上 下
87 / 167

幸之介との別れ

しおりを挟む
「幸之介は人が変わってしまった。子供達や村人が礼に来ても無反応でなにを考えてるのかわらなくなった。なんとか歩けるまでに回復し、江戸に戻る頃には…」

沙織は思い出していた。
杖をつき、江戸を目指して野道を歩く幸之介と沙織。

「ようやく江戸に戻れますね。幸之介さま」

「なぜ加勢に来なかった?」

その質問に沙織は動けなくなった。

「二人でかかればこんな怪我をしなくてもすんだかもしれん。一瞬でよかった、たった一瞬でも熊の気をそらせてくれれば…」

「わたくしが…?」

…わたしのせい…?

「お前は信用できん女だな…あれほど剣を教えたのに…」

「幸之介様…わたくしはあなたさまを慕っております!この気持ちに嘘はございません」

「口ではな。いやしょせんおなごに頼った俺が愚かだった。おなごのくせになまじ剣を中途半端に使える者だから悪いのだ。はじめからおなごらしく剣など手にしなければこんなことにならずにすんだのだ」

「そんな…」

香織の注いだおちょこをじっと見つめだ沙織は目は遠かった。

「それで江戸についたあとオレは里親に別れを告げひとり武者修業の旅に出たというわけだ。己が許せなかったし剣の腕を上げ幸之介に認めてもらおうと思っていた。だが気がついたら人斬り地井頭などと呼ばれるようになっていてな。剣の修業を終えて戻ってきたら…」

沙織の脳裏に路地で会った幸之介が浮かんだ。
沙織の目に再び涙が流れた。

「香織殿。教えてくれ。オレはあの時、剣を捨てておなごの人生を送るべきだったのだろうか?」

沙織は目を覆った。

「おなごとして幸之介の前に現れてもし相手にしてもらえなければ惨めではないか?」

香織に答えられるはずもなかった。

しおりを挟む

処理中です...