418 / 934
十二章
2
しおりを挟む
「サッカーの練習試合で、敵チームとゴール前のせめぎ合いをしている最中、電気放電に似た衝撃が脳を駆け巡るのを俺も幾度か経験している。その中で一番新しい、春休み最終日の練習試合後、俺はふとこう思ったんだよ。閃きを基に体を動かす精度が、やっと上って来たみたいだなって」
友の思考をじゃませぬよう、ヒューという声を極力抑えて同意と感嘆を僕は示したのだけど、それを耳で捉えたまさにそのタイミングで智樹は親指をグッと立て、先を続けた。
「閃きを、ただの思い付きとして軽んじるヤツらがいる。そいつらが何を根拠にそうしているのか俺には判らんが、電気放電の翻訳という眠留の言葉で、少なくとも俺自身は、閃きと思い付きの区別がつくようになった。思い付きは日常的に意識している心の中で発生するが、閃きは眠留が言ったように、『心の外からやって来る』んだ。心の外からやって来たものだから、心はそれを日常の思いに翻訳しなければならない。その精度が最近やっと上って来たみたいだって、俺は春休み最終日の練習試合で思ったんだよ」
感心の表情でしきりと頷く女子たちへ、サッカーのセットプレーについて僕は説明した。
「ボールを地面に置き、攻撃側がそれを蹴ってから試合を再開する場面が、サッカーにはある。ボールを地面にセットするからセットプレーと呼ばれるそれは、得点に結びつく確率が高く、セットプレーの習熟は非常に重視されている。そしてそれが、智樹は大の得意でさ。練習でも本番でも高確率でセットプレーを成功させて、たった一年で準レギュラーの座を獲得したんだ。今の話にあった、閃きを日常の思いに翻訳する精度の向上は、サッカー未経験にもかかわらず僅か一年で智樹を準レギュラーに押し上げた理由の一つだって、僕は思ったよ」
パチパチパチ~~と女の子たちに拍手され、先程を超えるデレデレ顔になった智樹を温かく放置し、僕は持論を述べた。
「刀術を足かけ八年習ってきた僕は、刀術の鍛錬中に得た電気放電を、正確に翻訳する自信がある。けど研究とかで文を綴っている時は、自信が持てなくてさ。この表現じゃ閃きを正確に伝えられないって分かっていても、ならどう変えれば適切な表現になるかが分からず、いつも四苦八苦しているんだよ」
「俺も俺も」
「私も」
こんな感じに智樹と那須さんはすぐ同意したが、香取さんは静かに座っているだけだった。その静けさに惹かれ皆で目を向けるも、話を続けて下さいというジェスャーをするだけの香取さんに、「香取さんは今まさに翻訳しているんだ」という閃きが脳を駆け巡る。僕らは黙って居住まいを正し、香取さんの望みを叶えた。
「論文執筆中は四苦八苦しても刀術の鍛錬中はそれを免れる僕と同じく、作家の香取さんは、執筆中に悩んだりしないのかもしれない。心の外からやって来た閃きを文字に置き換える技術を長年成長させてきた香取さんは、剣道で得た閃きも、即座に翻訳できたのかもしれない。香取さんの言った『磨いてゆく』が僕の感覚とピッタリ重なったから、文の専門家はそういう事に関しても専門家なのかなって、思ったんだ」
僕らが香取さんの気配を探るより早く、香取さんはおどけて手を合わせた。日本人は、謝罪や感謝や祈願などの複数の理由で手を合わせる。そして香取さんのそれが「お願い」であることを瞬時に悟った僕らは、自由発言モードへ移行した。その最初のお題目を、得意なセットプレーを決めるが如く智樹が放った。
「なあみんな。サッカー部の一年を振り返ると、磨くより『身に付ける』の方が俺はしっくり来るんだよね。この違いって、一体何なんだろう?」
「陸上走者の私の感覚からすると、『身に付ける』は未修得の技術を指し、『磨いてゆく』は呼吸法やペース配分といった、習得済みの技術を指すように思う」
「那須さん鋭い。俺はサッカー未経験だったから、やる事なす事が全部、身に付けるべき未修得技術だったんだな。ん? でも変だぞ。磨いてゆくの方がしっくりくる経験を俺もしている気が、急にしてきたんだが?」
「智樹それ、閃きを基に体を動かす精度の向上、じゃないか?」
「おお眠留、それだそれそれ!」
「ん~、福井君のその感覚は『磨いてゆく』だと私も思うけど、結も同じなのかな。だって結は福井君と同じで、剣道未経験だったから」
「・・・おい智樹、気持ちは分からないでもないが、香取さんと同じってとこに反応して幸せ顔になるのは、後にしてくれ」
「テメェ眠留、覚悟しろ!」
「望むところだ、智樹!」
「あのね二人とも、仲の良い男の子の間でそのやり取りが流行っているのは理解できるけど、それは後にしてくれないかな」
「「はい、那須さんゴメンナサイ」」
僕と智樹は声と動作をシンクロさせ、那須さんにペコリと頭を下げた。誤解を恐れず明かすと、那須さんにツッコミ役の才能があったのは、嬉しい誤算だった。智樹と漫才コンビを組むようになるのは二年初日から予想していたけど、そこに那須さんも加わりトリオ漫才を繰り広げることになったのは、完全な想定外だったのである。それは当の本人も同じだったらしく、トリオの一員としてツッコミを成功させると、嬉しくてたまらないと言った笑みを那須さんは浮かべる。その笑みが皆の一体感と友情を益々高めるため、こうして四人で過ごすお昼休みを、僕らはまこと心待ちにしていた。だから、
「夏菜のその笑顔、好き~~」
熟考を終えた香取さんは唯一の同性としての特権を行使し、那須さんに抱き付いた。那須さんも慣れっこになっていて、二人は年頃娘特有の華やかさでコロコロ笑い合っている。最近しばしば見るようになったその光景は僕と智樹を幸せな気分にしてくれるのだけど、今回は幸せなだけでなく、ワクワクした気持ちが加わっていた。友愛溢れるこの素晴らしい瞬間は、香取さんが新たな人生へ一歩を踏み出す瞬間にもなるのではないかと、僕らは胸の中心で感じていたのである。ほどなく、それは正しかったことが証明された。笑いを収めた香取さんが、
「よしっ」
と気合いを入れ、
「頑張れ」
その背中を那須さんが叩く。任せておいてと拳をグッと握り、香取さんは言った。
「私は小説家になりたいと思っていたけど、今は違う。今私は自分の中にある文の才能を、『育ててあげたい』って感じているんだ」
友の思考をじゃませぬよう、ヒューという声を極力抑えて同意と感嘆を僕は示したのだけど、それを耳で捉えたまさにそのタイミングで智樹は親指をグッと立て、先を続けた。
「閃きを、ただの思い付きとして軽んじるヤツらがいる。そいつらが何を根拠にそうしているのか俺には判らんが、電気放電の翻訳という眠留の言葉で、少なくとも俺自身は、閃きと思い付きの区別がつくようになった。思い付きは日常的に意識している心の中で発生するが、閃きは眠留が言ったように、『心の外からやって来る』んだ。心の外からやって来たものだから、心はそれを日常の思いに翻訳しなければならない。その精度が最近やっと上って来たみたいだって、俺は春休み最終日の練習試合で思ったんだよ」
感心の表情でしきりと頷く女子たちへ、サッカーのセットプレーについて僕は説明した。
「ボールを地面に置き、攻撃側がそれを蹴ってから試合を再開する場面が、サッカーにはある。ボールを地面にセットするからセットプレーと呼ばれるそれは、得点に結びつく確率が高く、セットプレーの習熟は非常に重視されている。そしてそれが、智樹は大の得意でさ。練習でも本番でも高確率でセットプレーを成功させて、たった一年で準レギュラーの座を獲得したんだ。今の話にあった、閃きを日常の思いに翻訳する精度の向上は、サッカー未経験にもかかわらず僅か一年で智樹を準レギュラーに押し上げた理由の一つだって、僕は思ったよ」
パチパチパチ~~と女の子たちに拍手され、先程を超えるデレデレ顔になった智樹を温かく放置し、僕は持論を述べた。
「刀術を足かけ八年習ってきた僕は、刀術の鍛錬中に得た電気放電を、正確に翻訳する自信がある。けど研究とかで文を綴っている時は、自信が持てなくてさ。この表現じゃ閃きを正確に伝えられないって分かっていても、ならどう変えれば適切な表現になるかが分からず、いつも四苦八苦しているんだよ」
「俺も俺も」
「私も」
こんな感じに智樹と那須さんはすぐ同意したが、香取さんは静かに座っているだけだった。その静けさに惹かれ皆で目を向けるも、話を続けて下さいというジェスャーをするだけの香取さんに、「香取さんは今まさに翻訳しているんだ」という閃きが脳を駆け巡る。僕らは黙って居住まいを正し、香取さんの望みを叶えた。
「論文執筆中は四苦八苦しても刀術の鍛錬中はそれを免れる僕と同じく、作家の香取さんは、執筆中に悩んだりしないのかもしれない。心の外からやって来た閃きを文字に置き換える技術を長年成長させてきた香取さんは、剣道で得た閃きも、即座に翻訳できたのかもしれない。香取さんの言った『磨いてゆく』が僕の感覚とピッタリ重なったから、文の専門家はそういう事に関しても専門家なのかなって、思ったんだ」
僕らが香取さんの気配を探るより早く、香取さんはおどけて手を合わせた。日本人は、謝罪や感謝や祈願などの複数の理由で手を合わせる。そして香取さんのそれが「お願い」であることを瞬時に悟った僕らは、自由発言モードへ移行した。その最初のお題目を、得意なセットプレーを決めるが如く智樹が放った。
「なあみんな。サッカー部の一年を振り返ると、磨くより『身に付ける』の方が俺はしっくり来るんだよね。この違いって、一体何なんだろう?」
「陸上走者の私の感覚からすると、『身に付ける』は未修得の技術を指し、『磨いてゆく』は呼吸法やペース配分といった、習得済みの技術を指すように思う」
「那須さん鋭い。俺はサッカー未経験だったから、やる事なす事が全部、身に付けるべき未修得技術だったんだな。ん? でも変だぞ。磨いてゆくの方がしっくりくる経験を俺もしている気が、急にしてきたんだが?」
「智樹それ、閃きを基に体を動かす精度の向上、じゃないか?」
「おお眠留、それだそれそれ!」
「ん~、福井君のその感覚は『磨いてゆく』だと私も思うけど、結も同じなのかな。だって結は福井君と同じで、剣道未経験だったから」
「・・・おい智樹、気持ちは分からないでもないが、香取さんと同じってとこに反応して幸せ顔になるのは、後にしてくれ」
「テメェ眠留、覚悟しろ!」
「望むところだ、智樹!」
「あのね二人とも、仲の良い男の子の間でそのやり取りが流行っているのは理解できるけど、それは後にしてくれないかな」
「「はい、那須さんゴメンナサイ」」
僕と智樹は声と動作をシンクロさせ、那須さんにペコリと頭を下げた。誤解を恐れず明かすと、那須さんにツッコミ役の才能があったのは、嬉しい誤算だった。智樹と漫才コンビを組むようになるのは二年初日から予想していたけど、そこに那須さんも加わりトリオ漫才を繰り広げることになったのは、完全な想定外だったのである。それは当の本人も同じだったらしく、トリオの一員としてツッコミを成功させると、嬉しくてたまらないと言った笑みを那須さんは浮かべる。その笑みが皆の一体感と友情を益々高めるため、こうして四人で過ごすお昼休みを、僕らはまこと心待ちにしていた。だから、
「夏菜のその笑顔、好き~~」
熟考を終えた香取さんは唯一の同性としての特権を行使し、那須さんに抱き付いた。那須さんも慣れっこになっていて、二人は年頃娘特有の華やかさでコロコロ笑い合っている。最近しばしば見るようになったその光景は僕と智樹を幸せな気分にしてくれるのだけど、今回は幸せなだけでなく、ワクワクした気持ちが加わっていた。友愛溢れるこの素晴らしい瞬間は、香取さんが新たな人生へ一歩を踏み出す瞬間にもなるのではないかと、僕らは胸の中心で感じていたのである。ほどなく、それは正しかったことが証明された。笑いを収めた香取さんが、
「よしっ」
と気合いを入れ、
「頑張れ」
その背中を那須さんが叩く。任せておいてと拳をグッと握り、香取さんは言った。
「私は小説家になりたいと思っていたけど、今は違う。今私は自分の中にある文の才能を、『育ててあげたい』って感じているんだ」
0
あなたにおすすめの小説
ママはヤンママ女子高生! ラン&ジュリー!!
オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
キャラ文芸
神崎ランの父親の再婚相手は幼馴染みで女子高生の高原ジュリーだった。
ジュリーは金髪美少女だが、地元では『ワイルドビーナス』の異名を取る有名なヤンキーだった。
学校ではジュリーは、ランを使いっ走りにしていた。
当然のようにアゴで使われたが、ジュリーは十八歳になったら結婚する事を告白した。
同級生のジュリーが結婚するなんて信じられない。
ランは密かにジュリーの事を憧れていたので、失恋した気分だ。
そう言えば、昨夜、ランの父親も再婚すると言っていた。
まさかとは思ったが、ランはジュリーに結婚相手を聞くと、ランの父親だと判明した。
その夜、改めて父親とジュリーのふたりは結婚すると報告された。
こうしてジュリーとの同居が決まった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
現代ダンジョン奮闘記
だっち
ファンタジー
15年前に突如としてダンジョンが登場した現代の地球。
誰が何のために。
未だに解明されていないが、モンスターが落とす魔石はすべてのエネルギー源を代替できる物質だった。
しかも、ダンジョンでは痛みがあるが死なない。
金も稼げる危険な遊び場。それが一般市民が持っているダンジョンの認識だ。
そんな世界でバイトの代わりに何となくダンジョンに潜る一人の少年。
探索者人口4億人と言われているこの時代で、何を成していくのか。
少年の物語が始まる。
転移したらダンジョンの下層だった
Gai
ファンタジー
交通事故で死んでしまった坂崎総助は本来なら自分が生きていた世界とは別世界の一般家庭に転生できるはずだったが神側の都合により異世界にあるダンジョンの下層に飛ばされることになった。
もちろん総助を転生させる転生神は出来る限りの援助をした。
そして総助は援助を受け取るとダンジョンの下層に転移してそこからとりあえずダンジョンを冒険して地上を目指すといった物語です。
俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる