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すっとぼけの…

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当時。じつのところ熊斬斎村木幸之介は香織の腕に一目惚れしていた。

あの大男を女ひとりで倒すとは…

ただの女ではないな。

幸之介は沙織と夫婦になるとことあるごとに香織のことを聞いてきたという。
沙織もはじめは剣士としての好奇心だと思っていたが段々と幸之介の気持ちを知るようになった。
現世では幸介と沙織は兄妹だが沙織は香織と幸介を会わせてはならないと魂の記憶が囁いていた。
翌日、香織が沙織とお昼ごはんを食べようと屋上に上がってくると沙織はいつものようにBLTをほうばっていた。
いつもと変わらないように見えたが、よく見ると目に自然さがない。
一点を見つめたまま食べている。

「あ。もう食べてる。早いね相変わらず」

沙織は機械のようにBLTを口に運び香織の言葉に反応しなかった。

「どしたの?」

「なにが?」

「おかしいよなんか…」

香織は幸介のことを聞こうと目を輝かせた。

「昨日のさ。あの…お兄さんだけどさ…」

「ん?なんのことぉ?」

「なんのことってお兄さん初めて見たけど。すごいよね」

「なにが?」

「なんていうか。ドがつくほどのイケメンっていうか…」 

「ドイケメン?そんな言葉ないよ」

「なんか言ってた?」

「なにが?」

「わたしのこととか…」

「誰が?」

「だからお兄さん」

「お兄さん?わたしにお兄さんなんていないよ」

「いたじゃん」

「地縛霊だから」

「その…じゃあ地縛霊さんなんか言ってた?」

沙織は昨日幸介から何度か香織のことを聞かれたことを思い出した。
普段は異性への興味を示さない兄が香織のことをしつこく聞いてきたことに腹が立った。

「え?なにも…」

沙織は目を合わせようとしない。
沙織が嘘をつくときは目を合わせないし、またそれを白状するような人間でないことを香織は知っていた。
要するに頑固者。
こうなると手におえない。

「なにがなんでも会わせない気だよね」

「なにがぁ?」

「すっとぼけた顔して…」

「すっとぼけ?ん?」

沙織がトボけた笑みを浮かべた。
香織はその顔にイラッときた。

「このすっとぼけのスットコドッコイが…」

「誰がすっとぼけのスットコドッコイよ!」
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