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もうす。もうさん

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3人が着替えてくると沙織は手を後ろへやりややだらしのない笑顔で待っていた。
いかにもこれからなにかかましてやるぞという顔だ。

「なんかよからぬことを考えてる…」

香織はすぐになにか企んでいると感じた。

「いつもあんなものではないのか?」

亜香里も真紀理もとくに違和感はもっていないようだ。

「真紀理にボーナスあげるの忘れちゃったから」

「え。ボーナス?」

「社長プレイがまだ続いてるんだ。にしてもその顔はなんなの?」

「はい!」

沙織が後ろから取り出して見せたのは割り箸にナスを刺したものだった。

「ボーナス!」

沙織はどうだと言わんばかりのドヤ顔をしている。
香織は頭を抱えた。

「あぁ…」

一瞬、あっけにとられた真紀理だったがツボに入ったのか突然笑い出した。
沙織の追撃はやまない。

「ほらほら。ボーナスをあげた!」

と、割り箸ナスを旗のように上げた。

「アハハハハハハハ!」

ベタなことを見るのは初めての真紀理はくの字になって大笑いだ。

「なるほどダジャレだな」

「昭和のオヤジギャグでしょ」

「そう。うちのお父さんがよくやるから」

「アハハハハハハハ。ウケる!棒にナスでボーナス!」

「よほどツボなのだな。よく笑う」

「いいお客さんだ…」

香織はふと恋などなくても充分楽しい時間を過ごしているのだと感じた。
かつて人斬り地井頭と呼ばれた女がダジャレで真紀理を喜ばせている現世。
亜香里は生まれ変わっても変わらないし、なんにせよまたこの4人で集まっているこの奇跡。

「こんな贅沢はどの宇宙にもないかもね」

「おい香織。なにをブツブツ言っておるのだ。あの痴れ者二人は放っておいて稽古を始めるがよい」

「あんたが痴れ者でしょ。まず先輩を呼び捨てにする癖を直しなさいよ!」

「言ってることがよくわかりもうさん」

「わかりもうすだろ!常識を言ってるだけだから」

「いやわかりもうさん」

「もうすわ!」

「いやもうさん」

「もうす!」

「もうさん」

「一回殺していい?」
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