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二章
銀河の妖精、1
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応援エリアに帰って来るなり猛が口を開いた。
「腹筋しながら見上げていたら何となく分かったんだが、北斗お前、吐きそうなのを必死で耐えてただろ」
北斗は陽気に肩をすくませた。
「やはり猛にはバレていたか。そうだ、かなり危険な場面が何度かあったな」
その告白の爽やかさに猛は深い敬意を込め、言った。
「そうか。だが、俺は妙に確信していてな。コイツは絶対ゲロを吐かない、吐いちまったら強制終了をくらうからコイツは何があっても絶対吐かないって、腹筋しながらなぜか俺は確信していたんだよ。だから俺も、最後まで頑張れた。北斗、ありがとな」
北斗が目を見開き猛を見つめる。猛も北斗に強い眼差しを向けている。そして数秒後、二人はゲラゲラ笑い始めた。「笑ったら汗かくわ~」とか言いつつ、北斗も猛も顔をタオルでしきりとぬぐっている。そんな様子を眺めていたら、この二人と僕は男なんだなあと、なぜか改めて思ったのだった。
十一日前の真剣勝負で、北斗は最も長く回転ジャンプスクワットを跳んでいた。それでも時間はたったの、2分。手を上げ体を反らし回転を加えるジャンプスクワットは、それだけ過酷な運動なのだ。
よって二番目に長く跳んでいたテニス部の小川と相談し、北斗は第一スクワットになる決意をした。先ずは小川が第二スクワットとして、可能な限りドリルの先端になる。そして小川が力尽きたら、今度は北斗がドリルの先端を担うという二段作戦を二人は立てたのである。仮にこれが逆だったら、2分30秒を待たず二人は共倒れしていただろう。それを避けるべく小川は捨て石となり、本命の北斗を休ませた。その潔さに応え、北斗は四年越しの想いを捨て、栄光の第二スクワットを小川に譲った。二人はクラスのため、そんな決断をしたのだ。
その意気込みに打たれた他の四選手も、第一腕立てと第一腹筋をそれぞれの本命とした。六人全員がクラスのため、同じ決断を下したのである。それを、十組の男子は全員知っていた。いやきっと、女の子たちも知っていたのだと思う。でなければドリルの途中で、三人を残し女子全員が泣き崩れるようなことには、ならなかったと思うからね。
北斗と猛は相変わらず「汗かくわ~」とか言いつつ、下手な演技を続けている。昴と芹沢さんも目元にタオルを当て、二人と一緒に微笑んでいる。僕と輝夜さんはそんな四人に、相好をくずしたのだった。
「プログラムナンバー十三番、『銀河の妖精』を行います。出場選手はグラウンド東側にお集まりください」
ドリルの興奮いまだ冷めずともドリルの応援疲れは粗方引いた、という絶妙なタイミングでアナウンスが入った。それを受け、六人の女子が立ち上がる。このプログラムは体育祭唯一の、女の子たちだけで行う競技なのだ。その華やかさに、僕らはお祭り気分で歓声をあげた。特に僕は張り切って拍手した。なぜなら、
「輝夜、ファイト!」
「白銀さん、頑張って!」
という昴と芹沢さんの応援のとおり、輝夜さんが出場するからである。しかも輝夜さんが出るのは、『銀河の妖精』なのだ。ドリル同様、湖校体育祭の種目名を決めた先輩方に昭平アニコミマニアがいてくれたことへ、僕は心中滝の涙を流した。
行ってきますと小さく手を振り、輝夜さんはグラウンドの東側へ去って行った。赤組の選手達も、同じ場所に続々集結している。この競技は白組と赤組が最初から同じ場所に集まる、唯一の競技でもあるのだ。集まる場所は学年ごとに違って、奇数学年は東側で偶数学年は西側。毎年東じゃ、不公平だからね。
その時、
「平均台が出てきたぞ!」
誰かが叫んだ。声に釣られグラウンドの西側へ目をやる。僕は少なからず驚いた。御神輿のように担がれた平均台20台が縦二列に並び、どっと現れたからだ。一台につき四人の、計八十人の男達はお祭りに相応しい、威勢のいい声をあげ平均台を運んでいる。聞くところによると実行委員の男子だけではこの人数を揃えられないらしく、力自慢の男子生徒がボランティアで平均台運びに加わるのが湖校の伝統なのだと言う。最前列で担ぐ体格の良い男達が、そうなのだろう。彼らと、彼らボランティアの後ろで目立たず平均台を運ぶ実行委員達の心意気に、僕らは賞賛の拍手を捧げた。
20台の平均台がトラック西寄りに2台ずつ連結され、10列に並べられた。白組側の4列と赤組側の4列は高さが15センチしかないが、中央の2列は三倍の45センチの高さがあった。そうすることで中央にあっても、応援エリアから見えやすくしているのだ。けれどもそれは、ほんの些細な違いでしかない。なんと中央2列は、上部が鉄棒でできていた。平均台は通常、上部が平らに作られているものだが、中央2列だけは直径わずか3センチの鉄棒製なのである。然るにこの2列を希望する生徒は事前申請し、適正テストを受けねばならなかった。この別格平均台には二倍の点数が与えられるため今年も60人を超える希望者がいたそうだが、テストに合格するのは上位24人のみ。その合格者達を、栄光の二十四人と呼ぶのが湖校の習わしだった。
なんてことを考えていたら、突然グラウンドに軽快な音楽が鳴り響いた。このプログラムだけは、最近の流行歌の中で最もノリの良い曲が選ばれるのだ。銀河の妖精は午前最後の競技であることも手伝い、みんな後先考えずハッチャケていた。
音楽に合わせグラウンド東側から、120人の選手が入場してきた。皆リラックスして、楽しげに手を振っている。ドリルとは真逆の彼女達の雰囲気に、男と女って全然違うんだなあと僕はつくづく思った。
選手達が所定の位置に着き腰を下ろす。するとトラック内側の地面が暗くなり、その暗がりの中に輝く星々が無数に出現した。平均台周辺は星が密集していて、まさに銀河だ。そのあまりの美しさに、僕らは爆発的な歓声を上げた。
実行委員によるとこの3D映像は、横方向からは見えても縦方向からは見えないらしい。つまり応援エリアからは見えても、選手達の目に地面が暗く映ることはないって事。ドリルの時の不満をそっちのけ、安全を最優先する学校側の姿勢に僕は心底共感した。輝夜さんが出場するのだから、安全最優先で当然なのである。うんうん。
などと考えているうちに、最前列の選手10人が立ち上がりスタートラインに進み出てきた。そして、号砲。
パ――ン!
体育祭唯一の女子のみ競技であり午前最後のプログラムでもある『銀河の妖精』が、開幕したのだった。
この競技は三部で構成されている。第一部は、回転しながらの垂直ジャンプ。第二部は、回転を伴う30メートル走。そして最後の第三部が、長さ10メートルの平均台走破だ。この三つの出来映えを教育AIが判定し、1位から120位までの順位を決め、各クラスの得点に加えてゆく。だから銀河の妖精もストラックアウト同様、祖父母の時代では実行不可能な競技と言えよう。一千を超える評価項目に沿い選手120人を迅速かつ正確にジャッジするなんて、量子AIなしでは絶対不可能だからね。
「「オオ~~」」
応援エリアからどよめきが上がった。中央2列の選手が、素晴らしい回転ジャンプで皆を魅了しているのだ。フィギュアスケーターの如く回転するたび、ボーナス1点が二選手の頭上に加算されてゆく。ボーナスは一回転で1点、一回転半で2点、二回転以上で3点だから、あの二選手は毎回必ず1回転していることになる。恐るべき事だ。回転ジャンプは左から初めて右、左、右と立て続けに四度行われるため、普通は半回転がやっと。現に他の八選手は全員、回転を半回転に押さえることでフォームを美しく保ち、出来映え点を狙うという作戦を採用していた。そうつまり中央2列の二選手だけが、別格なのである。
計四回のジャンプ全てでボーナスを獲得した二選手の頭上に、第一部の合計得点が表示される。右側の白組選手が28点、左側の赤組選手が28点、まったくの同点だ。着地と同時にスタートダッシュを決めた二選手へ、僕らは割れんばかりの拍手を送った。
二選手に続き八選手の頭上にも、第一部の合計点が次々表示されていく。24点が殆どだから、多くの選手が6点の出来映え点を獲得していったのだろう。ろくし二十四の、24点ってことだね。
出来映え点は10点満点。軸をぶらさず半回転を確実にこなせば6点もらえるから、第一部では八選手の点数に差はさほど生まれなかった。しかし続く第二部以降は、様相が大きく変わってきたのである。
第二部で選手は30メートルを駆けつつ、左、右、左、右と四回転する。一カ所で回転してから真っ直ぐ走るだけでも困難なのに、回転しながら走らなければならないのだ。然るにこの第二部で、八選手の合計点に初めて開きが生じた。21点から8点と、大きくばらけたのである。中央二選手にとっても第二部は難しかったらしく、白組選手は23点、赤組選手は1点リードの24点だった。そして10人の選手達は逆転をかけ、最後の平均台へ臨んで行った。
「昴は体育祭の準備授業で、これをやってみた?」
選手達が第二部を戦っている最中、迷ったすえ昴にそう尋ねた。昴は幼稚園のころから、銀河の妖精に強い憧れを抱いていた。しかし湖校生となった今年、昴はこれに出ることができなかった。『クラス対抗男女混合リレーを除き、生徒はただ一つの競技に出場する事』という規則が、それを阻んだのである。
そして恐らく十中八九、いやはっきり言って100%、昴は湖校在学中ずっと、この競技に出場することができない。長距離は学年トップ、短距離も学年トップクラスであるため、それらの競技に出場することを皆が昴に望むからだ。それを知る昴も、銀河の妖精に出たいという希望をおくびにも出さなかった。僕の幼馴染みは、そういう人だからね。
それに引き換えダメダメな僕は昴に問いかけた数秒後、ある可能性に気づき息を呑んだ。幼稚園の頃から憧れ続けた競技に昴が出なかった最大の理由は、僕にあったのではないかと思ったのだ。100メートル走決勝進出という僕の目標があがり症のせいで絶たれぬよう、昴は1000メートルではなく100メートルに出てくれた。それこそがこの幼馴染みから夢を奪った最大の理由だったのではないかと、僕はようやく気づいたのである。
「全然違うから安心して。一番の理由は他にあるから。あっごめん、眠留の質問に答えてなかったね。五月六日の一限と二限に行われた体育祭の準備授業で、これをやってみたわ。想像以上に難しくて、楽しかったよ」
「・・・昴、ごめん」
僕は謝ることしかできなかった。何も説明していないのに僕が息を呑んだだけで、昴は僕の気持ちを正確に理解してくれた。でも僕にはそんなこと、天地がひっくり返ろうと不可能な事。僕は昴を、まったく理解してあげられないのである。
「もう、眠留はそれが一番なんだからそれでいいの。う~んでも、一つお願いしたいことがあるんだけど、いいかな?」
またもや僕の心を寸分違わず読み取った幼馴染みはしかし、お願い事をする時は必ずお伺いを立ててくれる。昴の頼みを僕が拒むわけないと百も承知のはずなのに、選択権を奪うようなことは絶対しないのだ。その度に僕はこの上なく温かな気持ちになるのだけど、なぜそうなるのかなあなどと暢気に考えつつ、僕はいつも通り応えた。
「もちろんだよ、どんな事でもどうぞ」
「ありがとう。なら・・・」
今度こそ僕は息を呑んだ。いやそれは、そんな生やさしいものではなかった。僕は暫く呼吸する事ができなかった。東の方角へ目をやった幼馴染みの体から、紅蓮の大火が湧きあがったからだ。
「なら、後でありのままを教えてほしい。中央2列の最後を務める白組選手へ、私がどんな表情で、何を言ったかを」
「腹筋しながら見上げていたら何となく分かったんだが、北斗お前、吐きそうなのを必死で耐えてただろ」
北斗は陽気に肩をすくませた。
「やはり猛にはバレていたか。そうだ、かなり危険な場面が何度かあったな」
その告白の爽やかさに猛は深い敬意を込め、言った。
「そうか。だが、俺は妙に確信していてな。コイツは絶対ゲロを吐かない、吐いちまったら強制終了をくらうからコイツは何があっても絶対吐かないって、腹筋しながらなぜか俺は確信していたんだよ。だから俺も、最後まで頑張れた。北斗、ありがとな」
北斗が目を見開き猛を見つめる。猛も北斗に強い眼差しを向けている。そして数秒後、二人はゲラゲラ笑い始めた。「笑ったら汗かくわ~」とか言いつつ、北斗も猛も顔をタオルでしきりとぬぐっている。そんな様子を眺めていたら、この二人と僕は男なんだなあと、なぜか改めて思ったのだった。
十一日前の真剣勝負で、北斗は最も長く回転ジャンプスクワットを跳んでいた。それでも時間はたったの、2分。手を上げ体を反らし回転を加えるジャンプスクワットは、それだけ過酷な運動なのだ。
よって二番目に長く跳んでいたテニス部の小川と相談し、北斗は第一スクワットになる決意をした。先ずは小川が第二スクワットとして、可能な限りドリルの先端になる。そして小川が力尽きたら、今度は北斗がドリルの先端を担うという二段作戦を二人は立てたのである。仮にこれが逆だったら、2分30秒を待たず二人は共倒れしていただろう。それを避けるべく小川は捨て石となり、本命の北斗を休ませた。その潔さに応え、北斗は四年越しの想いを捨て、栄光の第二スクワットを小川に譲った。二人はクラスのため、そんな決断をしたのだ。
その意気込みに打たれた他の四選手も、第一腕立てと第一腹筋をそれぞれの本命とした。六人全員がクラスのため、同じ決断を下したのである。それを、十組の男子は全員知っていた。いやきっと、女の子たちも知っていたのだと思う。でなければドリルの途中で、三人を残し女子全員が泣き崩れるようなことには、ならなかったと思うからね。
北斗と猛は相変わらず「汗かくわ~」とか言いつつ、下手な演技を続けている。昴と芹沢さんも目元にタオルを当て、二人と一緒に微笑んでいる。僕と輝夜さんはそんな四人に、相好をくずしたのだった。
「プログラムナンバー十三番、『銀河の妖精』を行います。出場選手はグラウンド東側にお集まりください」
ドリルの興奮いまだ冷めずともドリルの応援疲れは粗方引いた、という絶妙なタイミングでアナウンスが入った。それを受け、六人の女子が立ち上がる。このプログラムは体育祭唯一の、女の子たちだけで行う競技なのだ。その華やかさに、僕らはお祭り気分で歓声をあげた。特に僕は張り切って拍手した。なぜなら、
「輝夜、ファイト!」
「白銀さん、頑張って!」
という昴と芹沢さんの応援のとおり、輝夜さんが出場するからである。しかも輝夜さんが出るのは、『銀河の妖精』なのだ。ドリル同様、湖校体育祭の種目名を決めた先輩方に昭平アニコミマニアがいてくれたことへ、僕は心中滝の涙を流した。
行ってきますと小さく手を振り、輝夜さんはグラウンドの東側へ去って行った。赤組の選手達も、同じ場所に続々集結している。この競技は白組と赤組が最初から同じ場所に集まる、唯一の競技でもあるのだ。集まる場所は学年ごとに違って、奇数学年は東側で偶数学年は西側。毎年東じゃ、不公平だからね。
その時、
「平均台が出てきたぞ!」
誰かが叫んだ。声に釣られグラウンドの西側へ目をやる。僕は少なからず驚いた。御神輿のように担がれた平均台20台が縦二列に並び、どっと現れたからだ。一台につき四人の、計八十人の男達はお祭りに相応しい、威勢のいい声をあげ平均台を運んでいる。聞くところによると実行委員の男子だけではこの人数を揃えられないらしく、力自慢の男子生徒がボランティアで平均台運びに加わるのが湖校の伝統なのだと言う。最前列で担ぐ体格の良い男達が、そうなのだろう。彼らと、彼らボランティアの後ろで目立たず平均台を運ぶ実行委員達の心意気に、僕らは賞賛の拍手を捧げた。
20台の平均台がトラック西寄りに2台ずつ連結され、10列に並べられた。白組側の4列と赤組側の4列は高さが15センチしかないが、中央の2列は三倍の45センチの高さがあった。そうすることで中央にあっても、応援エリアから見えやすくしているのだ。けれどもそれは、ほんの些細な違いでしかない。なんと中央2列は、上部が鉄棒でできていた。平均台は通常、上部が平らに作られているものだが、中央2列だけは直径わずか3センチの鉄棒製なのである。然るにこの2列を希望する生徒は事前申請し、適正テストを受けねばならなかった。この別格平均台には二倍の点数が与えられるため今年も60人を超える希望者がいたそうだが、テストに合格するのは上位24人のみ。その合格者達を、栄光の二十四人と呼ぶのが湖校の習わしだった。
なんてことを考えていたら、突然グラウンドに軽快な音楽が鳴り響いた。このプログラムだけは、最近の流行歌の中で最もノリの良い曲が選ばれるのだ。銀河の妖精は午前最後の競技であることも手伝い、みんな後先考えずハッチャケていた。
音楽に合わせグラウンド東側から、120人の選手が入場してきた。皆リラックスして、楽しげに手を振っている。ドリルとは真逆の彼女達の雰囲気に、男と女って全然違うんだなあと僕はつくづく思った。
選手達が所定の位置に着き腰を下ろす。するとトラック内側の地面が暗くなり、その暗がりの中に輝く星々が無数に出現した。平均台周辺は星が密集していて、まさに銀河だ。そのあまりの美しさに、僕らは爆発的な歓声を上げた。
実行委員によるとこの3D映像は、横方向からは見えても縦方向からは見えないらしい。つまり応援エリアからは見えても、選手達の目に地面が暗く映ることはないって事。ドリルの時の不満をそっちのけ、安全を最優先する学校側の姿勢に僕は心底共感した。輝夜さんが出場するのだから、安全最優先で当然なのである。うんうん。
などと考えているうちに、最前列の選手10人が立ち上がりスタートラインに進み出てきた。そして、号砲。
パ――ン!
体育祭唯一の女子のみ競技であり午前最後のプログラムでもある『銀河の妖精』が、開幕したのだった。
この競技は三部で構成されている。第一部は、回転しながらの垂直ジャンプ。第二部は、回転を伴う30メートル走。そして最後の第三部が、長さ10メートルの平均台走破だ。この三つの出来映えを教育AIが判定し、1位から120位までの順位を決め、各クラスの得点に加えてゆく。だから銀河の妖精もストラックアウト同様、祖父母の時代では実行不可能な競技と言えよう。一千を超える評価項目に沿い選手120人を迅速かつ正確にジャッジするなんて、量子AIなしでは絶対不可能だからね。
「「オオ~~」」
応援エリアからどよめきが上がった。中央2列の選手が、素晴らしい回転ジャンプで皆を魅了しているのだ。フィギュアスケーターの如く回転するたび、ボーナス1点が二選手の頭上に加算されてゆく。ボーナスは一回転で1点、一回転半で2点、二回転以上で3点だから、あの二選手は毎回必ず1回転していることになる。恐るべき事だ。回転ジャンプは左から初めて右、左、右と立て続けに四度行われるため、普通は半回転がやっと。現に他の八選手は全員、回転を半回転に押さえることでフォームを美しく保ち、出来映え点を狙うという作戦を採用していた。そうつまり中央2列の二選手だけが、別格なのである。
計四回のジャンプ全てでボーナスを獲得した二選手の頭上に、第一部の合計得点が表示される。右側の白組選手が28点、左側の赤組選手が28点、まったくの同点だ。着地と同時にスタートダッシュを決めた二選手へ、僕らは割れんばかりの拍手を送った。
二選手に続き八選手の頭上にも、第一部の合計点が次々表示されていく。24点が殆どだから、多くの選手が6点の出来映え点を獲得していったのだろう。ろくし二十四の、24点ってことだね。
出来映え点は10点満点。軸をぶらさず半回転を確実にこなせば6点もらえるから、第一部では八選手の点数に差はさほど生まれなかった。しかし続く第二部以降は、様相が大きく変わってきたのである。
第二部で選手は30メートルを駆けつつ、左、右、左、右と四回転する。一カ所で回転してから真っ直ぐ走るだけでも困難なのに、回転しながら走らなければならないのだ。然るにこの第二部で、八選手の合計点に初めて開きが生じた。21点から8点と、大きくばらけたのである。中央二選手にとっても第二部は難しかったらしく、白組選手は23点、赤組選手は1点リードの24点だった。そして10人の選手達は逆転をかけ、最後の平均台へ臨んで行った。
「昴は体育祭の準備授業で、これをやってみた?」
選手達が第二部を戦っている最中、迷ったすえ昴にそう尋ねた。昴は幼稚園のころから、銀河の妖精に強い憧れを抱いていた。しかし湖校生となった今年、昴はこれに出ることができなかった。『クラス対抗男女混合リレーを除き、生徒はただ一つの競技に出場する事』という規則が、それを阻んだのである。
そして恐らく十中八九、いやはっきり言って100%、昴は湖校在学中ずっと、この競技に出場することができない。長距離は学年トップ、短距離も学年トップクラスであるため、それらの競技に出場することを皆が昴に望むからだ。それを知る昴も、銀河の妖精に出たいという希望をおくびにも出さなかった。僕の幼馴染みは、そういう人だからね。
それに引き換えダメダメな僕は昴に問いかけた数秒後、ある可能性に気づき息を呑んだ。幼稚園の頃から憧れ続けた競技に昴が出なかった最大の理由は、僕にあったのではないかと思ったのだ。100メートル走決勝進出という僕の目標があがり症のせいで絶たれぬよう、昴は1000メートルではなく100メートルに出てくれた。それこそがこの幼馴染みから夢を奪った最大の理由だったのではないかと、僕はようやく気づいたのである。
「全然違うから安心して。一番の理由は他にあるから。あっごめん、眠留の質問に答えてなかったね。五月六日の一限と二限に行われた体育祭の準備授業で、これをやってみたわ。想像以上に難しくて、楽しかったよ」
「・・・昴、ごめん」
僕は謝ることしかできなかった。何も説明していないのに僕が息を呑んだだけで、昴は僕の気持ちを正確に理解してくれた。でも僕にはそんなこと、天地がひっくり返ろうと不可能な事。僕は昴を、まったく理解してあげられないのである。
「もう、眠留はそれが一番なんだからそれでいいの。う~んでも、一つお願いしたいことがあるんだけど、いいかな?」
またもや僕の心を寸分違わず読み取った幼馴染みはしかし、お願い事をする時は必ずお伺いを立ててくれる。昴の頼みを僕が拒むわけないと百も承知のはずなのに、選択権を奪うようなことは絶対しないのだ。その度に僕はこの上なく温かな気持ちになるのだけど、なぜそうなるのかなあなどと暢気に考えつつ、僕はいつも通り応えた。
「もちろんだよ、どんな事でもどうぞ」
「ありがとう。なら・・・」
今度こそ僕は息を呑んだ。いやそれは、そんな生やさしいものではなかった。僕は暫く呼吸する事ができなかった。東の方角へ目をやった幼馴染みの体から、紅蓮の大火が湧きあがったからだ。
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