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契り

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「それでその熊斬斎に捨てられた女侍を慰めるってことかい?」

「そうだ。おそらくそれなりにひと騒ぎ起こるだろう。知らない男が夜這いに来たとなれば。だがすぐにわたしか入って止める。そして女だと知れば落ち着くであろう。よいな」

真紀理は「わかったよ」となぜか香織をじっと見つめていた。

「どうした?」

真紀理は香織に口づけをした。
思わず香織は真紀理を優しく突き放した。

「な…」

「他の女に夜這いをかける前に香織様と契りを交わしたかったんだ。オイラは香織様と男女の…いや二人だけの契りを交わしたんだ。覚えておいてくれよ」

呆然となった香織を置いて真紀理は沙織の部屋の障子をゆっくりと開けた。
残された香織は思わず唇に指を当て「や、柔らかかった…」と、目をつむりその感触に酔った。

「はっ!いかん!味わってる場合ではない」

真紀理が中を覗くと沙織はもう寝ているようだった。
沙織の布団に近づきそーっと沙織の顔を覗き込んだ。
すると首に冷たいものが当てられた。
鋭い尖端が真紀理の首の皮膚に当たっている。
刃物だと暗くてもわかる。
沙織が常に忍ばせている苦無、棒手裏剣だ。

「お、起きてたのかい?待ってくれ!夜這いだよ。オレ、夜這いに来たんだ」

「夜這い~?オレをか?」

「そうだよ。地井頭沙織様を抱きたくてやっきたんだ」

「なにぃ~?」

廊下で止めに入ろうと思った香織だが真紀理が頑張って続けたのでもう少し様子を見ることにした。

「オレを抱きに来たのか?」

「そうだ。町火消しの纏持ちの真吉っていやあちょっとは女共に知られた江戸っ子さ。暗くてわからないかもしれねえが歌舞伎の二枚目役者と間違えられて火消しをやってるケチな野郎さ。だが今夜ばかりは罪とわかっちゃいるが地井頭沙織の心に火をつけに来たってわけさ」

「ほう…」

「さあ。どうする?オレの喉をカッ切るか、それとも抱かれるか?」

暗闇の中、わかりずらいが沙織はにんまりしていた。まだ酔いが残っている。
起きて立ち上がった沙織を緊張の中、真紀理は見上げた。
そして着物がすり落ちるかすかな音を聞いた。

「え?」






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