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オイラの本当の名前は

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「女なんだけどさ。それでも香織様がいいって言うならオレは抱くぜ」

一瞬、なにを言ってるのかきょとんとした香織はすぐに我を取り戻した。

「いや待て待て待て待て」

いつもの香織になった。

「おぬしが女ということはわかった。驚いたがな。しかしなぜわたしを抱こうとするのだ」

「いやだから。惹かれ合ってたじゃねえかオレら?」

「そ、それはおぬしが男だと思ったからだ…」

「だからさ。オレの身の上話をしちまうとよ。うちには男がいなくてさ。火消しを束ねていて親父がオレを男として育てて纏持ちにしたってわけさ。それが思った以上に目立っちまって女達に抱いてくれ抱いてくれって逃げ回る毎日さ。抱いて女だとバレたら大変だよ。町火消しの名折れってわけだ」

「それでわたしに夜這いをかけるのはどうしてだ?関係なかろう」

「いやだからさ。男の姿で生きるオレの気持ちがわかってくれるのは男のしかも武士である香織様しかわからないって思ったんだ。だから…」

「夜這いに来たと?で、わたしを抱いて結納でもあげるのか?」

「そいつは無理ってもんだぜ。香織様。なにせオレ達は身分が違う」

…それはそうだ…

「確かに。世帯を持つことはまかりならん。こちらも陰流を背負った身」

「だろ?ただオレ達が互いに想い人だとしたらどうだ?オレにすり寄って来る女はいなくなる。香織様はどうだい?勇ましい噂でいつももちきりだが男がいるとなったらそういう目で見てくるお武家様も現れるんじゃないか?町人なんかに渡してたまるかってさ」

それを聞いて香織も初めて自分も得するかもしれないということを認識した。

たしかに…わたしの評判も変わるかも…

意外と悪い話ではないかもしれない…

「う~ん、わかった真吉。おぬしの話に乗ろうではないか」

「そうこなくっちゃ!あ~助かったぜ。ちなみにオイラの本当の名前は真紀理ってんだ。戸口破って纏持ちやがるから戸的って通り名と合わせりゃ戸的真紀理」

「戸的真紀理…いい名だな」

真紀理は感慨深く香織を見た。

「初めて他人に自分の名前をちゃんと名乗れたよ」

香織はふとなにかを思いついた。

「そうだ。おぬしついでに頼まれてくれぬか」

「なんだい。なんでも言ってみてくれ」

「じつはついでに夜這いをかけてもらいたい者がおる」

「へ?」

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