僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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九章

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 秋葉原までの道中は、それはそれは楽しいものだった。輝夜さんと昴が部活をどうしても休めず今回は美鈴だけだったから、女の子一人じゃ気苦労を掛けてしまうのではないかと僕はちょっぴり心配していたのだけど、それは完全な見当違いだった。先輩方は美鈴一人に話題が集中するのを自然に避けつつも、決して蚊帳の外にせず、会話を弾ませてくれたのである。それはあたかも、美鈴がサークルメンバーの一員であるかのような温かさを伴っていたので、美鈴もすぐ皆と打ち解け、一緒になって会話を楽しんでいた。僕の目頭は秋葉原へ向かっている間、ずっと熱くなりっぱなしだった。

 所沢市と秋葉原は、電車のアクセスが良い。池袋への直通電車を選んだこともあり、乗り換えを一度しただけで僕らは秋葉原に到着した。ワイワイやりながら駅舎を出て、駅前広場に足を踏み入れる。その途端、思いがけない光景に目を射られた。広場の最も奥まった場所、人のほとんどいない一隈で、紫柳子さんがこちらに手を振っていたのだ。
「全員、歩行者の有無を確認!」
 荒海さんの下知が飛んだ。僕らは素早く周囲を見渡し、十二人が一塊ひとかたまりになって歩けるか否かを確認する。人混みを避けるべく最後部車輌に乗っていたのが功を奏し、駅から溢れた人の波はピークをとうに過ぎていた。再度、荒海さんの下知が鼓膜を打つ。
「縦隊3掛け4、のち横隊6掛け2。お二人へ、30度挨拶をする」
 最前列にサークル三巨頭、二列目に竹中さん菊池さん加藤さん、三列目に緑川さん森口さん北斗、そして京馬、僕、美鈴の四列になり、駅前広場を横断してゆく。長身長脚の三巨頭が歩幅を短めにしてくれたので、僕と美鈴も難なく足並みを揃えることができた。新忍道の用語を一つも知らない美鈴が皆とこうも一糸乱れぬ行動を取れているのは、極薄の感覚体を広げて全員の動きを知覚しているからだ。しかしそれは手段に過ぎず、以心伝心の集団の一員になれた喜びこそが、一糸乱れぬ行動の原動力なのだと、美鈴の上気した頬に僕は教えられたのだった。
 最も奥まった一隈に到着し、横六人の縦二列に並び直す。そして前列右端の真田さんが直立不動で、
「神崎さん、紫柳子さん、明けましておめでとうございます!」
 の挨拶。続いて、
「「「明けましておめでとうございます!」」」
 全員で唱和し、上体を一斉に30度傾けた。この挨拶は新忍道において、敬礼無し挨拶と呼ばれているが、荒海さんは美鈴が理解しやすいよう、あえて30度という言葉を用いたのである。そんな僕らを、
「明けましておめでとう」
 自由と爽やかさを具現化した草原に吹く風のごとき声と、
「明けまして、おめでとうございます」
 記憶にあるより優しく淑やかな声が、ふわりと包んだ。尊敬の念は同じでも、そこに親愛の情を加えて僕らは顔を上げる。
 新忍道本部最高責任者、新忍道を創設した伝説の漢、神崎隼人さんと、その恋人の狼嵐紫柳子さんが、二人並んで笑みをこぼしていたのだった。

 さかのぼる事、五か月前。
 去年八月の、夏休み。
 サークルメンバーと三人娘が3DG専門店シリウスを訪れた際、紫柳子さんはとんでもないサプライズを用意していた。新忍道という新たなスポーツを創りだした神崎隼人さんと一緒に、皆を出迎えてくれたのである。ショップ裏のガレージへ行く道すがら、「あなた達の仲の良い写真を見ていたら、隼人を紹介したいって思ったの」と紫柳子さんは娘達に耳打ちしたそうだから、メールに写真を添付したのも、三人が同行したのも大正解だったと僕はガッツポーズをした。まあ、僕だけはその場に、いなかったんだけどね・・・
 それはさておき、神崎さんと対面したサークルの皆は、まさに天にも昇る気持ちだった。180センチ台半ばの、長身痩躯のその体は、最高性能の肉体の手本とすべく神が手掛けた芸術作品のように感じられたと言う。だが神崎さんの最大の特徴は、何といってもそのカリスマ性だった。真田さん達サークルメンバーはしきりに瞬きし、幾度も目をこすった。神崎さんの眉間からカリスマという名の光がほとばしっている錯覚を、皆が皆覚えたのである。中級翔人の輝夜さんによると、神崎さんは平均より一桁多い末端神経と、同じく一桁多い生命力を保有していて、それが清廉な心を介し、遮られることなく世を照らしているのだそうだ。もっともその光は意志による遮断が可能らしく、神崎さんが半眼になるや眉間の輝きは消え、再び目を開いてからは感じられなかったと言う。それでも、カリスマの光をメンバー全員で感じて、それが消える瞬間をメンバー全員で味わったことに変わりは無い。娘達のような視力を持っていずとも、サークルの皆は神崎さんが「レジェンド」の名に相応しい漢だと、超常の感覚で理解したのだった。
 それ以降は楽し過ぎたため、気づくとお暇する時間になっていた。挨拶を終え肩を落とし、皆がガレージのシャッターへ足をむけた。しかし先頭の真田さんと荒海さんがシャッターをくぐる直前、神崎さんが二人を呼び止める。そして、
「俺は来年夏、新忍道全国大会高校生の部の、審査委員長を務める。真田、荒海、お前達は来年、俺に会いに来るか」
 語気を強めレジェンドが問うた。二人は気落ちした空気をたちどころに払拭し、
「「絶対、会いに行きます!」」
 と応え、カッと敬礼。次いでメンバー全員が百分の一秒も狂うことなく踵を打ち鳴らし、
 ザッッ
 神崎さんへ敬礼した。ショップ裏のガレージに、紫柳子さんと三人娘の拍手が、一斉にこだましたのだった。
 という話を、僕はその場にいた全員から聴いた。大切なことなので繰り返すが、全員から教えて貰った。その日の夜、神崎さんと紫柳子さんが僕の部屋に、3D電話をかけてくれたのである。
 その時、僕は神崎さんから直接お聞きした。
「今年中に紫柳子の家を訪れ、結婚の許しを頂くつもりだ」と。
 神崎さんの隣で頬を赤く染める紫柳子さんが例えようもないほど可愛く、そして幸せそうにしていたのを、五か月経った今も、僕ははっきり覚えている。

 そして、今日。
 年が明けた一月五日。
 結納を無事済ませたというメールを半月前にもらっていた僕は後ろを振り返り、紫柳子さんの左手に目当ての物を探す。
 薬指に予想通りの煌めきを見つけた僕は、紫柳子さんと楽しげに話す美鈴へ目で合図を送る。
 お兄ちゃん遅すぎ、と僕を睨んだのち、美鈴はたった今気づいたとばかりに声を上げた。
「わっ、紫柳子さん。左手の薬指のそれ、婚約指輪じゃないですか!」
 そのとたん紫柳子さんは顔を真っ赤にし、真田さん達と先頭を歩いていた神崎さんは、盛大にズッコケた。
 その一分後。
 事情を聴き終えた僕らは照れまくる二人を囲み、婚約おめでとうの万歳三唱をしたのだった。
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