僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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四章

現身、1

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「恐れず答えなさい。仲間達の意識活性率を見て、お前は、何かを気に病んだのではないかい」
 お姉さんの眼差しに助けられたからこそ、僕はその問いかけに、ありのままを打ち明けることができたのだと思う。
「はい、三つのグラフが重なったとき思いました。僕は、仲間がミッションを遂行している時の意識活性率が、低すぎます。僕は仲間のことを気にかけない、自分のことしか考えていない独りよがりな人間だって、思い・・・」
「この馬鹿野郎!」
「殴るぞテメエ!」
 自己嫌悪のあまり最後まで言葉にできなかった僕を二人の友が怒鳴りつけた。そして北斗が立ち上がり、
「お前はこっちに来い!」
 と荒々しく命じて僕を真ん中に座らせた。すかさず二階堂が僕のTシャツの胸倉を両手で鷲掴みにして叫んだ。
「皆のためを思ってした行動が空回りになろうと、誰からも褒められなかろうと、誰にも気づいてもらえなかろうと、それでも俺が俺のプレイスタイルを続けてこられたのは、お前がいてくれたからだ。俺のミッションが成功した時、お前は我が事のように喜んでくれた。俺のミッションが失敗した時、お前は我が事のように悔しがってくれた。お前はいつも俺と一緒に、喜び、悔しがり、そして泣いてくれた。そんなお前が、自分のことしか考えないヤツな訳ねぇだろう!」
 二階堂は本気で怒っていた。僕を不当に蔑むヤツは僕本人ですら許さないと、二階堂は目に怒りの炎を燃え上がらせていた。そんな友に自分の間違いを改めて気づかされ、僕は落ち込んだ。ああやっぱり、僕は友を見ず、自分しか見ていない人間だったのだと。
 けどそれ以上に、僕は嬉しかった。僕の間違いを本気で怒ってくれる友が、僕にはいる。僕の間違いを本気で正そうとしてくれる友が、僕にはいる。だから僕に、自分の間違いを恐れる必要はない。友がその都度教えてくれるから、僕はありのままの自分でいる事ことができるのだ。そしてそれは、この友にとっても同じだった。僕がいるからこの友も、ありのままの自分でいる事ができていた。自分のプレイスタイルを貫くことができていた。僕はそれが、落ち込む気持ちよりもっともっと、嬉しかったのである。
「ありがとう二階堂。僕の間違いを叱ってくれるお前がいてくれれば、僕は間違いを恐れず、自分のままで生きてゆける。二階堂、これからもよろしくな」
 友の体から怒りが急速に抜け落ちていく。二階堂は風船がしぼむように脱力し、Tシャツから手を離し俯いた。そして下を向いたまま、言った。
「ったくよう、紫柳子さんのワンコじゃないが、お前は落ち込むにせよ喜ぶにせよ、素直すぎるんだよ」
「まあそう言うなよ。これが、僕なんだから」
「ははは、ちがいねぇな」
 顔を上げた二階堂と頷き合い、サークルのハンドタッチをした。なぜかどちらも普段より素早く手を動かしたので、それは今までで一番大きな音を周囲に響かせるハンドタッチとなった。何となく、二人で照れ笑いをする。そんな僕の肩に手を乗せ、北斗が後ろから語りかけてきた。
「二階堂がすべて収めてくれたからオマケになるが、お前の意識活性率が低いのは、お前が仲間をとことん信頼しているからだ」
 僕は北斗の方へ体を向けた。その背に、北斗の話を聞こうと身を乗り出す二階堂の気配を感じて、僕はソファーに深く腰掛け直した。「視界確保完了」 戦闘中と同じ緊迫感ある声で報告する二階堂に、僕と北斗はクスクス笑った。
「紫柳子さんと二階堂が言ったように、お前は素直だ。だからお前は、俺達を信頼する自分にも、とことん素直になる。裏も、含みも、見返りもなにも無く、あっけらかんとただ純粋に仲間を信頼する。だからお前は仲間のミッション中に、意識活性率の低い落ち着いた状態を保っていられるんだ。それに加えお前にはクソ度胸もあるから、ひとたび戦闘が始まると、お前は集中力のかたまりと化す。眠留のこの、チーム最低活性率とチーム最高活性率を併せ持つグラフは、仲間を信頼する気持ちとクソ度胸の、賜物なんだよ」
 北斗は一旦言葉を切り、右端にある僕の2Dグラフへ右手を伸ばした。と同時にお姉さんがキーボードに十指を走らせる。それを予期していたかのように北斗は真ん中の自分のグラフへ左手をよどみなく伸ばし、二つのグラフを指でつまみ、左右をスルッと入れ替えた。続いて僕のグラフの右上と左下を掌で抑え、ググッと広げてグラフを拡大。そして波線を指でなぞりながら、北斗は僕の意識活性率の説明を開始した。お姉さんと北斗が魅せた絶妙なコンビネーションに、僕と二階堂は音を立てない拍手を贈ったのだった。
 が、手放しで楽しいのはここまでだった。グラフの波線をなぞりつつ、その時の僕の様子を、北斗が顔で表現し始めたのである。最低活性率の箇所を、北斗はこれ以上ないほどのボケ顔で説明した。打って変わって最高活性率の箇所は、鼻の穴とまぶたを目一杯広げた興奮顔で説明した。しかもそれを、学術用語をふんだんに用いて厳粛に行ったものだから、説明と顔芸のギャップにお姉さんと二階堂は爆笑していた。二階堂はまだしもお姉さんがこんなに楽しんでいるのだから堪えなきゃと途中まで我慢するも、波線が山を越え再び低空飛行に移ったとたん居眠りを始めた北斗に、堪忍袋の緒が切れた。
「テメエ北斗、僕のグラフは仲間への信頼とクソ度胸の、賜物じゃなかったのかよ!」
 北斗は僕の剣幕に、耳と尻尾を垂れうなだれる、豆柴になって答えた。
「だ、だって、眠留と二階堂があんまり楽しそうだったから、僕、寂しくなっちゃって」
「この野郎! こんな時に限って僕の真似をするな!!」
 とうとうブチ切れて僕は北斗に掴みかかった。北斗は僕の手を必死でいなすも、ブチ切れた僕の攻撃を長時間さばき切れる者はそういない。瞬き二回分ほどの攻防の末、僕は北斗の胸倉を掴むことに成功した。だが、僕は完全に忘れていた。北斗は、新忍道本部執行役員のお姉さんすら認める、陽動の天才だったのだと。
「北斗、加勢するぜ!」
 そう宣言するや、二階堂が後ろから僕のわき腹をくすぐり始めた。たまらず僕は北斗から手を離し、わき腹を抑え二階堂のくすぐりを防御した。すると今度は北斗がわき腹ではない、脇の直接くすぐりを開始した。うぎゃあ止めてくれと僕は反射的に北斗の手を掴んだ。そのせいで無防備になったわき腹を、二階堂が「ぎゃはは最高」とゲラゲラ笑いながら、再びくすぐりまくったのである。ここに至り僕はようやく、陽動作戦の全貌を知った。北斗はこの両面くすぐり作戦まで見越して、僕を三人の真ん中に座らせたのだと。
「こっ、降参します。だからどうか、どうか止めてください~~!」
 笑いすぎて呼吸困難に陥った僕は、二人にそう懇願したのだった。

「まったく君達は仲がいいなあ」
 笑いすぎて涙目になったお姉さんが、ハンカチで目元をそっと抑えた。薄紫色の生地に白いレースをあしらった上品なハンカチを、慈しむように扱うその仕草に、ふと思った。これはある男性がお姉さんをイメージして選んだ、プレゼントなんじゃないかな、と。
「またいつでも遊びにきなさい。次は私が湾岸学園都市を案内しよう。ぜひ君達を、私の仲間に紹介したいんだ」
 その仲間の中に、ハンカチをプレゼントしたお姉さんの彼氏もいるんだろうな。きっと、超絶素敵な人なんだろうなあ。などと考えていたのはどうやら僕だけで、二人の友はお姉さんの申し出を、豆柴まる出しで喜んでいた。その様子に、正確には北斗の様子に違和感がかすめるも、北斗のどこにそう感じたかが僕には判らなかった。
「君達といつまでもこうして話をしていたいのはやまやまだが、今日はそうもいかない。そろそろ、話を再開していいかい」
 三人揃ってビクッとし、三人揃って振り返り時計を見あげた。時計の長針が、そろそろ真下を向こうとしていた。僕らは声にならない叫びをあげ前を向き、盛んにコクコク頷いた。お姉さんはまたもやプッと吹き出すも、世界中の優しさを集めたように微笑んで話を再開した。
「といっても、猫将軍の意識活性率について私から付け加えることは何もない。むしろ君の友人達は、私が話したかったことを私より上手く伝えてくれた。君は、友人に恵まれているな」
 はいっ、と僕は活舌よく元気に応えた。中吉に常々言われていることだったし、何より僕自身常々そう思っていることだから、これだけはいつも百点満点の返事ができるのである。お姉さんは、瞼に残る母のように頷いてくれた。
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