支配者は深淵の扉をこじ開ける

舞米

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34 【金色の解】

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執務室の空気は、いつも通り冷たく、静かだった。
俺は、黒曜石の巨大な机の上で指を組み、部下から上がってきた報告書に目を通していた。

東のシンジケートが持ち込んだ『新型魔術兵器』と、それを運んでいた『顔を変える暗殺者』。

ノアが昨夜提出した情報に基づき、俺の部隊は今朝方、その両方を完璧に捕捉、無力化に成功した。
報告書の末尾には、ノアが割り出した魔術兵器の『設計図』の隠し場所まで、正確に記されていた。

(……相変わらず、仕事だけは早い)
俺は、小さく息を吐いた。
あの『道具』は、俺の想像を超える速度で『結果』を出す。

だが、その『対価』として、俺自身の『時間』と『手間』を、予想以上に要求してくる。
コンコン、と控えめなノック。

「……入れ」
入ってきたのは、ガルドだった。訓練場の責任者であり、ノアの『メンテナンス』を一任している男だ。

「ボス。本日の『対象』の訓練報告です」
ガルドは、分厚い羊皮紙の束を机に置いた。そこには、ノアのここ数週間の「体力測定」と「精神力訓練」の記録が、彼の武骨な筆跡で几帳面に記されている。

俺は、まずその報告書に目を通した。
歩行百往復:タイム短縮、疲労度軽減。
素振り二千回:フォーム安定、速度向上。
受け身:……依然として『サンドバッグ状態』だが、打撲からの回復速度は向上。
精神力同調:記録更新、六分十八秒。昨日より十六秒延長。

(……ほう)
俺は、わずかに眉を上げた。
特に、精神力同調の伸びが著しい。
あの『質問リスト』を与えたことが、彼自身の能力への理解を深め、結果として制御力の向上に繋がったか。

「……ボス?」
ガルドが、俺の反応を窺うように、声をかけた。

「……ガルド。よくやっている。だが、まだ足りん」

「はっ」

「……特に、受け身だ。あの『脆い器』では、実戦での衝撃に耐えられん。もっと『衝撃を流す』技術を叩き込め」

「はっ! ……しかし、ボス。対象は、その訓練の度に、ほぼ『気絶』しておりますが……」

「死ななければいい」
俺は、冷たく言い放った。

「……壊れる寸前まで追い込み、そして『修復』する。それが、最も効率的な『強化』だ」

「……承知いたしました」
ガルドは、深々と頭を下げ、退室していった。
俺は、一人、執務室に残ると、ガルドが置いていった「訓練報告書」の隣に置かれていた、もう一つの「羊皮紙の束」を、手に取った。

これは、昨夜、俺がノアに命じた『自己分析レポート』だ。

(……どれほどの『解』を出してきたか)
俺は、少しだけ口の端を吊り上げた。

あの金色の髪の魔術師が、自分の能力についてどれだけ深く理解しているのか。
そして、それを、支配者に対して、どれだけ正直にあるいは、隠蔽して報告してくるのか。
見ものだった。

俺は、一枚目の羊皮紙に目を通し始めた。
そこには、彼の美しい、しかし神経質そうな筆跡で、『ネズミの使役に関する考察』が記されていた。

『……使役可能な最大数は、理論上無限に近い。ただし、術者の精神容量に依存する。現在一月間の飼育と訓練後の私のキャパシティでは、約五万体が、個体識別と精密操作の限界点……』

(……五万)
俺のギルドの全戦闘員よりも多い。

『……同調深度は、対象との距離と『親和性』に影響される。地下水路等、既知の環境下にあるネズミへの同調は容易だが、未知の個体、特に魔術的な防御が施された施設内の個体への強制同調は、精神負荷が高い……』

(……やはり、『研究所』への潜入は、まだ難しいか)
俺は、ページをめくった。

『黒猫に関する考察』。
『……影渡りは、物理法則を無視した『短距離空間転移』の一種と推測される。触媒は不要だが、術者使い魔双方の魔力消費が激しく、特に使い魔側の消耗が大きい。競売所での戦闘後、完全回復まで約三週間を要した……』

(……三週間。思ったより、燃費が悪いな)

『……頬の傷について:あれは、猫自身の意思による攻撃ではない。私の『命令』である。よって、猫への『報復』は、非合理的な感情論に基づくものであり、支配者としてあるまじき行為であると進言する……』

(……フン。まだ、あの猫を庇うか)
俺は、自分の頬に残る、薄い傷跡に指で触れた。

(……だが、その『忠誠心』は、利用価値がある)
俺は、さらにページをめくった。
そして、最後の数枚に書かれていた内容に、俺は、思わず「目」を見開いた。

『ダスト・スプライトとの同調に関する、負荷軽減策の提案』。

そこには、俺自身ですら思いもよらなかった、独創的で、大胆で、そして、驚くほど「合理的」な「理論」が、彼の美しい筆跡で、完璧な論理構成と共に、記されていた。


『……問題は、術者の脳が、不可視の使い魔からの『膨大な情報』を処理しきれない点にある。ならば、処理しなければいい。
……意識を『受信機』として使うのではなく、同調したダスト・スプライトそのものを『記録媒体』として利用する。
……術者は、必要な情報のみを『キーワード検索』のように抽出し、それ以外の情報は『アーカイブ』として、空気中に『放置』する……』

(……記録媒体?)
(……キーワード検索?)
(……馬鹿な。そんなことが、可能だというのか)
だが、そこに書かれた「術式」と「理論」は、
俺が持つ、どの古代魔術の知識とも異なる、
それでいて、奇妙な説得力を持っていた。


(……こいつ)
(……ただの『情報屋』じゃない)
(……本物の『天才』か)
俺は、初めて、ノアという存在を、
単なる『希少なスキル持ち』や『面白い所有物』としてではなく、
『未知の領域』を探求する『研究者』として、
認識した。

そして、同時に、強い「苛立ち」がこみ上げてきた。

(……これほどの『才能』がありながら)
(……なぜ、あの『体』は、あそこまで『脆い』)
(……なぜ、『怠惰』に甘んじてきた)

俺は、羊皮紙の束を、机に叩きつけた。
(……許せん)
これほどの「宝」が、何百年もの間、地下の埃の中で「眠って」いたことが、俺には、許せなかった。

(……俺が、叩き直す)
(……体も、精神も、その『才能』に見合うだけの『器』に、俺が、作り変えてやる)

俺は、立ち上がった。
予定を変更する。
今すぐ、あの『檻』へ行く。
この『レポート』について、直接、問いただす。
そして、この『新しい理論』を、今すぐ、試させる。

俺は、執務室の扉を開け、黒曜石の廊下を、いつもより、少しだけ「速い」足取りで、あの「金色の鳥」が待つ、「檻」へと、向かった。







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