[完]偽物令嬢〜前世で大好きな兄に殺されました。そんな悪役令嬢は静かで平和な未来をお望みです〜

あいみ

文字の大きさ
64 / 120
第四章

世界で一番愛している人

しおりを挟む
 翌日。ブレットの姿はもうなかった。

 夜が明ける前に出発したと聞いた。

 隣国と隣接する森は別名、魔物が住む森と呼ばれるほど魔物の目撃が多い。

 魔物も人間と同じで活動するのは陽が昇っているときで、明け方なら眠っている。危険を避けるためにも、早朝よりももっと早い明け方を選んだ。

 人の気配を感じて起きる魔物もいるため、絶対に安全の保証はない。

 そのため、第二騎士団から数人、護衛につく。

 訓練をサボりたいなんて不純な動機ではなく、守りたいという純粋な思い。

 許可なく勝手に行ったため、帰ってきたら盛大に怒られるだろう。

 私のために行動を起こしてくれたのだから、厳しく叱らないでと口添えはするつもり。聞き入れてくれるかは別として。

 今日も私は、レイの作ってくれた時間でのみ、魔法の特訓。

 の、はずなんだけど。

 「叔父上!お願いします!!」

 私が訓練場に来たときにはもう、オルゼがレイに頭を下げていた。必死に何度も。

 これっぽちも興味を示さないノアールは大きな欠伸をして、定位置で丸くなり、お昼寝タイム。

 「エノク。あれは何?どうしたの?」
 「ああ。シオン様はお気になさらず。団長が新しい通信魔道具を組み込んで欲しいと頼み込んでいるだけですから」

 そっか。オルゼのはブレットに渡したから。

 いつでも連絡が取れる物は必要だもんね。

 「自分でやれ。魔道具はやる」
 「う、だって……」
 「レディー。来ていたのか」
 「うん。で……。私に構ってもいいの?」
 「君の特訓のために時間を作っている。見なくていいのであれば、私は帰るが?」
 「ごめんなさい!お願いします!!」

 コントロールも大事ではあるけど、まずは確実に傷を治すことが先決。

 真剣で打ち合うのだから当然、傷は増える。かすり傷だけど。

 集中さえ欠かなければ大怪我に繋がることはないとレイが言っていたけど、集中しようがしまいが、怪我をするときはするものだ。

 天才レイの感覚で言っているのだとしたら、周りが可哀想すぎる。まさに天才に凡人の気持ちはわからない、だね。

 「叔父上」
 「はぁ……。レック」

 急に愛称呼びに。オルゼの背筋が伸びて直立不動状態。

 「魔道具を組み込むのって、そんなに難しいの?」
 「いえ。それ自体は誰でも出来ます。団長も我々も。ただ、繊細すぎるため多少のズレで、正常に機能しなくなるんです。それこそ、通信も。音声にノイズが入ったり、向こうの声は聞こえるのに、こっちの声が届かなかったりと。不具合が生じるのです」
 「誤差なく組み込めるのは……」
 「レイアークス様ですね」

 うん。わかってた。その答え。

 しかも。ただの通信魔道具ではない。GPS付きだからこそ、より繊細な技術が求められる。

 オルゼの味方をしたいけど、レイに帰られると私の特訓が終わってしまう。

 心の中で頑張れと応援することしか出来ない。

 「叔父上がやってくれたほうが早いし完璧ではありませんか」
 「お前のために割く時間はない」
 「ひどっ!なんで!?」
 「私も色々と忙しい」
 「でもほら!兄様が補佐になってから、仕事は捗っているんですよね」
 「仕事はな。プライベートの時間が欲しいだけだ」
 「「ええっっ!!!!??」」

 私以外が一斉に驚いた。

 至極真っ当な発言ではないだろうか。

 休みは大事だよ。たまの息抜きでガス抜きをしないと。

 常に張り詰めていると疲れる。頑張るのは良いことだけど、頑張りすぎるのは良くない。

 「お、叔父……叔父上!体調が優れないのですか」

 動揺しすぎでは?

 レイが仕事人間であることはうすうす気付いてはいたよ。仕事が趣味の大人は珍しくない。

 真面目な人間なほど、そうなる傾向にあると昔観たテレビで言っていたような。

 言わなかったかもしれないけど。

 この際、どっちでもいいか。曖昧な記憶だし。

 「まさか!シオンですか!!?」
 「……何がだ?」
 「だって叔父上。やたら部屋から出るようになったし。魔力コントロールだって俺達より時間取ってるじゃないですか。それはつまり、シオンに好意を……」
 「レック。お前がそこまでバカだったとは思いもよらなかったな」

 レイが人を好きになる姿が想像出来ない。兄である王様のために人生の全てを捧げた。

 私は本人から語られたからこそ、特別な感情を抱く女性を作らないと知っている。

 「そういうお前はどうなんだ、レック?随分、レディーと距離が縮まったようだが」
 「そうですよ団長!シオン様のことを女神様と崇めていたではありませんか!」
 「恋焦がれていたのを、我々は知っているんですよ!」
 「恋心と崇拝は別物だ!!」

 ハッキリと断言した。

 オルゼが私に向ける感情に恋心なんて一ミリも含まれていない。淀みのない崇拝心。

 援護するわけではないけど、私達が友達であると告げると団員達はガッカリしていた。

 訓練と討伐に明け暮れるオルゼに春が訪れたことは一度としてない。第二のレイになりつつある。

 ──十五歳ならそんなもんじゃない?

 そんなに心配しなくても王族なら、いずれ結婚相手は見つかる。

 私だって好きな人はいないし。

 「シオンは叔父上のような人はどう?」
 「どうって……。前にも言わなかったけ?素敵な紳士だと思うよ」

 オルゼには言ってなかったかも。レイ本人が歳の差を気にしていたから、素敵な殿方を答えた。

 「それだけ?あんなクソ野郎よりもシオンにお似合いだよ」

 ふふ。ヘリオンのことをクソ野郎なんて。汚い言葉遣いにレイが睨む。

 苦笑いをしながら頬を掻く。レイと目が合わないように背を向けた。

 私は誰も好きにならないと言ったはずなのに、私とレイがお似合いだなんて。

 「私ね。好きな人はいないけど、愛している人はいるわ」
 「誰!?」

 身を乗り出してきた。

 両肩を掴まれて逃げ場がない。あまりの迫力に思わずたじろぐ。

 私を取り囲む団員達の目も大きく見開かれている。

 ──みんなレイを習って!!

 一人距離を取り、お昼寝を楽しむノアールの背中やお腹を撫でる。

 あれ!あれでいいの!適正な距離感!!

 眠りの妨げをしない手付きに、ノアールは気持ち良さそう。

 イケメンの割合が多いとはいえ、いかつい面々もいらっしゃるわけで。その筋の人に追い詰められているみたいで怖い。

 それぞれが相手を推測し始める。

 リーネットで私が接した異性は限られていて、まずはそこから絶対に違うであろう人を除外していく。

 王様は結婚しているしスウェロには婚約者がいる。

 レイとオルゼ。一番可能性がありそうな二人も。

 ハースト国民は眼中にすら入っていない。

 騎士団に務めているほとんどは独身。エノクも。

 出会いがないと嘆きながらも、恋愛に臆病になっている。命を懸ける仕事だ。幸せにしたい最愛の人を、自分の死で不幸にしたくない。そんな優しさが未だに独身を貫かせていた。

 「その男は俺達も知ってる奴?」
 「ええ。当然」

 益々、わからないという顔。

 難しいことはない。深く考えないで、普段の私を見ていると想像がつくのに。

 ──というか私、前に言ったような気がするんだけど。

 肩を掴む手に力が込められる。

 面白がって黙っていると、ヘリオンに未練があるのではと呟いた。

 「それはない!絶対に!ありえないから!!」

 全力で否定した。

 ヘリオンはただの政略結婚の相手。愛があってたまるか。

 将来、屋敷の外に連れ出してくれるという利点があっただけで、陰で「おぞましい姿」などと中傷するような男。万が一にも、好きになりたくもない。

 「他に誰が……」
 「もう。いるでしょ、一人」
 「んー……。アル兄様?」

 残念ながら会ったこともない人こそ対象外。

 首を傾げるオルゼは、どうやら答えが導けない。

 「ノアールよ」
【わふぅ……呼んだぁ?】

 とろんとした目をパチパチさせながら、おぼつかない足取りで歩いて来る。

 途中でレイに抱っこされていたけど。

 「すまない。起こしてしまったようだ」
 「ううん。私が名前を言ったから、聞こえたんだと思う」

 ノアールを受け取った。

 太陽をいっぱい浴びた体はポカポカしている。干した布団のようなお日様の匂い。


 人前でなければ、この体に思いっきり顔を埋めていた。

 「私はノアールを世界で一番愛しているの。だから、他の人を好きになったりしないわ」

 オルゼはどこか納得したように手を離してくれた。同時にレイに視線を向ける。

 レイもほぼ無意識にオルゼを見ていて、二人の視線が交わった。

 なぜ、だろうか。二人が今、何を思っているのか気になってしまう。

 団員達は安堵して、私とノアールがお似合いだと盛り上がる中で二人だけが悲しみにも似たような表情を浮かべているんだ。

 発言を取り消すなんて私には出来なくて。言わなければ良かったと後悔もない。

 ただ……気になってしまうだけで。

 「レディー。そろそろ特訓に入らないのか」

 私の視線に気付いて話題を変えた。

 触れないほうがいいのか。

 これでも空気は読めるほうだ。触れて欲しくない、触れてはいけないことに首を突っ込むつもりはない。

 私を仲間外れにしているつもりではないからこそ、不貞腐れる理由なんてどこにもないな。

 オルゼは何かを思い出したかのように「あっ!」と叫んだ。

 「叔父上!魔道具!!」

 まだ諦めていなかった。というより、諦めるつもりがない。

 頼み事があるときは一方的にやってもらうのではなく、こちらが相手の利になることをして交渉したらいいんじゃないかな。

 私も昔は、お菓子やオモチャを買ってもらおうとお手伝いを頑張ったものだ。

 オルゼも何かしらの対価を払わないと。

 宰相の仕事を手伝うとかさ。

 「自分でやれ」

 冷たく突き放された。

 私の特訓からかなり脱線してしまい、傷を負った数人を前に呼んだ。

 血はすっかり止まっていて、数日もすれば傷跡も残らない。

 両手をかざして傷口と一緒に腕も包み込む。このときに治すことだけに意識を集中させる。

 そうしないと腕ごと消してしまうから。

 かすり傷程度なら余裕で治せるので、ちょっと調子に乗っているとレイにとんでもない課題を出されてしまった。

 「魔道具の組み込みはレディーにやってもらうとしようか」
 「……はい?」

 ドSのような黒い笑みは背筋を凍らせる。

 ──貴方の叔父上、めっちゃ怖いんですけど!?

 嫌と言えば金輪際、特訓に付き合ってくれないだろう。

 そんな大人気ない真似をするわけがないだろうけども!

 助けを求められる強者つわものは皆、明後日の報告に目を向ける。頼みのオルゼは驚きながらも、レイの発言に胸を踊らせている様子。

 待ってオルゼ。よく考えて!

 私は魔道具を組み込めることさえ知らなかったんだよ!?

 ど素人中のど素人に任せたら失敗しかしないって、わかってるよね!?

 断れない、いや。断らさせないオーラに私は喜んで引き受けるしかなかった。
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。 了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。 テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。 それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。 やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには? 100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。 200話で完結しました。 今回はあとがきは無しです。

魅了の対価

しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。 彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。 ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。 アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。 淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

【完結】魔術師なのはヒミツで薬師になりました

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
 ティモシーは、魔術師の少年だった。人には知られてはいけないヒミツを隠し、薬師(くすし)の国と名高いエクランド国で薬師になる試験を受けるも、それは年に一度の王宮専属薬師になる試験だった。本当は普通の試験でよかったのだが、見事に合格を果たす。見た目が美少女のティモシーは、トラブルに合うもまだ平穏な方だった。魔術師の組織の影がちらつき、彼は次第に大きな運命に飲み込まれていく……。

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

オネエ伯爵、幼女を拾う。~実はこの子、逃げてきた聖女らしい~

雪丸
ファンタジー
アタシ、アドルディ・レッドフォード伯爵。 突然だけど今の状況を説明するわ。幼女を拾ったの。 多分年齢は6~8歳くらいの子。屋敷の前にボロ雑巾が落ちてると思ったらびっくり!人だったの。 死んでる?と思ってその辺りに落ちている木で突いたら、息をしていたから屋敷に運んで手当てをしたのよ。 「道端で倒れていた私を助け、手当を施したその所業。賞賛に値します。(盛大なキャラ作り中)」 んま~~~尊大だし図々しいし可愛くないわ~~~!! でも聖女様だから変な扱いもできないわ~~~!! これからアタシ、どうなっちゃうのかしら…。 な、ラブコメ&ファンタジーです。恋の進展はスローペースです。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。(敬称略)

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

処理中です...