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第4話 Bパート(ヒロインがゴリラ)
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1
「早速じゃが、今日はお主の中にある力の存在について調べさせてもらうためにここに来てもらった。そのあたりのことはすでに朔夜から聞いておろう?」
神条愛莉栖と名乗った熟女とはある程度の距離は取っているが、厚化粧から匂いがきつい。部屋中に化粧の匂いがしている。しかし、その話し方は優しく落ち着いており、年齢相応の深みを感じるその話し方はとても安心ができる、そして大きな存在であるかのように思えた。やはり伊達に歳は取っていないようである。60年以上は生きていると思われる人間の培われた経験からくる落ち着きというものがある。
「何か質問はあるか?」
優は愛莉栖の名前と外見の違和感以上に聞きたいことは山ほどある。
「あ、あります!?俺はどうなるんですか?俺の中の力を解析するって聞きましたが、何をするんですか?」
まず聞かないといけないことはこれだろう。家に帰してもらえるのかという質問や命を保証してもらえるのかという質問も非常に気がかりであるが、今はそれを口にするタイミングではない。下手に言わない方が安全な気がした、
「そう焦らずともよい。順に説明をしてやる。と、その前に、小僧、お主は契約討滅者のことは理解しておるか?朔夜、どこまで説明した?」
「アビスと討滅する者だということは説明しました。」
朔夜が淡々と愛莉栖の質問に答える。必要最小限の言葉だけで回答をする。
「大方、それだけしか言っておらんのじゃろうな。まぁよい、わしが説明してやろう。」
愛莉栖は朔夜の性格をよく知っている。大雑把な性格である。昔からそんな娘であった。女子よりも男子と遊ぶ方が性に合っている。それも仕方のないことではあるが、男勝りな性格は時間をかけてどうこうなることでもないだろう。そんなことを思いながら愛莉栖は説明を続けた。
「テスタメントとはつまり、契約を交わしてアビスを討滅する役割を担った者のことを言う。そこでじゃ、何と契約をしたかということになるんじゃが。朔夜が持っておるダガーがあるな。」
「はい・・・。」
優はまだ事情が飲み込めず曖昧な返事だけをしている。ダガーと契約とどう関係があるのかがさっぱり分からない。
「そのダガーには幻魔:八咫烏が宿っておる。テスタメントはその幻魔と契約を交わし、幻魔が宿った武器とその幻魔の力を行使することを許された存在じゃ。朔夜の動きは目で追えるような速さではなかったじゃろ?それが幻魔の力じゃ。」
「げ、幻魔!?」
まだ言っていることの意味が分からない優は間抜けな声を漏らしてしまった。実際にアビスと戦った場面を見ていなければ到底信じられない内容である。
「まぁ、お主に幻魔を説明するのにはちと骨が折れるからの、とりあえず、現実世界とは違う世界の魔獣だと思っておればよい。そして、その幻魔の試練に打ち勝つことができた者だけが、認められ、その力を行使することができるのじゃ。」
「雪宮はその試練に打ち勝って、力を手にしたと。そして、アビスに対抗する力を手に入れて討滅しているっていうわけですね。」
ようやく話が飲み込めてきた優は多少落ち着いた口調で話すことができるようになった。それでもまだ理解をしているとは程遠い。
「ふむ。なかなか飲み込みが早いのう。アビスを討てる者は幻魔と契約を交わしたテスタメントだけ、のはずじゃったが、お主はテスタメントでもないのにアビスを屠った。しかも一瞬だったと聞く。そもそもただの人間がアビスに遭遇すれば、闇に飲み込まれて抵抗など一切できないまま喰われてしまうが、お主はそうはならなかった。これがどういう意味か分かるか?」
愛莉栖の口調は静かで穏やかだが、決して無防備ではない。油断のないその声に優は思わず息を飲んで、質問に答える。
「え、いや、ちょっと待ってください!俺が人間じゃないってことですか?」
「当たらずしも遠からず。お主が人間かどうかはまだ判明しておらん。これからそれを調べる。どうじゃ、お主の中の力、知りたいとは思わぬか?」
愛莉栖はなんだか楽しそうに話をしている。揶揄われているのだろうか?それとも単に興味があるのだろうか?優はそんな疑問を抱きつつも、自分の中の力の正体については知ることが怖い。この力の正体が判明したことで自分がテスタメントから討滅対象と認識されるかもしれない、そんなことが頭をよぎる。しかし、この場で知りたくないと言えるだろうか?知りたくないと言ったところで家に帰してもらえるのだろうか?拒否することによって怪しまれるくらいなら、いっそ協力的な態度を見せることで身の安全を確保することができるかもしれない。自分はこの力で人を傷つけたくないということをアピールすれば、力を封印する方法を模索してくれるかもしれない。そもそもアストラルという組織は人を守るために存在しているはずだ、無暗に自分を害するようなことはしないはずである。賭けではあるが優は覚悟を決めて言葉を発した。
「知りたいです・・・。」
不安はある。むしろ不安しかないと言った方が正しい。だが、現時点で自分の体を拘束されていないことや、出迎えまで来てくれていることが一定の安心材料になっていた。
「よろしい。よく言った小僧。ではこれからお主の中を見せてもらうぞ。」
愛莉栖の不敵な笑みに、優の中の安心材料は一瞬にして蒸発してしまった。もう不安だけが支配している。断っておくべきだったか?いや、断った方が怖いに決まっている。そう、自分に言い聞かせた。
2
愛莉栖を先頭にして、優、朔夜、そして、愛莉栖の秘書である柳が同行している。一行は再度エレベーターに乗り込み地下に向かった。直通のエレベーターがある地下のフロアにはさらに奥があり、そこにはもっと深く潜り込むように下の階に続く階段があった。しかも長い。優は一体どれだけの階層を下に行ったのだろうかと思うくらいであった。
4~5階分くらいは降りただろうか、階段の行きついた場所は広い空間が広がっていた。周りはコンクリートではなく、真っ黒い金属のような何か硬そうな材質でできた壁で覆われている。照明はしっかりと付いているので決して暗いわけではない。十分な明るさが保たれている。壁にはいくつも扉が付いているのが分かった。その先にも何かあるのであろう。
「ここじゃ。」
愛莉栖に案内されてたどり着いたのは、いくつかある部屋の一つ。扉を開けると、そこも広い部屋であった。壁は白くて明るい部屋。黒い壁のフロアを通ってきたため、白い色が目に飛び込んできた刺激で優は思わず目を顰めてしまった。
「楓さん、待たせたの。こやつが件の小僧じゃ。」
「あぁ、大丈夫です。そんなに待ってませんから・・・。」
部屋の中からは枯れたような女性の声が聞こえてきた。目が慣れてきた優は部屋の中を見るとそこには一人の老婆が立っていた。全て白髪の髪を後ろで束ねている。腰は曲がり、よぼよぼで立っているのもしんどいのではないかと思うくらいである。80歳は超えているだろう。もしかしたら90歳近いかもしれない。優はハッとして目を逸らした。老婆の服装が半裸に近かったからである。上着は巫女の服のようであるが、下半身に袴を履いていない。何故このような恰好をしているのか、老人にこんな格好をさせるなよと言いたくなる。
「香上君、何をしているの。早く入って。」
後ろから朔夜が声をかける。いたって冷静である。アストラルの人間なのだから、どういう恰好で待っているのかくらいは知っていてもおかしくないだろう。優はそう思い、部屋の中に入った。
「小僧、こっちへ来い。ここの椅子に座れ。」
「あ、はい。」
愛莉栖に促されるがままに優は部屋の中にある椅子に腰かけた。目の前には半裸に近い老婆がいる。完全に枯れ果てたその体から、深いしわがのぞく。見たくもない物が目に飛び込んで思わず目をそらしてしまう。
「この人は七瀬楓さんじゃ。テスタメントではないが、優れた能力を持っておってな。予知や透視、遠目の能力を持っておる。見るということにおいては右に出るものはおらぬ。さらに見るだけではなく思念による疎通も可能じゃ。この方にお前を見てもらう。そして、お主の中の何かに接続させてもらう。」
「七瀬楓といいます。よろしくお願いします。」
「香上優です。こ、こちらこそよろしくお願いします。」
老婆は落ち着いた様子であるが、優はぎこちない様子である。目の前にいる老婆の服装から直視できないからではあるが、相手も今の自分の恰好がどういうものであるか理解しているのだろうか疑問である。耄碌しているからこんな格好をしても平気なのではないかと憶測する。
「その服装は、あなたの中のものを見るためにできるだけ肌を出して直接感じ取るための物よ。言わば正装のような物よ少し我慢して。」
朔夜が優にかけたその言葉は、優が何を思っているのか察してのことであった。
「あ、いや、すまん。俺のためにやってくれてるのに・・・。」
相手の老婆も好きでこんな格好をしているわけではないのだろう。自分の中の力を解析するためにこの格好が必要であった、それだけだ。我慢をしないといけない。優は自分にそう言い聞かせた。
「楓さん、準備はできておるのじゃろ?もう始めてもかまわんか?」
「はい。大丈夫です。」
楓はそういうと優の頬にその手を添えてきた。
「こっちを見てください。」
老婆の手に誘われて優は正面を向く。枯れ枝のようなその手は年のせいであろう震えていた。優も目のやり場に困る。おそらく下着もつけていないのであろう。こっちを向けと言われたので向くしかない。見たくないものが見える。現実がいかに無慈悲であるかをその時ほど実感したことはない。そして、楓はゆっくりと優に顔を近づけて額をぴたっとくっつけて目を閉じた。
沈み込む感覚。優は意識がはっきりしているがどんどん深く沈み込んでいくような感覚を感じていた。怖いわけではないが気持ち悪い。冷静に深く沈んでいく感覚を体験する。不思議な感覚であった。
「あなたは誰ですか?私の声が聞こえますか?」
優の中に楓の声が響いた。正確には音としての声ではない。内側に直接響く声。物理的な音ではないそれは、最初にアビスに襲われた時に聞いたものとよく似ている。低い声か老婆の声かの違いだけである。
誰ダ・・・我ヲ呼ブ者ハ・・・。
一瞬にして意識が跳ね上がる。深く深く沈み込んでいた優の意識は一瞬にして現実世界に引き戻されていた。その急激な変化に椅子に座っているにも関わらず倒れそうになる。
気が付くと優の背中からは巨大な影がそびえ立っていた。禍々しい巨大な影。形ははっきりとはしないが、大きな翼のようなものが広がっているようにも見える。その影は天井を覆いつくし、すべてを飲み込んでしまうのではないかと思えるほどの威圧感を持っていた。
朔夜は咄嗟にダガ―を引き抜く。柳も手にグローブを嵌めて戦闘準備をしている。影の声はもう優の中でだけ響くものではなく、世界に対してその声を響かせることができている。その声は低く、大きく、畏怖の対象になりえるものであった。
「待て、お主らは下がれ。」
愛莉栖が二人を制すると優に近づいてきた。
「わしはアストラル総帥の神条愛莉栖と申す者。お見受けしたところ、あなた様は偉大なる存在とお見受けするがいかがか?」
我ハ アジ・ダハーカ 根源ノ存在
「アジ・ダハーカ様、お伺いしたいことがございます。どのようにして、この少年の中に棲まわれたのですか?」
コノ者ハ 我ノ器 アーク ヲ 持ツ者 我ガ存在 ソノモノ
アジ・ダハーカと名乗った黒く巨大な影はそれを言うと霧散したように跡形もなく消え去った。部屋の中にはもう一度安寧が戻ってくる。
ほんの数分間もなかっただろうか。一瞬の出来事だったように思えるし、長い時間が経過したようにも思える。しかし、影が霧散して消え去った後でも緊張感はまだ残っている。とてつもなく巨大な存在が現れた。敵対行動はなかったものの、何があってもおかしくはなかっただろう。何もせずに消えてくれたのは正直言って有り難い。そして、得る物は得られた。優の力の正体。
「神条様、ありがとうございます。しかし、無茶な行動は慎んでいただきたい。私も肝を冷やしましたよ。」
これまで冷静な態度であった柳が表情を崩して愛莉栖に話しかけた。よほど心配をしたのであろう、安堵の表情が伺える。
「こういうのは、わしでしか対応できぬであろう。年長者に任せておけばよい。それより、小僧。お主もまたえらい物を背負い込んだのう。」
「何なんですかあれは!?俺の中にあんな怪物がいるんですか!?俺の力は・・・人を傷つけてしまうんですか?」
一番取り乱しているのは優である。まさかあんな怪物が出てくるなんて思いもしなかった。本当に自分は人間じゃないかもしれない。そうなれば自分はテスタメントの討滅対象だ。それは避けないといけない。何とかして人間に敵意がないことを伝えないといけない。そもそも、あんな化け物がいるなんて知らなかった、どう言い繕えばいいか考えが纏まらない。混乱が思考をかき乱す。
「まぁ、落ち着け。これから説明をしてやる。と言ってもまだ分からないことは山ほどあるがな。」
「総帥、あれが何か知っているのですか?」
朔夜がたまらず質問を投げかけた。
「あれは、アジ・ダハーカと名乗ったじゃろ。あれはのう、原初のアビスじゃ。」
原初のアビス。アビスが自分の中にいる。アビスの力でアビスを討滅したのか。優は分からないことだらけで頭が混乱していた。アークがどうとかも言っていた。愛莉栖はまだ何か知っているようである。聞いてしまえば後戻りはできないかもしれない。それだけは混乱した頭の中でもはっきりと分かったことであった。
「早速じゃが、今日はお主の中にある力の存在について調べさせてもらうためにここに来てもらった。そのあたりのことはすでに朔夜から聞いておろう?」
神条愛莉栖と名乗った熟女とはある程度の距離は取っているが、厚化粧から匂いがきつい。部屋中に化粧の匂いがしている。しかし、その話し方は優しく落ち着いており、年齢相応の深みを感じるその話し方はとても安心ができる、そして大きな存在であるかのように思えた。やはり伊達に歳は取っていないようである。60年以上は生きていると思われる人間の培われた経験からくる落ち着きというものがある。
「何か質問はあるか?」
優は愛莉栖の名前と外見の違和感以上に聞きたいことは山ほどある。
「あ、あります!?俺はどうなるんですか?俺の中の力を解析するって聞きましたが、何をするんですか?」
まず聞かないといけないことはこれだろう。家に帰してもらえるのかという質問や命を保証してもらえるのかという質問も非常に気がかりであるが、今はそれを口にするタイミングではない。下手に言わない方が安全な気がした、
「そう焦らずともよい。順に説明をしてやる。と、その前に、小僧、お主は契約討滅者のことは理解しておるか?朔夜、どこまで説明した?」
「アビスと討滅する者だということは説明しました。」
朔夜が淡々と愛莉栖の質問に答える。必要最小限の言葉だけで回答をする。
「大方、それだけしか言っておらんのじゃろうな。まぁよい、わしが説明してやろう。」
愛莉栖は朔夜の性格をよく知っている。大雑把な性格である。昔からそんな娘であった。女子よりも男子と遊ぶ方が性に合っている。それも仕方のないことではあるが、男勝りな性格は時間をかけてどうこうなることでもないだろう。そんなことを思いながら愛莉栖は説明を続けた。
「テスタメントとはつまり、契約を交わしてアビスを討滅する役割を担った者のことを言う。そこでじゃ、何と契約をしたかということになるんじゃが。朔夜が持っておるダガーがあるな。」
「はい・・・。」
優はまだ事情が飲み込めず曖昧な返事だけをしている。ダガーと契約とどう関係があるのかがさっぱり分からない。
「そのダガーには幻魔:八咫烏が宿っておる。テスタメントはその幻魔と契約を交わし、幻魔が宿った武器とその幻魔の力を行使することを許された存在じゃ。朔夜の動きは目で追えるような速さではなかったじゃろ?それが幻魔の力じゃ。」
「げ、幻魔!?」
まだ言っていることの意味が分からない優は間抜けな声を漏らしてしまった。実際にアビスと戦った場面を見ていなければ到底信じられない内容である。
「まぁ、お主に幻魔を説明するのにはちと骨が折れるからの、とりあえず、現実世界とは違う世界の魔獣だと思っておればよい。そして、その幻魔の試練に打ち勝つことができた者だけが、認められ、その力を行使することができるのじゃ。」
「雪宮はその試練に打ち勝って、力を手にしたと。そして、アビスに対抗する力を手に入れて討滅しているっていうわけですね。」
ようやく話が飲み込めてきた優は多少落ち着いた口調で話すことができるようになった。それでもまだ理解をしているとは程遠い。
「ふむ。なかなか飲み込みが早いのう。アビスを討てる者は幻魔と契約を交わしたテスタメントだけ、のはずじゃったが、お主はテスタメントでもないのにアビスを屠った。しかも一瞬だったと聞く。そもそもただの人間がアビスに遭遇すれば、闇に飲み込まれて抵抗など一切できないまま喰われてしまうが、お主はそうはならなかった。これがどういう意味か分かるか?」
愛莉栖の口調は静かで穏やかだが、決して無防備ではない。油断のないその声に優は思わず息を飲んで、質問に答える。
「え、いや、ちょっと待ってください!俺が人間じゃないってことですか?」
「当たらずしも遠からず。お主が人間かどうかはまだ判明しておらん。これからそれを調べる。どうじゃ、お主の中の力、知りたいとは思わぬか?」
愛莉栖はなんだか楽しそうに話をしている。揶揄われているのだろうか?それとも単に興味があるのだろうか?優はそんな疑問を抱きつつも、自分の中の力の正体については知ることが怖い。この力の正体が判明したことで自分がテスタメントから討滅対象と認識されるかもしれない、そんなことが頭をよぎる。しかし、この場で知りたくないと言えるだろうか?知りたくないと言ったところで家に帰してもらえるのだろうか?拒否することによって怪しまれるくらいなら、いっそ協力的な態度を見せることで身の安全を確保することができるかもしれない。自分はこの力で人を傷つけたくないということをアピールすれば、力を封印する方法を模索してくれるかもしれない。そもそもアストラルという組織は人を守るために存在しているはずだ、無暗に自分を害するようなことはしないはずである。賭けではあるが優は覚悟を決めて言葉を発した。
「知りたいです・・・。」
不安はある。むしろ不安しかないと言った方が正しい。だが、現時点で自分の体を拘束されていないことや、出迎えまで来てくれていることが一定の安心材料になっていた。
「よろしい。よく言った小僧。ではこれからお主の中を見せてもらうぞ。」
愛莉栖の不敵な笑みに、優の中の安心材料は一瞬にして蒸発してしまった。もう不安だけが支配している。断っておくべきだったか?いや、断った方が怖いに決まっている。そう、自分に言い聞かせた。
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愛莉栖を先頭にして、優、朔夜、そして、愛莉栖の秘書である柳が同行している。一行は再度エレベーターに乗り込み地下に向かった。直通のエレベーターがある地下のフロアにはさらに奥があり、そこにはもっと深く潜り込むように下の階に続く階段があった。しかも長い。優は一体どれだけの階層を下に行ったのだろうかと思うくらいであった。
4~5階分くらいは降りただろうか、階段の行きついた場所は広い空間が広がっていた。周りはコンクリートではなく、真っ黒い金属のような何か硬そうな材質でできた壁で覆われている。照明はしっかりと付いているので決して暗いわけではない。十分な明るさが保たれている。壁にはいくつも扉が付いているのが分かった。その先にも何かあるのであろう。
「ここじゃ。」
愛莉栖に案内されてたどり着いたのは、いくつかある部屋の一つ。扉を開けると、そこも広い部屋であった。壁は白くて明るい部屋。黒い壁のフロアを通ってきたため、白い色が目に飛び込んできた刺激で優は思わず目を顰めてしまった。
「楓さん、待たせたの。こやつが件の小僧じゃ。」
「あぁ、大丈夫です。そんなに待ってませんから・・・。」
部屋の中からは枯れたような女性の声が聞こえてきた。目が慣れてきた優は部屋の中を見るとそこには一人の老婆が立っていた。全て白髪の髪を後ろで束ねている。腰は曲がり、よぼよぼで立っているのもしんどいのではないかと思うくらいである。80歳は超えているだろう。もしかしたら90歳近いかもしれない。優はハッとして目を逸らした。老婆の服装が半裸に近かったからである。上着は巫女の服のようであるが、下半身に袴を履いていない。何故このような恰好をしているのか、老人にこんな格好をさせるなよと言いたくなる。
「香上君、何をしているの。早く入って。」
後ろから朔夜が声をかける。いたって冷静である。アストラルの人間なのだから、どういう恰好で待っているのかくらいは知っていてもおかしくないだろう。優はそう思い、部屋の中に入った。
「小僧、こっちへ来い。ここの椅子に座れ。」
「あ、はい。」
愛莉栖に促されるがままに優は部屋の中にある椅子に腰かけた。目の前には半裸に近い老婆がいる。完全に枯れ果てたその体から、深いしわがのぞく。見たくもない物が目に飛び込んで思わず目をそらしてしまう。
「この人は七瀬楓さんじゃ。テスタメントではないが、優れた能力を持っておってな。予知や透視、遠目の能力を持っておる。見るということにおいては右に出るものはおらぬ。さらに見るだけではなく思念による疎通も可能じゃ。この方にお前を見てもらう。そして、お主の中の何かに接続させてもらう。」
「七瀬楓といいます。よろしくお願いします。」
「香上優です。こ、こちらこそよろしくお願いします。」
老婆は落ち着いた様子であるが、優はぎこちない様子である。目の前にいる老婆の服装から直視できないからではあるが、相手も今の自分の恰好がどういうものであるか理解しているのだろうか疑問である。耄碌しているからこんな格好をしても平気なのではないかと憶測する。
「その服装は、あなたの中のものを見るためにできるだけ肌を出して直接感じ取るための物よ。言わば正装のような物よ少し我慢して。」
朔夜が優にかけたその言葉は、優が何を思っているのか察してのことであった。
「あ、いや、すまん。俺のためにやってくれてるのに・・・。」
相手の老婆も好きでこんな格好をしているわけではないのだろう。自分の中の力を解析するためにこの格好が必要であった、それだけだ。我慢をしないといけない。優は自分にそう言い聞かせた。
「楓さん、準備はできておるのじゃろ?もう始めてもかまわんか?」
「はい。大丈夫です。」
楓はそういうと優の頬にその手を添えてきた。
「こっちを見てください。」
老婆の手に誘われて優は正面を向く。枯れ枝のようなその手は年のせいであろう震えていた。優も目のやり場に困る。おそらく下着もつけていないのであろう。こっちを向けと言われたので向くしかない。見たくないものが見える。現実がいかに無慈悲であるかをその時ほど実感したことはない。そして、楓はゆっくりと優に顔を近づけて額をぴたっとくっつけて目を閉じた。
沈み込む感覚。優は意識がはっきりしているがどんどん深く沈み込んでいくような感覚を感じていた。怖いわけではないが気持ち悪い。冷静に深く沈んでいく感覚を体験する。不思議な感覚であった。
「あなたは誰ですか?私の声が聞こえますか?」
優の中に楓の声が響いた。正確には音としての声ではない。内側に直接響く声。物理的な音ではないそれは、最初にアビスに襲われた時に聞いたものとよく似ている。低い声か老婆の声かの違いだけである。
誰ダ・・・我ヲ呼ブ者ハ・・・。
一瞬にして意識が跳ね上がる。深く深く沈み込んでいた優の意識は一瞬にして現実世界に引き戻されていた。その急激な変化に椅子に座っているにも関わらず倒れそうになる。
気が付くと優の背中からは巨大な影がそびえ立っていた。禍々しい巨大な影。形ははっきりとはしないが、大きな翼のようなものが広がっているようにも見える。その影は天井を覆いつくし、すべてを飲み込んでしまうのではないかと思えるほどの威圧感を持っていた。
朔夜は咄嗟にダガ―を引き抜く。柳も手にグローブを嵌めて戦闘準備をしている。影の声はもう優の中でだけ響くものではなく、世界に対してその声を響かせることができている。その声は低く、大きく、畏怖の対象になりえるものであった。
「待て、お主らは下がれ。」
愛莉栖が二人を制すると優に近づいてきた。
「わしはアストラル総帥の神条愛莉栖と申す者。お見受けしたところ、あなた様は偉大なる存在とお見受けするがいかがか?」
我ハ アジ・ダハーカ 根源ノ存在
「アジ・ダハーカ様、お伺いしたいことがございます。どのようにして、この少年の中に棲まわれたのですか?」
コノ者ハ 我ノ器 アーク ヲ 持ツ者 我ガ存在 ソノモノ
アジ・ダハーカと名乗った黒く巨大な影はそれを言うと霧散したように跡形もなく消え去った。部屋の中にはもう一度安寧が戻ってくる。
ほんの数分間もなかっただろうか。一瞬の出来事だったように思えるし、長い時間が経過したようにも思える。しかし、影が霧散して消え去った後でも緊張感はまだ残っている。とてつもなく巨大な存在が現れた。敵対行動はなかったものの、何があってもおかしくはなかっただろう。何もせずに消えてくれたのは正直言って有り難い。そして、得る物は得られた。優の力の正体。
「神条様、ありがとうございます。しかし、無茶な行動は慎んでいただきたい。私も肝を冷やしましたよ。」
これまで冷静な態度であった柳が表情を崩して愛莉栖に話しかけた。よほど心配をしたのであろう、安堵の表情が伺える。
「こういうのは、わしでしか対応できぬであろう。年長者に任せておけばよい。それより、小僧。お主もまたえらい物を背負い込んだのう。」
「何なんですかあれは!?俺の中にあんな怪物がいるんですか!?俺の力は・・・人を傷つけてしまうんですか?」
一番取り乱しているのは優である。まさかあんな怪物が出てくるなんて思いもしなかった。本当に自分は人間じゃないかもしれない。そうなれば自分はテスタメントの討滅対象だ。それは避けないといけない。何とかして人間に敵意がないことを伝えないといけない。そもそも、あんな化け物がいるなんて知らなかった、どう言い繕えばいいか考えが纏まらない。混乱が思考をかき乱す。
「まぁ、落ち着け。これから説明をしてやる。と言ってもまだ分からないことは山ほどあるがな。」
「総帥、あれが何か知っているのですか?」
朔夜がたまらず質問を投げかけた。
「あれは、アジ・ダハーカと名乗ったじゃろ。あれはのう、原初のアビスじゃ。」
原初のアビス。アビスが自分の中にいる。アビスの力でアビスを討滅したのか。優は分からないことだらけで頭が混乱していた。アークがどうとかも言っていた。愛莉栖はまだ何か知っているようである。聞いてしまえば後戻りはできないかもしれない。それだけは混乱した頭の中でもはっきりと分かったことであった。
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