僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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八章

不思議な音、1

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 クリスマス会を翌日に控えた、十二月十九日。
 日曜日の、午後十二時。
 僕ら十組の男子三人は、明日の余興で使う小道具をカートに乗せ、多目的ホールへ向かっていた。
 第二エリア東端にある多目的ホールは、創立十周年を記念し八年前に完成した、湖校の中では比較的新しい施設だ。しかしこのホールは新しさより、湖校生の誇りの象徴として認知されていた。理由は、このホールが建てられた経緯にある。
 十周年を祝し多目的ホールの建設が発表された際、卒業生と在校生、及びその保護者へ寄付を呼びかけたところ、予想を上回る金額が集まった。湖校は卒業生の活躍度と在学中に生涯収入を稼ぐ生徒数の双方で研究学校の頂点に君臨する学校ゆえ、潤沢な寄付金が集まると予想されていたが、それを上回る金額になったのだ。しかも、それだけではなかった。ホールの設計、資材の確保と運搬、そして建物の施工等々、無数の分野で卒業生と在校生が協力し合ったため、なんと通常の半分の費用でホールは建ったのである。研究者としての僕の収入は微々たるものなので再来年の二十周年記念には雀の涙の寄附しかできないが、その十年後には、胸を張れるだけの寄附を僕もするつもりだ。そのためにも、多目的ホールで開かれる明日のクリスマス会を全力で楽しむぞ! なんて気合いを入れつつ、僕はカートをコロコロ押していた。その途中、
「こんにちは猫将軍君、十組はこれからなのね」
「こんにちは大和さん、八組はもう終わったんだね」
 剣道部の大和さんと二年生校舎の前ですれ違った。二十のクラスが滞りなく小道具を搬入できるよう、湖校では午前九時から午後三時四十分までを二十で割り、それをクラス順に割り当てるという措置を採っていた。十組の搬入時間は、十二時二十分から四十分まで。たった二十分しかないが、今しがたすれ違った大和さんによると、それでお釣りが出ると言う。
「七分の余興で使う小道具などたかが知れているから、それで充分なのだろう」 
 そう呟く北斗に「それもそうだね」と、荷物のちょっぴり乗った唯一のカートを視野に収めて僕は応えた。
 そのたった一台のカートを押す役目を、寮エリアに続く坂道の手前で北斗と交代する。この順番はくじ引きによって決められ、坂道直前までが僕、坂道を北斗、そしてそれ以降を実行委員長の中島が担当することになっていた。中島は順当として、なぜ僕と北斗がこの役目を仰せつかったかと言うと、北斗は余興の総監督で、僕は殺陣たての責任者だから。でもこの三人が選ばれた最大の理由は、十二時二十分から四十分までという搬入時間にあった。これは正午まで部活をしている生徒には不可能であり、午後一時から部活が始まる生徒にもかなり厳しい時間と言えた。かくして役職付きであっても午前に部活のある猛と、午後一時から部活に出る真山と京馬は搬入メンバーから外れたのだ。京馬がそうなら僕と北斗も同じだけど、仕事が済むなり走って行けば、サークル開始十五分前にプレハブの扉をくぐる事ができる。京馬は一緒に走りたかったと残念がったが、「サークルの準備は俺が三人分するぜ」と胸を叩いてくれた。それを耳にした緑川さんと森口さんが「北斗と眠留の分は俺達がやっておく。だから余裕を持って来いよ」と言ってくださり、それを知った先輩方も、協力を快く引き受けてくれた。僕と北斗はただただ、頭を下げる他なかった。
 その一幕を、きっと思い出しているのだろう。北斗はサークル前の準備運動に臨む気構えで、真摯にカートを押していた。それはサークルの先輩方だけでなく、中島と教育AIへの感謝の表れでもあった。中島はカートの片付けを引き受けてくれたし、教育AIも、ジャージでの搬入と練習場まで走って行くことをあっさり認めてくれたのである。坂道手前までカートを押した程度では疲労など微塵も感じていずとも、僕は北斗の隣を歩きつつ、入念なストレッチをせずにはいられなかった。

 坂道を登り終え、寮エリアに入る。八つの寮を通過し道を左折するなり、中央図書館の向こうにそびえる多目的ホールが目に飛び込んできた。講堂を兼ねる中央図書館も大きいが、ホールはもっと大きい。多額の寄付が集まったため当初の予定より三割増しで建てられたホールは、学年体育館の五倍半の床面積を誇っている。その体育館からして、一般高校の平均より大きいのだから尚更だ。入学時から数えても二回しか足を踏み入れていないことも手伝い、多目的ホールの威容に、僕の心は自然と高まって行った。その胸の高鳴りが、
「皆さん、お疲れ様です。ここからは、ささやかながら私もお手伝いしますね」
 芹沢さんの奏でる純和風のしっとりした声で更に跳ね上がった。中央図書館を活動拠点にしている撫子部は午前で部活を終えるからと、芹沢さんが付き添いを申し出てくれたのだ。そう、それは正式な役目ではない、付き添いだった。余興に男女で参加するクラスは搬入も男女で行うが、十組はそうではない。「クリスマス会では私達が脇役に回るね」という女の子たちの言葉を額面通りに受け取るかは諸説あるにせよ、十組のカートに女子の小道具が積まれていないのは歴然たる事実。よって女子がいる必要はなく、伝え聞くところによると似たようなクラスは同学年にチラホラあるらしいので、芹沢さんはまったくの個人的好意により、付き添いを申し出てくれたのである。年頃娘の本心はうかがえずとも、僕ら男子三人組は都合よくそう考え、芹沢さんを大歓迎で迎え入れた。
「中島君、カート重い? 北斗君も猫将軍君も、ここまでお疲れ様」
 学年トップ5美少女の一角を占める芹沢さんの心からの言葉に、男子三人のテンションは爆上げ状態になった。軽いカートを分担して押すという、疲労をいささかも感じない仕事をしただけなのに、この可憐な美少女のため三人で協力し偉業を成し遂げたような、そんな高揚が沸き上がって来たのである。現在進行形で荷物を運んでいる中島は、特にそうだったと思う。芹沢さんに気遣われるなり、
「姫様のため、我らいざかん!」
 などと中島はほざき始めた。だがさすがは、演劇部のホープなのだろう。槍を構え全速突撃をする騎士の様子を、今までどおりカートを慎重に押しながら、中島は見事再現したのだ。テンション爆上げ中の僕と北斗が、これに乗らないワケがない。
「いざ~~」
「うおりゃ~~」
 僕と北斗は気勢を上げ、中島を中心としたくさび形陣形で突き進んだ。
 そんなバカ三人組を姫様はころころと、心躍る笑い声で称えてくれたのだった。
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