魔法通りの魔法を使わない時計屋さん

新城かいり

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 その夜、金の懐中時計は仕舞わずにカウンター上に置いたままにした。ピゲはぐっすり眠っているリリカの隣に潜り込んで2時28分まで寝付けなかったけれど、結局昨日のような音はしなかった。お蔭でピゲは今日も少しだけ寝不足だ。

 朝から何度目かの大きなあくびをして、ピゲは言った。

「今日も来るかな。あの人」
「さぁ」

 そう答えてからリリカはキズミを外し振り子時計を見上げた。

「まぁ、来るとしたら多分そろそろ……」

 そのときピゲの耳がピンと立ちドアの方を向いた。リリカが呆れ顔で続ける。

「ほら」
「やぁ、リリカちゃん、ピゲ」

 ドアを開け笑顔を覗かせたのはやっぱり彼だった。――が、店内に彼が足を踏み入れた途端リリカとピゲは表情を強張らせた。

「フーっ!」

 彼に向かって、ピゲは全身の毛を逆立て威嚇の姿勢をとる。

「え、ピゲ? どうしたんだい」

 戸惑うように彼がリリカの方を見ると、リリカも険しい顔つきをしていた。

「それはこっちの台詞です。どうしたんですか、ソレ」
「ソレ?」

 リリカは彼を――彼の背後を指さした。

「良くないものが憑いてます」
「えっ」

 驚いて振り返るが何もいない。彼には何も見えていないようだ。
 でも、リリカとピゲには禍々しい気を纏った“ソレ”がはっきりと見えていた。

「とりあえず祓いますので、少し伏せていてください」
「え」

 向き直るとこちらを指さしているリリカの長い黒髪が風もないのにゆらゆらと揺らめいていて、彼は慌てた様子で姿勢を低くした。

「――魔女リリカ・ウェルガーの名において命じます。悪しきものよ、今すぐ彼から離れなさい」

 リリカの目が鋭く見開かれる。

「退!」

 彼女の指から放たれた光が、“ソレ”に向かって矢のように飛んでいくのをピゲは見ていた。光の刺さった“ソレ”は悔しそうな金切り声を上げ、霧散した。
 ふぅ、と息を吐いたリリカを見てピゲも威嚇の姿勢を解く。

「消えましたよ」
「え? あ、ありがとう」

 彼は何度も背後を振り返りながらゆっくりと立ち上がった。

「一体、何がいたんだい」
「わかりやすく言うと、悪魔です」
「悪魔」

 彼はぽかんと口を開けた。

「まぁ、三下でしたけど。……何か、人に恨まれるようなことでもしたんですか?」

 リリカが半眼で言うと彼は心当たりがあるのかバツが悪そうな顔をして、それから苦笑した。

「どうも、僕は人から恨みを買いやすいみたいでね。いや、助かったよ。流石は優秀な魔女さんだ」
「このくらいの退魔法、魔法学校の一年生で習いますよ。まぁ、杖も魔法陣もなしでの退魔法は大分熟練度が高くなりますけど」

 まんざらでもなさそうな顔でリリカが言うと、彼は笑顔で続けた。

「その調子で、時計も直してくれたら嬉しいんだけどなぁ」
「それはお断りします」
「あらら」
「で、今日も居座る気ですか?」

 リリカが溜息交じりで訊くと、彼は口元に手を当て少しの間考えるような仕草をした。

「そのつもりだったんだけど……、今日はこれでお暇しようかな」
「え?」
「朝からお騒がせして悪かったね。また来るから、それまで時計は預かっておいて」

 そうして帽子をかぶり背を向けてしまった彼に、リリカは声を掛けた。

「あ、あの!」
「ん?」
「気を付けてくださいね」

 てっきり、「いい加減持ち帰ってください」とか文句を言うのかと思っていたピゲはびっくりした。
 彼もそうだったのだろうか、一瞬きょとんとした顔をしてからクスクスと笑った。

「ありがとう、リリカちゃん。またね、ピゲ」

 そうしてピゲにも手を振り、彼は店を出て行った。

「……大丈夫かしら、あの人」
「え?」

 ピゲが見上げるとリリカは神妙な顔つきでまだドアの方を見つめていた。

「三下だけど、悪魔は悪魔よ。普通の人は悪魔なんて憑いてないわ」
「確かに……」
「何者なのかしら。あの人」
「人から恨みを買いやすいって言ってたし、実はヤバイお仕事してる人だったりして」
「……」

 冗談のつもりだったのにリリカからはなんの反応もなくて、ピゲは少しだけ耳を伏せた。


 ――それから、ぱったりと彼は姿を見せなくなった。

 カウンター上に置かれた金の懐中時計を見て溜息をこぼすリリカをピゲは日に何度も目撃し、その度自分も小さく溜息を吐いた。


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