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1章
少年の目覚め
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アルコールに混ざる不愉快な消毒液の匂い、
全身を刺すような体の痛みと、思い通りに動かない重く鈍い怠さのある体。
差し込む陽の光が顔面に直撃しているのだろう。
眩しくて仕方ないと言うのに、俺の体は指一本動かせなくて、せめて状況を確認しようとするのに、瞼が重くて堪らなかった。
「ん…」
柔らかいベッドを背に感じる。このまま寝ていたい。しかし、ここで誘惑に負けてはいけないと本能が告げているのだから、仕方ないと少しずつ目を開けた。
やがて視界に入ったのは、真っ白い天上。
続いて真っ白い布団。傍には俺と繋がる点滴の管も見える。
「…っ」
ここは何処かの病院だろうか?
病院?なぜ?
慌てて体を起こすと、その瞬間駆け巡るようにビリビリと痛みが全身を駆け巡り、脳天にまで衝撃が走る。声を出そうにも、乾燥しているのだろうか、喉がヒリついて声が出ない。
ここは?なんなんだ?俺はどうしてここにいる?
頭がぼうっとして、白い霧が掛かっているようだ。
「ゲホッ、こ、」
ここは?そう呟いたはずなのに、半分も声が出なかった。混乱する。一体どうしたと言うのか。
目を白黒させていると、突如シャッと音が鳴り、カーテンが勢いよく開かれた。
「お、起きたか。おはよう」
「っ!」
その瞬間、体が弾かれたように動き、男から距離をとる。
なにをするかも分からないのに、咄嗟に右手を前に出して構えていた。
激しく引っ張ったその反動で、腕に刺さっていた針が抜け、ガシャンと倒れた点滴スタンドから派手な音が部屋中に響き渡った。その音に驚き、肩を震わせたのも束の間、追いつくように身を裂かれる程の衝撃が体を貫いて、俺は崩れるようにその場に膝をついた。
「ーーーーっ!」
「おい!お前っ」
痛い。痛いなんてもんじゃない。身がちぎれてしまうかと思った。あまりの激痛に声も出ないが、男が手を伸ばしてきたのを見て、それを振り払い触るなと視線だけで訴える。
「おい、落ち着け。俺は何もしない」
「…っ、」
「痛いに決まってるだろう。馬鹿が」
「…!」
「お前、声、出ないのか?」
「で、るっ」
痛むだけだ。かすれる声で絞り出せば、目の前の男はあーー…と頭を掻きながら呟いた。
少し面倒臭そうな顔をしたかと思えば、おもむろに人差し指を俺の喉元に指さす。
そこは致命傷だ。攻撃される!
咄嗟に身を守るために両腕で顔の前にクロスさせて、キュッと痛みに備えていたのに、待てども待てども一向に痛みは訪れなかった。
「?」
微かに瞼を開くと、人差し指は相変わらずこちらに向けられているが、痛みはなかった。
代わりに喉がじんわりと温かくなくなり、痛みが和らいでいく。
そして、そこから全身に熱が広がるように、微かにだが体の痛みも引いていっている気がした。
「聞け、何度も言う。俺に敵意はない。俺はお前に攻撃するつもりは無い」
「…」
「というか出来もしない。怪我をさせる理由がない」
真剣な表情は、少年を困惑させた。
こいつは一体何者なのだろうか。分からない。分からないからこそ恐ろしかった。得体が知れないのだ。
「ほら、終わった」
「え」
「声、出るようになったろ」
その言葉に驚いて右手で喉元を掴む。そのまま「あー、あー」と呟くと、確かに引っ掛かりを覚えることも無く、スムーズに声が出た。痛みもない。
「何した」
「治療」
「なぜ」
「話がしたいからな」
あっけらかんという言葉に、不信感が積もる。
何故?見ず知らずの人間に?
意図を測りかね、立ちすくむしか出来ない己に、再度近づいた男は、中指と人差し指で輪っかを作った。
何をするつもりなのかと疑問を浮かべながら、じっとその指先を見つめていると、その指先が額に当てられ、次の瞬間にはバチンという音と共に衝撃が脳天を貫いた。
己の額から出たとは思えない鈍い音と共に、痛みが走る。思わずよろけてしまい、ぺたりとその場に座り込んだ。
「いっ、痛っ!」
「俺の言葉、分かるか」
「何する!」
「話せるなら体ではなく口を動かせ。そして体は大人しく寝ていろ。傷は最低限しか治療してねぇんだよ」
デコピン、と言うやつだろうか。
あまりにも鈍い痛みに、恐る恐る額を擦ると、熱を持っている。これは絶対に赤く腫れている。こいつは何なんだ。
「攻撃する意図はないんじゃないのか」
「無いな」
「い、今ので怪我増えたけど」
「あ、たしかに」
どうでもいいような口調でそう呟く男。
恐る恐るその男を見上げると、何事も無かったかのような顔でそいつはベッドを指さしていた。
「いい加減早く寝ろ」
「……お前なんなの?」
「この学校の先生だ」
「は?」
「この話は追々でいいだろう。どうやらまだお前には睡眠が必要なようだしな。起きてからまた話そう。寝ろ」
「いやいや、まだ話は…」
「次はグー。腹で強制安眠コースだが」
話すも何も、結局暴力じゃねぇか。そしてそれは安眠とは言わない。そう言おうにも、男は見せびらかすように手を握り締めてそれを見せつけてくる。抵抗する気力もない俺に殺る顔だ。本気の顔をしている。
まるで言いなりのようになってしまい、少し不服であるが仕方がない。致し方ない。眠いのも確かであったし、体中が悲鳴をあげているのも事実であった。
俺は真っ白の掛け布団を捲りあげ、渋々またその間に滑り込む。
…柔らかい。
「お前が今すべきことは、無理に起きることじゃなくて寝ることだ。体力を回復させろ」
子守唄のようであった。
男の柔らかい声が、右から左に流れていく。
意識が遠のく。急な睡魔に襲われて、意識が遠ざかっていくのを感じた。
「いい、逆らうな。起きようとするな。何もしねぇからそのまま寝ろ。回復したら全て話してやる」
先程までとは違う優しい声。労るような、そんな安心する温かい声。
重たい重たい瞼を少しだけ開いて、俺はその男を見つめた。歳は20代後半と言ったところだろうか?センター分けの前髪に、襟足は少しだけうねっており、艶のある黒髪。
瞳は赤のような、紫のような、そんな不思議な色をしていた。微かに目が合えば、少し細められたのを最後に、俺は睡魔に負けて意識が飛んだ。
だって仕方がない。
この場に似つかわしくないタバコの匂いが、何故か己を酷く安心させたのだ。眠い、とても。
「おやすみ」
全身を刺すような体の痛みと、思い通りに動かない重く鈍い怠さのある体。
差し込む陽の光が顔面に直撃しているのだろう。
眩しくて仕方ないと言うのに、俺の体は指一本動かせなくて、せめて状況を確認しようとするのに、瞼が重くて堪らなかった。
「ん…」
柔らかいベッドを背に感じる。このまま寝ていたい。しかし、ここで誘惑に負けてはいけないと本能が告げているのだから、仕方ないと少しずつ目を開けた。
やがて視界に入ったのは、真っ白い天上。
続いて真っ白い布団。傍には俺と繋がる点滴の管も見える。
「…っ」
ここは何処かの病院だろうか?
病院?なぜ?
慌てて体を起こすと、その瞬間駆け巡るようにビリビリと痛みが全身を駆け巡り、脳天にまで衝撃が走る。声を出そうにも、乾燥しているのだろうか、喉がヒリついて声が出ない。
ここは?なんなんだ?俺はどうしてここにいる?
頭がぼうっとして、白い霧が掛かっているようだ。
「ゲホッ、こ、」
ここは?そう呟いたはずなのに、半分も声が出なかった。混乱する。一体どうしたと言うのか。
目を白黒させていると、突如シャッと音が鳴り、カーテンが勢いよく開かれた。
「お、起きたか。おはよう」
「っ!」
その瞬間、体が弾かれたように動き、男から距離をとる。
なにをするかも分からないのに、咄嗟に右手を前に出して構えていた。
激しく引っ張ったその反動で、腕に刺さっていた針が抜け、ガシャンと倒れた点滴スタンドから派手な音が部屋中に響き渡った。その音に驚き、肩を震わせたのも束の間、追いつくように身を裂かれる程の衝撃が体を貫いて、俺は崩れるようにその場に膝をついた。
「ーーーーっ!」
「おい!お前っ」
痛い。痛いなんてもんじゃない。身がちぎれてしまうかと思った。あまりの激痛に声も出ないが、男が手を伸ばしてきたのを見て、それを振り払い触るなと視線だけで訴える。
「おい、落ち着け。俺は何もしない」
「…っ、」
「痛いに決まってるだろう。馬鹿が」
「…!」
「お前、声、出ないのか?」
「で、るっ」
痛むだけだ。かすれる声で絞り出せば、目の前の男はあーー…と頭を掻きながら呟いた。
少し面倒臭そうな顔をしたかと思えば、おもむろに人差し指を俺の喉元に指さす。
そこは致命傷だ。攻撃される!
咄嗟に身を守るために両腕で顔の前にクロスさせて、キュッと痛みに備えていたのに、待てども待てども一向に痛みは訪れなかった。
「?」
微かに瞼を開くと、人差し指は相変わらずこちらに向けられているが、痛みはなかった。
代わりに喉がじんわりと温かくなくなり、痛みが和らいでいく。
そして、そこから全身に熱が広がるように、微かにだが体の痛みも引いていっている気がした。
「聞け、何度も言う。俺に敵意はない。俺はお前に攻撃するつもりは無い」
「…」
「というか出来もしない。怪我をさせる理由がない」
真剣な表情は、少年を困惑させた。
こいつは一体何者なのだろうか。分からない。分からないからこそ恐ろしかった。得体が知れないのだ。
「ほら、終わった」
「え」
「声、出るようになったろ」
その言葉に驚いて右手で喉元を掴む。そのまま「あー、あー」と呟くと、確かに引っ掛かりを覚えることも無く、スムーズに声が出た。痛みもない。
「何した」
「治療」
「なぜ」
「話がしたいからな」
あっけらかんという言葉に、不信感が積もる。
何故?見ず知らずの人間に?
意図を測りかね、立ちすくむしか出来ない己に、再度近づいた男は、中指と人差し指で輪っかを作った。
何をするつもりなのかと疑問を浮かべながら、じっとその指先を見つめていると、その指先が額に当てられ、次の瞬間にはバチンという音と共に衝撃が脳天を貫いた。
己の額から出たとは思えない鈍い音と共に、痛みが走る。思わずよろけてしまい、ぺたりとその場に座り込んだ。
「いっ、痛っ!」
「俺の言葉、分かるか」
「何する!」
「話せるなら体ではなく口を動かせ。そして体は大人しく寝ていろ。傷は最低限しか治療してねぇんだよ」
デコピン、と言うやつだろうか。
あまりにも鈍い痛みに、恐る恐る額を擦ると、熱を持っている。これは絶対に赤く腫れている。こいつは何なんだ。
「攻撃する意図はないんじゃないのか」
「無いな」
「い、今ので怪我増えたけど」
「あ、たしかに」
どうでもいいような口調でそう呟く男。
恐る恐るその男を見上げると、何事も無かったかのような顔でそいつはベッドを指さしていた。
「いい加減早く寝ろ」
「……お前なんなの?」
「この学校の先生だ」
「は?」
「この話は追々でいいだろう。どうやらまだお前には睡眠が必要なようだしな。起きてからまた話そう。寝ろ」
「いやいや、まだ話は…」
「次はグー。腹で強制安眠コースだが」
話すも何も、結局暴力じゃねぇか。そしてそれは安眠とは言わない。そう言おうにも、男は見せびらかすように手を握り締めてそれを見せつけてくる。抵抗する気力もない俺に殺る顔だ。本気の顔をしている。
まるで言いなりのようになってしまい、少し不服であるが仕方がない。致し方ない。眠いのも確かであったし、体中が悲鳴をあげているのも事実であった。
俺は真っ白の掛け布団を捲りあげ、渋々またその間に滑り込む。
…柔らかい。
「お前が今すべきことは、無理に起きることじゃなくて寝ることだ。体力を回復させろ」
子守唄のようであった。
男の柔らかい声が、右から左に流れていく。
意識が遠のく。急な睡魔に襲われて、意識が遠ざかっていくのを感じた。
「いい、逆らうな。起きようとするな。何もしねぇからそのまま寝ろ。回復したら全て話してやる」
先程までとは違う優しい声。労るような、そんな安心する温かい声。
重たい重たい瞼を少しだけ開いて、俺はその男を見つめた。歳は20代後半と言ったところだろうか?センター分けの前髪に、襟足は少しだけうねっており、艶のある黒髪。
瞳は赤のような、紫のような、そんな不思議な色をしていた。微かに目が合えば、少し細められたのを最後に、俺は睡魔に負けて意識が飛んだ。
だって仕方がない。
この場に似つかわしくないタバコの匂いが、何故か己を酷く安心させたのだ。眠い、とても。
「おやすみ」
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