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トマトと黒胡麻

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帰り道の走行中、沙織はあの怖さはなんだったんだろうと考えていた。
香織もあのデジャヴのような感覚を思い出していた。
だがいくら考えてもわからない。
二人共、結局考えるのをやめることにした。

翌日、昼休みに香織と沙織はそれぞれの愛好会のビラを配っていた。
沙織は外でたむろう生徒や運動してる生徒達に声をかけ、香織は図書館で静かにビラを渡すことにした。

「ふ~ん、詠春拳ねぇ。強いのこれ?」

ビラを見てそう言ったのは戸的真紀理とまとまきりだ。
香織より少しだけ身長があった沙織だが、自分よりも一回り大きい戸的には、一瞬迫力を感じた。
だが、アメリカではよくある女子の身長だ。
とくに気後れすることなく沙織は説明した。

「昔、ブルース・リーっていう最初のアクションスターがいたんだけど彼がやっていたのがこの詠春拳」

「へぇ~、ブルース・リー知ってるよ。ジャッキー・チェンの前の人でしょ」

「そう。それ!元々尼さんが作った拳法だから女子に合ってるよ。ぜひやってみない?」

「ふ~ん、武道場?あ、古いほうのね。今日放課後やっるの?」

「やってるやってる。来て来て!」

「わかった。じゃあとでね」

「あ。名前は?」

「戸的真紀理」

「わたしは地井頭。地井頭沙織」

「チーズ?」

「うん」

「じゃ行くから」

「待ってるねえ」

と、沙織は真紀理を笑顔で送った。

その頃、図書館で香織がある異変を感じていた。
本棚の各レーンにいる生徒にビラを渡しているときだった。
一冊の本が床に落ちてるので拾って棚に戻したとき、香織の背後に何かの強い視線を感じた。
サッと振り返ると本棚から顔を半分出し、鋭い目で香織を見ている女子がいた。

「ふふふ。わたしの殺気に気づくとはやるわね」

漫画のような登場に香織も思わず真剣な表情で聞いた。

「誰…何者?」

何者?などと言われその女子はさらにテンションが上がった。

「わたしは黒胡麻亜香里くろごまあかり!剣に生きる女!」

「そのノリでずっといくのね。いいわ受けて立つ。わたしは愛洲香織。合気の道に生きる女!」

亜香里の方へ早歩きでバッとビラを見せつけた。
そのビラをぶん取った亜香里は不敵な笑みをうかべ「面白い!ちょうど剣を使わず無手の武術を探していたところ」

香織もそろそろ笑いそうになってきたが我慢した。

「剣に生きるのならそれは合気の道にも通じるはずぜひおぬしにも鍛錬していただきたく候」

「おぬしときたな。よかろう放課後、そちらの武道場に顔を出そう」

「待っておるぞ!」

「ふっ」

香織よりも小柄だが整った顔立ちまつ毛の長い鋭い目、なによりその立ち姿はまるで時代劇の剣豪のようだ。
亜香里は香織を見据えたままおもむろにメガネをかけた。
すると先ほどまでの迫力は消えたのが香織にもわかった。
急におどおどしたかと思ったら香織に小さい声で「じゃ…」と言ってそそくさと去って行った。

「え~と…今の何劇場だったの?」




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