81 / 934
三章
5
しおりを挟む
九組と十組にやって来た三人目の選手が、一条さんと一緒にゴールを割った。僕らが人捜しゲームを楽しめるのも、残り一回だけ。トラック東端に設けられた、白組選手の待機ゾーンに目をやる。選手はもう、誰も残っていない。寂しさが胸に迫ってくる。お祭は、そろそろ終りなんだなあ・・・
そんな感慨を胸に、クラスのみんなへ目をやった。目の良い北斗が他のクラスのお題目を読み上げ、猛と二階堂が即興のボケをかまし、北斗がオチを付けるというトリオ漫才が皆に大受けしていた。僕には彼らが、迫り来る物悲しさと戦う三人の勇者のように、思えてならなかった。
「十組は、いいクラスだよな」
隣で真山が呟いた。低い声と高い声が調和し透明化したような、真山の不思議な声に惹かれた僕は、タブー視されている質問を口走ってしまった。
「真山の地元は、どこなんだ」
研究学校に入学する全国50400人の生徒の中には、三つの希望校すべてに入れなかった生徒もいる。枠の空いている学校に駆け込むしかなかった生徒も、大勢いるのだ。だから僕らは入学時のオリエンテーションで、教育AIにこう諭されていた。「研究学校には、相手が話してくれるまで故郷や入学動機になるべく触れないという伝統があります。皆さん、忘れないでください」と。
にもかかわらず考え無しの僕は、地元について真山に尋ねてしまった。申し訳なさと、これがきっかけで友人を一人失うかもしれない恐怖に、僕は打ちのめされそうになった。
「ははは、そんな顔するなよ。俺は何も、気にしてないからさ」
気にしないという友人の言葉を無視して気にかけ続けるのは、信義にもとる行為だ。かといってどんな顔で何を言えば良いか咄嗟に判断できなかった僕は、きっと硬い表情をしていたのだろう。猫将軍は正直で安心するよと微笑み、真山は故郷について話してくれた。
「俺は三重県の山奥で、森と水と高い空に囲まれて育った。山あいに佇む小学校は小さく、みんな友達だった。だから皆に問い詰められたよ。どうしてあんな遠くの学校に、お前は行ってしまうんだと」
真山は言葉を切り、空を見上げた。その瞳に映る青空に既視感を覚え、僕も顔を上に向ける。ふと、翔化してお昼の空を翔けているような、そんな気がした。
「皆に問い詰められ、俺は揺れた。だが、俺の背中を押してくれる者達もいた。『旅立ちの時を迎えた爾を、我らは寿ぐ』 森と水と空が、そう言ってくれた。だから俺は、この学校に来たんだ」
真山を囲む豊かな自然を僕は想像した。すると心に、最善の表情と最善の表現が浮かび上がって来た。それをそのまま世に現す。
「故郷の森と水と高い空に、伝えておいてくれ。真山の旅立ちを後押ししてくれて、ありがとうって」
「ああ、必ず伝えるよ」
真山の笑顔に僕は悟った。
相手の真意を知る前に選んだ表情と表現は、次善以下なのだと。
四人目の選手が九組と十組を目指して走ってきた。一生懸命な姿に見覚えのあった僕は、その女の子に純粋な応援を贈った。
目的地に辿り着いたその子は逸る気持ちに急き立てられながらも、宙に浮かぶボタンを両手で丁寧に包み、そっと押した。3Dの虚像を実物のように扱うその子の心根に、感銘が広がってゆく。隣の真山からも同じ気配が伝わってきて、これなら安心して美鈴を紹介できると僕は首肯した。しかしその直後、今この状況で美鈴を思い出した不可解さに気づき、僕は縦に振った顔をそのまま横に傾け、それについて考えようとした。けど丁度その時、
「「十組だ!」」
皆の声が鼓膜を激しく震わせた。矢継ぎ早に、十組だ十組だという歓声が耳に飛び込んでくる。人捜しゲームは九組男子、十組女子、九組女子、と来たから最後は十組男子で確定だと知っているはずなのに、十組十組と皆で浮かれ騒いでいるのだ。数瞬後、友人と妹に関する疑問をすっかり忘れて、僕も叫んでいた。「十組だヒャッハー!」
なんて感じに皆とハッチャケながら大スロットを見つめていたのだけど、なぜか突然、背筋に悪寒が走った。輝夜さんが選ばれた時の感覚と同質だが、今回はそれよりもっと強烈な、まるで死に神に息を吹きかけられたかのような悪寒が背中を駆け抜けたのである。いやさすがに、死に神は大げさだけどさ。
などと自分の仰々しさに失笑しているうち大スロットが固定され、僕は安堵の息をついた。それは、僕が選ばれそうもないお題目だったからだ。けど同時に、強い違和感を覚えた。何かが足りない気が、しきりとしたのである。心に雷光が煌めいた。
そうだ、効果音が無いんだ!
「「オオ~~」」
周囲にどよめきが起こった。止まったはずのスロットが壊れかけのベアリングのごとく、ギシギシ音を立てて再び動き始めたのだ。一度止まったのは、最後のお題目への演出でしかなかったのである。そしてついに、
ガッッチャン!
ひときわ大きな効果音と共に大スロットは今度こそ停止した。僕は絶望の淵に突き落とされる。そこには、
【一番、決める時にビシッと決める男の子】
そう、映し出されていた。
「なっ、なんですと―――!」
思わず叫ぶ僕。
「「ギャハハハハ―――!!」」
地面の上をのたうち回るクラスメイト達。
頭真っ白どころか全身真っ白になった僕へ、真山がのたうち回りながら何かを差し出してきた。
それは、水筒だった。
通常より細長いタイプの、水筒だった。
すべてを悟った僕はそれを受け取り立ち上がり、射出カタパルトに足を乗せる真似をした。
そしてネムルの「ネ」にアクセントを置き、言った。
「ネムル、行きま―――す!」
僕は上体を前へ折り水筒をおでこに当て、グルグル回った。
運動音痴よ蘇れと願いつつ、力任せにグルグル回った。
回転を止め水筒を地面に置き、あっけにとられている選手を促す。
「さあ走ろう!」
女の子は弾かれたように頷き僕と走った。そのとたん、
僕はもんどり打ってすっころんだ。
ピコン ピコン ピコン
後方から、バイタル異常を知らせる黄色ランプの警告音が複数聞こえてきた。
僕はそれを無視し何度も転倒しながら、その子と一緒にゴールを割ったのだった。
そんな感慨を胸に、クラスのみんなへ目をやった。目の良い北斗が他のクラスのお題目を読み上げ、猛と二階堂が即興のボケをかまし、北斗がオチを付けるというトリオ漫才が皆に大受けしていた。僕には彼らが、迫り来る物悲しさと戦う三人の勇者のように、思えてならなかった。
「十組は、いいクラスだよな」
隣で真山が呟いた。低い声と高い声が調和し透明化したような、真山の不思議な声に惹かれた僕は、タブー視されている質問を口走ってしまった。
「真山の地元は、どこなんだ」
研究学校に入学する全国50400人の生徒の中には、三つの希望校すべてに入れなかった生徒もいる。枠の空いている学校に駆け込むしかなかった生徒も、大勢いるのだ。だから僕らは入学時のオリエンテーションで、教育AIにこう諭されていた。「研究学校には、相手が話してくれるまで故郷や入学動機になるべく触れないという伝統があります。皆さん、忘れないでください」と。
にもかかわらず考え無しの僕は、地元について真山に尋ねてしまった。申し訳なさと、これがきっかけで友人を一人失うかもしれない恐怖に、僕は打ちのめされそうになった。
「ははは、そんな顔するなよ。俺は何も、気にしてないからさ」
気にしないという友人の言葉を無視して気にかけ続けるのは、信義にもとる行為だ。かといってどんな顔で何を言えば良いか咄嗟に判断できなかった僕は、きっと硬い表情をしていたのだろう。猫将軍は正直で安心するよと微笑み、真山は故郷について話してくれた。
「俺は三重県の山奥で、森と水と高い空に囲まれて育った。山あいに佇む小学校は小さく、みんな友達だった。だから皆に問い詰められたよ。どうしてあんな遠くの学校に、お前は行ってしまうんだと」
真山は言葉を切り、空を見上げた。その瞳に映る青空に既視感を覚え、僕も顔を上に向ける。ふと、翔化してお昼の空を翔けているような、そんな気がした。
「皆に問い詰められ、俺は揺れた。だが、俺の背中を押してくれる者達もいた。『旅立ちの時を迎えた爾を、我らは寿ぐ』 森と水と空が、そう言ってくれた。だから俺は、この学校に来たんだ」
真山を囲む豊かな自然を僕は想像した。すると心に、最善の表情と最善の表現が浮かび上がって来た。それをそのまま世に現す。
「故郷の森と水と高い空に、伝えておいてくれ。真山の旅立ちを後押ししてくれて、ありがとうって」
「ああ、必ず伝えるよ」
真山の笑顔に僕は悟った。
相手の真意を知る前に選んだ表情と表現は、次善以下なのだと。
四人目の選手が九組と十組を目指して走ってきた。一生懸命な姿に見覚えのあった僕は、その女の子に純粋な応援を贈った。
目的地に辿り着いたその子は逸る気持ちに急き立てられながらも、宙に浮かぶボタンを両手で丁寧に包み、そっと押した。3Dの虚像を実物のように扱うその子の心根に、感銘が広がってゆく。隣の真山からも同じ気配が伝わってきて、これなら安心して美鈴を紹介できると僕は首肯した。しかしその直後、今この状況で美鈴を思い出した不可解さに気づき、僕は縦に振った顔をそのまま横に傾け、それについて考えようとした。けど丁度その時、
「「十組だ!」」
皆の声が鼓膜を激しく震わせた。矢継ぎ早に、十組だ十組だという歓声が耳に飛び込んでくる。人捜しゲームは九組男子、十組女子、九組女子、と来たから最後は十組男子で確定だと知っているはずなのに、十組十組と皆で浮かれ騒いでいるのだ。数瞬後、友人と妹に関する疑問をすっかり忘れて、僕も叫んでいた。「十組だヒャッハー!」
なんて感じに皆とハッチャケながら大スロットを見つめていたのだけど、なぜか突然、背筋に悪寒が走った。輝夜さんが選ばれた時の感覚と同質だが、今回はそれよりもっと強烈な、まるで死に神に息を吹きかけられたかのような悪寒が背中を駆け抜けたのである。いやさすがに、死に神は大げさだけどさ。
などと自分の仰々しさに失笑しているうち大スロットが固定され、僕は安堵の息をついた。それは、僕が選ばれそうもないお題目だったからだ。けど同時に、強い違和感を覚えた。何かが足りない気が、しきりとしたのである。心に雷光が煌めいた。
そうだ、効果音が無いんだ!
「「オオ~~」」
周囲にどよめきが起こった。止まったはずのスロットが壊れかけのベアリングのごとく、ギシギシ音を立てて再び動き始めたのだ。一度止まったのは、最後のお題目への演出でしかなかったのである。そしてついに、
ガッッチャン!
ひときわ大きな効果音と共に大スロットは今度こそ停止した。僕は絶望の淵に突き落とされる。そこには、
【一番、決める時にビシッと決める男の子】
そう、映し出されていた。
「なっ、なんですと―――!」
思わず叫ぶ僕。
「「ギャハハハハ―――!!」」
地面の上をのたうち回るクラスメイト達。
頭真っ白どころか全身真っ白になった僕へ、真山がのたうち回りながら何かを差し出してきた。
それは、水筒だった。
通常より細長いタイプの、水筒だった。
すべてを悟った僕はそれを受け取り立ち上がり、射出カタパルトに足を乗せる真似をした。
そしてネムルの「ネ」にアクセントを置き、言った。
「ネムル、行きま―――す!」
僕は上体を前へ折り水筒をおでこに当て、グルグル回った。
運動音痴よ蘇れと願いつつ、力任せにグルグル回った。
回転を止め水筒を地面に置き、あっけにとられている選手を促す。
「さあ走ろう!」
女の子は弾かれたように頷き僕と走った。そのとたん、
僕はもんどり打ってすっころんだ。
ピコン ピコン ピコン
後方から、バイタル異常を知らせる黄色ランプの警告音が複数聞こえてきた。
僕はそれを無視し何度も転倒しながら、その子と一緒にゴールを割ったのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ママはヤンママ女子高生! ラン&ジュリー!!
オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
キャラ文芸
神崎ランの父親の再婚相手は幼馴染みで女子高生の高原ジュリーだった。
ジュリーは金髪美少女だが、地元では『ワイルドビーナス』の異名を取る有名なヤンキーだった。
学校ではジュリーは、ランを使いっ走りにしていた。
当然のようにアゴで使われたが、ジュリーは十八歳になったら結婚する事を告白した。
同級生のジュリーが結婚するなんて信じられない。
ランは密かにジュリーの事を憧れていたので、失恋した気分だ。
そう言えば、昨夜、ランの父親も再婚すると言っていた。
まさかとは思ったが、ランはジュリーに結婚相手を聞くと、ランの父親だと判明した。
その夜、改めて父親とジュリーのふたりは結婚すると報告された。
こうしてジュリーとの同居が決まった。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
月弥総合病院
御月様(旧名 僕君☽☽︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
私の守護霊さん
Masa&G
キャラ文芸
大学生活を送る彩音には、誰にも言えない秘密がある。
彼女のそばには、他人には姿の見えない“守護霊さん”がずっと寄り添っていた。
これは——二人で過ごした最後の一年を描く、かけがえのない物語。
少しの間、家から追い出されたら芸能界デビューしてハーレム作ってました。コスプレのせいで。
昼寝部
キャラ文芸
俺、日向真白は義妹と幼馴染の策略により、10月31日のハロウィンの日にコスプレをすることとなった。
その日、コスプレの格好をしたまま少しの間、家を追い出された俺は、仕方なく街を歩いていると読者モデルの出版社で働く人に声をかけられる。
とても困っているようだったので、俺の写真を一枚だけ『読者モデル』に掲載することを了承する。
まさか、その写真がキッカケで芸能界デビューすることになるとは思いもせず……。
これは真白が芸能活動をしながら、義妹や幼馴染、アイドル、女優etcからモテモテとなり、全国の女性たちを魅了するだけのお話し。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる