支配者は深淵の扉をこじ開ける

舞米

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36 【芽生える未知】

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あれから何日経ったのか、正確には分からない。
僕の豪華な檻には時計もカレンダーもない。ただ、ガルドが迎えに来る時間と、ガイゼルが現れる時間だけが、僕の新しい「日常」の区切りになっていた。

地獄の体力づくりは、相変わらず続いていた。
ガルドは、ガイゼルに言われた通り、受け身の訓練で僕を気絶させることはなくなったが、その代わりに「基礎筋力」とやらを鍛えるための、地味で、ひたすら苦痛なメニューを追加してきた。腕立て伏せのようなものや、腹筋のようなもの。もちろん、僕にとっては数回が限界で、その度にガルドの鉄拳による「補助」が入る。

だが、僕の意識は、もはやその昼間の「地獄」にはなかった。

僕が、ある種の「期待」を持って待つようになったのは、夜。
ガイゼルが、僕の檻にやってくる時間だ。

彼は、その日の訓練報告書を一瞥すると、すぐに僕の隣に腰を下ろし、「共同研究」という名の「支配」を開始する。

あの日、僕が成功させた『ダスト・スプライトの記録媒体化』。
ガイゼルは、その理論の「完成」と「実用化」を、僕に、執拗に、要求してきた。

「……集中が足りん」
低い声が、僕の耳元で響く。
僕は、クッションの山の上であぐらをかき、目を閉じていた。意識は、部屋の空気中に漂う無数の微粒子へと拡散している。

ガイゼルは、僕の後ろに座り込み、僕の背中に、彼の「胸板」が触れるほどの距離で、僕の「精神」を監視していた。

「……無理を言うな。この『理論』自体、まだ不完全なんだ。記録はできても、『再生』が……」

「言い訳は聞かん」
ガイゼルの手が、僕の肩に置かれた。
重い。彼の存在そのものが、僕の精神に「錨」を下ろすかのようだ。

「……お前の脳が『受信』するのではなく、『検索』する。そう言ったのはお前自身だ。ならば、その『検索アルゴリズム』を構築しろ」

「……簡単に言うな!」
僕は、目を開けて彼を睨みつけようとしたが、彼のもう片方の手が、僕の「こめかみ」に再び添えられ、それを制した。

「……動くな。集中しろ」
そして、また、あの「補助」が始まる。
彼の膨大な魔力が、僕の精神の「器」を無理やり拡張し、僕の意識を、より深く、より微細な領域へと導いていく。

「――ぐっ……!」
慣れてきたとはいえ、彼の力は圧倒的だ。
僕の精神は、彼の奔流に飲み込まれそうになりながらも、必死で「自我」を保ち、空気中の粒子との同調を維持する。
彼の魔力に「守られ」ながら、僕は、僕自身の限界を超えた領域で、「思考」を加速させる。

(……検索)
(……どうやって?)
(……粒子に『タグ』をつける? いや、非効率だ)
(……術者の『記憶』とリンクさせる? 負荷が高すぎる)
(……待て。『記録』した時の『時間』と『場所』、そして術者の『感情』。それを『キー』にして……)

「……そうだ」
背後から、ガイゼルの声。
僕の思考を、読んでいるかのように。

「……『感情の波長』でフィルタリングしろ。お前が『記録』した瞬間の『意思』の痕跡を追え」

(……こいつ!)
僕の脳が、彼の言葉によって、さらに活性化する。
そうだ。それなら、いけるかもしれない。
僕は、数日前に「記録」したはずの、「ガイゼルがこの部屋に入ってきた瞬間」の光景を、「苛立ち」という「感情キー」で「検索」するイメージを、同調している粒子に叩きつけた。


――!
瞬間、僕の脳裏に、数日前の「映像」が、ノイズ混じりだが、確かに「再生」された。

僕の視点粒子の視点から見た、扉を開けて入ってくるガイゼルの姿。

「……!」
僕は、驚愕に目を見開いた。

「……できた……!」

「……見えたか」
ガイゼルの声。

僕は、興奮冷めやらぬまま、振り返った。
ガイゼルは、僕の「成功」を、当然のことのように受け止めていた。

だが、その青い瞳の奥には、抑えきれない「満足」の色が揺らめいている。

「……ああ。見えた。数日前の映像が……」

「……まだ粗いな。だが、第一段階はクリアだ」
ガイゼルは、僕のこめかみから手を離した。
魔力の補助が途切れ、僕はどっと疲労感に襲われる。

「……よくやった」
彼の手が、今度は、僕の「頭」を、わしわしと、少し乱暴に、撫でた。

それは、以前の「髪を乾かす」ような手つきとも、
「所有物を確認する」ような手つきとも違う。

まるで、難しい課題をクリアした「弟子」を、
不器用な「師」が、彼なりに褒めているかのようだった。

「……っ、やめろ!」
僕は、その「甘さ」を含んだ接触に、訳のわからない「居心地の悪さ」を感じて、彼の腕を叩いた。

「フン」
ガイゼルは、すぐに手を離したが、その口元には、微かな笑みが浮かんでいた。

彼は、僕の部屋に置かれた「サイドテーブル」いつの間にか、僕の研究資料置き場になっていた場所から、一つの「巻物」を取り上げた。

「……なんだ、それ」

「……『褒美』だ」

「……まさか、『第五巻』か!?」
僕は、勢い込んで身を乗り出した。

「いや」
ガイゼルは、あっさりと否定した。

「……これは、禁書庫から『借りてきた』ものだ」
彼は、その巻物を、僕の膝の上に置いた。

『古代エルフの精神感応術式・基礎編』
と書かれている。

「……!」
僕は、息を呑んだ。
これは、僕が研究している「使い魔との同調」に、直接関係する、失われた技術だ。

「……こんなものを、どうやって」

「……『支配者』には、『支配者』のやり方がある」
ガイゼルは、それ以上は答えなかった。

「……これを読めば、お前の『精神負荷』も、多少は軽減できるはずだ」

「……」
(……僕の『研究』のために?)
(……僕の『体』を、気遣って?)
僕は、その「配慮」とも取れる行動に、ますます混乱した。

「……ただし」
ガイゼルは、僕の思考を断ち切るように、付け加えた。

「……これも『投資』だ。
この『知識』を使って、お前の『スキル』を、さらに『進化』させろ。
……王立研究所への潜入も、そろそろ『本番』だ」

(……やはり、それか)
結局、全ては、僕を「利用」するため。
僕は、自分にそう言い聞かせ、込み上げてくる奇妙な「期待」のような感情を、無理やり押し殺した。

「……分かってるよ」
僕は、巻物をひったくるように手に取った。

「……『仕事』は、やる。
その代わり、『対価』は、きっちり払ってもらうからな」

「当然だ」
ガイゼルは、立ち上がった。

「……今夜は、もう休め。明日の『訓練』に響く」
彼は、僕の「体調管理」まで、完璧に把握している。

部屋を出ていく間際、彼は、ふと足を止めた。
「……ああ、そうだ」

「……なんだよ」

「……お前の『クッション』だが」
彼は、僕の「ガラクタの山の一部」を指さした。

「……そろそろ、中身の『羽毛』が、へたってきたんじゃないか?」

「……は?」
僕は、意味が分からず、彼を見返した。
僕のクッションは、地下遺跡から持ってきた、ただの古い布袋だ。中身は、藁と、古着の切れ端だ。羽毛なんて、入っていない。

「……明日、新しい『最高級の羽毛』を、届けさせておく」

「……はあ!?」

「……『道具』の『休息環境』も、重要だ。これも『メンテナンス』の一環だ」
ガイゼルは、僕の「絶句」した顔を、満足そうに見ると、今度こそ、部屋を出て行った。

カチャリ。
鍵の音。

僕は、一人、「古代の巻物」と、そして「最高級の羽毛(?)」という、訳のわからない「状況」の真ん中で、(……あいつ、僕の、『寝床』まで、『改造』する気か……!)

ガイゼルの、もはや「病的」とも言える「管理欲」と「執着心」に、ただただ、戦慄するしかなかった。

だが、その「戦慄」の奥底に、ほんの僅かだけ「悪くない」と、感じてしまっている自分自身がいることに、僕は、気づかないフリをした。







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