僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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八章

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 ダンス部の拠点でもある多目的ホールには、独特の華やかさがある。モノの意識と生命力を視覚化できる真山なら、「建物自体が楽しげに踊っているようだね」みたいなことを、きっと言うんじゃないかな。
 なんてことを楔形突撃パンツァーカイルをしながら考えているうち、あっという間に目的地に着いた。割り当て時間もピッタリだったので、僕らは嬉々として入り口へ向かった。
 この建物の入り口は、十人が横並びになっても余裕がたっぷりあるほど大きい。その入り口を抜けると、広大なエントランスが広がっていた。幅70メートル、奥行き30メートル、高さ30メートルのエントランスには、外履きと上履きを履き替える機能しか備わっていない。それ以外は、何もない空間が広がっているだけなのだ。僕はこの空間に身を置くたび、三割の増築分はエントランスのみに割かれたという噂を、信じずにはいられなかった。
 多目的ホールの南壁には無色透明と鏡面に切り替え可能な特殊建材が用いられており、エントランスは日差しが降り注ぐ温かな場にも、日差しを遮断した涼やかな場にもなる。師走の今、ここは温かな日差しが燦々と降り注ぐ場になっていた。
 外履きスペースの東端にカートを置き、上履きに履き替え、備品を三人で分担して持つ。もともと少ない上に皆で分けたためそれは微々たる量だったが、それでも西端スペースからやって来た芹沢さんは「私も運ぶよ」と声を掛けてくれた。滅相も御座いませんという恐縮を隠し、小さな袋を持ってもらう。芹沢さんは喜んでそれを受け取り、胸に抱きしめていた。僕ら男三人は高速目配せし、この件を極秘とする決定を下す。さもなくば、袋の中に入っている鉢巻を御神体の如く扱う男子が出てくる事、必定だったからだ。
 僕が刀を、北斗と中島が槍と呪術用具を、芹沢さんが鉢巻を持ち、エントランスとホールを結ぶ通路へ向かう。ホールに繋がる通路は、建物入り口の正面にある。よってカートを外履きスペースのど真ん中に残したま真っ直ぐ進むのが一番効率良いのだけど、定められてなくともそれをしないのが湖校の特色。見苦しくないようカートを端に置き、男子は男子トイレのある東側で、女子は女子トイレのある西側で靴を履き替えるのが、湖校生なのだ。長さ15メートルの通路を経て、僕らはホールに足を踏み入れた。
「お・・・・・」
「おお・・・・」
「うわあ・・・」
「ひろいね・・」
 口々にそう呟いたのち、全員で押し黙った。幅70メートル、奥行き85メートル、高さ30メートルの空間を、僕らは茫然と見つめていた。奥の15メートルは観覧席になっているから床は70メートル四方の正方形なのだけど、脳が自動的にそれを省いているのか、85メートル先の壁ばかりが視覚に訴えてくる。歩を進めるとその壁が近づいて来てしまうからもったいないような、それでいて壁に向かって駆け出し広さを堪能したいような、そんな貧乏くさい葛藤に僕は陥っていた。そこに、
「時間もないことだし、ぼちぼち行こうか」
 北斗のボンヤリした声が届いた。知的鋭利さを感じさせない普段とは異なるその声はしかし、この状況には最適だったのだろう。「それもそうだね」と同じようにボンヤリ呟き、僕らは止まっていた足をゆっくり動かした。取り立てて目を引く備品は無いのに、あっちこっちへ盛んに首を巡らせながら、ホールの東側奥に割り当てられた十組のスペースへ皆で歩いて行った。
 このホールは北側と南側に更衣室とトイレを設け、その上を階段状の観覧席にしている。しかしクリスマス会ではそこを使わず、床スペースの東側と西側を各クラスの臨時観覧席としていた。中島によるとそれは、「踊りたいという衝動を即座に叶えるための措置」との事らしい。僕にはピンとこないが、衝動を演劇という芸術へ一瞬で昇華させる中島が言うのだから、きっとそうなのだろう。
 ほどなく、幅6メートル奥行15メートルの十組の場所に着いた。70メートルの床を10クラスで分けるのに幅が6メートルなのは、東側中央と西側中央の非常口を塞がない措置らしい。なんて感じに、なぜ僕が細かい数値をこうも覚えているかと言うと、余興のプレゼンで北斗が説明したからだ。
「臨時観覧席のせいで手狭になっても、ダンス及び余興の場は、体育館の三倍の広さがあります。眠留の大立ち回りになんの支障もありませんから、皆さん御安心ください」
 プレゼンの大家でもある北斗はこんなふうに僕を引き合いに出し、要所要所で笑いを誘い場を盛り上げ、細かな数値と全体の流れを聴衆の心に刻み込んでいった。平安妖怪退治という中二病劇が圧倒的支持を得たのは、北斗のプレゼンスキルが卓越していたからだと、僕は無理やり考えることにしている。
 各組の観覧スペースは、腰の高さほどの3D壁によって区切られていた。クリスマス会を多目的ホールで開くのは設計当初から決められていたため、床から柱を引っ張り上げそれにロープを通すことも可能。しかし緊急避難の観点から、それが使われることは滅多にないと言われている。
 緊急時の安全確保の精神は、椅子とテーブルにも現れている。スポンジに覆われた円柱形の椅子と、角を丸く加工した長テーブルがそれだ。九百近い椅子を効率よく収納すべく、椅子のサイズに大小を設け、大のなかに小を入れられるようになっていているが、お尻の大きな生徒が小さい方を使うと椅子の小ささに苦労するから注意が必要と中島は話していた。ベージュ色の椅子を眺めながら、寮のお風呂の様子を思い出してみる。小さい方どころか大きな方でも到底収まり切れない巨大なお尻を誇る先輩方が、脳裏に幾人も浮かんできた。お風呂場ではあの先輩方に憧れを抱いたものが、体の大きな人にも大きいなりの悩みがあるのかもしれないと、僕は軽い驚きを覚えていた。なんて無関係な考えに耽っていたせいで、
「おい眠留、さっさと作業を終わらせるぞ」
「まあそう言うな北斗。刀は俺がしまっておくから、猫将軍は椅子の数の確認を頼む」
 北斗からは叱責を、中島からは名誉挽回の機会をそれぞれ頂戴してしまった。新忍道サークルにかける北斗の情熱と、僕と同じく背の低い中島の気遣いの両方を理解できた僕は、気持ちを素早く切り替える。クラスメイトが明日ここにやって来たとき、椅子が足らず座れない人が現れるなんて事態にならぬよう、人差し指で一つ一つ確認しながら僕は椅子を数えて行った。 
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