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十六章
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凛ちゃんの悩みの深さをありありと感じた僕は、口出しせずにはいられなかった。
「凛ちゃん聞いて。輝夜さんに生命力を譲渡してもらったことが、僕には二度ある。輝夜さんはその二回とも、譲渡した生命力を一瞬で補充していたよ。僕ら中級翔人にとって生命力の補充は、容易くできる事だからね。それでも輝夜さんに悪いと思う凛ちゃんの気持ちが僕には解るし、嬉しくもあるから、一つ提案させてほしい。輝夜さんに生命力を貰って、一回だけパーティーに出席してみたらどうかな。皆と過ごした時間は、目標を叶えようとする凛ちゃんの、励みになってくれるはずだからさ」
凛ちゃんは真摯な光で僕に頷き、輝夜さんに向き直った。
★輝夜、まことに申し訳ないけど、私は皆さんにお会いしたい。皆さんと一緒におしゃべりして、楽しい時間を過ごして、それを目標成就の力にしたい。だから一度だけ、私に生命力を頂けないでしょうか★
「もちろんよ凛ちゃん、みんなで楽しもうね」
輝夜さんは言葉の少なさに反し、感情の波長をふんだんに放って凛ちゃんに答えた。放たれたその波長は僕が美鈴に抱く波長と瓜二つだった事もあり、僕は感動して涙ぐむ一歩手前になったのだけど、比較的安心していられた。僕には美鈴の他にも優しく賢い妹達がいるから、その妹達が助けてくれると思っていたのである。
しかしあろう事か、僕は信頼しきっていた妹達によって、人生最大のヘンタイ騒動の瀬戸際に立たされてしまった。それはミーサの、納得できるような納得できないようなこのお願いから始まった。
「という訳でお兄ちゃん、凛が新たに加わるパーティー用に、私のパジャマを3Dで作ってね。美夜姉さんも、記念すべき大切なパーティーだから既製品じゃ嫌だって」
「そっ、そんな急に言われましても」
「私と美夜姉さんが手作りパジャマを着ると知ったら、咲耶さんとエイミィもきっと黙っていないでしょうね。楽しみだなあ」
「あのねミーサ、兄ちゃんはオシャレが苦手で・・・」
★ちょっと待って、ミーサもパジャマを着るの?★
「だってパジャマパーティーだもん、着ないと礼を欠いてしまうわ」
★眠留さん、私のパジャマもミーサのついでに作ってくださいませんか?★
「ええっ、凜ちゃんのパジャマも!」
★はい、ほんのついでの片手間で結構ですから、ぜひお願いします★
「そうは言っても凜ちゃんは星だから、似合うデザインを思いつける自信がないよ」
★眠留さん、私は輝夜の妹です。だから自己紹介の時だけ十歳の輝夜の3Dになって、そして眠留さんのパジャマを着て、皆さんにご挨拶したいのです★
「十歳の、十歳の輝夜さん!」
★はい、私が誕生した瞬間の、寝起き直後のパジャマ姿の、天使としか形容できない十歳の輝夜です。そうそう、パジャマのデザインにご入用でしたら、眠留さんの心に今すぐ、パジャマ天使の輝夜をお送りしましょうか?★
僕には、時間を逆さまにする能力がある。
仕組みは不明だし、任意発動もできないが、未来から振り返った過去の出来事として現在を認識できる能力があるのだ。
その能力によると僕は今、人生最大のヘンタイ騒動の瀬戸際にいるらしい。
十歳の輝夜さんを見たいばかりに凛ちゃんの申し出を受けたら、収束まで数カ月を要するヘンタイ騒動に見舞われると、能力は教えてくれたのである。
三人娘と四人のAIに凛ちゃんが加わったそれは、人生最大の名に相応しいヘンタイ騒動だった。
にもかかわらず未来の僕は、その未来を歩んだことを後悔していなかった。
凛ちゃんの言葉どおり、十歳のパジャマ姿の輝夜さんは、正真正銘の天使としてこの胸を打ったからだ。
同じ年頃の美鈴や昴も可愛かったが、それでもあの輝夜さんには敵わなかった。
ペンダントから煌めく星が浮き出てきて、嬉しげにリンリン鳴りながら自分の周りを飛ぶ様子を見つめる輝夜さんは、まさしく天使としか形容できない姿で僕の魂に刻み込まれたのである。
然るにその未来を歩んだ僕は、八人の女性にヘンタイと罵られようと、後悔を一切していなかった。
今より大人のその僕は女性達が真に軽蔑しているのではない事を、きちんと理解していたからだ。
よって僕もその未来へ進みたかった。
生れたばかりの凛ちゃんが永遠の記憶として胸に刻んだ、凛ちゃんの誕生を心から喜ぶ輝夜さんの姿を、僕も永遠の記憶としてこの胸に刻みたかった。
だが僕は、その未来を選ばなかった。
無限の葛藤を、瞬き二回の間にこなして、僕は答えた。
「凛ちゃん、僕はどうやら、輝夜さんを恥ずかしがらせる才能を授かってこの世に生まれてきたようだ。僕はどんなに注意しても、輝夜さんを恥ずかしがらせる行動を、今後もしてしまうだろう。よってその未来を事前に把握できる状況では、それを回避したい。今回はそれに該当するから、別の未来を選ぶことにするよ」
僕は体の向きを変え、問うた。
「けどその未来には、輝夜さんの協力が必要なんだ。輝夜さん、話を聞いてくれるかな」
頷くだけしかできない輝夜さんの胸の内を確信していなければ気絶していたな、と胸中苦笑しつつ僕はミーサを呼び寄せ、輝夜さんに正対するよう立ってもらった。
「ミーサの3Dは、十歳の誕生日を迎えた美鈴を5センチ小さくしてデザインしている。同じ年頃の輝夜さんとさほど変わらないと思うけど、どうかな」
僕がミーサを呼び寄せると同時に2Dキーボードを出して十指を閃かせていた輝夜さんは、淀みなく答えた。
「はい、ほぼ変わりません。ミーサちゃんを2センチ小さくしたのが、凛ちゃんが生まれた日の私の身長ですね」
ああこの人と僕は、心の中ではもう夫婦なんだな。
その想いを胸に、同じ想いを胸に抱いた人へ、僕は請うた。
「僕は凛ちゃんの願いを叶えて、パジャマをプレゼントしたい。凛ちゃんの容姿は、お姉さんである輝夜さんを基にイメージすることを、許してほしい」
「凛ちゃんが生まれたのは、私の十歳の誕生日でした。誕生会の写真をお送りしますので、参考にしてください。眠留くん、妹の晴れ着への心づくしを、感謝いたします」
僕の前に映し出された2Dメールをつまんで立ち上がり、輝夜さんの横に座る。輝夜さんが涙を粗方拭き終えるころには五人全員が集合していたので、メールに添付された写真を僕は開いた。
その日の朝に、凛ちゃんが生まれたからだろう。写真の中の輝夜さんは、
――今日は特別なの!
とばかりの輝く笑みを、燦々と振りまいていた。そのあまりの可愛らしさに僕は笑み崩れ、それをネタに皆で盛り上がっている最中、
★それでは皆さん、また今度★
三次元世界にいられる凛ちゃんの時間が尽きた。去りゆく凛ちゃんへ、
「「「また今度ね~~」」」
僕らは極々普通の挨拶をする。地上に降りていた星はひときわ煌めいたのち、天空へ帰って行った。
一拍置き、
「さあ、居間に戻ろうか」
湿っぽさを極力排除し、なるべく建設的な提案を僕はした。それは皆のためを思った行動だったが、いろいろ頑張り過ぎた僕はここが自宅ではないことと、頼れる家族が傍らにいることの二つを忘れてしまっていた。
「お兄ちゃんそれ、客人にあるまじき発言だって解ってる?」
「眠留はこの家の住人じゃないにゃ、調子に乗るにゃ」
「ほら早く、輝夜さんに謝る!」
「輝夜さん、夫を叱るのも妻の大切な務めにゃ、頑張るのにゃ」
「お兄ちゃんはお尻に敷くくらいが丁度よいから、輝夜姉さんガツンと言ってやって」
頼れる家族がいるのに自分一人で事態を収拾しようとした間違いを悟った僕に、できることは一つしかなかった。
「二人ともどうか、どうかその辺で勘弁してください――ッッ!!」
凛ちゃんが初めて参加した記念すべき今回の会合は、恒例の僕の土下座により湿っぽさを完全排除して、幕を下ろしたのだった。
「凛ちゃん聞いて。輝夜さんに生命力を譲渡してもらったことが、僕には二度ある。輝夜さんはその二回とも、譲渡した生命力を一瞬で補充していたよ。僕ら中級翔人にとって生命力の補充は、容易くできる事だからね。それでも輝夜さんに悪いと思う凛ちゃんの気持ちが僕には解るし、嬉しくもあるから、一つ提案させてほしい。輝夜さんに生命力を貰って、一回だけパーティーに出席してみたらどうかな。皆と過ごした時間は、目標を叶えようとする凛ちゃんの、励みになってくれるはずだからさ」
凛ちゃんは真摯な光で僕に頷き、輝夜さんに向き直った。
★輝夜、まことに申し訳ないけど、私は皆さんにお会いしたい。皆さんと一緒におしゃべりして、楽しい時間を過ごして、それを目標成就の力にしたい。だから一度だけ、私に生命力を頂けないでしょうか★
「もちろんよ凛ちゃん、みんなで楽しもうね」
輝夜さんは言葉の少なさに反し、感情の波長をふんだんに放って凛ちゃんに答えた。放たれたその波長は僕が美鈴に抱く波長と瓜二つだった事もあり、僕は感動して涙ぐむ一歩手前になったのだけど、比較的安心していられた。僕には美鈴の他にも優しく賢い妹達がいるから、その妹達が助けてくれると思っていたのである。
しかしあろう事か、僕は信頼しきっていた妹達によって、人生最大のヘンタイ騒動の瀬戸際に立たされてしまった。それはミーサの、納得できるような納得できないようなこのお願いから始まった。
「という訳でお兄ちゃん、凛が新たに加わるパーティー用に、私のパジャマを3Dで作ってね。美夜姉さんも、記念すべき大切なパーティーだから既製品じゃ嫌だって」
「そっ、そんな急に言われましても」
「私と美夜姉さんが手作りパジャマを着ると知ったら、咲耶さんとエイミィもきっと黙っていないでしょうね。楽しみだなあ」
「あのねミーサ、兄ちゃんはオシャレが苦手で・・・」
★ちょっと待って、ミーサもパジャマを着るの?★
「だってパジャマパーティーだもん、着ないと礼を欠いてしまうわ」
★眠留さん、私のパジャマもミーサのついでに作ってくださいませんか?★
「ええっ、凜ちゃんのパジャマも!」
★はい、ほんのついでの片手間で結構ですから、ぜひお願いします★
「そうは言っても凜ちゃんは星だから、似合うデザインを思いつける自信がないよ」
★眠留さん、私は輝夜の妹です。だから自己紹介の時だけ十歳の輝夜の3Dになって、そして眠留さんのパジャマを着て、皆さんにご挨拶したいのです★
「十歳の、十歳の輝夜さん!」
★はい、私が誕生した瞬間の、寝起き直後のパジャマ姿の、天使としか形容できない十歳の輝夜です。そうそう、パジャマのデザインにご入用でしたら、眠留さんの心に今すぐ、パジャマ天使の輝夜をお送りしましょうか?★
僕には、時間を逆さまにする能力がある。
仕組みは不明だし、任意発動もできないが、未来から振り返った過去の出来事として現在を認識できる能力があるのだ。
その能力によると僕は今、人生最大のヘンタイ騒動の瀬戸際にいるらしい。
十歳の輝夜さんを見たいばかりに凛ちゃんの申し出を受けたら、収束まで数カ月を要するヘンタイ騒動に見舞われると、能力は教えてくれたのである。
三人娘と四人のAIに凛ちゃんが加わったそれは、人生最大の名に相応しいヘンタイ騒動だった。
にもかかわらず未来の僕は、その未来を歩んだことを後悔していなかった。
凛ちゃんの言葉どおり、十歳のパジャマ姿の輝夜さんは、正真正銘の天使としてこの胸を打ったからだ。
同じ年頃の美鈴や昴も可愛かったが、それでもあの輝夜さんには敵わなかった。
ペンダントから煌めく星が浮き出てきて、嬉しげにリンリン鳴りながら自分の周りを飛ぶ様子を見つめる輝夜さんは、まさしく天使としか形容できない姿で僕の魂に刻み込まれたのである。
然るにその未来を歩んだ僕は、八人の女性にヘンタイと罵られようと、後悔を一切していなかった。
今より大人のその僕は女性達が真に軽蔑しているのではない事を、きちんと理解していたからだ。
よって僕もその未来へ進みたかった。
生れたばかりの凛ちゃんが永遠の記憶として胸に刻んだ、凛ちゃんの誕生を心から喜ぶ輝夜さんの姿を、僕も永遠の記憶としてこの胸に刻みたかった。
だが僕は、その未来を選ばなかった。
無限の葛藤を、瞬き二回の間にこなして、僕は答えた。
「凛ちゃん、僕はどうやら、輝夜さんを恥ずかしがらせる才能を授かってこの世に生まれてきたようだ。僕はどんなに注意しても、輝夜さんを恥ずかしがらせる行動を、今後もしてしまうだろう。よってその未来を事前に把握できる状況では、それを回避したい。今回はそれに該当するから、別の未来を選ぶことにするよ」
僕は体の向きを変え、問うた。
「けどその未来には、輝夜さんの協力が必要なんだ。輝夜さん、話を聞いてくれるかな」
頷くだけしかできない輝夜さんの胸の内を確信していなければ気絶していたな、と胸中苦笑しつつ僕はミーサを呼び寄せ、輝夜さんに正対するよう立ってもらった。
「ミーサの3Dは、十歳の誕生日を迎えた美鈴を5センチ小さくしてデザインしている。同じ年頃の輝夜さんとさほど変わらないと思うけど、どうかな」
僕がミーサを呼び寄せると同時に2Dキーボードを出して十指を閃かせていた輝夜さんは、淀みなく答えた。
「はい、ほぼ変わりません。ミーサちゃんを2センチ小さくしたのが、凛ちゃんが生まれた日の私の身長ですね」
ああこの人と僕は、心の中ではもう夫婦なんだな。
その想いを胸に、同じ想いを胸に抱いた人へ、僕は請うた。
「僕は凛ちゃんの願いを叶えて、パジャマをプレゼントしたい。凛ちゃんの容姿は、お姉さんである輝夜さんを基にイメージすることを、許してほしい」
「凛ちゃんが生まれたのは、私の十歳の誕生日でした。誕生会の写真をお送りしますので、参考にしてください。眠留くん、妹の晴れ着への心づくしを、感謝いたします」
僕の前に映し出された2Dメールをつまんで立ち上がり、輝夜さんの横に座る。輝夜さんが涙を粗方拭き終えるころには五人全員が集合していたので、メールに添付された写真を僕は開いた。
その日の朝に、凛ちゃんが生まれたからだろう。写真の中の輝夜さんは、
――今日は特別なの!
とばかりの輝く笑みを、燦々と振りまいていた。そのあまりの可愛らしさに僕は笑み崩れ、それをネタに皆で盛り上がっている最中、
★それでは皆さん、また今度★
三次元世界にいられる凛ちゃんの時間が尽きた。去りゆく凛ちゃんへ、
「「「また今度ね~~」」」
僕らは極々普通の挨拶をする。地上に降りていた星はひときわ煌めいたのち、天空へ帰って行った。
一拍置き、
「さあ、居間に戻ろうか」
湿っぽさを極力排除し、なるべく建設的な提案を僕はした。それは皆のためを思った行動だったが、いろいろ頑張り過ぎた僕はここが自宅ではないことと、頼れる家族が傍らにいることの二つを忘れてしまっていた。
「お兄ちゃんそれ、客人にあるまじき発言だって解ってる?」
「眠留はこの家の住人じゃないにゃ、調子に乗るにゃ」
「ほら早く、輝夜さんに謝る!」
「輝夜さん、夫を叱るのも妻の大切な務めにゃ、頑張るのにゃ」
「お兄ちゃんはお尻に敷くくらいが丁度よいから、輝夜姉さんガツンと言ってやって」
頼れる家族がいるのに自分一人で事態を収拾しようとした間違いを悟った僕に、できることは一つしかなかった。
「二人ともどうか、どうかその辺で勘弁してください――ッッ!!」
凛ちゃんが初めて参加した記念すべき今回の会合は、恒例の僕の土下座により湿っぽさを完全排除して、幕を下ろしたのだった。
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