僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十三章

あれこれ、1

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 湖校ですごす楽しく面白くそして充実した学校生活は、その後も順調に続いた。
 五月十七日に行われた二年生体育祭の100メートル走で、僕は表彰台というものに、生まれて初めて昇ることとなった。といっても一番下の三位だったけど、三位に肉薄する四位に終わった去年をある意味なぞるように、今年は二位に肉薄する三位だったから、ひょっとすると来年はゴール目前で一位と横並びになれるかもしれない。高速ストライド走法の共同研究者である猛の試算によるとその可能性は50%と出た事もあり、今僕らは目の色を変え、可能性を少しでも増やす練習方法を開発していた。
 その、僕の大切な共同研究者は1500メートル走に出場し、五位になった。選手生命が危ぶまれるほどの大怪我を一年九か月前にして、その一年後やっとジョギングができるようになり、そしてそれから僅か九か月で、中距離に分厚い選手層を誇る湖校陸上部で学年四位の走者に猛はなったのである。それを思うと居ても立ってもいられず、かと言って何の手助けもできない僕は声の限りに猛を応援し続け、ふと気づくと声をほぼ出せなくなっていたのだけど、それは脇に置くとして兎にも角にも猛は、事情を知る同級生達から大声援を贈られていた。それ「も」あり男子1500メートル決勝は、最大応援特別賞を受賞する事となったのだった。
 とここで、補足を二つせねばならない。一つは、中距離に有力選手の多い湖校陸上部で学年四位の猛が、体育祭ではなぜ順位が一つ下の五位になったのか。そしてもう一つは、最大応援特別賞のくだりに「も」というカギカッコをなぜ使ったかだ。もったいつけても仕方ないので明かしてしまうと、この二つにはどちらも真山がからんでいた。サッカー部員の真山が1500メートル走で学年歴代一位のタイムを叩き出したから猛は五位なのであり、その真山へ熱狂的な声援を送る女子が山ほどいたから、同種目は応援特別賞を受賞したのである。ぶっちぎりで先頭を走る真山の頭上に、学年歴代一位に僅差で迫る真山のタイムを教育AIが表示し、しかも後半になるほど強さを増す真山がその差をジリジリ詰めていったものだから、女の子たちの声援の凄さたるやなかった。ナイショだからねと後に咲耶さんが教えてくれたところによると、応援のしすぎで酸欠になり倒れた女子生徒百余人というのは、湖校歴代一位どころか全国六十の研究学校の中にあってさえ歴代一位の人数だったと言う。親友としては手放しで嬉しくとも、美鈴の兄としては、眉間に深い皺を刻まざるを得ない僕だった。
 でもまああの二人のことだから、いらぬ心配なのだろう。ううんどうか、いらぬ心配であってください!!
 というワケで、話を元に戻すこととする。
 北斗は去年同様「これが俺のドリルだ!」に出場した。もともと運動神経が良いことに加え、この競技の自主練を五年間続けてきた北斗は、今年も魂を震わせるドリルで皆を魅了した。が、今年は北斗に強力なライバルが出現した。それは、京馬だった。生来の運動神経の良さで北斗を凌ぐ京馬は、去年の体育祭から自主練を始めたにもかかわらず、北斗に比肩する技量をすでに獲得していた。しかも京馬は、ストイックさで観客の心を揺さぶる北斗とは正反対の、ド派手な回転スクワットジャンプを披露したため、グラウンドは大いに盛り上がった。北斗へ目をやればこの競技本来の「ストイックなおとこの世界」を味わえ、京馬へ目をやれば体育祭本来の「お祭り騒ぎ」を楽しめるという、一度で二度美味しい時間を二人は創造したのだ。いや、違う。それは大多数の生徒においてそうなだけで、それ以外の四十人の生徒にとっては違った。去年の一年十組の生徒達にとって、二人が創造したのはそれだけではなかった。二人は旧十組の皆に、六年生体育祭における第一スクワットと第二スクワットを想起させた。何が何でも六年生でまた同じクラスになり、二人一緒にこの競技をしてみせるという決意を、北斗と京馬は旧十組の級友達に示したのである。それが痛いほど伝わってきた僕は声の限りに二人を応援したかったのだけど、その時すでに僕の声帯は、かすれ声を絞り出すことしかできなくなっていた。体だけでなく喉も鍛えなければならないと、ヒリヒリ痛む喉を押さえつつ僕は思ったものだ。
 というか僕は今年の体育祭中、ある意味そればかりを考えていた。けどそっちへ逸れると脱線どころではなくなってしまうので、話の道筋は変えないことにしよう。
 智樹は念願のストラックアウトに出場した。なぜ念願かというと、一年時の智樹はクラスで唯一のサッカー部員だったが、湖校入学を機にサッカーを始めたため、選手を決めるクラス内勝負で負けていたのだ。然るに次こそは出場してみせると智樹は一年間努力を重ね、それを成就しただけでも僕は智樹に大声援を送ったはずだが、この友はそれを遥かに超えて行った。いかに練習を重ねたとしてもサッカー経験一年でしかない智樹のシュート技術は、長年やってきた部員にはまだ及ばなかっただろうに、「心の強さ」という要素を加えることで、この漢はそれをひっくり返したのである。クラスメイトはもちろん二年生全員が固唾を呑んで見つめた、大接戦の白組予選を二十組が通過できたのは、大事な場面になればなるほど集中力を高めてみせた智樹のお陰だった。午後に行われた決勝戦でも、智樹は同級生を魅了した。六つのクラスが一歩も引かず戦いを繰り広げた決勝戦で三番目に脱落したのは、同学年サッカー部員の三傑の一人と目されていた選手だった。女子サッカー部エースの一条さんが優勝し、真山に次ぐ実力の持ち主が二位になったのは順当でも、三位に食い込んだのは、サッカー経験一年の智樹だったのである。智樹がかつて背負っていた不幸と、それを乗り越える過程で獲得した心の強さを知っていた僕は、あらん限りの声と涙を振りしぼって智樹を応援したのだった。
 そしてそれは、幅跳びに出場した芹沢さんへも同じだった。去年の体育祭で運動音痴克服を目標にした芹沢さんは、体をまっすぐ使う技術を猛から教わってきた。また芹沢さんは、去年の六月に選択授業を体操に変え、文化系部員と運動系部員のノリの違いを克服しようとしてきた。するとこの二つの努力が、思いもよらぬ身体能力を芽生えさせた。四月上旬に行う恒例の運動能力テストにおいて、芹沢さんはバスケ部員やバレー部員並みの垂直跳びをしてのけたのである。本人は言うに及ばず仲間達も飛び上がってそれを喜んだが、猛だけは違った。「高く跳躍する筋力はあっても、膝と足首とアキレス腱が、着地の衝撃を受け止められるとは限らない。清良、今すぐ足腰の精密検査を受けてくれ」と、猛は真剣な眼差しで訴えたのだ。膝の大怪我を克服した経験と、恋人の身を何より案じる想いが融合したこの訴えを、幸せに輝く乙女の頬で受諾した芹沢さんは、いやそこにいた全員は、この分野における猛の特殊能力を改めて知ることとなった。猛の指摘した個所は三段階評価でこそ普通だったが、強いと弱いの二段階評価では、両者を分かつ境界線の下に、つまり「弱い」に分類されていた。しかもその検査結果には、「運動経験の少ない被検者が適切な指導を受けず跳躍を繰り返した場合、ケガの可能性は95%」との一文が添えられていたのである。賞賛と敬意を一身に浴びた猛は、新たに芽生えた芹沢さんの身体能力を活かす方法を探した。視界が霞むほど嬉しいことに猛はすぐさま僕に協力を請い、袖を目元にこすり付けるほど嬉しいことに僕はそれへ十全に応え、僕らは一つの結論を導き出した。それは、速く走ろうとしない走り幅跳びだった。
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