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●本編●
34.美味しいご飯で、地固まる。
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エリファスお兄様を見送ったあと、アルヴェインお兄様にエスコート(椅子に座る介助込み)してもらい自分の席に座った。
家族で食事をする際はそれぞれ席が決まっていて、私の座る席はお母様の右隣の位置だ。
椅子に腰掛けてから座りのいい位置になるまでモゾモゾと身動いで、待望の朝食にありつく。
お母様の言った通り、今日の朝食は私の好物ばかりだった。
目の前に並べられた見ただけでも美味しいとわかる料理に、早くも口の中が期待で潤ってしまう。
焼きたてふっかふかの白パン、かぼちゃっぽい野菜の温かいスープ、フルーツの盛り合わせ。
スープの具材やフルーツは食べやすいように小さめに切られていて、全体的に量は控え目だ。
まずはほかほかと湯気をたてるスープから、スプーンで慎重に掬って、口に運ぶ。
幼い体を動かすのは思いの外一苦労だった。
歩いたり走ったり、脚を使うことはだいぶ慣れたが、手先の方は前世の感覚が邪魔をして気を抜くと力加減を誤って、溢してしまいそうなのだ。
練習する機会もなかったので、これから徐々に慣らしていかないと!
プルプル震えてしまったが、粗相することなく無事に一口目をパクつけた。
口の中にじんわり広がる温かさと、野菜の自然な旨味が溶け込んだスープの美味しすぎる味に、自然と笑顔になる。
普段よりも具材がうんと柔らかくして、噛むまでもなく舌の上でホロホロと崩れるほどしっかり煮込まれている。
消化に良いように調理してくれているようだった。
一口食べた後は、食欲が覚醒して、どんどんと食べ進めてしまった。
そしてあっという間にスープ皿の中身をたいらげきって、物足りなさを感じてしまうほどだった。
腹の虫はやっと与えられた食事を満喫した模様、グルグルと喜びもあらわに音をたてている。
恥ずかしいが、仕方ないと諦めるしかない。
消化器官の蠕動運動は私でなくとも意思の力でコントロールすることなど不可能なのだから。
美味しいご飯で、心が一層ほぐれた。
私がホクホク顔で食べ進める様子を、優しい3対の目が見守ってくれている。
夢中で食べている間はそのことに全く気づかなかったが、気付いてしまうと、気になって、食べ物に伸ばす手の勢いが減速する。
食べる様子を観察されていた気恥ずかしさでまごまごしながら、誤魔化すようにパンを手に取り食べやすい大きさに千切っていく。
ふと、他の家族の食事内容がどんなものか気になってきた。
私だけ他の3人とは違うメニューであることは間違いない。
そして私以外にはおかわりが余裕をもった量用意されているのも、テーブルの中央を見れば理解できた。
誰の食事から確認しようかと考えたとき、1番美味しそうな匂いのする方向に視線が吸い寄せられたのは、極々自然な流れだった。
その匂いの発生源は、私から見て左斜め前に座るお父様の前に置かれたメイン料理のお皿だった。
お皿の上の料理をチラ見して…絶句。
ーー朝からステーキとか……ワイルド過ぎる! 匂いだけで…お腹いっぱいになりそう…。ーー
お父様は一見すると食が細そうな見た目をしているが、その予想は見事に裏切られた。
童顔気味なお顔からは想像できないくらい、肉食な事実が判明。
美味しそうだとは思うが、朝からは重すぎる。
病み上がりでなくても遠慮願いたい。
それをパクパクと軽快に食べ進めるお父様を遠い目で見ながら思う。
ーー四捨五入すれば40近いはずなのに、胃袋若っ!! 他にもまだ色々なおかずが盛られてるし、もうなんか見てるのがコワイ!!ーー
胃もたれした心地になりつつ、お父様の左隣りに座すアルヴェインお兄様のメイン料理も確認する。
しかしそちらはワンプレートのお皿に適量ずつ料理が盛られている、お母様と同じタイプの食事内容だった。
インテリな外見に洩れず、肉食っぽさを感じさせないバランスの取れたメニューでひたすら安堵した。
ほっと胸をなでおろしていると、視線を感じた。
そちらを見ると、目尻の下がったお兄様とバッチリ目が合った。
いつから見ていたのか、私の今までの視線の動きを追っていたらしいアルヴェインお兄様がクスリと笑って口を開く。
「物足りないだろうが、今日一日は控え目な量の食事が続くからな。 徐々に量を増やしながら2、3日様子を見る。 それで大丈夫そうなら、普通の食事に戻るから、それまで我慢できるか?」
私はそんなに物欲しそうな目でもしていただろうか?
しかし笑いを含んだ優しい口調でアルヴェインお兄様が尋ねてきたその内容を聞いて、固まる。
ーー2、3日……もぉっ!!? くぅ…、発育途上の幼児から、自由裁量の食事と云う唯一に等しい楽しみを奪うなんて……!! 何で1週間も寝込んでしまったんだ、自分!!!ーー
食べ足りなさに喘ぐくらいなら、たらふく食べて、腹痛に悩まされたいくらいなのに……!
美味しい食事を制限されるなんて…!!
家族の優しさが今ばかりは苦しい!!!
でも…、こんな苦しさなら、耐えられる。
もっと辛くて苦しいコトを、嫌というほど、経験したのだから。
「はい、お兄様…、我慢できます……(泣)。」
声が震えてしまったのは、ご愛嬌。
だって、断腸の思いですから。
許されるなら床に転がって手足をバタつかせて抗議したいですから。
永すぎる夢の後、性格に変化はないけれど、私の精神年齢は一気に老け込んだ……気がする。
成熟しきった精神で、3歳児らしい振る舞いなど、もうどうやっても出来そうにない。
滑舌問題も解消された今となっては、私を苛む幼い要素など皆無だ。
あ、違った。
まだ残されていた。
直情的な感情の起伏の振り幅。
これだけは、まだ解消されていなかった。
しかしコレばっかりは、時が経つことに任せるしかなさそうだ。
思考を脱線させていると、お父様がしげしげと私を見遣りながら、さも意外といった顔で宣った。
「ライラは大人になったねぇ~、てっきり駄々をこねるかと思ったけれど、もうそんなお子様ではなかったかぁ~~! 食べることが大好きだと、認識していたんだがぁ、これは意外だったねぇ~~!! いやはや、子供の成長はあっという間に起きるものだねぇ~~!!! なぁ、アヴィ?」
おそらく『悪い夢』を見ていなければ、貧乏揺すりくらいしてしまっただろうが、それも『駄々をこねる』に分類される行為だとしたら、見通されていた。
食いしん坊であることも織り込み済みのようだ、解せぬ!!
軽い調子はそのままに、感心したようにうんうん、と頷きながら私の成長を喜んでいる。
「ふふっ、そうね、コーネリアス。 ライラちゃんは、とっても物分りが良くてお利口さんね。 本当、いいお姉様になってくれそうで安心だわ。」
ーーあぁっ?! 忘れていた、弟!!! 産まれる…、来月にはって言ってたけど…、今っていったい何時なの??!!ーー
誕生日パーティのときと同じように膨らみ具合が気になり、左隣に座るお母様の腹部を今度は横から確認する。
このお腹……は……出てると、いえるの?
着ている服のデザインが腹部を上手く誤魔化していて視認による判別はまたもや不可能!!
ーー何故っ?! 何でなの~っ??! やっぱり何度見ても、私のほうがぽっこりさんだ!!!ーー
乙女ゲーム(?)の世界世知辛いよ!
おかしいよ、不公平が蔓延しているよ?!
幼女だって妊婦さんよりお腹出てたら普通に傷つくんだよ!!?
「お母様は……とっても着痩せするのですね。」
「? そうかしら…これでも今までで一番長くお腹の中に赤ちゃんが居るのよ?」
「そうなのですか…!?」
もう一度腹部に視線が釘付けられてしまう。
臨月の妊婦さんのお腹の出っ張り具合は全然見当もつかないが、これは出てなさすぎだと思えてしょうがない。
ーー妖精さんだから、妊婦さんでもお腹が目立たないのかしら? そんなのって…ありなの?ーー
「後どれくらい待てば赤ちゃんに会えるのでしょう?」
「そうねぇ~、年は明けてしまいそうねぇ。 もう少しだけ待っていてあげてね。」
「はい、…待ち遠しいです。 お母様は…体調はお変わり無いですか?」
「ふふっ、大丈夫よ、この通りとても元気だわ。 心配してくれてありがとう、ライラちゃん。」
4回目の妊娠ともなれば、慣れたもの、なのだろうか?
ニコニコと朗らかに笑いながら、何の憂いも一抹の不安すらなく明るく答えてくださる。
お母様は今現在26歳のはず…、ゲームの知識と脳裏に残っていた回帰の記憶を照らし合わせて、今の時期は何もないとはわかっていても、前世で出産は命懸けと聞いた覚えがあるので不安が拭えない。
シナリオ通りにことが運ぶだけとは限らないことを、誕生日のパーティーで既に身をもって経験している。
それだけに安易に鵜呑みにして楽観することなど出来なかった。
ーーお母様にもしものことがあったら…私は……。 ゲームのライリエルとは理由が違うとしても、弟を憎悪する姉になってしまうかもしれない…!ーー
不安な気持ちが暗い考えを誘発して、一向に前向きな見解が思い浮かばない。
そんな私の不安しかない表情に気付いたお父様が変わらずの間延びした口調で問いかけてきた。
「んん~~? どうかしたかい、ライラ? そんな不安そうな顔をしてぇ、何がそんなに気掛かりなのかなぁ~~? 我が家のお姫様は?」
「赤ちゃんが産まれるときに、お母様は痛かったり辛かったり…苦しかったりしないか心配で……。」
弟の誕生が慶事であることは十二分に理解している、けれどそれはあくまでお母様の心身の健康と安全が絶対条件として守られている場合での話だ。
この世界の医療水準が前世並みとは思えず、不安しかない。
「あぁ、それは心配ないともぉ~~! お産は全て魔法で行われるからねぇ、陣痛以外は痛くも辛くも苦しくもないともぉ~! ちなみに私も立ち会って手伝うからねぇ!! 大船に乗ったつもりで安心してくれて良いともぉ~~!!」
「え……?」
ーーマ……マーージックぅ~~っ?!!ーー
予想外な返答に仰天してしまった。
魔法がお産にも活用できるなんて、前世かぶれの頭には到底思い描けない盲点の発想もいいところだ。
目から鱗、ときどき、青天の霹靂ものだ。
ポカンと大口を開けて呆けてしまった私の顔が余程可笑しかったのか、ニコニコ顔のお父様とクスクス微笑うお母様が、交互にお互いを補うように説明してくださる。
数十年前までは自然分娩が主流だったそうだが、近年ではお金さえ都合が付けば、魔法分娩に頼るのが上流家庭での傾向なのだという。
施術に関しての詳しい説明は私にはまだ早いとの判断で省かれた。
しかし出血も少なく安全で、産後の肥立ちもとても良いそうだ。
魔法分娩での成功率は99%だそうだ。
胎児の突然死以外には施術ミス等も報告されていないとのこと。
前世で言うところの妊婦健診も魔法を使い行われている。
経過観察を決まった期間で区切って定期的に行い、胎児や母体に問題がなければ陣痛が始まるまでは自然に任せて胎内で生育しきるのを待つ。
破水するか陣痛が始まったら、専門の違う医療魔術師数人が分娩に臨む。
通常は臨月間近になるとお産が終わるまでの間、専属で担当となる医療魔術師全員を自分たちの屋敷に滞在させることになる。
その分費用は嵩むが、背に腹は代えられない。
その点我が家は例外的で、お父様が魔導師であり、転移魔法が使えるため屋敷に滞在はさせていない。
お母様専属の担当医療魔術師たちは所属する医療院にて24時間体制で待機している。
連絡すれば直ぐにでも準備万端整えて転移を待つばかりになるそうだ。
大まかな説明を聞き終えても、開いた口は一向に閉まらない。
かなり画期的な医療体制に、度肝を抜かれた。
正直、甘く見ていた。
ファンタジー世界の医療体制なんて、有って無いような物と思い込んでいた。
思い込みで無意識に見下してしまっていた事に、大いに反省させられた。
そして同時に痛感する。
私は圧倒的に、この世界の情報、知識、常識が不足している。
その現状を今強く意識して認識した。
「そうなのですか…、それなら、お母様も…赤ちゃんも、とっても安全なのですね…?」
「勿論だとも、何の心配もいらないさぁ~!! 私がアヴィの身の安全を第一に確保しないわけがないだろう~?! 降りかかりうるいかなる危険も不安要素も懸念事項も、残しておくはずないさぁ~!! 排除できるものは全て、とっくの昔にきちんとしかるべき対処を完了しているともぉ~~!!」
軽い調子はそのままに、自信たっぷりに言い放つ言葉には揺るぎない信念さえ感じる。
お父様はお母様を本当に心の底から愛しているのだ。
愛妻家なんて言葉では生易しく、お父様の本質を表しきれていないように思える。
お父様がお母様に一目惚れされたことはゲーム知識で知っているが、実際の馴れ初めは本人たちにしか語れない。
いつか2人の口から聞ける日が来るだろうかと、漠然と考える。
いつか聞ける心構えができるのだろうか、とも考えてしまう。
今は愛情に関する事柄に関心を向ける気が起こらない。
「お父様は、お母様のことが大好きなのですね! 素敵です、凄く憧れます!!」
憧れるているのは、本心だ。
でもそれだけのこと。
ーー私には一生縁がない感情ですが。ーー
恋なんてしない、したいとも思わない。
誰かに心を預けきることなんて、今の私にはできないのだから。
恋愛事は他人に任せて、傍観者に徹するに限る。
ーー当事者には死んでもならない。ーー
乙女ゲームシナリオでも『悪い夢』でも、どちらが私の前に立ちはだかる本当の未来であったとしても、かまわない。
逃げられないなら、立ち向かうしか道はない。
乙女ゲームシナリオなら、『死』しかないラスボスに至る人生を変えていきたい。
『悪い夢』なら、『破滅を招く魔女』としての軛から脱したい。
ーー生涯お一人様でも楽しく天寿を全うできるように、全ての障害を取り除いてみせたい。ーー
『悪い夢』の中のライリエルは、愛されない現実が辛すぎて立ち向かいきれなかったけれど、今の私は違う。
ゲームの中のライリエルは、恋愛に重きをおいて結局それが原因で自滅してしまったけれど、その点も、今の私は全く違う。
ーーだって今の私はただのオタクですもの! 恋愛はご法度、ただ純粋に推したちを愛でたい願望のみ!! そしてできれば…見たい、触れたい、触りたい、これを実践したい!!!ーー
鮮烈に刻み込まれた逃れられない『死』の運命に恐怖し怯え惑いもしたが、私の魂が持つ本質は変わらなかった、変えられないと知った。
そして今、美味しいご飯が私に力をくれた!
私には海よりも深くマグマよりも熱い情熱を注ぎ込むべき対象たちがこの世界に確かに存在するのだから!
この世界の何処かで生存する生物推しの存在全てが今の私の生きる糧だ!!
全身全霊をかけて推したちを愛でる、そしてその推したちの幸福を見届けることこそが生き甲斐なのだ!!!
ーー有言実行、初心貫徹!ーー
推したちを愛でつつ、“生命大事に”を新たに合言葉に加え、オタ活を遂行するに限る!!
そのためにも情報収集・魔法習得・好感度維持、そして他にも必要と思われる事柄全て、今からできることをコツコツやっていこうじゃないの!!!
ーー見てろ、どっかにおわして見守って下さるだけの《神》様この野郎!! 身代わりだろうと生贄だろうと、一筋縄で大人しく『死』を待つだけの私だと思うなよ!!ーー
朗らかな陽気に温められた食堂で他愛なく続く会話を表面上は穏やかな表情を取り繕いながら。
食卓テーブルの下、お母様に見られることが無いよう十分配慮して。
ーーバッド・エンドなんてクソ喰らえ!ーー
その感情をありったけ込めて、小さな右手で宣戦布告を告げるように中指を力の限り天に向かって突き立てた。
家族で食事をする際はそれぞれ席が決まっていて、私の座る席はお母様の右隣の位置だ。
椅子に腰掛けてから座りのいい位置になるまでモゾモゾと身動いで、待望の朝食にありつく。
お母様の言った通り、今日の朝食は私の好物ばかりだった。
目の前に並べられた見ただけでも美味しいとわかる料理に、早くも口の中が期待で潤ってしまう。
焼きたてふっかふかの白パン、かぼちゃっぽい野菜の温かいスープ、フルーツの盛り合わせ。
スープの具材やフルーツは食べやすいように小さめに切られていて、全体的に量は控え目だ。
まずはほかほかと湯気をたてるスープから、スプーンで慎重に掬って、口に運ぶ。
幼い体を動かすのは思いの外一苦労だった。
歩いたり走ったり、脚を使うことはだいぶ慣れたが、手先の方は前世の感覚が邪魔をして気を抜くと力加減を誤って、溢してしまいそうなのだ。
練習する機会もなかったので、これから徐々に慣らしていかないと!
プルプル震えてしまったが、粗相することなく無事に一口目をパクつけた。
口の中にじんわり広がる温かさと、野菜の自然な旨味が溶け込んだスープの美味しすぎる味に、自然と笑顔になる。
普段よりも具材がうんと柔らかくして、噛むまでもなく舌の上でホロホロと崩れるほどしっかり煮込まれている。
消化に良いように調理してくれているようだった。
一口食べた後は、食欲が覚醒して、どんどんと食べ進めてしまった。
そしてあっという間にスープ皿の中身をたいらげきって、物足りなさを感じてしまうほどだった。
腹の虫はやっと与えられた食事を満喫した模様、グルグルと喜びもあらわに音をたてている。
恥ずかしいが、仕方ないと諦めるしかない。
消化器官の蠕動運動は私でなくとも意思の力でコントロールすることなど不可能なのだから。
美味しいご飯で、心が一層ほぐれた。
私がホクホク顔で食べ進める様子を、優しい3対の目が見守ってくれている。
夢中で食べている間はそのことに全く気づかなかったが、気付いてしまうと、気になって、食べ物に伸ばす手の勢いが減速する。
食べる様子を観察されていた気恥ずかしさでまごまごしながら、誤魔化すようにパンを手に取り食べやすい大きさに千切っていく。
ふと、他の家族の食事内容がどんなものか気になってきた。
私だけ他の3人とは違うメニューであることは間違いない。
そして私以外にはおかわりが余裕をもった量用意されているのも、テーブルの中央を見れば理解できた。
誰の食事から確認しようかと考えたとき、1番美味しそうな匂いのする方向に視線が吸い寄せられたのは、極々自然な流れだった。
その匂いの発生源は、私から見て左斜め前に座るお父様の前に置かれたメイン料理のお皿だった。
お皿の上の料理をチラ見して…絶句。
ーー朝からステーキとか……ワイルド過ぎる! 匂いだけで…お腹いっぱいになりそう…。ーー
お父様は一見すると食が細そうな見た目をしているが、その予想は見事に裏切られた。
童顔気味なお顔からは想像できないくらい、肉食な事実が判明。
美味しそうだとは思うが、朝からは重すぎる。
病み上がりでなくても遠慮願いたい。
それをパクパクと軽快に食べ進めるお父様を遠い目で見ながら思う。
ーー四捨五入すれば40近いはずなのに、胃袋若っ!! 他にもまだ色々なおかずが盛られてるし、もうなんか見てるのがコワイ!!ーー
胃もたれした心地になりつつ、お父様の左隣りに座すアルヴェインお兄様のメイン料理も確認する。
しかしそちらはワンプレートのお皿に適量ずつ料理が盛られている、お母様と同じタイプの食事内容だった。
インテリな外見に洩れず、肉食っぽさを感じさせないバランスの取れたメニューでひたすら安堵した。
ほっと胸をなでおろしていると、視線を感じた。
そちらを見ると、目尻の下がったお兄様とバッチリ目が合った。
いつから見ていたのか、私の今までの視線の動きを追っていたらしいアルヴェインお兄様がクスリと笑って口を開く。
「物足りないだろうが、今日一日は控え目な量の食事が続くからな。 徐々に量を増やしながら2、3日様子を見る。 それで大丈夫そうなら、普通の食事に戻るから、それまで我慢できるか?」
私はそんなに物欲しそうな目でもしていただろうか?
しかし笑いを含んだ優しい口調でアルヴェインお兄様が尋ねてきたその内容を聞いて、固まる。
ーー2、3日……もぉっ!!? くぅ…、発育途上の幼児から、自由裁量の食事と云う唯一に等しい楽しみを奪うなんて……!! 何で1週間も寝込んでしまったんだ、自分!!!ーー
食べ足りなさに喘ぐくらいなら、たらふく食べて、腹痛に悩まされたいくらいなのに……!
美味しい食事を制限されるなんて…!!
家族の優しさが今ばかりは苦しい!!!
でも…、こんな苦しさなら、耐えられる。
もっと辛くて苦しいコトを、嫌というほど、経験したのだから。
「はい、お兄様…、我慢できます……(泣)。」
声が震えてしまったのは、ご愛嬌。
だって、断腸の思いですから。
許されるなら床に転がって手足をバタつかせて抗議したいですから。
永すぎる夢の後、性格に変化はないけれど、私の精神年齢は一気に老け込んだ……気がする。
成熟しきった精神で、3歳児らしい振る舞いなど、もうどうやっても出来そうにない。
滑舌問題も解消された今となっては、私を苛む幼い要素など皆無だ。
あ、違った。
まだ残されていた。
直情的な感情の起伏の振り幅。
これだけは、まだ解消されていなかった。
しかしコレばっかりは、時が経つことに任せるしかなさそうだ。
思考を脱線させていると、お父様がしげしげと私を見遣りながら、さも意外といった顔で宣った。
「ライラは大人になったねぇ~、てっきり駄々をこねるかと思ったけれど、もうそんなお子様ではなかったかぁ~~! 食べることが大好きだと、認識していたんだがぁ、これは意外だったねぇ~~!! いやはや、子供の成長はあっという間に起きるものだねぇ~~!!! なぁ、アヴィ?」
おそらく『悪い夢』を見ていなければ、貧乏揺すりくらいしてしまっただろうが、それも『駄々をこねる』に分類される行為だとしたら、見通されていた。
食いしん坊であることも織り込み済みのようだ、解せぬ!!
軽い調子はそのままに、感心したようにうんうん、と頷きながら私の成長を喜んでいる。
「ふふっ、そうね、コーネリアス。 ライラちゃんは、とっても物分りが良くてお利口さんね。 本当、いいお姉様になってくれそうで安心だわ。」
ーーあぁっ?! 忘れていた、弟!!! 産まれる…、来月にはって言ってたけど…、今っていったい何時なの??!!ーー
誕生日パーティのときと同じように膨らみ具合が気になり、左隣に座るお母様の腹部を今度は横から確認する。
このお腹……は……出てると、いえるの?
着ている服のデザインが腹部を上手く誤魔化していて視認による判別はまたもや不可能!!
ーー何故っ?! 何でなの~っ??! やっぱり何度見ても、私のほうがぽっこりさんだ!!!ーー
乙女ゲーム(?)の世界世知辛いよ!
おかしいよ、不公平が蔓延しているよ?!
幼女だって妊婦さんよりお腹出てたら普通に傷つくんだよ!!?
「お母様は……とっても着痩せするのですね。」
「? そうかしら…これでも今までで一番長くお腹の中に赤ちゃんが居るのよ?」
「そうなのですか…!?」
もう一度腹部に視線が釘付けられてしまう。
臨月の妊婦さんのお腹の出っ張り具合は全然見当もつかないが、これは出てなさすぎだと思えてしょうがない。
ーー妖精さんだから、妊婦さんでもお腹が目立たないのかしら? そんなのって…ありなの?ーー
「後どれくらい待てば赤ちゃんに会えるのでしょう?」
「そうねぇ~、年は明けてしまいそうねぇ。 もう少しだけ待っていてあげてね。」
「はい、…待ち遠しいです。 お母様は…体調はお変わり無いですか?」
「ふふっ、大丈夫よ、この通りとても元気だわ。 心配してくれてありがとう、ライラちゃん。」
4回目の妊娠ともなれば、慣れたもの、なのだろうか?
ニコニコと朗らかに笑いながら、何の憂いも一抹の不安すらなく明るく答えてくださる。
お母様は今現在26歳のはず…、ゲームの知識と脳裏に残っていた回帰の記憶を照らし合わせて、今の時期は何もないとはわかっていても、前世で出産は命懸けと聞いた覚えがあるので不安が拭えない。
シナリオ通りにことが運ぶだけとは限らないことを、誕生日のパーティーで既に身をもって経験している。
それだけに安易に鵜呑みにして楽観することなど出来なかった。
ーーお母様にもしものことがあったら…私は……。 ゲームのライリエルとは理由が違うとしても、弟を憎悪する姉になってしまうかもしれない…!ーー
不安な気持ちが暗い考えを誘発して、一向に前向きな見解が思い浮かばない。
そんな私の不安しかない表情に気付いたお父様が変わらずの間延びした口調で問いかけてきた。
「んん~~? どうかしたかい、ライラ? そんな不安そうな顔をしてぇ、何がそんなに気掛かりなのかなぁ~~? 我が家のお姫様は?」
「赤ちゃんが産まれるときに、お母様は痛かったり辛かったり…苦しかったりしないか心配で……。」
弟の誕生が慶事であることは十二分に理解している、けれどそれはあくまでお母様の心身の健康と安全が絶対条件として守られている場合での話だ。
この世界の医療水準が前世並みとは思えず、不安しかない。
「あぁ、それは心配ないともぉ~~! お産は全て魔法で行われるからねぇ、陣痛以外は痛くも辛くも苦しくもないともぉ~! ちなみに私も立ち会って手伝うからねぇ!! 大船に乗ったつもりで安心してくれて良いともぉ~~!!」
「え……?」
ーーマ……マーージックぅ~~っ?!!ーー
予想外な返答に仰天してしまった。
魔法がお産にも活用できるなんて、前世かぶれの頭には到底思い描けない盲点の発想もいいところだ。
目から鱗、ときどき、青天の霹靂ものだ。
ポカンと大口を開けて呆けてしまった私の顔が余程可笑しかったのか、ニコニコ顔のお父様とクスクス微笑うお母様が、交互にお互いを補うように説明してくださる。
数十年前までは自然分娩が主流だったそうだが、近年ではお金さえ都合が付けば、魔法分娩に頼るのが上流家庭での傾向なのだという。
施術に関しての詳しい説明は私にはまだ早いとの判断で省かれた。
しかし出血も少なく安全で、産後の肥立ちもとても良いそうだ。
魔法分娩での成功率は99%だそうだ。
胎児の突然死以外には施術ミス等も報告されていないとのこと。
前世で言うところの妊婦健診も魔法を使い行われている。
経過観察を決まった期間で区切って定期的に行い、胎児や母体に問題がなければ陣痛が始まるまでは自然に任せて胎内で生育しきるのを待つ。
破水するか陣痛が始まったら、専門の違う医療魔術師数人が分娩に臨む。
通常は臨月間近になるとお産が終わるまでの間、専属で担当となる医療魔術師全員を自分たちの屋敷に滞在させることになる。
その分費用は嵩むが、背に腹は代えられない。
その点我が家は例外的で、お父様が魔導師であり、転移魔法が使えるため屋敷に滞在はさせていない。
お母様専属の担当医療魔術師たちは所属する医療院にて24時間体制で待機している。
連絡すれば直ぐにでも準備万端整えて転移を待つばかりになるそうだ。
大まかな説明を聞き終えても、開いた口は一向に閉まらない。
かなり画期的な医療体制に、度肝を抜かれた。
正直、甘く見ていた。
ファンタジー世界の医療体制なんて、有って無いような物と思い込んでいた。
思い込みで無意識に見下してしまっていた事に、大いに反省させられた。
そして同時に痛感する。
私は圧倒的に、この世界の情報、知識、常識が不足している。
その現状を今強く意識して認識した。
「そうなのですか…、それなら、お母様も…赤ちゃんも、とっても安全なのですね…?」
「勿論だとも、何の心配もいらないさぁ~!! 私がアヴィの身の安全を第一に確保しないわけがないだろう~?! 降りかかりうるいかなる危険も不安要素も懸念事項も、残しておくはずないさぁ~!! 排除できるものは全て、とっくの昔にきちんとしかるべき対処を完了しているともぉ~~!!」
軽い調子はそのままに、自信たっぷりに言い放つ言葉には揺るぎない信念さえ感じる。
お父様はお母様を本当に心の底から愛しているのだ。
愛妻家なんて言葉では生易しく、お父様の本質を表しきれていないように思える。
お父様がお母様に一目惚れされたことはゲーム知識で知っているが、実際の馴れ初めは本人たちにしか語れない。
いつか2人の口から聞ける日が来るだろうかと、漠然と考える。
いつか聞ける心構えができるのだろうか、とも考えてしまう。
今は愛情に関する事柄に関心を向ける気が起こらない。
「お父様は、お母様のことが大好きなのですね! 素敵です、凄く憧れます!!」
憧れるているのは、本心だ。
でもそれだけのこと。
ーー私には一生縁がない感情ですが。ーー
恋なんてしない、したいとも思わない。
誰かに心を預けきることなんて、今の私にはできないのだから。
恋愛事は他人に任せて、傍観者に徹するに限る。
ーー当事者には死んでもならない。ーー
乙女ゲームシナリオでも『悪い夢』でも、どちらが私の前に立ちはだかる本当の未来であったとしても、かまわない。
逃げられないなら、立ち向かうしか道はない。
乙女ゲームシナリオなら、『死』しかないラスボスに至る人生を変えていきたい。
『悪い夢』なら、『破滅を招く魔女』としての軛から脱したい。
ーー生涯お一人様でも楽しく天寿を全うできるように、全ての障害を取り除いてみせたい。ーー
『悪い夢』の中のライリエルは、愛されない現実が辛すぎて立ち向かいきれなかったけれど、今の私は違う。
ゲームの中のライリエルは、恋愛に重きをおいて結局それが原因で自滅してしまったけれど、その点も、今の私は全く違う。
ーーだって今の私はただのオタクですもの! 恋愛はご法度、ただ純粋に推したちを愛でたい願望のみ!! そしてできれば…見たい、触れたい、触りたい、これを実践したい!!!ーー
鮮烈に刻み込まれた逃れられない『死』の運命に恐怖し怯え惑いもしたが、私の魂が持つ本質は変わらなかった、変えられないと知った。
そして今、美味しいご飯が私に力をくれた!
私には海よりも深くマグマよりも熱い情熱を注ぎ込むべき対象たちがこの世界に確かに存在するのだから!
この世界の何処かで生存する生物推しの存在全てが今の私の生きる糧だ!!
全身全霊をかけて推したちを愛でる、そしてその推したちの幸福を見届けることこそが生き甲斐なのだ!!!
ーー有言実行、初心貫徹!ーー
推したちを愛でつつ、“生命大事に”を新たに合言葉に加え、オタ活を遂行するに限る!!
そのためにも情報収集・魔法習得・好感度維持、そして他にも必要と思われる事柄全て、今からできることをコツコツやっていこうじゃないの!!!
ーー見てろ、どっかにおわして見守って下さるだけの《神》様この野郎!! 身代わりだろうと生贄だろうと、一筋縄で大人しく『死』を待つだけの私だと思うなよ!!ーー
朗らかな陽気に温められた食堂で他愛なく続く会話を表面上は穏やかな表情を取り繕いながら。
食卓テーブルの下、お母様に見られることが無いよう十分配慮して。
ーーバッド・エンドなんてクソ喰らえ!ーー
その感情をありったけ込めて、小さな右手で宣戦布告を告げるように中指を力の限り天に向かって突き立てた。
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