僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二章

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「初の四連続ボーナスが出たぞ!」
 誰かの声に、ハッと我に返った。10人の選手が、第二部の終盤を走っていた。中央の赤組選手の頭上に、ボーナス1点が3Dで映し出されている。違和感を覚え進行表を確認すると、今走っているのは第三グループだった。どうやら僕は物思いに耽るあまり、意識を一分半ほど途切れさせていたらしい。いかんいかん、今は応援に集中しなきゃと自分を戒めるも、そうなった理由を思い出した僕は誘惑に勝てず、スタートラインの向こう側で待機する選手達にまたもや強化視力を使ってしまう。そしてそこにさっきと同じ選手を見いだした僕は、背中に冷水を再び浴びせられる事となった。
 中央2列の白組最後尾に座っているのは紛れもない、輝夜さんだった。
 僕は残念脳味噌を総動員して考える。
 昴は何故、輝夜さんを・・・・・
 パ――ン!
 号砲が鳴った。間を置かず、
「「オオ~~」」
 どよめきがグラウンドを満たした。慌てて選手たちへ目の焦点を合わせる。スタートライン中央で回転ジャンプを重ねる白組選手の頭上に、ボーナス2点が連続して浮かび上がっている。進行表は、今が第五グループであることを告げていた。またもや意識を途切れさせ、応援を疎かにしていたのだ。その無神経さに嫌気が差し、僕は両手で頬を思いっきり叩いて応援に集中した。
 中央2列を走る栄光の24人は、適正テストの成績下位からレースに臨んでゆく。第五走者は24人の中堅グループだから、ジャンプで一回転半する選手がとうとう現れたのだ。それだけでも興奮するのに初一回転半を達成したのが白組選手だったため、白組全体が盛り上がっている。僕もその素晴らしいジャンプフォームに、感嘆の声を漏らした。
 しかし続く第二部で、白と赤の盛り上がりが逆転する。赤組選手の頭上に「等速直線」と「等間隔」のボーナス計2点が四連続で浮かび上がったのだ。クルクル回りながら走ると左右にふらついたり、回るたびに速度が落ちたりするのが普通。よって同じ速度で一直線に走った選手へは等速直線ボーナスを、四度の回転を等しい間隔でリズミカルに行った選手へは等間隔ボーナスを、それぞれ贈ることになっていた。白組選手も等間隔ボーナスは四連続で獲得したが、等速直線を全て逃したため第一部のアドバンテージが消え、合計得点は両者同じく64点。二人は勝敗を決すべく、最後の平均台に立ち向かってゆく。そして僕らは、この競技が銀河の妖精と呼ばれる所以を、二人から教わったのだった。
 栄光の24人だけが渡ることを許されるこの別格平均台は、上部が直径3センチの鉄棒でできている。平均台から落ちれば減点なのに、すこぶる落ちやすく作られているのだ。しかもこの平均台は得点が二倍になるため、一度のミスが勝敗を決めると言っても過言ではない。よって選手達は皆、姿勢を正し両手を自然に広げバランスを取りながら、鉄棒を慎重に渡っていた。特に第五走者の両選手は素晴らしいバランス感覚の持ち主だったため、滑らかに淑やかに、煌めく銀河を粛々と歩いて行った。そう二人は、妖精そのものだったのである。その姿に僕らは勝負を忘れ、溜息を漏らしたのだった。
 第五グループの最高得点は、第二部を有利に進めた赤組選手が勝ち取った。勝敗を分けたのは、二人のバランス感覚の違い。回転ジャンプにおけるバランス感覚では白組選手が勝っていたが、直線移動のバランス感覚では赤組選手が勝っていた。よって直線移動のバランス感覚がものを言う第二部と第三部を征した赤組選手に、勝利の女神は微笑んだのだ。この移動バランスの優位性は第七グループまで続く傾向となったため、「回転ジャンプ型はこの競技に不利なのかな?」と僕は思いかけた。だがそれは第八グループの赤組選手によって、浅慮だったことが証明されたのである。
 その赤組選手のジャンプは、今まで見てきたものとまったく違っていた。端的にいうなら「回ろうとしない」のだ。これまでの選手は皆、回ろうとしていた。熱心かつ一途に、体を回転させようとしていた。一回転半を跳ぶ選手は特にそれが顕著で、足が地面を離れる前から上体を大きくひねり、限られた滞空時間を目一杯使って少しでも多く回転数を稼ごうとしていた。だがこの赤組選手には、それがまるで見られなかったのである。
 この選手はまず、高々と垂直跳びをする。右隣の白組選手より、15センチは高く跳んでいるはずだ。そして垂直に跳んだ体が上昇をやめる直前、体軸を一気に細くし、体をクルッと回転させる。最高地点前後で、体はゆっくり上昇し、静かに止まり、ゆっくり下降するという、安定したゆっくり状態になる。その僅かな時間を利用し、この選手は体を一回転半させていたのだ。その姿の、なんと美しかったことか。右隣の白組選手も一回転半しているのでボーナス2点を双方が獲得していても、皆きっと確信していたと思う。出来映え点を含む合計点では、差が出るはずだと。
 最後のジャンプを終え着地した両選手の頭上に、第一部の合計点が浮かび上がる。そのとたんグラウンドが、
「「オオ~~」」
 大きくどよめいた。白組選手は35点だったが、赤組選手は2点多い37点。たった一度とはいえ、出来映え点で初となる8点を紅組選手は出したのだ。回転ジャンプ型の選手だからこそ出せた高得点に、僕らは白組赤組を度外視して盛り上がった。しかしその盛り上がりは続く第二部の、ほんの序章に過ぎなかったのである。
 その赤組選手は第二部でも皆を魅了した。回転ジャンプに秀でたその選手は、走りながらの回転もジャンプでこなしたのだ。これまでの選手達は全員、堅実に一歩ずつ足を踏み出すことで、等速直線と等間隔のボーナスを狙うという作戦を採っていた。しかしこの赤組選手に、そんな堅実性は不要だった。抜群の安定感を誇る回転ジャンプを武器に、「ジャンプ」ボーナスを四連続でもぎ取ったのである。ボーナス3点を二度出した第二部の合計点は何と、40点。8点を二度出さないと不可能なこの数字に、僕らは拍手喝采。続く平均台も危なげなく渡り終えた赤組選手を、僕らは敵味方の枠を越えて称えた。
「いやあ、凄かったな今の選手」
 誰に聞かせるでもない僕の独り言に、応えた人がいた。それは昴だった。昴は、完全な憐れみの声で言った。
「眠留、これで感心していたら、あなた最後で気絶するわよ」と。

 続く第九グループもほぼ同じ展開だったが、その次の第十グループで、とうとう2回転する赤組選手が現れた。どこをどうすれば二回転の連続垂直ジャンプが可能になるのか、僕には想像することさえできない。四連続でこそなかったものの2回転のボーナス3点を三度出したその選手は、42点という高得点を第一部で叩き出した。続く第二部はボーナス3点を三度と八点の出来映え点を四連続で出し、43点。そして最後の第三部は40点だったから、合計はなんと125点。一年生では滅多にお目にかかれない、125点以上が出たのである。一年生の銀河の妖精は毎年120点前後で優勝争いが繰り広げられるため、この赤組選手は事実上、優勝に王手を掛けたと言えるだろう。この選手に比肩しうる実力の持ち主は第十一と第十二の、残り四人だけだしね。
 銀河の妖精もこれまでの競技同様、紅白対抗で行われる。ちょっと紛らわしいが、出来映えやボーナスで選手が獲得する点数は「1位から120位までの順位を決めるための点数」であり、それがそのまま各クラスの得点になるわけではない。今は第十グループが終了したところなので、1位から100位までの暫定順位をもとに、白組と赤組の暫定得点がゴール上空に表示されていた。ちなみに今現在、白組は赤組に大きなリードを許していた。ここの所ずっと初何々を赤組に奪われていた気がしていたけど、やっぱ白組は負けていたんだなあ。
 第十一グループでも白組は赤組に敗北し、赤組のリードは益々大きくなった。その差なんと、58点。この大差に、逆転なんてもう無理という諦めムードが白組を覆っていた。けどなぜだろう、十組の女子だけは、それをはね返しているのだ。特に昴は、欠片かけらも諦めていないようだった。そのわけを僕は、いや一年生全員が、もうすぐ知ることとなるのである。

 第十二グループの最後の10人が立ち上がった。その瞬間を狙い十組女子が声を揃え、
「「白銀さ~~ん」」
 の大声援を贈る。輝夜さんはこちらを向き、にこやかに両手を振っていた。しかし昴が裂帛の気合いで、
「輝夜!」
 と叫ぶや輝夜さんは顔を引き締め、昴に力強く頷いた。二人は今、互いの視線の先に、互いだけしか見えていないのだろう。そりゃ二人は同じ薙刀部で、互いを認め尊敬し合う、最大最強最高の盟友なんだろうけどさ・・・
 などと、自分で自分を軽蔑せずにはいられない嫉妬に囚われイジケていた僕は、あることに気づき、今日一番のピンチに立たされる事となった。

  昴と交わした約束と、
  輝夜さんの応援は、
  両立しないじゃないか!
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