支配者は深淵の扉をこじ開ける

舞米

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43 【語られぬ真実】

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ギルド内の粛清対象リスト。
全ては、俺の計画通りに進んでいる。滞りなく、効率的に。

だが、俺の思考の片隅には、常にあの金色の『道具』の存在があった。

ノア。
あの日、俺の腕の中で意識を失った時の、あの驚くほどの軽さと、脆さ。

俺は、自分の所有物が、あそこまで容易く『壊れる』可能性があったという事実に、今更ながら苛立ちを覚えていた。

机の隅に置かれた、黒い水晶。
それに触れると、淡い光が灯り、いくつかの数値と波形が表示された。
ノアの手首と足首に付けさせた『生命監視』の魔道具からの情報だ。

心拍、安定。体温、平熱。魔力流、穏やか。
……眠っているな。

あの後、俺はガルドに命じ、ノアの訓練メニューを大幅に見直させた。
体力づくりは継続させるが、精神力訓練は一時的に中断。肉体の回復と安定を最優先とする。
そして、栄養価の高い食事と、十分な睡眠。
『道具』のメンテナンスは、徹底しなければならない。

俺は、水晶から指を離した。
報告書の処理は終わった。
夜は、まだ深い。
俺は、音もなく立ち上がった。
執務室を出て、黒曜石の廊下を進む。
衛兵たちは、俺の姿を認めると、直立不動で見送る。

俺が向かう先は、一つしかない。
ノアの部屋の前。

俺は、衛兵に合図し、音を立てずに鍵を開けさせた。
重い扉を、わずかに開ける。
中は、ランプの明かりが落とされ、薄暗い。
部屋の半分を占めるガラクタの山。

そして、部屋の中央に置かれた、あの巨大な黒い絹のベッド。
そこに、小さな塊が眠っていた。

俺は、息を殺して部屋に入り、扉を閉めた。

ベッドに近づく。
ノアは、深く眠っていた。
規則正しい寝息が聞こえる。
彼の傍らには、あの黒猫が丸くなり、同じように眠っている。

無防備な寝顔。
地下遺跡で初めて見つけた時とは、見違えるように血色が良くなった頬。

だが、まだ線は細く、どこか儚げだ。
俺は、ベッドの脇に膝をついた。
彼の金色の髪が、枕に散らばっている。
月光の下で見たならば、さぞ美しいだろう。
俺は、衝動を抑えきれなかった。

ゆっくりと顔を近づけ、彼の額にかかった、数本の金色の髪に、唇を、そっと、押し当てた。

柔らかい感触。微かな、薬草と…ノア自身の匂い。
俺は、すぐに顔を離した。

何をしている。
これは、非合理的な行動だ。
だが、この『所有物』が、俺の腕の中で壊れかけたあの瞬間から、俺の中の何かが、確実に変わってしまった。

こいつは、ただの『道具』ではない。
俺が、初めて手に入れた、『思い通りにならない宝』だ。

そして、恐ろしく『脆い』。
俺は、彼の寝顔を、見つめた。
眉間に寄せられた、わずかな皺。
眠りの中でも、何か苦痛を感じているのか。
あるいは、あの『研究所』での光景が、まだ彼を苛んでいるのか。

(……あの子供)
俺の思考が、別の場所へと飛んだ。
あの日、ノアが報告してきた、第七実験室の檻の中にいた、ハーフエルフの少年。

俺は、ノアがあの部屋を出た直後、部隊を派遣し、研究所を『制圧』させた。
表向きは、新型魔術兵器に関する『査察』として。
そして、極秘裏に、あの第七実験室から、少年を『回収』した。

彼は、俺の城の、医療棟の一室で保護されている。
身体的な衰弱は酷いが、命に別状はない。
最高級の治療と食事が与えられている。

だが、彼の『心』は、完全に壊れていた。
俺は、昨日、直接彼に会った。
檻から出され、自由を与えられても、彼はただ虚空を見つめ、時折、何かに怯えるように震えるだけだった。

俺は、彼に尋ねた。
これから、どうしたいのか、と。
外の世界で、新しい人生を始めることもできる。
俺のギルドが、それを支援しよう、と。
だが、少年の答えは、一つだけだった。

『……終わりたい』
『……もう、眠りたい』
長年の監禁と実験によって、彼の精神は、生きる希望そのものを失っていた。
自由になった世界に、彼は、絶望しか見出せなかったのだ。

俺は、彼の瞳を見た。
そこには、ノアのような『反抗』の光も、『生』への執着も、何もなかった。

ただ、深い、深い『疲労』と、『無』への渇望だけがあった。
俺の判断は、早かった。
これ以上、彼を生かしておくことは、『非効率』であり、『残酷』ですらある。

彼の『望み』を叶えることが、最も『合理的』な『処理』だ。
俺は、最高級の、眠るように逝ける『薬』を用意させた。
それを彼に与える時、彼は、初めて、俺の目を見て、涙を流しながら

『……ありがとう』
と、か細い声で、言った。


彼は、今頃、静かに逝っただろう。
苦しむことなく。

俺は、ベッドで眠るノアに、再び視線を戻した。
この『真実』を、彼に話すべきか?
いや、話すべきではない。

彼は、あの子供に、余計な『感傷』を抱いていた。
真実を知れば、彼は、また心を乱し、『道具』としての『性能』を低下させるだろう。
それだけではない。

彼は、俺が、あの子供の『願い』を聞き届けたことを、『非情』だと断じるかもしれない。
俺と彼の間に、修復不可能な『溝』を作るかもしれない。

それは、避けなければならない。
俺は、ノアを『失いたくない』。
この、俺だけが持つ『宝』を。
俺は、彼に『処分した』とだけ伝えた。

それでいい。
彼は、俺が冷酷な支配者であると、改めて認識するだろう。

だが、それでいい。
彼が、俺の『庇護』の下で、安全に、『最適化』されていくならば。

彼が、俺の『管理』の下で、その『才能』を、俺のためだけに開花させてくれるならば。
俺は、ノアの頬に、そっと触れた。
眠っていても、その肌は、まだ少し青白い。
だが、確かに、温かい。
生きている。
俺が、生かしている。

(……それで、いい)
俺は、立ち上がった。
名残惜しいが、長居は無用だ。
彼が目覚める前に、ここを去らねばならない。
俺は、もう一度だけ、彼の金色の髪を見つめた。
そして、音もなく、部屋を後にした。
廊下に出ると、俺は衛兵に命じた。

「……ノアの部屋への、夜間の『食事』と『薬湯』の準備を怠るな。
それと、ガルドに伝えろ。明日の訓練は、さらに『負荷』を落とせ、と」

衛兵は、驚いた顔をしたが、すぐに「はっ」と応えた。

俺は、彼らの訝しむ視線を背に受けながら、再び、自分の執務室へと、冷たい黒曜石の廊下を、
歩き始めた。

俺の『所有物』の『メンテナンス』は、まだ、始まったばかりだ。








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