床に膝をつき、荒い息をついた。
(……人質かよ)
(……こいつ、本当に、やりやがった)
僕の「弱み」は、『魔導書』だけじゃなかった。
この、すっかり「太った」「裏切り者」の「猫」も僕の、「弱点」だった。
「……賢明な判断だ」
ガイゼルは、黒猫の首から手を離し、黒猫は、まだ「撫でろ」と催促しているが僕に手を、差し伸べた。
「……立て。ノア」
「…………」
僕は、その「手」を、
人生で、最も「忌々しい」ものを見る目で、睨みつけた。
だが、僕は、その「手」を、掴むしかなかった。
(……この、屈辱)
ガイゼルは、僕の「細い手首」を掴むと、まるで、「埃まみれの『道具』」でも引きずり起こすかのように、力ずくで僕を、立たせた。
「……!」
「……やはり、脆いな」
ガイゼルは、僕の「手首」を、掴んだまま、まるで、「枝」でも検分するかのように、ため息をついた。
「……これでは、短剣すら、振れまい」
(……振る必要が、ないからだ!)
僕は、叫びたかった。
(……僕には『ネズミ』がいる!)
「……行くぞ」
「……どこへ」
「……言ったはずだ。『訓練場』だ」
ガイゼルは、僕の「手首」を掴んだまま、まるで、「逃げ出した『ペット』」に、「リード」でもつけたかのように、部屋の「扉」へと、強引に、引きずって、歩き始めた。
「……離せ!」
「……僕は、自分で歩ける!」
「……それほどの『体力』は、まだ、残ってる!」
僕は、「手首」を振りほどこうと、必死に、もがいた。
「……そうか」
ガイゼルは、ピタリ、と足を止めた。
そして、僕の「手首」を、パッ、と離した。
「……なら、歩け。俺の『後ろ』を、遅れずに、ついてこい」
ガイゼルは、「豪華な檻」の「扉」を、開け放った。
(……!)
(……僕が、この『城』に来て、初めて、この『部屋』から、出る……!)
そこは、僕の知らない、「黒曜石」の、冷たい「廊下」だった。
ガイゼルは、僕を、振り返りもせず、カツ、カツ、と、「規則的な足音」で、歩き始めた。
「……くそっ」
僕は、黒猫に「待ってろ」と合図をし、人生で、最も「面倒くさい『散歩』」に、重い、重い、足を、踏み出した。
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