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Ⅵ
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「リリカ~、あいつがいると落ち着かないよ~。もうさっさと魔法使ってそれ直しちゃいなよ~」
「い~やっ!」
「でもさ~、本当に夜までいられたらどうするの?」
「……流石にそれはないと思いたいけど」
「明日も、明後日も、ずーっと来るかもしれないよ?」
「う……」
リリカが嫌そうに顔を歪める。
「それとオレ、あの人どこかで見た気がするんだ」
「どこで」
「それは、わからないけど……絶対、どこかで見たと思う」
「あれだけの顔、一度見たら忘れないと思うけど」
それを聞いてピゲは少し意外に思った。
「リリカ、実はああいう顔が好みだったりする?」
「そういう意味じゃない! 昨日言ったでしょ。苦手なタイプだって」
「ふーん」
「はぁ。……紅茶くらいは入れたほうがいいかしらね」
そう言いながらリリカは億劫そうに奥のキッチンにお湯を沸かしに行った。
――リリカの浮いた話をピゲは今まで聞いたことがない。人間の20歳なら恋人くらいいてもいいのに。でもリリカの恋人をピゲは全く想像できなかった。
ボーン、ボーンと振り子時計が12回鳴り終わった頃に男は戻ってきた。
「私、《普通の》って言いましたよね?」
「いやぁ、だって可愛かったから。僕も同じのを買ったんだ。ほら」
男が買ってきたサンドイッチはいつもリリカが買う《普通の》ではなく、子供向けのピカピカと光るサンドイッチだった。
しかし買ってきてもらって文句は言えない。仕方なくリリカはお礼を言ってにこにこ顔の男からそれを受け取った。ハムサンドはいつもと同じでピゲはほっとした。
カチャ、とリリカは男の分の紅茶をカウンターに置く。
「良かったらどうぞ。お砂糖いります?」
「あぁ、ありがとう。もらおうかな」
頬をピカピカと光らせながら立ち上がった男を見てリリカは心底呆れた顔をした。
カウンター奥に座り自分もその光るサンドイッチを食べながら、リリカは訊く。
「この時計、どこで手に入れたんです?」
「え? あぁ、知り合いからね、直せないかって相談されたんだ」
「あなたのものじゃないんですね」
「うん。でも、すごくお世話になっている人でね。だから、君が直してくれたらその人も喜ぶんだけどな」
ティーカップ片手ににっこりと笑った彼に、リリカはカウンター越しに半眼で答える。
「残念ながら、ここにいても時間の無駄ですよ」
「なぜ君は魔法を使わないんだい?」
またリリカの嫌がる質問だ。ピゲはハムサンドを食べながらまた耳を伏せた。――でも。
「この店を開くときに決めたんです。時計修理に魔法は使わないって」
そうリリカが溜息交じりに話し始めピゲはちょっと驚いた。話してしまった方が諦めると思ったのだろうか。
「なぜ」
「魔法がなくても時計修理は出来ますから。私の時計職人としてのプライドです」
「プライド、か」
「はい」
リリカが頷くと男はそこから見える作業台へ視線を移した。
「君のおじいさんも、時計職人だったのかい?」
「え? あぁ」
リリカの作業台に飾られたじぃじの写真を見つけたようだ。
「そうです。私の師匠なので」
じぃじの写真を見つめながらリリカが誇らしげに答える。そんなリリカを見て男が優しく微笑むのをピゲは見ていた。
「そう。……ご馳走様。とても美味しい紅茶だったよ」
カチャとティーカップをカウンターに置いて男は笑った。
「あ、いえ。こちらこそサンドイッチご馳走様でした。ピゲの分まで」
「今日はこの辺でお暇するとしよう」
「え」
彼はドアの前まで行くと帽子をかぶり笑顔で手を振った。
「また来るよ。じゃあね、リリカちゃん、ピゲ」
急に名前を呼ばれてピゲの尻尾はちょっと膨らんでしまった。
そうして彼はカランコロンというベルの音と共に店を去って行った。
「……また、時計置いてった」
「い~やっ!」
「でもさ~、本当に夜までいられたらどうするの?」
「……流石にそれはないと思いたいけど」
「明日も、明後日も、ずーっと来るかもしれないよ?」
「う……」
リリカが嫌そうに顔を歪める。
「それとオレ、あの人どこかで見た気がするんだ」
「どこで」
「それは、わからないけど……絶対、どこかで見たと思う」
「あれだけの顔、一度見たら忘れないと思うけど」
それを聞いてピゲは少し意外に思った。
「リリカ、実はああいう顔が好みだったりする?」
「そういう意味じゃない! 昨日言ったでしょ。苦手なタイプだって」
「ふーん」
「はぁ。……紅茶くらいは入れたほうがいいかしらね」
そう言いながらリリカは億劫そうに奥のキッチンにお湯を沸かしに行った。
――リリカの浮いた話をピゲは今まで聞いたことがない。人間の20歳なら恋人くらいいてもいいのに。でもリリカの恋人をピゲは全く想像できなかった。
ボーン、ボーンと振り子時計が12回鳴り終わった頃に男は戻ってきた。
「私、《普通の》って言いましたよね?」
「いやぁ、だって可愛かったから。僕も同じのを買ったんだ。ほら」
男が買ってきたサンドイッチはいつもリリカが買う《普通の》ではなく、子供向けのピカピカと光るサンドイッチだった。
しかし買ってきてもらって文句は言えない。仕方なくリリカはお礼を言ってにこにこ顔の男からそれを受け取った。ハムサンドはいつもと同じでピゲはほっとした。
カチャ、とリリカは男の分の紅茶をカウンターに置く。
「良かったらどうぞ。お砂糖いります?」
「あぁ、ありがとう。もらおうかな」
頬をピカピカと光らせながら立ち上がった男を見てリリカは心底呆れた顔をした。
カウンター奥に座り自分もその光るサンドイッチを食べながら、リリカは訊く。
「この時計、どこで手に入れたんです?」
「え? あぁ、知り合いからね、直せないかって相談されたんだ」
「あなたのものじゃないんですね」
「うん。でも、すごくお世話になっている人でね。だから、君が直してくれたらその人も喜ぶんだけどな」
ティーカップ片手ににっこりと笑った彼に、リリカはカウンター越しに半眼で答える。
「残念ながら、ここにいても時間の無駄ですよ」
「なぜ君は魔法を使わないんだい?」
またリリカの嫌がる質問だ。ピゲはハムサンドを食べながらまた耳を伏せた。――でも。
「この店を開くときに決めたんです。時計修理に魔法は使わないって」
そうリリカが溜息交じりに話し始めピゲはちょっと驚いた。話してしまった方が諦めると思ったのだろうか。
「なぜ」
「魔法がなくても時計修理は出来ますから。私の時計職人としてのプライドです」
「プライド、か」
「はい」
リリカが頷くと男はそこから見える作業台へ視線を移した。
「君のおじいさんも、時計職人だったのかい?」
「え? あぁ」
リリカの作業台に飾られたじぃじの写真を見つけたようだ。
「そうです。私の師匠なので」
じぃじの写真を見つめながらリリカが誇らしげに答える。そんなリリカを見て男が優しく微笑むのをピゲは見ていた。
「そう。……ご馳走様。とても美味しい紅茶だったよ」
カチャとティーカップをカウンターに置いて男は笑った。
「あ、いえ。こちらこそサンドイッチご馳走様でした。ピゲの分まで」
「今日はこの辺でお暇するとしよう」
「え」
彼はドアの前まで行くと帽子をかぶり笑顔で手を振った。
「また来るよ。じゃあね、リリカちゃん、ピゲ」
急に名前を呼ばれてピゲの尻尾はちょっと膨らんでしまった。
そうして彼はカランコロンというベルの音と共に店を去って行った。
「……また、時計置いてった」
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