練習なのに、とろけてしまいました

あさぎ

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2.友人からの依頼

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「疲れたぁぁ」

 帰宅したわたしは、ナメクジのようにだらーんと床に寝そべった。
 小野田主任から命じられたやり直し作業が終わった後もなにかとこき使われ、そして怒鳴られ、家に着いたころにはもうへろへろのよぼよぼだった。

 けどこの後、わたしには最強の栄養補給剤が待っている!

 なめくじ状態から一転しゃきーんと起きあがり、だるだるだった体をお風呂で温め、すっきりした体でパソコンを開いた。
 パソコンの横には大好きな缶チューハイを用意して、ヘッドホンを装着すれば動画を見る準備万端である。

「今日もお疲れっ!」

 ぐびっと缶チューハイを飲み、自分で自分を労う。
 そしていよいよご褒美タイムのはじまりだ。
 今夜はどんな話だろう。
 楽しみすぎて手が震えてくる。

 1DKの小さな部屋で、戦にでも行くような心持ちでサイトを開き、数時間前に配信されたばかりのほやほや動画をぽちりと再生した。


◆◆◆◆◆

 
 数分後。

「ぐふぁーっっ良すぎ……! 最高すぎる! スミレ天才!」

 缶チューハイの酔いも手伝って、わたしのテンションはうなぎ登りだ。
 声を担当してくれている見知らぬお兄さんにも感謝である。
 彼の素晴らしい演技力のおかげで、失われた気力がどんどん養われていく。
 絶妙なセリフ回し、耳の奥に響く低音ボイスに全身が侵され、本当に妊娠してしまいそうだ。

「はあ~、ほんといい声。ぐふふ♪」

 夜はまだまだ長い。
 お酒もいい感じに進むし、不気味な笑みを浮かべながら、わたしは眠くなるまで動画を堪能するのだった。


◆◆◆◆◆

 
 それから数日後の金曜の夜。
 スミレからいきなり連絡が入り、とんでもないお願いをされてしまう。

『お願いっ、瞳子しかいないの! 瞳子なら出来る! アンタなにかと一人芝居してるし!』

 いつも、余裕たっぷりのスミレらしからぬ声だった。
 携帯から聞こえる声は、大分焦っている。
 てか、一人芝居ってなに??

「わたし、一人芝居なんてした覚えないけど」
『しょっちゅうしてるわよっ、とにかくお願いっ』

 もしかして、妄想中にさらしてるあんなことやこんなことを言っているなら、完全にお門違いだ。

「ムリムリムリ! アフレコなんてやったことないし、わたしは見る専だから」

 そう、スミレのお願いっていうのは、漫画動画の女性キャラの声を担当してほしいというものだった。

『そこをなんとかお願いしてるんでしょ! 今まで頼んでた人が急に辞めちゃって本当に困ってるの!』
「次の人見つけてからやればいいじゃない」
『そんな簡単に見つかるなら瞳子に頼んでない! 次の配信日が迫ってるのっ、助けてよ!』
「一刻を争うならなおさらじゃない。募集かけたほうがいいって」
『募集はとっくにかけた。けど今回はクオリティが低くて合格者がひとりもいなかったの!』
「へえ~オーディションみたいでなんかかっこいい」
『茶化すな。同人とはいえ、こっちはこれを仕事にお金もらってるんだから真剣なのっ』
「ごめんごめん。けど真剣ならさぁ、やっぱ素人の私に頼むのは筋違いだよ」

 でもちょっと待てよ、とふと思った。

「ちなみになんだけど、今回辞めちゃったのは女の人だけ?」
『そうよ、男役は変わらないわ。まあ……あの人は辞めることないと思うから、今後も頑張ってもらうつもり』

 わたしの中で、むくむくと好奇心が湧き上がってきた。
 これはつまり、引き受ければ癒やしとして君臨し続けてきた、あの声の相手役ができるということだ。
 またとないチャンスではないか、一時でもヒロインになれるなんて。
 天意だとさえ思えてくる。

「やる!」

 わたしは手の平を返すように、自分の興味本位に従って答えた。
 いきなりすぎたせいでスミレの反応が一瞬途絶えたが、すぐに、

『心の友よーーっ!! ありがとーー! 今すぐ抱きしめたいっ!!』

 と、元気いっぱいな声が返ってきた。

「あははっ、気持ちだけ受けとっておく」
『報酬はちゃんと払うから』
「いやいや、さすがにいいよ」

 なにせ利害の一致でやらせてもらうのだから、ちょっと後ろめたくもある。
 報酬なんてもらえるわけがない。
 
 こうして明日、スミレのマンションでアフレコをすることになった。
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