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沙織の悩み

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昼休みの青空の下、屋上で香織はお弁当を開いていた。
空を見上げながら食べる。
屋上でお弁当を食べだしたはじめの理由はそんな感じだった。
しかし実際には上を向いたまま首が痛くなるし、気管に入って咳き込むこともあるのでずっと見上げながら食べるというのはやめた。
それともうひとつ屋上にお弁当を持っていく理由は。

「オッス」

香織が顔を上げると沙織が焼きそばパンと牛乳を持ってやってきた。
武道場での稽古は亜香里と真紀理も来るので2人で話すとなると昼休みか練習後のバイクでの寄り道になる。
香織はすぐに気づいた。
なんとなく今日の沙織は元気がない。

「え。元気ない?」

「うん?うーん…」

ぼんやりとした目で一度牛乳のストローを口にした沙織を見て香織はなにかあったのだと思った。

「どしたの?」

「うーん、あのね…詠春拳の先生イギリスに帰るんだって」

「そうなの?」

「まだ高度なとこやってないんだよね」

「じゃあ合気道に集中できるね」

「うん。それはいいんだけど。わたしだけの武術がほしいな」

「どういうこと?」

「じつは昔、アニキと一緒に八極拳てのを習ってたの」

香織は初めて聞く武術の名に目を細めた。

「主に強い打撃が特徴なんだけど。これもまた大八極の打開までしかやってないの」

香織は細めていた目をつむった。

「えっと…ハッキョクケン?の?ダイハッキョク?第8番目のなにか…」

「うん。ぜんぜんちがうけどね。説明しないとわからないよね。八極拳は金剛八式という八本の基本の打撃技をやって小さいと書く八極小架で基礎を鍛錬するの。で、大八極に進んで基礎の応用を学んで六大開で六つの戦闘理論を学ぶの。最終的に八大招式で必殺技を習得するのね。これも途中なんだよなぁ」

「なんか難しいね。戦闘理論とか?」

「要するに合気道みたいなことだと思うよ。たとえば相手の外側から入って貼り付いて技をキメるとか」

「入身投げか…」

「あの二教の裏の応用、手首掴まれたらそのまま関節キメるじゃない。あれも八極拳にある」

「へえ。似てるね」

「アニキに言ったら細い手の防御は詠春拳で大きな防御は合気道、で打撃は八極拳でいいんじゃないかって。細かい防御と大きな防御ができたら打撃なんかなんでもいいだろって」

「ふむふむ」

「それに八極拳は女子に向かないってさ。そう決めつけられるとねぇ」

「やりたくなる?」

「やっちゃろうじゃんって思うじゃん」

「ふ~ん。どんな感じなの八極拳て」

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