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想い人

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数日後、香織と沙織は外に出てみることにした。
河本一家はさほど大所帯のやくざではなかったし、沙織が雇われ日が浅かったため新しい用心棒がいたことは世間にはまだ知られていなかった。
女侍二人で歩いているとなかなか目立つのか街中でも声がかかる。

「愛洲先生。こんにちは。お隣様はどなたですか?」

「あら先生。ようやく男ができたと思いきや女だったんですか」

「先生のお弟子さん?」

いろんな声がかけられたが香織は客人とだけ答えた。

「みたらしでも食おう」

「いいね」

「沙織殿といるとなぜか甘いものが食べたくなる」

「それはこちらも同じ。香織殿を見ていると甘いものが食いたくなる。上生菓子と羊羹を同時に食するとはなかなか侮れん」

「いやいや沙織殿の食いっぷりには某もかなわん」

「あはははははは。なんだか楽しい。久方ぶりにおなご同士で話しているようだ」

「おなご同士で話しているのは事実」

「いやおなごと話しておってもこうは楽しゅうない。なんというか…」

「女侍の気持ちは女侍しかわからん」

「それだ!」

すると前方で人だかりができてるのが見えた。
しかしそれ全員が女である。
黄色い声が飛び交う。

「なにごとだ?」

そばの化粧をした女に聞いた。

「町火消しの纏持ちさ。あの顔がいいったらありゃしない」

「纏持ちかあ」

香織は急に黙ってしまった。
そして纏持ちで賑わう女達から目を逸らした。

「行こう。沙織殿」

「いやどんな顔してるのか拝んでみたいね」

「ただの纏持ちだ」

人だかり、いや女だかりの中から香織を呼ぶ声がした。

「陰流さま!纏持ちの真吉まきちでさあ」

さっと声の主の方を香織は見た。
だが女だかりで顔が見えない。

「ゆくぞ沙織殿」

「いや顔を拝んでおきたいね。あの騒ぎだぞ」

「あのおなご達を全員斬らねば見えぬ。やめておけ」

「凄まじいことを言う。女全員斬っちまうとな。さては妬いておるな?」

「何を言う!わたしがなぜ纏持ちなどに妬かねばならないのだ!」

「顔が赤くなっておるぞ。これは愉快じゃ」

「不愉快だ」

「香織殿の想い人がまさか纏持ちだったとは」

「ちがう!妙なことを申すな。武士が町火消しの纏持ちなどにうつつを抜かすはずがなかろう」

「しかしそのように真っ赤な顔をしておってはごまかせんぞ」

「沙織殿!」
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