支配者は深淵の扉をこじ開ける

舞米

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35 【熱を帯びた執着】

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僕は、クッションの山の上で、完全に「死体」になっていた。

ガルドの地獄の訓練今日は受け身で意識が飛びかけた、ガイゼルに課せられた新たな「地獄精神力強化」のダブルパンチで、体も脳も完全に焼き切れていた。

だが、不思議と気分は悪くなかった。
理由は分かっている。
昨夜、徹夜で書き上げた、あの『自己分析レポート』だ。

自分の能力について、ここまで深く言語化したのは初めてだった。
特に、『ダスト・スプライトの記録媒体化』の理論。
あれは、我ながら「天才的」な閃きだったと自負している。

(……あの男、どう評価するだろうか)
僕は、柄にもなく、ガイゼルの「反応」を少しだけ気にしていた。

彼が、僕の魔導書の「修正」で見せた、あの底知れない知識。
彼ならば、僕の理論の「価値」を、正確に理解できるはずだ。

(……まあ、どうせ『道具の性能が上がって結構』くらいにしか思わんだろうが)
僕は、テーブルに置かれたままの「豪華な夕食」に、手を伸ばす気力もなく、ただ目を閉じていた。

疲れた。
眠りたい。
だが、あの男が来るまでは、眠れない。
それが、ここ一月の「飼育」で、僕の体に染み付いた「リズム」だった。


カチャリ。

(……来たか)
僕は、目を開けずに、その足音に耳を澄ませた。
いつもより、早い。
いつもより、足音が、わずかに「乱れて」いる。
まるで、何か「焦っている」かのように。

(……なんだ?)
僕が訝しんでいると、
重い扉が開く音と共に、鉄とインクの匂いが、いつもより強く、部屋に流れ込んできた。

「……ノア」
低い声。
ガイゼルだ。
だが、その声にも、普段の冷徹さとは違う、何か「熱」のようなものが混じっている気がした。

僕は、億劫に体を起こした。
そして、部屋に入ってきたガイゼルの姿を見て、目を見開いた。

彼は、いつもは完璧に着こなしている黒いシャツの「胸元」のボタンを、いくつか開けていた。
普段は寸分の乱れもない黒髪が、わずかに汗で額に張り付いている。

そして何より、その深い青い瞳が、僕が今まで見たこともないような、強い「光」――興奮、あるいは、焦燥のようなものを宿して、僕を、まっすぐに射抜いていた。


「……どうしたんだよ。そんなに慌てて」
僕は、気だるく、しかし警戒しながら尋ねた。

「……また、面倒な『仕事』か?」

「……仕事ではない」
ガイゼルは、僕の言葉を遮り、僕の「ガラクタの山」へと、一直線に歩いてきた。

その手には、僕が昨夜書き上げた『自己分析レポート』の羊皮紙の束が、強く握りしめられていた。

「……これだ」
ガイゼルは、僕の目の前で立ち止まると、レポートの「最後の数枚」を、僕の顔の前に突きつけた。

「……この『理論』。お前が、考えたのか」
その声は、低く、掠れていた。

「……ああ、そうだが?」
僕は、彼のただならぬ様子に、戸惑いながら答えた。

「……それが、どうかしたか。何か、間違っていたか?」

「間違っている?」
ガイゼルは、まるで「信じられないもの」を聞いたかのように、僕を見下ろした。

そして、次の瞬間、
彼は、僕の肩を、強く掴んだ。

「――っ!」
「……これが、『間違い』だと?」
ガイゼルは、僕の体を、クッションの山から引き剥がすようにして、無理やり立たせた。
僕の足は、まだ訓練の疲労で震えている。

僕は、彼の腕に支えられるような形で、彼と対峙した。

「……この『発想』が、どれほどの『価値』を持つか、お前は、分かっているのか!?」
その青い瞳が、僕を焼き尽くさんばかりの「熱」で、見つめてくる。

「……『空気』を『記録媒体』にするだと?
『情報』を『検索』する?
……馬鹿げている。だが、完璧だ。
なぜ、今まで誰も、これに思い至らなかった……!」

(……こいつ)
(……僕の理論に、本気で『興奮』している)
僕は、彼の「支配者」としての仮面の下にある、「研究者」としての、あるいは「未知への探求者」としての「素顔」を、垣間見た気がした。

「……離せ!」
僕は、彼の「熱」に当てられて、反射的にその腕を振りほどこうとした。
だが、彼の力は、僕の抵抗など、まるで意に介さない。

「……ノア!」
彼は、僕の肩を掴む手に、さらに力を込めた。

「……この『理論』は、本物か? 机上の空論ではないのか?」

「……本物だ!」
僕は、彼の剣幕に押されながらも、言い返した。

「……僕の『脳内』では、すでに『シミュレーション』は完了している!
あとは、『触媒』となる高純度の魔力源と、僕の『精神力』が追いつけば……」

「……ならば、今すぐ試せ」

「……は?」

「……ここでだ。俺の前で、やってみせろ」
ガイゼルは、命令した。
その瞳は、もはや「支配者」のものではなかった。
未知の「玩具」を前にした、子供のような、純粋な「好奇心」と「渇望」に満ちていた。

「……無理だ!」
僕は、首を振った。

「……言っただろ、まだ『精神力』が足りない!
それに、『触媒』も……」

「……触媒なら、ある」
ガイゼルは、僕の言葉を遮り、懐から、一つの「黒い小箱」を取り出した。

それを開けると、中には、
漆黒の闇の中で、星のように瞬く、
小さな、小さな「結晶」が、納められていた。

「……『星の涙』の、欠片……!」
僕は、息を呑んだ。

空間転移の触媒として『時詠石』と並び称される、伝説級の「魔力凝縮体」。
こんなものを、こいつは「ポケットマネー」のように持ち歩いているのか。

「……これで、『出力』は足りるはずだ」
ガイゼルは、その「星の涙」を、僕の掴まれていない方の手のひらに、押し付けた。

ひんやりとした、だが、内側に凄まじいエネルギーを秘めた感触。

「……あとは、お前の『精神力』だけだ」

「……だから、それが足りないと……!」

「……俺が、補助する」

「……は?」
僕が、聞き返す間もなく。
ガイゼルの、空いていた方の「手」が、僕の「こめかみ」に、そっと、添えられた。

(……素手だ)
(……!)
昨日までの、僕の能力を引き出すための、冷徹な「指導」の手つきではない。

もっと、慎重で、まるで、壊れ物に触れるかのように、だが、有無を言わせぬ「力」を込めて、彼の「指先」から、膨大な「魔力」が、僕の「脳」へと、直接、流れ込んできた。


「――ぐっ……!」
(……なんだ、これ……!)
(……熱い!)
(……ガイゼルの、魔力……!)
僕の「器」には、到底受け止めきれないほどの、強大で、冷徹で、そして、どこまでも「深い」、彼の「力」が、僕の精神を「拡張」していく。

視界が、白く染まる。
脳が、悲鳴を上げる。

「……集中しろ、ノア!」
耳元で、彼の低い声が響く。
彼の「手」が、僕の「こめかみ」を、さらに強く押さえる。

まるで、僕の「精神」が、彼の「力」に耐えきれずに「壊れて」しまわないように、
必死で「繋ぎ止めて」いるかのように。

「……『掴め』!」
彼の声に導かれるように、
僕は、彼の魔力で「ブースト」された意識を、再び、空気中の「微粒子」へと、飛ばした。

(……見える)
(……昨日よりも、遥かに、鮮明に)
無数の「光の点」。
僕は、その一つを、容易に「掴んだ」。



――視界が変わる。
僕は、再び、部屋の天井近くを漂っていた。
だが、昨日までとは違う。
「霞」が晴れたように、全てがクリアに見える。
眼下には、僕の「抜け殻」のこめかみを押さえ、必死の形相で「魔力」を送り続けている「ガイゼル」の姿が。

「……記録しろ!」
ガイゼルの声が、僕の「幽体空気」に直接響く。

「……お前の『理論』通り、『今、見ている光景』を、『その粒子』に、『刻み込め』!」

(……!)
僕は、言われるがまま、
僕の「意思」を、
僕が「同調」している「ダスト・スプライト」に、強く、叩きつけた。

(……記録しろ!)
(……この光景を!)

――グンッ、と。
粒子が、僕の「意思」を受け止め、
わずかに「重く」なったような感覚。
そして、僕の「脳」には、「映像」ではなく、
ただ、「記録完了」という「情報」だけが、
フィードバックされた。


(……できた)
(……本当に、できた)
僕の「理論」は、「机上の空論」ではなかった。

「……戻れ!」
ガイゼルの声。
僕は、意識を「本体」へと引き戻した。

「――かはっ……!」
凄まじい「疲労感」。
だが、昨日までのような「吐き気」や「頭痛」はない。

ガイゼルの「補助」が、僕の「脳」への「負荷」を、肩代わりしてくれていたのだ。

僕は、ガイゼルの腕の中で、ぐったりと凭れかかった。
「……はぁっ……はぁっ……」

「……どうだ」
ガイゼルは、僕のこめかみから手を離し、僕の顔を覗き込んだ。
その「青い瞳」には、抑えきれない「興奮」と「期待」が渦巻いていた。

「……できた」
僕は、かろうじて、そう答えた。

「……記録、できた。
……だが、これを『再生』するには、また別の……」

「……分かっている」
ガイゼルは、僕の言葉を遮った。
彼は、僕の汗で濡れた「額」を、その「素手」で、優しく、拭った。

それは、昨日までの「確認」や「命令」とは違う、ただ、純粋な「労い」のような「手つき」だった。

「……よくやった、ノア」
彼の声は、低く、そして、僕が、今まで聞いたこともないほど、ほんの少しだけ「甘さ」を、含んでいた。

「……お前は、やはり」
彼は、僕の「金色の髪」を、愛おしむように、そっと、撫でた。

「……俺だけの、『宝』だ」
その「言葉」と、その「手つき」に、僕は、「道具」としてではなく、何か、もっと「別のもの」として、彼に「見られている」ことを、感じてしまい、言いようのない「混乱」と、「高揚感」に、襲われるしかなかった。







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