十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。

あいみ

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罪を裁く者と裁かれる者達の場合

1【sideなし】

 ここは地下。暗くて冷たい。光は当たることなく、ただ薄暗い空間が広がっている。

 幾つもの石壁の部屋が並ぶ。そこにはヘルサン公爵家で捕らえた罪人達が、別々の部屋で拷問を受けていた。

 それは、義兄であるヘルサン公爵からの命令だからではなく、警備隊副隊長としての職務を全うしているだけ。

 本来なら罪を犯した貴族を捕まえることが警備隊の仕事ではあるが、今回の一件はこれまでに取り扱ってきたどんな事件よりも凶悪。

 使用人が主人を、平民が貴族を虐げるなど決して許される行為ではない。許してしまえば秩序が乱れる。

 現伯爵夫人の侍女と、麗しのお嬢様の侍女は、家門は違うが共に子爵家の令嬢。
 貴族でありながら階級も立場も忘れて、伯爵令嬢への非道な仕打ち。

 止めるべき人間が罪に加担した。即刻首をはねられてもおかしくはない。

 「ではもう一度だ。お前達がスカーレット嬢に、一番最初にしたことは何だ?」

 もう何度目か。先に進むことなく、同じ質問だけが繰り返される。

 副隊長フエルテが拷問するのは、最初にルビアの世話を命じられた先輩のメイド。
 ルビアのために新たに雇われた侍女と、未だに王子と結婚する夢を見ている若いメイド。

 厨房でスカーレットに料理を作らせては、汚らしいものが作った物など見ていて吐き気がすると言いながら、目の前で床に捨てては掃除をさせてきた料理人。

 「どうした?早く答えろ」
 「だから!!無視をしたと言っているでしょう!!?」

 メイドは叫んだ。喉が潰れる覚悟で。

 だが……。

 「違う」

 冷酷な目で四人を見下しながらも、フエルテは答えたメイドの手を踏み付けた。

 爪を剥ぎ、へし折った指に体重をかければ痛みのあまり絶叫する。

 フエルテは姉に似て綺麗な顔立ちをしていた。結婚する前は多くの女性から交際を申し込まれるほど。

 その美しい顔に感情は一切なく、ただただ副隊長としての責を果たす。

 「なぜ……私達がこんな目に……」

 侍女の口から零れた本音と、絶望に揺れる瞳。痛みを感じなければとっくに気を失っていた。

 「安心しろ。他の部屋でも同じことが行われている」

 誰もが、警備隊からの質問に対する答えを間違っているのだ。だから、事は一向に先に進まない。

 出口のない迷路に迷い込んだかのように。

 拷問を早く終わらせたいのなら、間違った答えを正しく導き出せばいいだけのこと。これほどまでに単純で簡単なことはない。

 罪の意識が少しでもあれば、一番最初にスカーレットにしたことを「無視をした」なども言うはずがなかった。

 フエルテはやめない。痛みを与えるだけの拷問を。
 罪の意識を持たせることを目的としていないため、加減をするつもりはなかった。

 「さぁ、答えろ。お前達はスカーレット嬢に何をした?」

 答えない。何も。

 無視をした、が正解のはずなのに、目の前の男は自分達を、いたぶりたいがために嘘ばかりつく。

 無視をしたのが始まり。当事者が言うのだから間違いない!!

 味わったことのない痛みに次々と襲われ、心身共に限界がきていた。
 痛いのはもう嫌だ。悪趣味な男に付き合うつもりはない。このまま沈黙を貫き通せば、終わりはくる。

 「はぁ」

 四人の考えることなど手に取るようにわかる。互いに目配せをして、口を固く閉ざす。

 短いため息をついたフエルテの手が、震える若いメイドの耳に向かう。彼の動きは熟練されており、一瞬のうちに切り落とされた。
 これまでとは比べ物にならない若いメイドの悲鳴が地下室に響き渡る。

 他の部屋にも届いているであろう叫び声は、恐怖心を煽るには打って付け。

 かつてない痛み。冷たいすきま風が傷口に触れて、更なる激痛を引き起こす。

 手で耳を覆いたいのに、骨が折れた腕は肩より上には上がらない。

 「ひっく……、ひど……私、何もしてないのにぃ」

 その言葉はフエルテの逆鱗に触れた。

 何もしていなければ、こんなことにはなっていない。

 うずくまる若いメイドの髪を掴み、力任せに顔を上げさせた。こんな状況でなければ、ときめいてしまう美しい顔に至近距離から見つめられる。

 「俺はお前達が、お嬢様のために何をしたのかと聞いたんだ」

 なぜ……。なぜこんな簡単なことに答えられない?

 フエルテの苛立ちは募るばかり。

 ここに連れられた全員は裏切ったのだ。何もしていないスカーレットを。ありもしない妄言にまどわされて。

 それこそが一番最初に犯した罪。

 若いメイドから手を離し、深く息を吸って気持ちを落ち着かせていたそのとき、鋭い眼差しを持つリヒトが静かに現れた。

 彼の冷たい視線はまるで氷のように冷え切っている。言葉を交わす間もなく、リヒトは一瞬の躊躇もなく剣を振り上げた。料理人の首が一瞬で斬り落とされ、その体は無言のまま床に倒れる。

 あまりにも突然の出来事に、料理人は死の恐怖を感じる暇もなかった。周囲の空気は一変し、静寂が牢獄を包み込む。

 「あのー、隊長。この罪人達から罪を吐かせることが俺の仕事なんですけど」
 「一人くらいいなくなっても構わないだろう?」
 「それはまぁ……」

 かつて、ここまで怒りに飲み飲まれたリヒトは見たことがなかった。

 重苦しい空気が狭い部屋に充満する。

 身分を抜きにしてもリヒトは警備隊隊長。逆らえるわけがない。

 しかも、今の発言は確認ではなく命令に近かった。一人くらい見逃せと。
 それだけでリヒトが冷静さを取り戻すなら安いものだ。フエルテは小さくうなづいた。

 どちらにせよ、彼らは罪人。明確な罪の裏付けが終われば、後に待つのは処刑。訪れる死が早いか遅いかの違いなのだ。

 むしろ、死を感じなくて済む分、処刑よりも良かったかもしれない。

 「ひっ……!!」

 メイドの目の前に転がる斬られた首は、まだわずかに目を見開き、驚きの表情を浮かべているようにも見えた。

 拷問で受ける痛みと、死の恐怖は全くの別物。
 突如として迫ってきた死に、逃れられない恐怖が襲ってくる。

 「な、何よあんた!!この人殺し!!」
 「罪人如きが気安く殿下に話しかけるな」

 ルビアにパーティーの招待状が届いたことは一度としてない。仮に病弱じゃなかったとしても、届かなかっただろう。
 理由は一つ。平民の血を引いているからだ。

 血筋に厳しい貴族社会はルビアが表舞台に立つことを嫌い、許さない。

 スカーレットに届いた招待状は全て、欠席の返事を出した。
 当然だ。ジュエール家のお嬢様、ルビアがパーティーに出席出来ないのに、醜い赤毛が人前に出たら伯爵家の品位が下がる。

 つまり、貴族の誰とも付き合いのないルビアは、第二王子リヒトの顔を知らない。
 そのリヒトでさえ社交の場に出ることがないので、リックフォードもリヒトがどんな容姿をしているのか見たことがなかった。

 「もしかして……リヒト殿下!?わぁ、私のこと助けに来てくれたんですね!嬉しい!!」

 その言葉にリヒトは戸惑いを隠せない。若いメイドの明るさはこの暗い牢獄の中で異質に輝いている。

 ルビアはリヒトの容姿を想像するしかなかった。王族でありながら人前に出ないのは醜いからだと決めつけていた。

 事実、その通りだ。リヒトは王族の品位と威厳のために太っている自分は人前に出るべきではないと思っていた。

 だが、それはもう過去のこと。今では誰からも好意を寄せられるほどの容姿。

 そんなことを知るはずもないルビアは、平民のメイドには王族であろうと醜い男がお似合いたと、心の中では嘲笑っていた。

 そして、身分も外見も全てが完璧なリックフォードと結婚する自分に酔っていたのだろう。

 「どうして僕が罪人を助ける必要がある?」
 「ルビア様が言ったんです。私は可愛いって。第二王子ともお似合いだとも」

 主が主なら、使用人も使用人。取り憑いた妄想は常人には計り知れない何かがあった。

 絶望から希望を見出した若いメイドの異常さは、公爵から聞いた話を遥かに上回る。

 目の前で転がる同僚の首にも怯えることはなくなった。恐怖よりも、これから待ち受ける数々の幸せに比べれば、赤の他人の死など些末なこと。

 そんな若いメイドにとって、窮地に駆け付けてくれたリヒトは、物語の中の王子様そのもの。彼の助けはまるでおとぎ話の一場面のようで、その心に小さな火を灯した。

 一人勝ち誇った若いメイドの笑みは先輩メイドに向けられる。格の違いを見せつけるかのように。

 こんなカッコ良い王子様に愛されて結婚する平民わたし。人生の勝ち組である。
 宝石もドレスも買い放題。

 ノロマとバカにしてきた家族や友人を見返すことが出来る。
 リヒトに頼んで自分を侮辱した人を全員、晒し首にしてもらおう。
 お姫様気分に浮かれる若いメイドに対してリヒトの瞳は冷たく、夢見る世界を一蹴するように口を開いた。

 「僕が愛しているのはスカーレットだけだ」
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