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さあどう斬る

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沙織は壁に手をかけ願うような気持ちで眼帯の男が出てくるのをの待った。
しかし背後に気配を感じた。
振り返ると眼帯の男が立っていた。

「やはりお前か」

沙織は嬉しさと懐かしさが込み上げてきた。
抱きつきたい衝動を抑え、眼帯の男の言葉を待った。

「もうとうに死んでいると思った…」

「幸之介さま…」

沙織の目は潤んでいる。
沙織の言葉を幸之介は遮った。

「今のうちに斬り捨てておくか…」

その言葉で沙織は涙を堪え刀に手をかけた。

「なぜわたしを!」

「知れたこと。お前の存在が露見すれば俺の三浦家との祝言が台無しになるやもしれん」

沙織は眉間にしわを寄せ涙をかろうじて堪えているが悔しさで肩が震えている。

「さて。狭い路地での戦い方は教えてなかったな…」

幸之介は左手で鞘を握り、左足を半歩出した。

「やるか…さあどう斬る沙織!」

この人本気でわたしを斬るつもりだ…

震えていた肩が今度は速なる鼓動で上下し始めた。

怖い…

「この狭さでは体捌きは使えん。ここは力の強い方が押し斬る」

わたしはここで幸之介さまに斬られるの…?

せっかく…女侍の友達もできたのに…

「結局、わたしはひとりだったんだ…そしてあなたに捨てられてあなたに斬られるのね」

左手で鍔を押し出し幸之介は「そうだ。お前はひとりだ。そしてひとりで死ぬ。人生最後の一太刀。せいぜい精一杯打ち込んで来い!俺が終わらせてやる…」

ならば先手の勢い!

沙織が幸之介に向かって走り出した。
幸之介も沙織めがけて走った。

これでわたしの人生終わり…

さよなら愛洲香織…わたしの分まで女侍の人生を謳歌してくれ…

剣を抜こうとしたその瞬間、沙織の背後から大きな声が聞こえた。

「沙織殿!どうされた!」

第三者の出現に思わず立ち止まったは幸之介も同じだった。
香織だ。すでに左手の親指がいつでも抜けるよう刀の鍔に掛かっている。
目は幸之介に斬りかかる寸前の目だ。

「某、陰流宗家の愛洲香織と申す。地井頭殿とは拙者の友だ。見たところ地井頭殿と同じ無外流の使い手と見えるがここで挨拶をさせていただきたい!」

陰流宗家…愛洲…

「もしかして愛洲移香斎の血縁の者か…」

「いかにも。移香斎は拙者の曽祖父でござる。で、貴殿は?」

陰流の宗家…見たところかなりできる…
沙織ひとりならまだしもこの陰流の宗家に加勢されてはこちらが不利…

「いやなに。久しぶりに後輩の顔を見て昔を思い出していた。本日はヤボ用があってな。いずれ機会があったら改めて愛洲殿に挨拶したい。では」

そう言うと幸之介は注意深く後方に下がりながらその場を去って行った。
幸之介の姿が見えなくなると香織は沙織を心配した。

「大丈夫…?」

言い終わらぬうちに沙織が香織に抱きついた。

「あの人…わたしを…わたしを斬るって言ってた…なんで…なんで斬られなきゃならないの?」

沙織は声を殺して香織の肩で泣いた。
香織は黙って沙織を抱きしめた。





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