支配者は深淵の扉をこじ開ける

舞米

文字の大きさ
35 / 61

35 【熱を帯びた執着】

しおりを挟む


僕は、クッションの山の上で、完全に「死体」になっていた。

ガルドの地獄の訓練今日は受け身で意識が飛びかけた、ガイゼルに課せられた新たな「地獄精神力強化」のダブルパンチで、体も脳も完全に焼き切れていた。

だが、不思議と気分は悪くなかった。
理由は分かっている。
昨夜、徹夜で書き上げた、あの『自己分析レポート』だ。

自分の能力について、ここまで深く言語化したのは初めてだった。
特に、『ダスト・スプライトの記録媒体化』の理論。
あれは、我ながら「天才的」な閃きだったと自負している。

(……あの男、どう評価するだろうか)
僕は、柄にもなく、ガイゼルの「反応」を少しだけ気にしていた。

彼が、僕の魔導書の「修正」で見せた、あの底知れない知識。
彼ならば、僕の理論の「価値」を、正確に理解できるはずだ。

(……まあ、どうせ『道具の性能が上がって結構』くらいにしか思わんだろうが)
僕は、テーブルに置かれたままの「豪華な夕食」に、手を伸ばす気力もなく、ただ目を閉じていた。

疲れた。
眠りたい。
だが、あの男が来るまでは、眠れない。
それが、ここ一月の「飼育」で、僕の体に染み付いた「リズム」だった。


カチャリ。

(……来たか)
僕は、目を開けずに、その足音に耳を澄ませた。
いつもより、早い。
いつもより、足音が、わずかに「乱れて」いる。
まるで、何か「焦っている」かのように。

(……なんだ?)
僕が訝しんでいると、
重い扉が開く音と共に、鉄とインクの匂いが、いつもより強く、部屋に流れ込んできた。

「……ノア」
低い声。
ガイゼルだ。
だが、その声にも、普段の冷徹さとは違う、何か「熱」のようなものが混じっている気がした。

僕は、億劫に体を起こした。
そして、部屋に入ってきたガイゼルの姿を見て、目を見開いた。

彼は、いつもは完璧に着こなしている黒いシャツの「胸元」のボタンを、いくつか開けていた。
普段は寸分の乱れもない黒髪が、わずかに汗で額に張り付いている。

そして何より、その深い青い瞳が、僕が今まで見たこともないような、強い「光」――興奮、あるいは、焦燥のようなものを宿して、僕を、まっすぐに射抜いていた。


「……どうしたんだよ。そんなに慌てて」
僕は、気だるく、しかし警戒しながら尋ねた。

「……また、面倒な『仕事』か?」

「……仕事ではない」
ガイゼルは、僕の言葉を遮り、僕の「ガラクタの山」へと、一直線に歩いてきた。

その手には、僕が昨夜書き上げた『自己分析レポート』の羊皮紙の束が、強く握りしめられていた。

「……これだ」
ガイゼルは、僕の目の前で立ち止まると、レポートの「最後の数枚」を、僕の顔の前に突きつけた。

「……この『理論』。お前が、考えたのか」
その声は、低く、掠れていた。

「……ああ、そうだが?」
僕は、彼のただならぬ様子に、戸惑いながら答えた。

「……それが、どうかしたか。何か、間違っていたか?」

「間違っている?」
ガイゼルは、まるで「信じられないもの」を聞いたかのように、僕を見下ろした。

そして、次の瞬間、
彼は、僕の肩を、強く掴んだ。

「――っ!」
「……これが、『間違い』だと?」
ガイゼルは、僕の体を、クッションの山から引き剥がすようにして、無理やり立たせた。
僕の足は、まだ訓練の疲労で震えている。

僕は、彼の腕に支えられるような形で、彼と対峙した。

「……この『発想』が、どれほどの『価値』を持つか、お前は、分かっているのか!?」
その青い瞳が、僕を焼き尽くさんばかりの「熱」で、見つめてくる。

「……『空気』を『記録媒体』にするだと?
『情報』を『検索』する?
……馬鹿げている。だが、完璧だ。
なぜ、今まで誰も、これに思い至らなかった……!」

(……こいつ)
(……僕の理論に、本気で『興奮』している)
僕は、彼の「支配者」としての仮面の下にある、「研究者」としての、あるいは「未知への探求者」としての「素顔」を、垣間見た気がした。

「……離せ!」
僕は、彼の「熱」に当てられて、反射的にその腕を振りほどこうとした。
だが、彼の力は、僕の抵抗など、まるで意に介さない。

「……ノア!」
彼は、僕の肩を掴む手に、さらに力を込めた。

「……この『理論』は、本物か? 机上の空論ではないのか?」

「……本物だ!」
僕は、彼の剣幕に押されながらも、言い返した。

「……僕の『脳内』では、すでに『シミュレーション』は完了している!
あとは、『触媒』となる高純度の魔力源と、僕の『精神力』が追いつけば……」

「……ならば、今すぐ試せ」

「……は?」

「……ここでだ。俺の前で、やってみせろ」
ガイゼルは、命令した。
その瞳は、もはや「支配者」のものではなかった。
未知の「玩具」を前にした、子供のような、純粋な「好奇心」と「渇望」に満ちていた。

「……無理だ!」
僕は、首を振った。

「……言っただろ、まだ『精神力』が足りない!
それに、『触媒』も……」

「……触媒なら、ある」
ガイゼルは、僕の言葉を遮り、懐から、一つの「黒い小箱」を取り出した。

それを開けると、中には、
漆黒の闇の中で、星のように瞬く、
小さな、小さな「結晶」が、納められていた。

「……『星の涙』の、欠片……!」
僕は、息を呑んだ。

空間転移の触媒として『時詠石』と並び称される、伝説級の「魔力凝縮体」。
こんなものを、こいつは「ポケットマネー」のように持ち歩いているのか。

「……これで、『出力』は足りるはずだ」
ガイゼルは、その「星の涙」を、僕の掴まれていない方の手のひらに、押し付けた。

ひんやりとした、だが、内側に凄まじいエネルギーを秘めた感触。

「……あとは、お前の『精神力』だけだ」

「……だから、それが足りないと……!」

「……俺が、補助する」

「……は?」
僕が、聞き返す間もなく。
ガイゼルの、空いていた方の「手」が、僕の「こめかみ」に、そっと、添えられた。

(……素手だ)
(……!)
昨日までの、僕の能力を引き出すための、冷徹な「指導」の手つきではない。

もっと、慎重で、まるで、壊れ物に触れるかのように、だが、有無を言わせぬ「力」を込めて、彼の「指先」から、膨大な「魔力」が、僕の「脳」へと、直接、流れ込んできた。


「――ぐっ……!」
(……なんだ、これ……!)
(……熱い!)
(……ガイゼルの、魔力……!)
僕の「器」には、到底受け止めきれないほどの、強大で、冷徹で、そして、どこまでも「深い」、彼の「力」が、僕の精神を「拡張」していく。

視界が、白く染まる。
脳が、悲鳴を上げる。

「……集中しろ、ノア!」
耳元で、彼の低い声が響く。
彼の「手」が、僕の「こめかみ」を、さらに強く押さえる。

まるで、僕の「精神」が、彼の「力」に耐えきれずに「壊れて」しまわないように、
必死で「繋ぎ止めて」いるかのように。

「……『掴め』!」
彼の声に導かれるように、
僕は、彼の魔力で「ブースト」された意識を、再び、空気中の「微粒子」へと、飛ばした。

(……見える)
(……昨日よりも、遥かに、鮮明に)
無数の「光の点」。
僕は、その一つを、容易に「掴んだ」。



――視界が変わる。
僕は、再び、部屋の天井近くを漂っていた。
だが、昨日までとは違う。
「霞」が晴れたように、全てがクリアに見える。
眼下には、僕の「抜け殻」のこめかみを押さえ、必死の形相で「魔力」を送り続けている「ガイゼル」の姿が。

「……記録しろ!」
ガイゼルの声が、僕の「幽体空気」に直接響く。

「……お前の『理論』通り、『今、見ている光景』を、『その粒子』に、『刻み込め』!」

(……!)
僕は、言われるがまま、
僕の「意思」を、
僕が「同調」している「ダスト・スプライト」に、強く、叩きつけた。

(……記録しろ!)
(……この光景を!)

――グンッ、と。
粒子が、僕の「意思」を受け止め、
わずかに「重く」なったような感覚。
そして、僕の「脳」には、「映像」ではなく、
ただ、「記録完了」という「情報」だけが、
フィードバックされた。


(……できた)
(……本当に、できた)
僕の「理論」は、「机上の空論」ではなかった。

「……戻れ!」
ガイゼルの声。
僕は、意識を「本体」へと引き戻した。

「――かはっ……!」
凄まじい「疲労感」。
だが、昨日までのような「吐き気」や「頭痛」はない。

ガイゼルの「補助」が、僕の「脳」への「負荷」を、肩代わりしてくれていたのだ。

僕は、ガイゼルの腕の中で、ぐったりと凭れかかった。
「……はぁっ……はぁっ……」

「……どうだ」
ガイゼルは、僕のこめかみから手を離し、僕の顔を覗き込んだ。
その「青い瞳」には、抑えきれない「興奮」と「期待」が渦巻いていた。

「……できた」
僕は、かろうじて、そう答えた。

「……記録、できた。
……だが、これを『再生』するには、また別の……」

「……分かっている」
ガイゼルは、僕の言葉を遮った。
彼は、僕の汗で濡れた「額」を、その「素手」で、優しく、拭った。

それは、昨日までの「確認」や「命令」とは違う、ただ、純粋な「労い」のような「手つき」だった。

「……よくやった、ノア」
彼の声は、低く、そして、僕が、今まで聞いたこともないほど、ほんの少しだけ「甘さ」を、含んでいた。

「……お前は、やはり」
彼は、僕の「金色の髪」を、愛おしむように、そっと、撫でた。

「……俺だけの、『宝』だ」
その「言葉」と、その「手つき」に、僕は、「道具」としてではなく、何か、もっと「別のもの」として、彼に「見られている」ことを、感じてしまい、言いようのない「混乱」と、「高揚感」に、襲われるしかなかった。







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される

秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました! 最終17位でした!応援ありがとうございます! あらすじ 魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。 ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。 死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――? 傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。

「君を一生愛すから」って言ってたのに捨てられた

豆子
BL
女神の加護を持つ国フィアラテールに齡十六で神子として召喚され、女神から授かった浄化の力で各地の魔物を倒し、瘴気で汚れた土地を蘇らせ、世界に平和と安寧をもたらし、ついでに共に戦った王子と文字に起こすと辞書並みの厚さになるラブストーリーを繰り広げ、永遠の愛を誓ってから二十年後「俺と別れて欲しい」とあっさりすっぱり捨てられたところから始まる話。 恋人の王子に捨てられたおっさん神子が長年の従者と第二の人生を歩む話です。 無表情獣人従者×三十路の神子

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

リンドグレーン大佐の提案

高菜あやめ
BL
軍事国家ロイシュベルタの下級士官テオドアは、軍司令部のカリスマ軍師リンドグレーン大佐から持ちかけられた『ある提案』に応じ、一晩その身をゆだねる。 一夜限りの関係かと思いきや、大佐はそれ以降も執拗に彼に構い続け、次第に独占欲をあらわにしていく。 叩き上げの下士官と、支配欲を隠さない上官。上下関係から始まる、甘くて苛烈な攻防戦。 【支配系美形攻×出世欲強めな流され系受】

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

白銀オメガに草原で愛を

phyr
BL
草原の国ヨラガンのユクガは、攻め落とした城の隠し部屋で美しいオメガの子どもを見つけた。 己の年も、名前も、昼と夜の区別も知らずに生きてきたらしい彼を置いていけず、連れ帰ってともに暮らすことになる。 「私は、ユクガ様のお嫁さんになりたいです」 「ヒートが来るようになったとき、まだお前にその気があったらな」 キアラと名づけた少年と暮らすうちにユクガにも情が芽生えるが、キアラには自分も知らない大きな秘密があって……。 無意識溺愛系アルファ×一途で健気なオメガ ※このお話はムーンライトノベルズ様にも掲載しています

魔法使い、双子の悪魔を飼う

よんど
BL
「僕、魔法使いでよかった」 リュシーは宮廷専属の優秀な魔法使い。 人が寄りつけない程強い自身の力のせいで常に孤独なリュシーは、ある日何気なく街を歩いていた際に闇商人の話を聞いてしまう。貴重で価値ある''モノ''を高値で買い取る悪趣味な会が近くであるらしく気になったリュシーは其処で不思議な双子と出逢いを果たす。 本の見よう見まねで無償の愛を与え続けるリュシーに育てられた双子はいつしか胸の内に何とも言えない感情を抱く様になり... 独りぼっちだった魔法使いが出逢いを通して彼等と関係を紡いでいき幸せを知る微闇要素有りのBLファンタジー。 (※) 過激描写のある話に付けています。 *** 攻め視点 ※不定期更新です。 ※誤字脱字の報告助かるので嬉しいです。 ※何でもOKな方のみ拝読お願いします。 扉絵  YOHJI@yohji_fanart様 (無断転載×)

処理中です...