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もっと強くだ!

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ふと香織は武道場の横で制服姿で沙織を抱きしめてる自分を見た。
見たことのない着物、二人共膝から下の足が見えてるような召し物。
香織はその姿に平和な時代を感じた。
袴は脚の動きを見せないための武士の召し物。
それを見せているのは戦う必要がないということ。
この召し物の香織と沙織がいる世界に行ってみたい。
そこで沙織と他愛もない話がしたい。
ほんの一瞬だったが香織は知らない世界を見た。
だがそれを沙織に話す気にはならなかった。
今の沙織はとても傷ついている。
沙織の嗚咽が落ち着いてきた。

「沙織殿。涙を拭くと良い」

香織は手ぬぐいを渡した。

「すまぬ…」

涙を拭った沙織は背筋を伸ばし毅然とした。

「とんだ姿を見せたな。行こう!」

「うむ」

香織は安心の笑みを浮かべ二人は表通りに出た。
屋敷に戻ると沙織は「亜香里!どこにおる!」

「なにごとにござるか」

「ござるかではない!稽古をつけてやる」

「それは願ったりでござる」

「支度しろ!」

気を紛らわしたいのだろう。と、香織は思った。

「組太刀を教えてやる!狭い路地ではな、最後は勢いだ!男に勝つなら勢いがすべてだ。互いに斬りつけ十字に剣を重ねる!ゆくぞ!」

沙織が足早に間合いを詰めだした。
木刀を抜き上げ、互いに打ち合った。
そのまま亜香里の木剣を押し切った。
亜香里はやもえず上段に振り上げた瞬間、沙織が木剣を返して峰に左手を添え喉元へ切っ先を突きつけて止めた。

「なっ…」

「これが無外流北斗!まず力で押し切れ!」

「わかった」

今度は沙織が打太刀となり亜香里の剣を受けた。

「もっと強く!」

そう。もっと強くならないと幸之介さまは…いや幸之介を倒すなど無理だ。

亜香里が打ち込む。

「もっと強くだ!」

己に言い聞かせるように沙織は怒鳴った。



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