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37 【繋がる意識】
しおりを挟む僕の「地獄の日課」は、もはや「日常」と呼ぶしかないものになっていた。
ガルドによる肉体改造は相変わらず僕を死の淵まで追い込むが、屈辱的なことに、僕の体はその負荷に適応しつつあった。
以前なら百往復の歩行で気を失っていた僕が、今では二千回の素振りを終えても、まだ意識を保っていられる。筋肉という、僕の人生には無縁だったものが、薄くだが付き始めていた。
だが、それ以上に劇的な変化を遂げていたのは、僕の「精神」の方だった。
ガイゼルによる「共同研究」という名のスパルタ指導と、彼が「投資」と称して与える最高級の研究資料、禁書庫から「借りてきた」巻物は、すでに三冊になっていた。
それらによって、僕のスキル――特に「ダスト・スプライト」との同調能力は、飛躍的に向上していた。
今や僕は、この「豪華な檻」にいながらにして、意識を空気中の微粒子に乗せ、王都のほとんどの場所を「散歩」できるようになった。
ガイゼルの補助なしでも、数十分間の安定した同調が可能になり、『記録媒体化』と『検索』の理論も、ほぼ実用レベルに達していた。
「……そろそろ、潮時だな」
その夜、いつものように僕の檻に現れたガイゼルは、僕が提出した「ダスト・スプライトによる王城内部・三次元マッピングレポート」を一瞥すると、そう言った。
彼は、僕のクッションの山…中身は、いつの間にか彼が言っていた『最高級の羽毛』に入れ替えられていた。
寝心地が良すぎて腹立たしい、腰を下ろし、僕を見据えた。
「……王立研究所。第七実験室。今夜、決行する」
「……!」
僕は、読んでいた巻物から顔を上げた。
ついに来たか。
僕の「訓練」と「研究」の、最終目的。
「……準備は、できているんだろうな」
ガイゼルの青い瞳が、僕の覚悟を試すように細められる。
「……当たり前だ」
僕は、ふてぶてしく言い返した。
「……お前が、僕をここまで『改造』したんだろうが。失敗したら、お前の『指導力不足』だ」
「フン。口だけは達者になった」
ガイゼルは、僕の挑発を鼻で笑った。
だが、その瞳の奥には、僕の「成長」に対する、隠しきれない「満足」の色が揺らめいていた。
彼は、立ち上がると、僕の前に手を差し出した。
「……なんだよ」
「『星の涙』。触媒を寄越せ」
「……は? これは、僕の研究に必要な……」
「今夜の『潜入』には、これを使う」
ガイゼルは、有無を言わせぬ口調で言った。
「……研究所の結界は、お前が思っている以上に強力だ。お前の魔力だけでは、突破できない可能性がある」
彼は、僕の手から半ば強引に「星の涙」の欠片を取り上げると、それを自分の手のひらの上で転がした。
「……俺が、ここから『補助』する」
「……は?」
「……お前が、第七実験室の『結界』に接触した瞬間、俺が、この『星の涙』を通して、俺の魔力を送り込む。結界を『こじ開ける』ための、一瞬の『楔』だ」
(……遠隔で、魔力補助?)
(……そんな芸当、可能だというのか)
(……いや、こいつなら、やりかねない)
僕は、彼の底知れない実力と、今回の潜入に対する「本気度」を、改めて思い知らされた。
「……いいか、ノア」
ガイゼルは、僕の肩に手を置いた。
その手は、もう僕を「検分」する手つきではなかった。
ただ、重く、確かな「圧力」を伴って、僕に「覚悟」を促していた。
「……失敗は、許さん。
もし、お前の精神が『結界』に捉えられ、逆流してきた魔力で『壊れる』ようなことがあれば――」
彼は、そこで言葉を切った。
その青い瞳が、僕が今まで見たこともないほど、冷たく、そして「暗い」光を宿した。
「――俺が、お前を、この手で『処分』する」
「……!」
それは、脅しではなかった。
彼の「所有物」が、使い物にならなくなるくらいなら、彼自身の手で「終わらせる」という、歪んだ「独占欲」と「支配欲」の、究極の「発露」だった。
(……こいつ)
(……本気で、僕を……)
僕は、背筋が凍るのを感じた。
だが、それと同時に、奇妙な「高揚感」が、僕の胸を満たしていくのを、止められなかった。
(……面白い)
(……やってやろうじゃないか)
この「支配者」の「期待」に、「応えて」やる。
そして、僕の「力」で、僕の「価値」を、こいつに、認めさせてやる。
「……分かってるよ」
僕は、ガイゼルの手を振り払い、不敵に笑ってみせた。
「……僕は、お前の『最高のお宝』なんだろ?
簡単に『壊れて』やるもんか」
「……フン」
ガイゼルは、僕のその「生意気な」態度に、満足そうに、口の端を吊り上げた。
「……ならば、行け。俺の『目』となり、『耳』となり、奴らの『秘密』を、暴いてこい」
僕は、頷くと、クッションの山の上に、深く座り直した。
目を閉じる。
意識を、集中させる。
(……感じる)
空気中の、無数の「ダスト・スプライト」。
僕は、その中から、最も「安定」していて、「魔力親和性」の高い個体を、選び出した。
そして、僕の「意識」を、そっと、滑り込ませる。
――視界が変わる。
僕は、再び、この「檻」の天井近くを漂っていた。
眼下には、僕の「抜け殻」と、その傍らで腕を組み、静かに僕の「精神」を監視している「ガイゼル」の姿が見える。
(……行くぞ)
僕は、意識を、部屋の「壁」へと向けた。
黒曜石の壁。
だが、僕には「壁」ではない。
その「分子の隙間」を、僕は、すり抜ける。
廊下へ。
ガイゼルの「城」の、複雑な通路を抜け、
地上へと続く「換気口」へ。
――風を感じる。
夜の、冷たい王都の空気。
僕は、星明かりの下、不可視の存在として、王城へと向かって「飛翔」した。
眼下に広がる、眠らない都の灯り。
それは、僕が地下遺跡に引きこもっていた頃には、決して見ることのなかった光景だった。
(……これが、僕の『新しい力』)
王城の、高い壁も、厳重な警備も、僕には関係ない。
僕は、風と共に、城壁をすり抜け、
王立魔術研究所のある「西棟」へと、侵入した。
内部は、静まり返っていた。
夜間の警備兵の足音。
実験器具のかすかな作動音。
そして、至る所に張り巡らされた、魔術的な「結界」の、ビリビリとした「圧力」。
(……甘い)
僕の「ダスト・スプライト」は、物理的な存在ではない。
魔術的な「探知」にも、ほとんど引っかからない。
僕は、見取り図ガイゼルが用意したものに従い、研究所の地下深く、目的の「第七実験室」へと、慎重に、しかし確実に、進んでいった。
(……ここか)
ついに、たどり着いた。
分厚い、魔力で強化された「鋼鉄の扉」。
扉そのものよりも、その周囲に「渦巻いている」
強力な「防御結界」。
(……これが、最後の『壁』)
僕は、意識を集中させた。
この結界は、今まで通り抜けてきた「探知結界」とはレベルが違う。
物理的にも、魔力的にも、「侵入」を完全に拒絶する、「絶対防御」に近いものだ。
(……だが)
僕は、僕の「本体」がいる、あの「檻」を思った。
僕の「こめかみ」に触れた、ガイゼルの「指」の感触。
彼の「補助」と、彼が持つ「星の涙」。
(……繋がっている)
僕の意識は、この「ダスト・スプライト」を通して、遠く離れた、あの「檻」の中の「ガイゼル」と、
微かだが、確かに「リンク」している。
(……行くぞ)
僕は、覚悟を決めた。
僕の「意識」を、結界の、ほんの僅かな「揺らぎ」に、針の穴を通すように、
ねじ込んでいく。
――!
凄まじい「抵抗」!
僕の「意識」が、押し返される。
結界の「反発力」が、僕の「精神」を焼き切ろうとする。
(……くっ!)
(……ガイゼル!)
僕は、心の中で、叫んだ。
瞬間。
僕の「意識」に、遠くから、膨大な「力」が、流れ込んできた。
ガイゼルの「魔力」だ。
「星の涙」を触媒とした、純粋な「破壊」の力が、僕の「意識の先端」に集中し、結界の「一点」を、穿つ!
ピシッ、と。
結界に、ほんの僅かな「亀裂」が入る感覚。
(……今だ!)
僕は、その「亀裂」から、
僕の「意識」を、滑り込ませた。
――成功した。
僕は、「第七実験室」の「内部」に、侵入した。
中は、薄暗く、静かだった。
巨大な実験装置。
壁一面の、数式が書かれた黒板。
そして、中央のテーブルの上に置かれた、一つの「ファイル」。
(……あれか)
僕は、意識を「ファイル」に近づける。
表紙には、『空間転移効率化に関する基礎理論・Ver.7.2』と書かれていた。
(……ビンゴだ!)
僕は、僕の「新しいスキル」を使った。
『記録媒体化』。
僕の「意識」そのものに、
その「ファイル」の「全ページ」の「情報」を、一瞬で「複写」する。
――記録完了。
(……よし!)
僕は、安堵の息をついた。
任務完了だ。
あとは、ここから「離脱」するだけ。
――そう思った、瞬間だった。
(……?)
僕の「意識」が、部屋の「隅」に、何か「別の気配」を感じ取った。
それは、実験装置の「影」に隠れるようにして、置かれていた、一つの、小さな「檻」だった。
そして、その「檻」の中にいたのは――
(……嘘だろ)
僕は、僕の「精神」が、凍りつくのを、感じた。
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