魔法通りの魔法を使わない時計屋さん

新城かいり

文字の大きさ
6 / 12

しおりを挟む
「リリカ~、あいつがいると落ち着かないよ~。もうさっさと魔法使ってそれ直しちゃいなよ~」
「い~やっ!」
「でもさ~、本当に夜までいられたらどうするの?」
「……流石にそれはないと思いたいけど」
「明日も、明後日も、ずーっと来るかもしれないよ?」
「う……」

 リリカが嫌そうに顔を歪める。

「それとオレ、あの人どこかで見た気がするんだ」
「どこで」
「それは、わからないけど……絶対、どこかで見たと思う」
「あれだけの顔、一度見たら忘れないと思うけど」

 それを聞いてピゲは少し意外に思った。

「リリカ、実はああいう顔が好みだったりする?」
「そういう意味じゃない! 昨日言ったでしょ。苦手なタイプだって」
「ふーん」
「はぁ。……紅茶くらいは入れたほうがいいかしらね」

 そう言いながらリリカは億劫そうに奥のキッチンにお湯を沸かしに行った。

 ――リリカの浮いた話をピゲは今まで聞いたことがない。人間の20歳なら恋人くらいいてもいいのに。でもリリカの恋人をピゲは全く想像できなかった。



 ボーン、ボーンと振り子時計が12回鳴り終わった頃に男は戻ってきた。

「私、《普通の》って言いましたよね?」
「いやぁ、だって可愛かったから。僕も同じのを買ったんだ。ほら」

 男が買ってきたサンドイッチはいつもリリカが買う《普通の》ではなく、子供向けのピカピカと光るサンドイッチだった。
 しかし買ってきてもらって文句は言えない。仕方なくリリカはお礼を言ってにこにこ顔の男からそれを受け取った。ハムサンドはいつもと同じでピゲはほっとした。

 カチャ、とリリカは男の分の紅茶をカウンターに置く。

「良かったらどうぞ。お砂糖いります?」
「あぁ、ありがとう。もらおうかな」

 頬をピカピカと光らせながら立ち上がった男を見てリリカは心底呆れた顔をした。
 カウンター奥に座り自分もその光るサンドイッチを食べながら、リリカは訊く。

「この時計、どこで手に入れたんです?」
「え? あぁ、知り合いからね、直せないかって相談されたんだ」
「あなたのものじゃないんですね」
「うん。でも、すごくお世話になっている人でね。だから、君が直してくれたらその人も喜ぶんだけどな」

 ティーカップ片手ににっこりと笑った彼に、リリカはカウンター越しに半眼で答える。

「残念ながら、ここにいても時間の無駄ですよ」
「なぜ君は魔法を使わないんだい?」

 またリリカの嫌がる質問だ。ピゲはハムサンドを食べながらまた耳を伏せた。――でも。

「この店を開くときに決めたんです。時計修理に魔法は使わないって」

 そうリリカが溜息交じりに話し始めピゲはちょっと驚いた。話してしまった方が諦めると思ったのだろうか。

「なぜ」
「魔法がなくても時計修理は出来ますから。私の時計職人としてのプライドです」
「プライド、か」
「はい」

 リリカが頷くと男はそこから見える作業台へ視線を移した。

「君のおじいさんも、時計職人だったのかい?」
「え? あぁ」

 リリカの作業台に飾られたじぃじの写真を見つけたようだ。

「そうです。私の師匠なので」

 じぃじの写真を見つめながらリリカが誇らしげに答える。そんなリリカを見て男が優しく微笑むのをピゲは見ていた。

「そう。……ご馳走様。とても美味しい紅茶だったよ」

 カチャとティーカップをカウンターに置いて男は笑った。

「あ、いえ。こちらこそサンドイッチご馳走様でした。ピゲの分まで」
「今日はこの辺でお暇するとしよう」
「え」

 彼はドアの前まで行くと帽子をかぶり笑顔で手を振った。

「また来るよ。じゃあね、リリカちゃん、ピゲ」

 急に名前を呼ばれてピゲの尻尾はちょっと膨らんでしまった。
 そうして彼はカランコロンというベルの音と共に店を去って行った。

「……また、時計置いてった」


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く 

液体猫(299)
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞受賞しました(^_^)/  香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。  ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……  その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。  香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。  彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。  テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。  後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。  シリアス成分が少し多めとなっています。

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

処理中です...