11 / 41
10
しおりを挟む
これは誰でも聞いたことのある噂話だ。
『この国では昔からパーティーには美しい幽霊が現れる』
とても美しい貴婦人と話していたはずが、いつの間にか姿が無い。
場所は、会場内だけではなく、人気の無い庭や、密室の空間など様々であった。
ただ、幽霊を見たと証言した者たちの多くが、いつの間にか貴族界から姿を消すことから、それは変事が起きる前触れだとされ、誰もが次第に幽霊の事を話さなくなっていったのだった。
トラデイン伯爵は、この噂を信じている張本人である。
理由は簡単だ。
幽霊を見た人物を知っているからだ。
「聞きました?バーバリア様が療養で田舎に行かれたとか」
「ええ、あんなに毎日着飾ってお茶会に顔を出しておりましたのに急に療養なんて、霊にでも取り憑かれたのでは?」
あははは、と御令嬢たちが笑う側をトラデイン伯爵は真っ青な顔をしながら足早に通り過ぎた。
バーバリアはトラデイン伯爵の叔母であり、一ヶ月ほど前に彼女と茶菓子囲んだあの日を思い出す。
『美しい方にアドバイスをいただいたのよ』
『わたくしのこと、何でも分かってくださって』
『だから、アドバイス通り田舎で過ごすことにしたの』
初めて見る高揚とした表情と、声。神も信じなかった彼女が信仰の処女を捧げた相手がまさか、幽霊の貴婦人だとは誰も思うまい。
バーバリアは結局、お茶に手をつけることなく小一時間喋り通して夢心地のように帰っていった。
そして、そのまま僻地へと向かったらしい。
パシャリと雷が鳴った。
いつのまにか人気のない廊下に出ていたトラデイン伯爵は、目の前に女性が立っている事に気がついた。
「ひっ」
「あら、ふふ、困りましたわ。そんな幽霊を見たような顔で」
輝くプラチナの髪、アメジストの瞳にスッと通る鼻筋、ふっくらと赤く色づく唇。
「……ハイトランデ嬢」
「はい、どうしましたか?お顔が真っ青ですよ?」
まさに、バーバリアが言っていたような美しい方が目の前にいた。
気がつけば膝をつき、首を垂れてもおかしくないほどの麗しさ。辺りは薄暗いはずが彼女の周りだけ輝いているように見えるほど僅かな光で髪がキラキラと光っている。
引き込まれるような恐怖が、トラデイン伯爵から思考を奪った。
「あ、貴女がやったんだろう」
無意識に叫んだトラデイン伯爵は自分にも驚いたようだ。だが、転がり始めた石のように、溢れ出る言葉を止めることはできなかった。
「貴女が、バーバリアをあんな辺鄙な場所へ送ったんだろう!」
「バーバリア?ああ、あの黒髪が美しい翠の目を持ったご婦人の事でしょうか?」
「そうだ、バーバリアは、バーバリアは……」
「バーバリア様はご自身の意思でアスタカ地方へ向かわれたとお聞きしましたわ」
「何を言う、彼女はあの場所で満足できる人間ではない!一体どうやって彼女を唆したんだ!」
唆したなんて、と彼女は呟く。
頬に手を当て、コテリと傾げられた小首は芸術品かと思えるほど隙がない。
トラデイン伯爵はグッと喉を鳴らすと顔を伏せた。
「あの場所で満足できる人間ではないんだ……ようやく、……を取り戻してきたというのに……なぜ……」
絞り出された声は、セスティーナの耳に僅かに届いた。
彼は、その後もぶつぶつと何かを呟いている。セスティーナはふわりと微笑んだ。
「ふふ、お優しいのですね」
「……」
「ご自身が手塩にかけた作品を、汚されると思ったのですか?」
「バカを言うな!作品などでは無い、侮辱するのもいい加減にしてくれ!」
「ええ、ええ、もちろんですわ。侮辱などしておりません。私は貴方の力量を見込んでお願いしに参ったのですから」
ニコリと微笑んだセスティーナの顔は、まるで死を迎えにきた天使の如く魅力的な色を孕んでいた。
『この国では昔からパーティーには美しい幽霊が現れる』
とても美しい貴婦人と話していたはずが、いつの間にか姿が無い。
場所は、会場内だけではなく、人気の無い庭や、密室の空間など様々であった。
ただ、幽霊を見たと証言した者たちの多くが、いつの間にか貴族界から姿を消すことから、それは変事が起きる前触れだとされ、誰もが次第に幽霊の事を話さなくなっていったのだった。
トラデイン伯爵は、この噂を信じている張本人である。
理由は簡単だ。
幽霊を見た人物を知っているからだ。
「聞きました?バーバリア様が療養で田舎に行かれたとか」
「ええ、あんなに毎日着飾ってお茶会に顔を出しておりましたのに急に療養なんて、霊にでも取り憑かれたのでは?」
あははは、と御令嬢たちが笑う側をトラデイン伯爵は真っ青な顔をしながら足早に通り過ぎた。
バーバリアはトラデイン伯爵の叔母であり、一ヶ月ほど前に彼女と茶菓子囲んだあの日を思い出す。
『美しい方にアドバイスをいただいたのよ』
『わたくしのこと、何でも分かってくださって』
『だから、アドバイス通り田舎で過ごすことにしたの』
初めて見る高揚とした表情と、声。神も信じなかった彼女が信仰の処女を捧げた相手がまさか、幽霊の貴婦人だとは誰も思うまい。
バーバリアは結局、お茶に手をつけることなく小一時間喋り通して夢心地のように帰っていった。
そして、そのまま僻地へと向かったらしい。
パシャリと雷が鳴った。
いつのまにか人気のない廊下に出ていたトラデイン伯爵は、目の前に女性が立っている事に気がついた。
「ひっ」
「あら、ふふ、困りましたわ。そんな幽霊を見たような顔で」
輝くプラチナの髪、アメジストの瞳にスッと通る鼻筋、ふっくらと赤く色づく唇。
「……ハイトランデ嬢」
「はい、どうしましたか?お顔が真っ青ですよ?」
まさに、バーバリアが言っていたような美しい方が目の前にいた。
気がつけば膝をつき、首を垂れてもおかしくないほどの麗しさ。辺りは薄暗いはずが彼女の周りだけ輝いているように見えるほど僅かな光で髪がキラキラと光っている。
引き込まれるような恐怖が、トラデイン伯爵から思考を奪った。
「あ、貴女がやったんだろう」
無意識に叫んだトラデイン伯爵は自分にも驚いたようだ。だが、転がり始めた石のように、溢れ出る言葉を止めることはできなかった。
「貴女が、バーバリアをあんな辺鄙な場所へ送ったんだろう!」
「バーバリア?ああ、あの黒髪が美しい翠の目を持ったご婦人の事でしょうか?」
「そうだ、バーバリアは、バーバリアは……」
「バーバリア様はご自身の意思でアスタカ地方へ向かわれたとお聞きしましたわ」
「何を言う、彼女はあの場所で満足できる人間ではない!一体どうやって彼女を唆したんだ!」
唆したなんて、と彼女は呟く。
頬に手を当て、コテリと傾げられた小首は芸術品かと思えるほど隙がない。
トラデイン伯爵はグッと喉を鳴らすと顔を伏せた。
「あの場所で満足できる人間ではないんだ……ようやく、……を取り戻してきたというのに……なぜ……」
絞り出された声は、セスティーナの耳に僅かに届いた。
彼は、その後もぶつぶつと何かを呟いている。セスティーナはふわりと微笑んだ。
「ふふ、お優しいのですね」
「……」
「ご自身が手塩にかけた作品を、汚されると思ったのですか?」
「バカを言うな!作品などでは無い、侮辱するのもいい加減にしてくれ!」
「ええ、ええ、もちろんですわ。侮辱などしておりません。私は貴方の力量を見込んでお願いしに参ったのですから」
ニコリと微笑んだセスティーナの顔は、まるで死を迎えにきた天使の如く魅力的な色を孕んでいた。
22
あなたにおすすめの小説
公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
谷 優
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。
ただ、愛されたいと願った。
そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。
◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。
小さな貴族は色々最強!?
谷 優
ファンタジー
神様の手違いによって、別の世界の人間として生まれた清水 尊。
本来存在しない世界の異物を排除しようと見えざる者の手が働き、不運にも9歳という若さで息を引き取った。
神様はお詫びとして、記憶を持ったままの転生、そして加護を授けることを約束した。
その結果、異世界の貴族、侯爵家ウィリアム・ヴェスターとして生まれ変ることに。
転生先は優しい両親と、ちょっぴり愛の強い兄のいるとっても幸せな家庭であった。
魔法属性検査の日、ウィリアムは自分の属性に驚愕して__。
ウィリアムは、もふもふな友達と共に神様から貰った加護で皆を癒していく。
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
新しい聖女が見付かったそうなので、天啓に従います!
月白ヤトヒコ
ファンタジー
空腹で眠くて怠い中、王室からの呼び出しを受ける聖女アルム。
そして告げられたのは、新しい聖女の出現。そして、暇を出すから還俗せよとの解雇通告。
新しい聖女は公爵令嬢。そんなお嬢様に、聖女が務まるのかと思った瞬間、アルムは眩い閃光に包まれ――――
自身が使い潰された挙げ句、処刑される未来を視た。
天啓です! と、アルムは――――
表紙と挿し絵はキャラメーカーで作成。
私ではありませんから
三木谷夜宵
ファンタジー
とある王立学園の卒業パーティーで、カスティージョ公爵令嬢が第一王子から婚約破棄を言い渡される。理由は、王子が懇意にしている男爵令嬢への嫌がらせだった。カスティージョ公爵令嬢は冷静な態度で言った。「お話は判りました。婚約破棄の件、父と妹に報告させていただきます」「待て。父親は判るが、なぜ妹にも報告する必要があるのだ?」「だって、陛下の婚約者は私ではありませんから」
はじめて書いた婚約破棄もの。
カクヨムでも公開しています。
婚約者と家族に裏切られたので小さな反撃をしたら、大変なことになったみたいです
柚木ゆず
恋愛
コストール子爵令嬢マドゥレーヌ。彼女はある日、実父、継母、腹違いの妹、そして婚約者に裏切られ、コストール家を追放されることとなってしまいました。
ですがその際にマドゥレーヌが咄嗟に口にした『ある言葉』によって、マドゥレーヌが去ったあとのコストール家では大変なことが起きるのでした――。
押し付けられた仕事は致しません。
章槻雅希
ファンタジー
婚約者に自分の仕事を押し付けて遊びまくる王太子。王太子の婚約破棄茶番によって新たな婚約者となった大公令嬢はそれをきっぱり拒否する。『わたくしの仕事ではありませんので、お断りいたします』と。
書きたいことを書いたら、まとまりのない文章になってしまいました。勿体ない精神で投稿します。
『小説家になろう』『Pixiv』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる